【NewSchool受講生作品】母性症候群(宮坂満美)

2021/5/2
「学ぶ、創る、稼ぐ」をコンセプトとする「NewsPicks NewSchool」。
映画監督の大友啓史氏と編集者の佐渡島庸平氏がプロジェクトリーダーを務めた「ビジネスストーリーメイキング」では、半年間を通して22名の受講生が「ビジネスストーリー創り」に取り組んだ。
今回は、受講生である宮坂満美さんの作品「母性症候群」の一部を掲載する。

講師からのコメント

・大友啓史監督のコメント
組織の中でバリバリと働いていた女性が、別の男性にその立場を奪われ、退職して田舎に引き上げることになる。そこで中学生の甥と関わることで少しずつ内なる母性に目覚めていく。
組織やビジネスにおける情報への知識量、ディテールの表現力で物語を走らせているのが特長で、そのディテール描写がキャラクターにもっと向いていくとさらに良くなるだろう。
ビジネス社会での女性の、等身大でナチュラルな本音と時代をまっ直ぐに捉えた感性には、まだまだ大きく伸びしろの余地がある。そう思わせるところにこの作品の大きな可能性と新しさがある。
・佐渡島庸平さんのコメント
女性も、性別関係なく仕事をもつのが当たり前になった時代を捉えた企画。ビジネスの見識や知識量がかなりあり、ビジネス情報やディテールを書く筆力がすごい。わかりやすい文章もいい。
ビジネスへの深い知見を備えたうえで、小説を書こうとするのは大きな武器になる。いま活躍している作家さんなら、幸田真音さんや堺屋太一さんのポジションを目指していける。

母性症候群(あらすじ)

東京に桜が咲いてたあの日。

涙で前が見えなかったけど、前に進むしかない、と強く思った。

そして私は、新しい出発を誓った。その頃の私には、二つの別れがあった。

二つの別れを経て、心にポッカリと空いた穴を…違う何かで埋めてきた。

歳月はあっという間に10年が過ぎた。私は組織で高みを目指すことに夢中になっていた。

ただ、そんな私を圧倒的に満たすものは、チームのみんなとの繋がりや、新しく生まれくる後輩や年若の者たちから受ける新鮮な感性だった。

そんなある日。それは突然訪れた。世界的なIoTの覇権争いは、組織で働く私たちを呑み込んで…全てを凌駕した。

大きな力の前では、一人一人の献身や努力も無となる。組織で高みを目指すことは、そんな献身や努力を刈り取る側に回ることだ。ひた隠しにしてきた自分の本音が露呈した時、私は組織を去った。

