2021/5/18

【三菱ケミカル】 組織の“個”を連鎖させ、化学反応で社会を変える

NewsPicks / Brand Design 編集者
2018年、社長に就任して以来、数々の改革を推し進めてきた和賀昌之氏。先ごろ「Mission & Value」を発表した。これは人と社会、そして地球の心地よさがずっと続く「KAITEKI(※)実現」のため、三菱ケミカルグループが目指す使命(Mission)と、5つの価値観(Value)を定めたもの。

地球環境の厳しい現実が突きつけられるなか、人々の暮らしを快適にしてきた化学の力が、いよいよ試される。和賀社長の目はどこに注がれているのか。
※「KAITEKI」とは、「人、社会、そして地球の心地よさがずっと続いていくこと」を表し、環境・社会課題の解決にとどまらず、社会そして地球の持続可能な発展に取り組むことを提案した三菱ケミカルホールディングス(MCHC)グループオリジナルの企業ビジョン。

化学産業の功罪

社長に就任してから、役員たちと「100日後合宿」「400日後合宿」などいろいろな会議を開いて討論を重ねてきました。そうして三菱ケミカルグループのありたい姿と、それを実現するための変革をまとめたものが「Mission & Value」です。
まず、わが社のMission(ミッション)「化学の力で地球を救う、あなたと共に未来を創る」についてご説明しましょう。
今年4月に行われた気候変動サミットで、日本政府は温暖化ガスの排出量を2030年度までに、2013年度比で46%減らす削減目標を発表しました。
化学産業はこれまでさまざまなものを生み出して、人々の生活を便利に快適にしてきましたが、一方でたくさんのものを排出してきました。CO₂もそうですし、排水問題や空気汚染も引き起こしています。
それに対してわれわれは公害防止装置の設置や、製造プロセスの見直し、環境負荷がより少ない方法を考えるなどして、それら一つずつに対応してきたのです。
でも、それも限界です。いよいよ根本的に策を考えなければならないところに来ています。
しかし今、決定的に足りないものが二つあります。一つは消費者のマインドです。
例えばドレッシングを買うとき、皆さんは値段や添加物、カロリー表示などを見て商品を選びます。
でも、今の子どもたちが日本経済の中心になる頃には、商品を選ぶときに品質や値段と同じように、その商品の環境負荷がわかり、多少値段が高くても、環境負荷が低いものを選ぶのが当たり前になるのではないか。
消費者のマインドを変えるには、今からそういった教育をしていく必要があるでしょう。

自然界を模倣して生まれた化学産業

もう一つはもっと大きな流れのものです。
化学産業というのは自然界のケミカルリアクション、つまり化学反応を模倣して新しいものをつくってきました。例えばシルク。これは蚕から生まれる天然繊維ですが、それを真似してつくったのがナイロンやポリエステルといった合成繊維と呼ばれるものです。
ところが、光合成の模倣への取り組みは今までありませんでした。光合成というのは、自然界が行っているCO₂の固定化です。
蒸気機関車が生まれた産業革命の時代に、当時の人が「このままでは地球が大変なことになるぞ」と人工光合成を考えてくれていたら、今頃こんな心配をすることもなかったでしょう(笑)。
地球には大きなキャパシティがあるから、木や植物がCO₂を吸って固定化してくれるだろうと思っていた。しかし、そのスピードを上回る速さで科学技術が発展してしまい、木も伐採してしまった。だから今の状況になっているわけです。
ではここで立ち止まって、CO₂の排出を抑制して地球を救おうと思ったら、われわれの生活の質をかなり犠牲にしなければなりません。
冷蔵庫はやめて、食品を包むラップもやめる。豆腐は木の桶で買いに行く。移動は歩きか馬か。そこまで戻さないと、環境は良くなりません。
しかし現代の人類にそんな選択は不可能です。これだけ電気と動力に依存してしまったら、もう昔の暮らしには戻れません。
そこでわれわれ化学産業はCO₂の固定化を考えるか、もしくは化学品のつくり方を変えるしかないわけです。

化学品のつくり方を根本から変える

今の化学は、主に石油を分解してさまざまなものを取り出すことで成り立っています。分解する中で出てきたものを有効利用しようとして、多様なプラスチックをはじめ、さまざまな化学品ができました。そのおかげで生活はとても便利になりました。
でも、ここから先はつくり方を見直す必要があるのではないか。「目的をもってつくる」といえばいいでしょうか。少しご説明しましょう。
化学品のほとんどは炭素、つまりCと、水素Hがくっついてできています。その炭素の数が1個、2個、3個……と分かれている。それにいろいろなものがくっつくわけです。
例えばペットボトルは、エチレングリコールとテレフタル酸からできています。これは、Cの2の化合物と、Cの8の化合物からできます。キャップはポリエチレンですが、これはCの2の化合物だけでできます。
それなら石油からCの2と8だけ取り出せばいいわけですが、それができない。Cの3も4も、5もできてしまいます。もったいないから、できたものも使います。
でも、そろそろそれをやめて、目的のものを、ほしい分だけつくる方向に変えていく必要があるということです。
そのとき鍵となるのがH、水素です。水素は炭素の接着剤になります。例えばCの3がほしかったら、Cの2をつくっておいて、そこにCを1つ足せば、無駄なくつくれますよね。そこに水素が必要なのです。
水素を一番簡単につくるには、水(H₂O)を電気分解すればいい。でも、電力が必要になってしまいます。
そこでわが社では、水の中に化学反応を促す触媒を入れ、それに太陽光を当てて、太陽のエネルギーで水を分解して水素を取り出す方法を研究しています。
これはかなり技術的なハードルが高いのですが、この方法でできた水素で化合物をつくる。そうやってほしいものをつくっていければ、CO₂の大幅な削減にもつながります。
化学品のつくり方を根本から変える。三菱ケミカルはまさに地球を救うためのアクティビティに挑戦しているのです。

