2021/4/29

【野口聡一】JAXA宇宙飛行士が語る「宇宙の商業化」のリアル

NewsPicks Re:gion 編集長
Capcom:Station, this is Houston. Are you ready for the event?
Soichi:Houston, this is Soichi. I’m ready.
Capcom:JAXA PAO, this is Mission Control Houston. Please call Station for a voice check.
JAXA:Soichi, this is JAXA PAO. How do you hear me?
Soichi:I’m ready to speak with you.
──……それでは交信を始めます。
INDEX
  • 宇宙飛行が民間で完結するリアリティ
  • 「産業構造の変革」が再び起きる
  • 宇宙にはビジネスパーソンが必要
  • 「宇宙体験」をどんどん広げる
「将来的に、あらゆる企業が宇宙を無視できなくなる。”宇宙を包括する経済圏”を作っていかねばならない」
 4月19日、NewsPicks LIVEは国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在ミッション中のJAXA宇宙飛行士・野口聡一氏の単独インタビューを行った。
 NASAの協力も得て世界に公開されたセッションの様子をリポートする。

宇宙飛行が民間で完結するリアリティ

野口:現在、われわれISSクルーは地球上空400kmの地球周回軌道を1日に16周し、さまざまな実験を行っております。
 今日はNewsPicksさんと宇宙ビジネスの最前線について、ここからお話しできることをとても楽しみにしています。
──よろしくお願いします。野口さんにとって最初の宇宙飛行が2005年、それから約15年が経過しました。今回3度目となる宇宙滞在で「進化」を実感した点はありますか?
野口:そうですね。幸運なことに私は2005年、2009年、2020年と3度の宇宙飛行を経験でき、その度にいろいろな変化があると感じています。
 なかでも大きな潮流として「宇宙の民間進出」があります。民間企業のイノベーションと創意工夫に基づいた新しい挑戦が非常に多くやってきていると実感しています。
 特に今回は、なんといっても「宇宙へのアクセス」における民間企業の台頭が顕著です。
米宇宙企業スペースXによる宇宙船「クルードラゴン」(Photo:JAXA/NASA)
 その象徴が、民間企業として初めて人類を宇宙に運んだスペースX社の宇宙船「クルードラゴン」であるわけですね。
 今回のミッションはその運用初号機(Crew-1)として、私のような国際パートナーも含めて、ここISSへの往復にクルードラゴンが使用されています。
 単にロケットの機体を使うというだけでなく、民間企業主体の運用プロセスが実現しているという点が画期的です。
 つまり訓練や事前準備、あるいは救出作業も含めて、すべてを民間企業で完結するような仕組みを提供できる企業が、もう実際に現れているということです。
4月24日、スペースXは史上初となる再利用機体によるISSドッキングに成功した(Photo:JAXA/NASA)
 今後はさらに各社がしのぎを削って、新しい宇宙へのアクセス手段はどんどん増えていくと思います。

「産業構造の変革」が再び起きる

──これまで国家主導だった宇宙開発が、まさに民間主導へとシフトしている。それによって、われわれの社会や経済にどんな影響があるでしょうか?
野口:そうですね、もちろん国家が主導して推進する「宇宙探査」の分野は、これからも残ると思います。
 一方、地球の周りで展開される宇宙ビジネスにおいては、やはり民間企業発のイノベーションや、クリエイティブ精神を生かした活動が中心になっていくでしょう。
セッションの模様は「NASA TV」を通じてLIVE配信された
 実際にスペースXは収益を上げているわけですし、今後はアメリカで数多く誕生している宇宙ベンチャーがどんどん収益化を進めていくでしょう。
 「宇宙でもうかる」からこそ宇宙に進出するという時代になっていくはずです。
──より多くの企業が宇宙に関わっていくことになると思いますが、そこでどんな課題が生まれるでしょうか?
野口:たとえば高度成長時代を振り返れば、ドメスティックな市場からグローバルな市場への移行が進むなかで、多くの企業が産業構造の変革を求められたと記憶しています。
 それに近い変化が、宇宙市場の幕開けと共に起きるのではないでしょうか。
 国内だけにとどまっていた産業が国際化する過程で味わった苦しみと、そこから進んできた変革が、地球だけで収まっていた産業が宇宙に広がっていくとき再び起こるのではないかと思います。
 いまのところアメリカが主体となっている宇宙のユーティリゼーションとコマーシャリゼーションの波が、やがて日本をはじめ全世界に広がっていくはずです。

