2021/5/31

【独自路線】中小企業ならではの戦い方。「成長」ではないビジネスの勝ち筋

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 コロナ禍でこれまで以上に厳しい経営に直面する中小企業。しかし、「スモールビジネス」だからこそできる、この時代のビジネス戦略がある。
 4月27日に開催したNewsPicks主催のオンラインイベント「The Small Strategy〜大企業にはないスモールビジネスの勝ち方〜」では、スモールビジネスに特化した経営戦略を2部構成で掘り下げた。
 前半の基調講演では、競争戦略の第一人者である楠木建氏がスモールビジネスの目指すべき「クオリティ経営」を解説。後半では、独自路線で「結果」を出している注目の3社の代表たちが、スモールビジネスならではの実践的な経営戦略を語った。

“稼ぐ力の源泉”が異なる経営スタイル

楠木 ビジネスにおける“稼ぐ力”の軸足が、外の環境にあるか、あるいは自社に内在するか。この違いで、経営スタイルは「オポチュニティ企業」「クオリティ企業」の2つに分類できます。
 周囲に広がる大小さまざまな“収益を得る機会”を素早く捉えて稼ぐ「オポチュニティ企業」に対して、「クオリティ企業」は他社につくれない独自の価値を生み出して競争を勝ち抜く。
 日本の明治維新や高度成長期のような成長経済では、オポチュニティ企業が主役でした。
 経済成長による外部環境の追い風は、次から次へと新たな収益機会を生み出すからです。市場が成熟した現在の日本でも、ゲーム産業やビットコインなど伸びている分野では、オポチュニティ的な経営スタイルの企業が主役です。
 オポチュニティ企業では、経営能力は投資のセンスと近いものになります。しかし、現在の日本のような成熟経済では、簡単に大きなオポチュニティは出てきません。
 一方、クオリティ経営の「クオリティ」とは、ものづくりやサービスというアウトプットの質ではありません。
 モノやサービスの背後にある、独自の価値創造のプロセスにおけるクオリティを指します。つまり、 “戦略ストーリー”のクオリティです。
 成長している分野に進出してとにかく売上を拡大するオポチュニティ企業に対して、クオリティ企業は独自の価値をつくり、他にはできない方法で顧客の問題を解決する。
 そのニーズが広がって、長期的な収益性が高まっていく。世界中で求められるようになれば、結果としてグローバル化するのです。

「超プロダクト・アウト」のユニクロ

 2つの違いの例として、アパレル業界を見てみましょう。もはやオポチュニティはそれほどない成熟した産業を、ユニークな戦略で席巻したのがスペインのZARAです。
 アパレル業界では、来シーズンの流行を予測して戦略を立てますが、当たり外れが大きい。そこでZARAでは、流行るものがある程度わかってから製造して売るという戦略を打ち出しました。
 ただし、その実現には、非常に迅速なクイックレスポンスが利くサプライチェーンの構築が必要です。ZARAはそこに莫大な投資をして、「ファストファッション」という新しいカテゴリーを創り出しました。
 それに対してユニクロが行き着いたのが、「ライフウェア」という独自のコンセプトでした。
 これは「洋服とは、快適な生活を構成するパーツである」という、ファストファッションに対するある種のアンチテーゼです。生活を快適にする機能や提案の重視で、ユニクロはアパレル業界の中でまったく新しいポジションを獲得しました。
 同じ低価格帯のブランドとして地位を確立しているZARAとユニクロですが、その裏にある戦略はまったく異なることがおわかりいただけるかと思います。
 ファストファッションのZARAがマーケットインだとすると、素材からこだわる超プロダクト・アウトのユニクロは、スローファッション。その優れた戦略ストーリーで独自の価値を生み出すクオリティ企業なのです。

競争原理に立ち戻り「クオリティ企業」を目指す

 クオリティ企業は必ずしも中小企業であるとは限りません。アップルやトヨタも、特定の領域での継続的な価値創造で強みを発揮するという点でクオリティ企業に分類されます。
 ただし、一般的に言ってクオリティ企業は中小企業にとって親和性の高い経営スタイルです。
 今の日本のような成熟した経済下では、企業規模を問わずクオリティ企業が主役になると私は考えています。
 そこで重要なのが、「戦略」です。戦略とは「こうなるだろう」ではなく、「こうしよう」という未来への意志の表明です。
「今はオポチュニティがない」「逆風が吹いている」と嘆く経営者もいますが、全面的に恵まれた環境なんて、歴史を振り返ってもどこにもありません。
 どんな環境でも、「この状況であれば、こうできるのではないか」と考えて行動する。それがクオリティ企業のリーダーに必要な思考様式です。
 オポチュニティ企業が大きな帆船だとすると、クオリティ企業はクルーザーです。追い風がなくても自由に進める動力を持っています。
 その最大のポイントは、船長である経営者が「どこへ向かって進むかを決められる」こと。
 私としては、「追い風がなくてかえっていいじゃないか」と申し上げたい。競争戦略の原点に立ち戻り、他者ができないこと・やらないことに独自の価値を生み出しやすい時代と言えるからです。
 たとえ小さくても、それぞれがそれぞれのやり方で儲けられる。こうした中小企業の層が厚い状態こそが、成熟した経済のあるべき姿だと、私は思っています。
 イベント後半では、ユニークな経営戦略で独自の成長を遂げてきた従業員300人以下の企業3社が登壇。
 セールスフォース・ドットコムの執行役員本部長・鈴木淳一氏をモデレーターに、「佰食屋」を経営するminitts代表取締役・中村朱美、メトロール代表取締役社長・松橋卓司、スペースマーケット代表取締役社長・重松大輔の三氏が「独自路線のスモールビジネス経営」のリアルと成長のヒミツを語る。

