【NewSchool受講生作品】マーブルな女たち(きじまはるか)

2021/5/3
「学ぶ、創る、稼ぐ」をコンセプトとする「NewsPicks NewSchool」。

映画監督の大友啓史氏と編集者の佐渡島庸平氏がプロジェクトリーダーを務めた「ビジネスストーリーメイキング」では、半年間を通して22名の受講生が「ビジネスストーリー創り」に取り組んだ。

今回は、受講生であるきじまはるかさんの作品「マーブルな女たち」の一部を掲載する。

講師からの講評

・大友啓史監督のコメント
一つ屋根の下で暮らす女三人三世代の『かしましさ』、シニカルでどこか自虐的、ひねくれているけどチャーミングな物語が繰り広げられる。
幼さが抜けきらない中年女性の主人公が、なんだかとても今っぽく、ボケと突っ込みを繰り返す文体と徒に明快さに陥らない筆致は、軽い漫談と向田邦子さんの世界をミクスチャーしたかのような、軽快な読みやすさがある。
老いも若きも、登場人物たちがそれぞれちょっとした曲者であるのも魅力的。主人公がひょんなことから立ち上げる干し柿ビジネスを絡めながら、実はその干し柿がキーとなって家族のドラマが浮き彫りになる。
人間関係が肉厚になってくる後半、家族のカタチが変貌していく様が面白い。
・佐渡島庸平さんのコメント
小説の新人賞に応募すれば、最終選考には残ってくるだろうレベル。主人公と母親がいて確執がある。ビジネスコンテストをきっかけにほかの2組の親子とかかわることで、主人公が自分の親子関係へ違和感を抱くようになって、それがどんどん深くなる。
親子関係を見直して、再構築しようとしていくテーマがしっかり浮かび上がってくるのがいい。
読み応えがあり、毎回課題をきっちり仕上げてくることを通して作品がブラッシュアップされていった。

『マーブルな女たち』(あらすじ)

ずっといい子のまま気が付けばこんな歳。

口うるさい母とくえない祖母の女3人田舎暮らしの主人公36歳。母の前ではずっといい子のフリをしてきたら気が付けばこんな歳。ある日ひょんなことから断り切れずにビジネスコンテストに出て、あれよあれよと流されるままに起業準備をすることに。

