2021/6/14

【塾×テクノロジー】EdTechの本質は、「人」だ。

NewsPicks Brand Design editor
 コロナ禍によって教育環境は激変した。2020年4月以降、全国で学校休校が相次ぎ、子どもの学力低下が懸念されている。

 そんななか、東京都の緊急事態宣言後、たった48日でローンチされたオンライン個別指導塾「そら塾」が、着々と生徒数を増やしている。

 運営元は、1997年の創業以来、森塾やREDなどの学習塾、教育コンテンツを展開してきた、東証一部上場の総合教育企業スプリックス。

 20年以上の教育事業の知見を持つ同社は、塾×テクノロジーにどんな可能性を見いだすのか。そら塾 事業責任者の伊藤壮介氏に聞いた。
INDEX
  • 20年の教育ノウハウをオンラインに
  • たった48日間で新サービス立ち上げ
  • 社員から集まる年間約37,000件の改善案
  • 「成績UP」にこだわる理由
  • テクノロジーよりも「人」が重要だ

20年の教育ノウハウをオンラインに

──そら塾が始まったのは、コロナ禍第一波の2020年6月1日。約1年間で順調に生徒数を伸ばしているとのことですが、その理由をどう分析していますか。
 コロナ禍による「対面の塾に行きたくない」という需要を迅速に捉えられたことは、要因の一つです。
 そら塾は、先生1人に生徒2人という個別指導を、自宅にいながらスマホで手軽に受けられるのが特徴。ステイホームしながら、対面と同じクオリティの授業を受けられるのが、大きな強みです。
 受講生のエリアとして、離島などの地方が目立つのも、そら塾ならではです。たとえば実際に、八丈島の中学3年生が受講してくれていますが、八丈島はコンビニはおろか、塾もほとんどない状況。
 そら塾の開校を機に、地方の教育ニーズを改めて認識しましたし、教育の地域間格差是正に貢献できているのは、大変やりがいを感じます。
 今まで別の映像授業等で家庭学習をしていた層からの、そら塾への乗り換えも多い。外出を控えたい一方で、やはり家で映像授業を見ているだけではモチベーションが上がらない。
 一方でそら塾では、生身の講師が寄り添って教えるので、生徒の集中力もやる気も上がりやすいのです。そこに魅力を感じていただいているのだと思います。

たった48日間で新サービス立ち上げ

──最初の緊急事態宣言が出されてからそら塾の開校まで、たった2カ月です。どうしてそんなに短期間で開校できたのでしょう?
 4月の緊急事態宣言で森塾の対面授業ができなくなり、止むを得ずZOOMを使ったオンライン授業に切り替えました。
 最初は、対面と変わらない質の授業を提供できるかと不安もありましたが、私たちには、森塾で20年培ってきた教え方の知見や、「フォレスタ」というオリジナル教材があります。
 その根幹がズレなければ、オンラインでもオフラインでも教育はできると、ZOOM授業をやってみて確信が持てたんです。
 それが昨年の4月中旬。そこから本格的にそら塾のシステムを完成させ、企画から48日間で開校にこぎつけました。
 鍵になったのは、顧客ニーズに真正面から向き合うスプリックスの文化です。コロナ禍のニーズを愚直に受け止めたからこそ、従来の対面の授業スタイルからきっぱり頭を切り替えて、オンライン化の意思決定が迅速にできたのだと考えています。
──教育ノウハウはあったとしても、オンラインに落とし込んだり、システムや商品メニューを開発したりするだけでもすごいスピードです。
 立ち上げの際、大きな力になったのがスプリックスのIT部門です。システム開発を外注していたら、とても48日では無理だったと思います。
 そもそもスプリックスは対面指導の塾を運営してきましたが、創業初期から成績や問題のデータ分析・教材開発など、テクノロジーに投資し続けているんです。創業3人目の社員もエンジニアだったほど。
 直近数年では、年間2億〜3億円の研究開発費を、コンスタントに投資しています。
 質の高いサービスをつくるとき、同じ思いを共有しているチームとやるのと、外注でつくるのとでは全然違います。仮に外部に委託していたとしたら、完成までにせいぜい2、3回くらいのやりとりしかできない。
 でも自前でシステムを組むチームであれば、「もう少しここを変えたい」という細かい要望を往復させ、短期間で理想のシステムに近づけることができます。
 これはそら塾に限らず、スプリックスが20年間の教育事業で続けてきた改善方法です。