「The Small」の極意1 採用 〜持続可能な「働き方」の実現〜

鈴木 本日、登壇いただいているお三方から、それぞれ自社のユニークな取り組みのキーワードを3つずつ挙げていただきました。
中村氏は京都からオンラインで登壇。モデレーターは、セールスフォース・ドットコムのセールスディベロップメント本部執行役員 本部長である鈴木淳一氏(左)が務めた。
中村 私は「チームワーク」を自社のユニークポイントに挙げましたが、その源泉は採用基準にあります。
1984年、京都府亀岡市生まれ。専門学校職員として勤務後、2012年に飲食事業や不動産事業を行うminittsを設立。1日100食限定をコンセプトに、美味しいものを手軽な値段で食べられるお店「佰食屋」を行列のできる人気店へ成長させる。顧客と従業員、環境にも優しい経営の実現により、第32回人間力大賞農林水産大臣奨励賞、Forbes JAPANウーマンアワード2018新規ビジネス賞、日経WOMANウーマンオブザイヤー2019大賞等を受賞。
中村 佰食屋では、ハローワークでしか従業員を採用しません。なぜなら、スキルや知識を問わず、どんな人でも働ける職場を目指しているからです。
 ハローワークにはいろんな方がいらっしゃっています。面接で目を合わせられない、質問に答えられない、ときには遅刻してくる方も。そのなかで、私たちの採用基準はたった1つ「今いる従業員と合うかどうか」だけです。
 働くとは、持続可能でなくてはならない──これが、私のビジネスの信念です。能力や経歴よりも「一緒に働いていて心地いいこと」こそが、持続可能性に直結すると思っています。
 3種類のメニューを100食しか売らないスタイルなら、未経験の人でもすぐに覚えられる。お互い助け合いながら心地よく働ける環境を最重要視しているんです。
重松 採用や教育は、各社の思想が個性として表れますね。ただ、採用の基準や形態が違っても、それぞれに追求しているビジネスの本質の部分は通底しているように感じます。

「The Small」の極意2 組織づくり 〜イノベーションは信頼から生まれる〜

松橋 私は「信頼経営」「超フラット組織」を自社のユニークポイントとして挙げさせてもらいました。
1958年生まれ。1980年3月、日本大学農獣医学部卒業後、同年4月に日清食品に入社。1992年、三和豆友食品に移籍。営業部長に就任。1998年、メトロールに入社し、マーケティング部長。2005年、代表取締役専務への就任を経て2009年から代表取締役社長。
松橋 我々は大きな電機メーカーと差別化した製品を開発する必要がある。そのためのイノベーションを起こすには、どんなアイデアや発言も許される社員にとって“安心安全な場”の確立が必要です。
 そういう環境をつくるうえで、一番の障害となるのがヒエラルキーでした。上下関係からくるノルマや命令からは、決して創造的な仕事は生まれません。
 超フラット組織を目指すメトロールには、大手企業の管理部門さえほぼありません。たとえば、経理は社員に会社のクレジットカードを渡してクラウドで処理しています。海外を飛び回り、チップ等の現金立て替えが発生したときだけ、振り込んで完了です。
 人事も、直接その事業部門内で相談して採用活動を行い、社員同士で互いにメンターをすれば完結できます。
 社員を信頼し、フラットな組織で心理的安全を確保する。そうやって自立したプロフェッショナル一人ひとりの個人思考が融合し、集団思考へと昇華したときに初めて、イノベーションが起こるのです。
重松 スペースマーケットでも、考え方は同じですね。仕事はすべてプロジェクト制で、プロジェクトリーダーが回します。
 役職は設けていますが、それも役割の1つでしかありません。ここを徹底するのが、変化に対応できる組織の柔軟性につながるのかな、と。
松橋 組織がフラットなほうが、メンバー同士の組み合わせの自由度が高まりますからね。
 信頼経営だからこそフラットな組織がつくれますが、このコロナ禍の在宅ワークの普及で、どこまで従来のような信頼関係を構築できるか。そこには大きな危機感を抱いています。
鈴木 信頼経営については、参加者から「コーポレートカードを渡して管理部門をなくすなんて、本当に成立するのか」と、驚きの声が寄せられています。
松橋 それが一番簡単なやり方なんですよ。
 会社の中でデジタル化できるのは、ルールの決まった繰り返し作業。つまり、税金や社会保険、経費の支払いはすべてクラウド化できます。
 クレジットカードなら限度額の設定ができて利用履歴も残るし、その日のうちにクラウド上で決済者が確認することも可能です。外国語のレシートに経理が困ることもない。
 社員がサボって会社のお金で遊んでしまうかもしれない……そもそもそんな信頼できない人間を、みなさんは採用していないはずです。
松橋 社員への信頼があれば、単純作業を省いてビジネスの本質に集中できます。人間がする仕事は「考えること」「交渉すること」。そこに特化すればいい。
 事務作業はクラウド、工場はロボットと、テクノロジーでいいものは置き換えて、その分、人間は本質的な物事に向き合う余裕を持つのです。

