2021/5/28

【最新】進む「保育DX」。本気の挑戦が“家族の幸せ”を大きくする

NewsPicks Brand Design Senior Editor
待機児童問題、保育士不足、現場に残る非効率な紙の文化……課題が山積する日本の保育業界。疲弊する現場をどうすれば救えるのか──。今、その打開策として大きな期待を集めるのが、テクノロジー活用だ。

「保育のDX」で、日本の子育てはどう変わるか。業界にビジネス視点を取り入れ改革を仕掛けるライク岡本泰彦氏と、AIやIoTの活用で保育・育児の社会課題解決を目指すユニファ土岐泰之氏。保育DXの旗手である2人の対談から、日本の未来を明るく照らすDXの現場を見ていこう。

なぜ、保育の現場は疲弊しているのか

──保育業界にはどんな課題が残り、今、何が起きているのか。2009年より「保育×ビジネス」視点で事業参入されたライク、“Childcare-Tech”領域のスタートアップとして注目されるユニファ、それぞれの考えを教えてください。
岡本 保育は、大切なお子さんを預かる責任の重い仕事です。一瞬たりとも、その様子から目を離せない。働く保育士さんが、「トイレに行く暇もない」ような現実があります。
 業界構造に目を向けると、保育は超労働集約型産業であり、なにより公平性が重視されてきた歴史があります。
 2000年に株式会社の保育事業参入が許可されるまでは、全国の自治体“一律”であることに価値があった。
 安心・安全にお子さんを預かる公的なサービスとして、ほかより良くても悪くてもダメ。大きな変革を受け入れにくい構造が色濃く残っています。
 一方で保護者の立場から見ると、サービスのクオリティはもちろん重要です。業界構造は変わらないまま、現場に求められる負荷ばかり増えていく。
 実際の保育に加え、書類の対応をしていたらあっという間に1時間経っていた……なんてことが日々起こっているわけです。
土岐  2013年にユニファを創業して以降、現場の課題を知ろうと私も保育施設に何度も足を運んできました。
 想像以上に手作業の業務があふれ、保育者の方々が長時間労働にならざるを得ない現実があります。離職率の問題も、まだまだ深刻です。
岡本 認可保育園の運営費は国や自治体からの補助金を中心に賄われています。業務量が増えたからといって、保育士さんの数や給与をすぐに増やせるわけではありません。
 それならば業務負荷を削減し、より働きやすい環境を作るための変革を進めなければいけない。
 これができなければ、離職につながるのは当然です。

親になって痛感した保育のリアル

土岐 私がユニファを創業したきっかけは、子育て世代の大変さを当事者として痛感したことです。
 両親は遠方に住んでいて頼れず、保育園への送り迎えに夫婦で疲弊していた。「家族の幸せ」を実現するのが難しい世の中だと感じました。
 もっと社会全体がチームとなって育児をできるようになれば、と奮起。そのためには、家庭と保育施設をつなぎ、情報連携できるプラットフォームが必要です。
「ICTやデジタルテクノロジーを絡めた社会インフラを作ろう」と、この世界に飛び込みました。
岡本 DXという言葉がなかった頃から、業界のDXを進めてこられた。
 ユニファさんのフォトアプリ、連絡帳アプリなどは、現場の大変さがどこにあるのかをよく理解された上でサービス設計されているなと感心します。
土岐 ありがとうございます。最初は完全に父親目線でした。
 我が子の写真が1枚でもあれば、夕食時に「今日は何をして遊んだの?」とコミュニケーションがとれるな、と。
 イチ保護者として、先生に「もっと写真を撮ってください」って無邪気にお願いしたこともありました(苦笑)。
 でも、自身もエプロンを締めて保育の現場に行ってみると、そんな余裕はまったくない、と。
 子どもの写真を撮ると一言でいっても、先生方はデジカメで撮影し、SDカードからパソコンに画像を取り込んで、アップロードする作業に月10時間以上とられている。さらにお子さん別にフォルダ分けをして、保護者に連絡して、購入費を集金する……と途方もないプロセスが発生します。
 スマートフォンの専用アプリで、これら全プロセスを自動化する仕組みを作れないのか。
 撮影後に自動アップロードされて顔認証システムにより個人別に整理されたらすごくラクになりますし、オンライン上で購入できるようになれば、保護者とのコミュニケーション時間の削減にもつながります。こうして誕生したのが「ルクミーフォト」です。
 その後、写真以外にもテクノロジーによって保育者の負担が軽減される業務がたくさんあるはずだと、さまざまサービスを広げてきました。