刈り取る側ではなく、生み、育む側で居たかったからだ。そんな時、甥っ子の柊翔と10年振りの再会を果たす。

柊翔は、今までの人生で出会った誰よりも、そのみずみずしさで私を潤した。

14歳になった柊翔は、私には想像も出来ないメソッドで自らマーケットに踊り出ていた。

子供から大人へと成長する柊翔と共に、私はまるで母となったような疑似体験をする。

私の心に空いた穴の形を知る…、その時、私の前にまた新たな可能性が開き始めた。

本能発動からの、天下取り

再会はビッグバンみたいだった。真空に押し込められた高温・高圧のエネルギーのように、発動した本能は臨界点を越えて急激に膨張し始めた。エストロゲン、プロゲステロン、オキシトシン、プロラクチン、溢れ出したホルモンは脳内を一気に駈け廻った。
こんな状態、想像すらしていなかった。今から数か月前の、東京に桜が咲いたあの頃には。
東京に桜が咲いた頃、私は経日新聞の会議室に来ていた。
「では、本多さんとしては住芝電機の女性活躍推進は進んでいるとお考えですか?」
「うーん、…男性だろうと女性だろうと、やれる人がポジションに付くのが当然かと…。」
経日ビジネス「次世代の女性リーダー特集」。常務に送りこまれ、今日はその取材の日だった。会社の広告塔に興味はない。私が欲しいのは事業を動かす実権だ。
記者からの愚問をのらりくらり交わしていると、とうとうプロジェクトについて紹介できるタイミングが来た。私は意気揚々と話し始めた。
プロジェクト名「未来都市2030」。1月に開催されたCES 2019で、トミカワ自動車が発表した未来都市構想プロジェクト。Society5.0を実現する未来の街を丸ごと富士の裾野に作る。住芝電機はこのプロジェクトの参画企業として、通信ネットワーク・エネルギーネットワーク、さらに関連するITサービスの開発・設計を一手に担う。私は、住芝のプロジェクトリーダーを任されていた。
「ホントに…このプロジェクトって凄いですよね…。住芝さんの今回の目玉は何ですか?」
おっと!…この目玉の部分は来月に広報発表の予定だ。「住芝の顔認証技術と人口知能プラットフォームが、今後もキーテクノロジーになる」とだけ、コメントした。
そんなこんなで、取材は…概ね、私の思惑通りの筋書きで終了した。
「本日は、すみませんでした。実は私…今回、特集を持つのが初めてでして。」
なんだ、なんだ、可愛いな。30歳前後の若手の女性記者。今日、上手く取材を運べなかったことを悔いてるようだ。元来、年下の子には弱い。母親みたいな気持ちになっちゃう…それに、ちょっと昔の自分が重なった。
「いい記事になりそうですよ。自分が面白い、って思うことを純粋に追及してみては?」
彼女は驚いて顔を上げた。なんとなく放っておけなくて…また、お節介を焼いてしまった。
取材を終えた帰り際、彼女は急にこんなことを言った。
「今日、一つ。自分の判断で、本多さんに聞かなかったことがあります。」
ピンと来た。例のGlobal Digitalの件だ。米国最大手のIT企業。ここ最近、住芝がGlobal Digitalの傘下に入る、なんて都市伝説みたいな話が実しやかに出回っていた。Global Digitalと言えど、さすがに住芝を丸ごと買うことは出来ないはず…とは言え、火のないところに煙はたたぬ。何かが引っかかっていた。彼女は「愚問かな…と思いまして。」と苦笑いした。
肯定の意味を込めて、私は不敵に笑みを返し、その場を後にした。
社に戻るとすぐに、保坂常務の秘書さんから「ビジネス創出第1部/本多さん 保坂常務がお呼びです」とあった。おっと、こっちが先か。私は常務室へと向かった。
「失礼します。」
「新年度の初日からご苦労だったね。…それで、良い追風になりそうかね?」
やっぱり常務の狙いはプロジェクトの宣伝だ。保坂常務は骨太ながら、なかなか緻密な戦略家だ。そして、私をここまで登用して頂いた恩があった。
「そのつもりでアピールしてきました。キーテクノロジーの宣伝もしっかりと。」
常務は満足そうに頷いた。
「まずは、今年はローンチだ。下期から部下も一気に100人くらいに増えるけど、君なら問題ないだろう。」 えっ、…100人? その規模って…。
「第3部を新設するつもりだ。プロジェクトはこの部が中心になる。君が率いるんだ。」
身体中の血液が一気に上る感覚がした。ついに来た。これは事実上の内々示だ。
住芝広しといえど、ビジネスユニットに女性のディレクターはまだ居ない。今までの全てが報われる思いがした。
「三宅一真! 恒例の『いとしのエリー』歌いまーす!」
新富町のいつもスナックに来た。今日は、新年度初日のチーム決起会にした。
チームのメンバーには一際愛着があった。5年前にチーフに昇格し、最初に一真と美由と始めた。そこから伊藤くんが合流して、最後に真帆が加わった。
本当にメンバーには恵まれた。そんなうちのチームのことを「慣れ合い」とディスるアンチたちも居たが、所詮、結果を出せない輩のやっかみだ。うちのチームは、いつもベストな結果を出してきた。
自分のチームを持って、何か大きな仕事に挑戦する。そんなところに、今回のプロジェクトを任された。絶対、成功にまで導く、このチームで。私にはそんな意気込みがあった。だから、その障壁となるようなものには一層神経を尖らせた。Global Digitalの件もその一つだった。あういう得体の知れないものは、私の鼻先をヒリヒリと刺激した。一体、何なんだろう…何故か、心がザワザワしていた。
そんな私の心配をよそに、チームのみんなは今日の達成感からはしゃいでいた。今日は、伊藤くんまでもがステージに上がって、一真と一緒に熱唱する。スナックのママ、お姉さんたちを始め、常連さんたちも盛り上げてくれる。お恥ずかしい…これ、私の名前が「英莉(エリ)」だから、みんな歌うのだ。恥ずかしさがありつつも、何か…暖かいものに包まれているような、そんな居心地の良さがあった。私をひしひしと満たしていた。
お店のママがミラーボールを桜色に変えてくれた。舞う花びらの中で聞いた『いとしのエリー』は一生忘れられないと思った。
4月はあっという間に過ぎて行った。GW明けの広報日まで何もかもが佳境だった。満を持して迎えた広報の前日、あのニュースが各社メディアの一面に踊った。
『住芝電機 米国大手IT企業Global Digitalの傘下へ』
この都市伝説みたいな一報が、私の人生を大きく変えることになるとは。この時、想像すら出来なかった。
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