ところがこれが母に見つかり猛反対。母の希望と自分の希望が異なる時、どちらを選ぶのが正しいのか。家族の平穏をとるか、自分のやりたい事をとるか。

いい子のままじゃいられない。でも傷つけたいわけじゃない。

葛藤の中で、目をつぶってきた母との関係、自分のやりたいことにやっと向き合い出す答えは。

第一章 平穏な生き方

高垣家の玄関前の板の間はこんな時だけ音を立ててきしむ。
キキキキキ―と腹立たしいほどに高らかな音を立てる床に、望は思わず舌打ちしそうになった。
いつからうちはうぐいす張りになったのよ。
こっそりとふすまを開け、2階の部屋からそんじょそこらのシノビノ者も目じゃないくらいの忍び足で玄関前までたどり着いたっていうのに。
「あら望、どこ行くの?週末はうちに居てって言ってるじゃない」
つい昨夜、耳が遠くなったことを嘆いたとは思えない地獄耳の母、香苗が台所から出てきて望に声をかけた。
あーあ・・・
靴を履き終えてから渋々香苗を振り返った。
「ごめん。今日はどうしても約束があって・・・」
香苗は望が週末に外出するのを嫌がる。
85になる祖母珠江が心配だからうちに居て、と。
香苗は地元の信用金庫を定年まで勤め上げたのち、今は週末など週に2、3日市民施設でパートタイムで働いている。うちに誰かいた方が安心だという言い分はまあ分からなくもない。数年前に骨折して以来、お寺さんの集まりもデイサービスも嫌がる珠江はすっかりひきこもりだ。今や珠江の日々は居間から庭を眺めることだけ。
そんな珠江が年に一度、唯一張り切るのは干し柿作りだ。
もっとも、ほとんど誰にも食べられない。
高垣家の庭には6本の渋柿の木がある。
渋柿はそのままでは食べれない。今時誰も、そのままの渋柿などいらない。
かといって渋抜き、合わせ柿にすると日持ちしない。近所はどこのおうちにも柿があるので配ることもできない。
香苗は柿を食べない。珠江と望の2人で食べる柿の量などたかが知れている。
高垣家の柿は干し柿になる。それでもとても食べきれず、倉庫の業務用冷凍庫には余った干し柿が地層のように積もっていく。
そんなにいっぱい作らない方が・・と望は言いたいが、木守りというのは多すぎる柿を枝に残すと珠江が居間の窓からもの言いたげにそれを見つめるのに耐えがたく、結局木によじ登り脚立を駆使して結構な量の柿を捥ぐ羽目になる。
ほんの少しの木守りを残して。
実を捥いだうちの大半は望がこっそり処分し、その中から毎年150個前後を干し柿にする。そうして毎年2人では食べきれない干し柿が出来上がる。
香苗は柿を見ると眉を顰めるので女3人では広すぎる家の、普段は使わない客間側の縁側の廊下で柿を干し、ひっそりと倉庫の冷凍庫に仕舞う。それが望の晩秋の結構手間のかかるルーティンだ。
冷凍庫の蓋が閉まらなくなると、望は干し柿の地層を下の方から掘り出し、こっそりと裏庭のコンポストに捨てる。珠江にも香苗にも見つからないようにこっそり。珠江にも香苗にも気づかれないように少しづつ。
コンポストの蓋をするたび、望はひんやりとした気持ちになる。
うちはあの時から時が止まっている。
きっと珠江も香苗そう思っているだろうに、口には出さない。
高垣家は、望の父が出て行った25年前から時が止まっている。
元来の性格もあって、望は元々週末ひきこもりだ。36にもなって、仕事以外ではほとんど出掛けない。以前は珠江もやっていた庭の手入れや畑の世話の多くを望一人でしているのもあって、あまり遊びに行く暇もない。田舎のうちは会社員であってもどこも週末兼業農家だ。手に負えず畑や田んぼを放置しているおうちもある。うちもそうしたいと思いつつ、なかなか言い出せない。
畑といっても、父がいなくなった後ほとんどの土地を手離し、今では家の裏に三百坪の畑があるばかり。そこの一部で細々とうちで食べる分の野菜を作る。ここにも十本の柿の木があるが、庭の柿の木だけでも持て余しているのでこちらは鳥の餌場と化している。が、今時鳥も美食家らしく、渋柿は熟れて地面に落ちるだけ。
庭には梅、柚子、栗といった果樹があり、この世話、草むしり。
望の休日はだいたいそれに追われる。
ほとんど出掛けない娘のごくたまの休日外出くらいいいじゃんと言いたい。
結局、口には出せない。
「ごめん。大学時代のお友達の結婚祝いで集まろうって話が急に決まったの。おばあちゃん、大丈夫だから行っておいでって言ってくれたし。おばあちゃんのご飯はちゃんと作ってあるから。10年以上会ってないからどうしても会いたくて」
アレコレまくしたてる様に言い募ると、かえって嘘くさい。