宇宙にはビジネスパーソンが必要

──「SDGs」が象徴する地球課題の解決に向けて宇宙をどう活用できるか、という観点についてはいかがでしょうか。
野口:その辺りは、おそらく政策としての宇宙開発がお役に立てるんじゃないかと思います。
 たとえば、いま私がいるISSですが、エネルギーは100%太陽光エネルギーを使っていますし、水資源に関してもほぼ100%リサイクルが既に実現しています。
 当然ながら、これから人類が月面や火星といった遠くの宇宙探査を進めるうえで、これらの環境利用技術が極めて重要になってきます。
 それらの技術は地上に転用することで、さまざまな環境課題を解決するテクノロジーにつながっていくはずです。
 こうした新技術のテストベッドとして、ISSあるいは月面基地が検証の場になる。
 そう考えれば、SDGsの実現に向けて宇宙開発が重要であることがおわかり頂けると思います。
──一方、民間企業が新たに宇宙へ進出していくうえでは、どんなケイパビリティが求められているのでしょうか。
野口:現在、宇宙開発の最前線で働いている若い人たちには、「自分たちの活動が人類の未来を切り開いているんだ」というパッションが間違いなくあると思います。
 ただ、いまのところ少し足りないのが、その活動をいかに収益化するかという観点です。
 民間企業の自由な発想やクリエイティビティは、まさにわれわれが求めているものです。今後、多くの企業の方々とお話ししていきたいポイントです。
 宇宙開発に関しては、コンテンツは極めて有効だと思いますし、プレーヤーに関しても優秀な人たちがそろっています。
 ただ、それを収益化していくための道筋がないというのが一番の弱みです。
 もちろん、政策を確実に実行するという意味では、国の予算と目標をクリアすることを過去何十年間とやってきています。
 そこから一歩進んで、現在の社会にどんなニーズがあって、そこにシーズを生やして、ビジネスとして回るモデルを作っていくか。そこがまだ不十分だと感じます。
 日本あるいは世界のビジネスパーソンの皆さんと共に、いかに宇宙というコンテンツを収益化して、ビジネスとして持続する道筋につなげていくか。
 これから皆さんと一緒に考えていきたいですし、そういう時代が到来しているんだと思っています。

「宇宙体験」をどんどん広げる

──民間宇宙旅行が実現し、民間にも「宇宙に行ったことがある人」が増えていけば、事業創出の可能性も広がっていきそうです。
野口:私自身も、いまはJAXAという組織にいて宇宙飛行を経験していますが、普通のひとりの人間です。
 宇宙を体験した人間として、その成果や経験を広く皆さんにお伝えしたいというのは、3度目の飛行に挑戦するにあたり大きなモチベーションのひとつでした。
 民間宇宙旅行ビジネスは、ここ何十年も「もうすぐ来る、もうすぐ来る」と言われ続けてきて(笑)、ついに今年度中には実現するところまで来ました。
 まさにいま、私たちが乗ってきている宇宙船が帰還後に回収されて、民間宇宙旅行機の第一陣として使用される予定です。
 宇宙旅行が現実になったとき、社会やビジネスがどう変化するのか。
 それは私自身も含めて、実際に宇宙を体験した人が、その知見をどう世の中に広めていけるかにかかっていると思います。
 宇宙に来たことで何を感じたか、宇宙から見たビジネスシーンがどんなものだったか。それをお伝えしていくなかで、宇宙を目指す人が増えていってほしいと思っています。
 これから民間企業の皆さんと一緒に、いろいろなイノベーションを宇宙という場で結実していくことで、皆さんの未来への夢がかなう場を作っていきたいと願っています。
 皆さんの挑戦をお待ちしています。