「The Small」の極意3 DX 〜創造的組織を支えるテクノロジー〜

重松 松橋さんのお話は、我々の「テクノロジーファースト」にも通じます。
千葉県出身。早稲田大学法学部卒。2000年、東日本電信電話に入社。主に法人営業企画、プロモーション等を担当。2006年、フォトクリエイトに参画。2013年7月、同社にて東証マザーズ上場を経験。 2014年1月、スペースマーケットを創業。2016年1月、シェアリングエコノミーの普及と業界の健全な発展を目指すシェアリングエコノミー協会を設立し代表理事に就任。2019年12月、東証マザーズ上場。
重松 大企業ではよくある大量の紙の資料や、やたら人数の多い打ち合わせや形骸化した定例会議というのは、無駄な作業や時間ですよね。
 そういう無駄を省くために、スペースマーケットでは創業当初からいろいろなデジタルツールを使い倒し、できるものはどんどんクラウド化。テレワークやテレビ面談も積極的に導入してきました。自然と生産性の高い時間が生み出せる仕組みになって、それがカルチャーとして定着しています。
 そこで重要なのが、トップや上層部の姿勢です。トップ自らテクノロジーを最大限活用し、無駄な仕事はしないという姿を見せる。それがテクノロジーファーストのカルチャーを築き、創造的な組織をつくるポイントです。
鈴木 スペースマーケットのような売り手と買い手を結ぶプラットフォーム事業では、初期はかなり地道な営業活動が必要と聞きました。いかに効率的に早く動ける環境をつくるかが勝負になってきますよね。
重松 そうですね。そのために、Salesforceのようなツールを導入し、さらに他のツールとも連携させて、常に効率化に磨きをかけてきました。ビジネスで結果を出すには、テクノロジーファーストは欠かせません。
 特にスタートアップの場合、時間やお金、人といった限られたリソースの最適配分が、勝つための条件になるという信念を持っています。

「The Small」の極意4 働きがい改革 〜「お金」ではなく「時間」がインセンティブ〜

鈴木 中村さんは「脱・売上主義」も掲げていますが、それでサービスをしっかりと提供できるの?と、疑問を持たれる人も多いと思います。
中村 1日100食限定が佰食屋のコンセプトなので、確かに右肩上がりの成長は見込めないかもしれません。しかし、売上を思い切って捨てたことで、多くのメリットも得られました。それが働きやすい環境です。
 私たちの会社は女性比率が90%以上で、女性が働きやすいだけでなく、障がい者や高齢者、シングルマザーや妊娠中の方など、どんな人でも働ける飲食店です。
中村 そもそも、仕事は金銭的なインセンティブを得るものですよね。それなのに飲食業では、繁忙期でもお給料は一定。忙しいと経営者が喜ぶけれど、従業員は喜べない。そんな歪んだ構造を是正するために、あるアイデアが浮かびました。
 100食を早く売り切れば、その分だけ早く帰れる。お金ではなく時間というインセンティブが得られる仕組みです。
 上限を決めると利益を増やせないという面はありますが、見方を変えれば「最小限の人件費で最大の売上を上げている状態」「最大の利益を維持する構造」なんです。
 実際に佰食屋の1号店は8年半前の創業以来、コロナ禍でもずっと黒字を維持しています。多くの大手チェーン店が赤字になっている状況を考えると、アフターコロナでは私たちの戦い方が強いのではないかと感じています。
鈴木 大手企業とは異なる三者三様のユニークな視点や実践的なヒントが得られたように思います。最後に、イベントに参加されている中小企業の経営者の方々に向けたメッセージをお願いします。
中村 私たちが目指すのは「持続可能な幸せ」です。誰もが嫌な思いをせず、少しずつ幸せをシェアするように働いて、それを実現していきたい。
 スモールビジネスという上限がある中でも、最大限の幸せを見つけられる。そんな“足るを知る働き方”を提案できたら嬉しいです。
重松 コロナ禍の非常にハードな局面で、新たなニーズ、会社やメンバーの成長を実感しています。逆境からさらに成長できるかを試されるのが私たち経営者であり、企業です。一緒にコロナを乗り越え、共に成長していきたいですね。
松橋 中小企業は規模が小さい分、資本と経営が一致し、自由な選択ができるのが強み。コロナのような危機に直面しているからこそ、臨機応変にさまざまな手段を駆使して、社員の幸せとイノベーションを両立する経営を実現しやすいはずです。私もそれを目指していきたいと思っています。