香苗の目を見ないようにしながら、せわしなくバッグのファスナーを閉じた。
「私が大丈夫って言ったのよ~。そんな四六時中見張られてもこっちも息がつまるから」
居間でお茶を飲んでいた珠江が聞こえていたらしく、居間から声をかけてきた。
「望、いっといで~。お友達に干し柿あげてね」
珠江の援護射撃に、おばあちゃんグッジョブ!と心の中で声をかける。
持たされた干し柿は重いが、通行手形のようなものだ。
「おばあちゃん、ありがとう~。ごめん。なるべく早く帰るから」
前半を居間の珠江に、後半を香苗に声掛けしながら、香苗に口を開かせる隙を与えずに、望は玄関の扉を開けた。
いってきま~す。
「もう、お義母さんったら」
ちょっと不機嫌そうな香苗の声が聞こえたが、ここは聞こえない振りが得策だ。
車を少し走らせてから望は息を吐いた。
結構緊張して息を詰めていたようで、今頃になってやっと一息つけた。
やれやれ。どうにか出れた。
大学時代の友人の結婚祝いの集まり、というのは数日前から考えていた嘘だ。
どうしても今日出かけたかった望は、香苗にアレコレ言われない為に言い訳を考え、事前に珠江を味方につけたのだ。珠江にも同じ嘘をついた。
そのためにわざわざ「結婚のお祝いの集まり」の装いまでした。普段つけないイアリングがちょっと重たい。
「もう10年以上会ってないんだよね・・・」
数日前に少し寂しそうにうつむいて珠江に出かけてもいいか問うた。全てうそではない。
今日は、待ちに待ったイベント。福岡最大の同人誌即売会。
学生時代から早20年もファンの銀丞ヌコ先生の新刊が出るとツイッターで知り、望はどうしても行きたかった。ヌコ先生に最後に会ったのも10年以上前だからあながち嘘ではないと自分に言い聞かせた。大きな嘘をつこうと思ったら小さいホントで固めろ、という鉄則に従った。若干心が痛まないでもないが、こうでもしないと出かけられない。
ホントのことなど言えるはずもない。
母にも祖母にもあの薄い本が理解できるとは思えない。特に香苗はどんなに流行っていてもマンガもアニメも否定的。アレコレ言われるくらいなら黙ってハイハイ聞いた方がずっと楽だ。
望の街から最寄りの新幹線駅まで車で一時間。そこから博多まで新幹線で1時間。さらに電車と徒歩で30分。田舎の片隅から福岡の同人誌即売会に行くのは骨が折れる。ちょっとした旅だが、久しぶりの解放感と高揚感で望の心は踊りっぱなしだった。
10年ぶりのイベント会場は昔よりも人と活気に溢れていた。
こんなに人が多かったっけ?
どこに何があるのかさっぱり分からず、人ごみの中を押されるままに歩き、どうにかお目当てにたどり着いた。尊い・・・思わず遠くから拝んでしまう。ぱっつん前髪に真ストレートのショートボブが愛らしい先生は御年50歳。お名前からもわかる通り、おヌコ様好きで、この日もヌコ耳カチューシャをされていらっしゃる。枯れたオジサマの悲哀を描かせたら右に出るものはおらず、望は長く続くヌコ先生のオジサマと冷蔵庫の切ない恋物語が一押しだった。
ヌコ先生、10年前と全く変わっていらっしゃらない・・・もしかして妖精?
尊すぎてフィルターがかかりまくるが、それには望は気づかない。
尊い。
騒ぎ立てるセミをしり目に望は読み終わった本を閉じた。
月曜日から金曜日まで会社員として働き、それ以外はほぼ家の「しごう」に追われる。そんな望の数少ない楽しみはどうにも社会的には認知されにくい部類のものだ。
背表紙のちょっとくたびれた冷蔵庫のイラストをそっと撫でる。
うちでは落ち着いて読めないので、会場を出てそばのベンチですぐに読んだ。
この薄い本は基本車の中に隠すしかない。望の家はほとんどの部屋がふすまか障子で仕切られており、こういったものを隠す場所は皆無。学校がある頃は学校のロッカーか文芸部の部室に隠しておけたが、社会人となってはまさか会社の机の引き出しに入れるわけにもいかない。自分の車のトランクに分かりにくい隠し場所を作った。
窮すれば通ずと自画自賛する望はエロ本を隠す男子高生と大差ない。
隠すほどの内容だとは思っていないが、香苗に中年男性と冷蔵庫の純愛物語が理解できるとは思えない。
そう思うから、36にもなって小賢しいと思いつつ、嘘をついていつもより着飾って、渡す当てのない干し柿をもって出かけざるを得ない。
自分でもバカみたいだと思うが、他にぶつからずにやり過ごす方法を知らない。
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