個と個がぶつかり化学反応を起こす

次に、「Mission & Value」のValue(バリュー)について説明しましょう。
これら5つのValueは海外を含むほぼすべての従業員にコメントをもらい、役員だけでなく若手メンバーたちにも議論に参加してもらって決めていきました。
Valueとは、社員が迷ったときの判断基準。自分の行動や考えに迷ったとき、戻れる場所がValueです。
今のわが社には、残念ながら挑戦するカルチャーがあまり育っていません。化学プラントは安全が第一で失敗が許されない大前提があり、若手が挑戦しようとすると、上のほうが「なにやってるんだ、失敗するぞ」と失敗を恐れる文化があります。
でも、そう言われた若手社員が「それはValueと違います。わが社のValueに、『たゆまない挑戦』とあるじゃないですか」と言うことができる。若手もベテランも関係ありません。常に正論を言える文化があるべきだと思っています。
「連鎖する個」に関してですが、わが社は部署が違うと別の会社かというくらい、隣の仕事がまったくわからないケースがあります。でも、実は化学という共通のつながりがあります。
ある技術を持っている人が、まったく別の技術を持つ人と話してみると、実は非常に近いものがあることが多いのです。
例えば有機化学のプロと無機化学のプロがぶつかって、連鎖する個をつくる。そうしなければ、ニーズが複雑化し高度化している現代には対応できません。
これまで挑戦してこなかった分野、これまで入っていけなかった分野に挑戦するためにも、それぞれが持っている「個」がケミカルリアクションを起こして、新しいものを発想する。新しいものを生み出すための「連鎖する個」なのです。
わが社の研究所には「10パーセントカルチャー」というルールがあります。これは、研究員は自分の持っている時間の10パーセントを好きな研究に使っていいというルールで、レポートを出してくれれば予算もつけます。
研究者たちには、化学技術でメシを食っていこうと決意した瞬間があります。その瞬間はキラキラ輝いていたはずです。
でも会社に入り、上司がいて予算があって、結婚して子どもができてと、時間が経過するうちに少しずつ目の輝きを失ってしまう。私はそんな研究者に、化学の世界を目指した瞬間を思い出してほしかった。
そのためにも、会社が与えたテーマだけでなく、自分がやりたいテーマの研究に取り組んでほしい。それらを組み合わせることで、個と個がぶつかり出し、新たな文化が醸成されるはずだと確信しています。

多様性を生かすダイバーシティを実現

ダイバーシティについても、役員の間で議論しています。
日本の場合はどうしても男女というジェンダーの問題になりがちですが、わが社の場合は日本人従業員が約28,000人に対して、海外の従業員が13,000人程度と、日本と海外の比率がおよそ2:1。どうやって一緒に仕事をしていくかも、大事なダイバーシティです。
さらにこれからは年齢的なジェネレーションダイバーシティも必要になるでしょう。
若い人も、経験を積んだ高齢者も、ともに快適に働ける場所を提供するために、製造現場にAIやプラントロボティクスを導入しています。
現場では今年から、3交替制のオペレーターに20名程度の女性に入ってもらっています。そのためにはトイレもきれいにしなければ、ということで、爽快プロジェクト(製造現場のトイレ環境の改修)も進めています。
海外の現地スタッフ14人に1年間日本に来てもらい、日本での生活を経験してもらうプロジェクトも始まっています。日本で働くことで相互理解を深めようという取り組みです。
化学メーカーには現代の環境問題への責任があります。それは人類の暮らしを便利に快適にしてきた、その反作用でもあります。それに対してわれわれは徹底的にソリューションを提供していき、ピンチをチャンスに変えていきます。
われわれの化学技術を使って、環境負荷の低いもの、ローコストで利便性の高いもの、人生が楽しめるものをつくることができる。そういう会社を目指しますし、それを目指す素養は十分に持っていると思っています。
三菱ケミカルが変わることで、日本どころか世界を変えることができる。地球を救うことができると私は確信しています。
趣味はサッカー。アメリカ駐在時代までゴールキーパーとしてプレーしたという和賀社長に、ひいきのチームを聞くと「日本代表」との返事。

「サッカー選手がプロになり、そこから日本代表に招集されるのは、企業の社長になるよりよっぽど大変なことです。わずか二十数人しか選ばれないんですよ。だから僕はいつでも日本代表選手をリスペクトしていますし、彼らを応援しています」

明快で人間味あふれる語り口。インタビューの最後に垣間見たスポーツマンシップに、大企業を背負う人の覚悟と潔さを感じた。