社員から集まる年間約37,000件の改善案

──スプリックス流の「改善」とは?
 大きく分けて、二つの方向から改善を行なっています。
 まずは、データや行動の分析。たとえば、そら塾では講師が授業をしている様子を録画し、説明の内容から演習時間、表情や声量までデータ化しています。そうしたデータを成績と照らし合わせ、よりよい指導法に洗練させています。
 もう一つは、現場の声の反映。スプリックスでは、全社員が毎週5つを上限として教え方や教材の改善案を提出するんです。
 社長や幹部メンバーは、年間約37,000件も寄せられる改善案をすべてチェックし、毎年3,000件以上にのぼる大小さまざまな改善をスプリックスの教材やオペレーションに反映してきました。それを創業以来、四半世紀にわたって積み重ねてきました。
──そら塾では、リリース時と比べてどんな点が改善されているんですか。
 そら塾では、紙のテキストを使いながら、講師と生徒をスマホのビデオで繋ぎ、授業を行ないます。
 スタート当初は、生徒がやってきた宿題をスマホで映して見せてもらっていたんですが、それだと手ブレしてよく見えないんですよね。「もうちょっと右に」と言っても、ぼんやりしか見えない。
 そういった現場の声に応えるため、宿題を写真で撮って事前に提出できるアプリを開発しました。実際、その仕組みを導入してから、成績も向上しています。クリアにノートが見られるので、先生たちがかなり細かいところまで指導できるようになったんです。
そら塾アプリの宿題提出ページ。

「成績UP」にこだわる理由

──森塾やREDなども含め、スプリックスでは成績UPを重視しています。テストの点ってそんなに簡単に上がるものでしょうか。
 簡単ではありませんが、ノウハウはあります。他塾との違いとして挙げられるのは「予習型」の授業です。
 学校で習ってわからなかったところを質問させる復習型の指導と比べて、予習型授業は教える内容が多く、講師にもより高度なスキルとインプットが求められます。だから一般的な個別指導塾は、復習型授業を中心にしています。
 ですが生徒の基礎学力をつけて、定期テストの点数を上げるためには、まず生徒に自信を持たせ、勉強を楽しいと思ってもらわないといけない。そのためには、学校の授業で取り残されない予習が効果的なんです。
 スプリックスで独自に開発している個別指導用教材の「フォレスタ」シリーズも、毎年数万名分の定期テストを収集・分析し、定期テストの成績を上げることにフォーカスしています。
 フォレスタは日本全国の塾で使われており、個別指導用教材のシェアはトップクラスです。
教科書によって学習内容が異なる教科は、教科書ごとにフォレスタを開発している。
──その上で、オンラインならではの工夫はどういう点にあるんでしょうか。
 オンラインの場合は対面に比べて授業の雰囲気をつかみづらいので、生徒の緊張をほぐす、発言しやすい空気をつくる、といった点には時間をかけるようにしています。
 とはいえ、「コミュニケーションを取りましょう」というかけ声だけでは、どうしたらいいかわからず、実行されません。
 そこで、そら塾の80分授業のうち、1割の8分はコミュニケーションの時間にすると明示しました。冒頭に2、3分、授業の間に5、6分必ず1対1でコミュニケーションを取ってあげましょう、と。これなら講師も割り切りやすいですよね。

テクノロジーよりも「人」が重要だ

──オンラインでは、対面以上にコミュニケーション能力が問われる。こういった声は教育に限らず聞かれますが、講師の教育という面で、そら塾にはどんなノウハウがありますか。
 スプリックスでは採用の段階からコミュニケーション力を重視しています。授業でデビューするまでの研修も、コミュニケーションを取る練習に力を入れています。
 優秀な先生でも、最初はうまくコミュニケーションが取れないこともあります。ですがオンラインでも表情を見ながら生徒と対話し、できたところを褒めてあげる。対面授業で大切にした部分を守れば、授業を重ねるごとに上達していきます。
──オンラインでも、教え方が変わるわけではない。一層「人」の部分を大切にしているんですね。
 その通りです。学習は続けさえすれば成果は出るのですが、継続することが難しいんですよね。ダイエットと似た構造とも言えるかもしれません。
 この「続ける」という点を担保するには、今のところシステムやテクノロジーだけでは弱いと感じています。高い点数が取れたときはよくても、つまずいたときにやる気が萎えてしまう。
 そこを乗り越えて継続するには、講師が人として寄り添い、勉強は楽しいとモチベートし続けることが重要です。
 そら塾が目指すのは、テクノロジーありきの教育ではありません。あくまでも、人が教えることによる効果を最大化させる手段として、テクノロジーや科学的なノウハウを取り入れているのです。
 教育は、どこまで行っても人が人を教えるところに本質がある。コンテンツを充実させていくことももちろん重要ですが、教材を渡されて勉強できる子は一握りです。
 先生と生徒がコミュニケーションを取り、信頼関係を築いて、勉強するモチベーションを上げていく。そういう人対人の重要性はこれからも置き換わらないと思っているので、オンラインの個別指導でもそこをさらに磨いていくつもりです。