効率化だけでは動かない保育の現場

──DXは、いまや全産業が掲げる課題です。なかでも、保育業界だからこその推進の難しさはありますか。
土岐 創業当時は、保育施設に営業に行っても不審者扱いでした。
 とかく、今までの付き合いや前例が重視される業界で、新参者のスタートアップがDXという未開拓領域を提案するのですから、苦戦する要素は満載です。
「業務生産性が上がります!」と言っても、新しいシステムの導入に時間が取れない、先生や保護者によってITリテラシーのバラつきがあり対応できない、など渋い顔をされました。
岡本 保育業界に限らず、新しい取り組みを進めると抵抗勢力が現れるものです。
 加えて、保育は“公平な福祉サービス”であるべきという見方が根強い。成功事例がないと、導入リスクに目を向けられがちです。
「スマートフォンを持っていない保護者がいたら、サービスが公平に行き届きません。どうするんですか」なんて声は必ず出ますよね。
土岐 おっしゃる通りです。事業経営は本来、売上や利益を上げて成長させていくものですが、保育業界になるとそれがストレートには当てはまらない。
「アプリの導入で月100時間を生み出せます」と生産性をアピールしても、保育施設のメリットとしてはなかなか伝わらない課題がありました。
岡本 子どもの命を守る、という安心・安全面からアプローチしないと、「保育で儲けようとしている!」とどうしても見られてしまう。
土岐 まさにそうで、コミュニケーション上の工夫が必要でした。
 そこで業務負担を減らすだけではなく、「保育の質向上につながります」という点も含めた付加価値を意識して、我々のさまざまなサービスを説明するようにしました。
 たとえば、午睡(お昼寝)中の園児の体の向きを探知する「午睡チェック」であれば、保育者による目視と機械によるダブルチェックによって見守りの質を高めるとともに、データの可視化で状況を振り返ることができる。
 写真アプリは、成長記録をデータ化して「保育の質向上」につなげられる点をご説明しました。

トップの本気度が未来を左右する

岡本 保育施設の運営は、園長先生の個性で決まるところが多分にあります。サービスを円滑に導入し広げていくにあたり、園長先生との信頼関係をいかに築くかも重要になりますね。
土岐 そこは、ライクさんをはじめとした株式会社の保育施設が最初に動いてくれたことがとても大きかったですね。
 実績ができると、次に社会福祉法人が動き始めます。エリアごとに園長会が開催されていることが多いので、そこで「ICTを導入してよかった」という声が出ると、ほかの園も追随してくれた。
「保育者が子どもと向き合えるようになった」「子どもとの会話が増えた」という変化を園長先生がとらえ、良さを実感してくれる。
 こうして、徐々に賛同を得ながら広げることができました。
岡本 すばらしいですね。従来なかった仕組みの導入には、経営トップが主導して動くことが欠かせません。
 今、ライクが運営する「にじいろ保育園」では、クラスだよりや月案週案など元来手書きで行ってきた書類作成をパソコンで行ったり、連絡帳アプリを導入したりと、改善がどんどん進んでいます。
 ただ、現場が一律で歓迎しているかといえば、そうではない。
 一部のベテラン先生からは、「パソコン操作がストレスで……」という声もあがります。
 一方、デジタルに慣れている保育士さんたちは、新しいシステムにポジティブで「作業がすごくラクになった」「もっと早く導入してほしかった」という意見も多い。
 みんながすぐに対応できなくても、大半の保育士にとって使い勝手がよく、仕事がしやすくなるならそれでいい。デジタルに苦手意識のある先生は、得意な先生から教えてもらってキャッチアップすればいいんです。
 経営者が強い意志を持って主導しなければ、導入にバラつきが出るのは必至です。DXは、トップがいかに覚悟を持って動かせるかにかかっている。

人材の多様化が保育の変革点になる

土岐 今までは保育の質が高い施設を選んで預けたくても、そもそも入れるところがない状態でした。
 でもこの先、少子化が止まらなければ、保育施設が供給過多になるタイミングが訪れます。
 保育施設の情報もどんどん可視化され、保護者からも、保育者からも選ばれる園にならないと生き残れません。
 その危機感から、DXによって働きやすい環境整備と保育の質の向上を求める動きが加速すると期待しています。
 すでに、子どもの数が顕著に減っている小さな自治体などは課題意識が強いので、自治体の長の一言でDX推進がスピーディに進む可能性があります。動きやすいところから、成功事例を作っていきたいと思っています。
岡本 今までの保育士のキャリアは、現場で保育経験を重ね、年次が上がって園長になるという単一的なものでした。
 今、ライクでは「総合職保育士」として、さまざまな形態の保育施設で経験を積みながら、将来的には本社勤務など多様なキャリアを見据えた人材を育成中です。
土岐 すばらしいですね。確かに、保育施設で20人ほどの保育者をまとめる仕事は、経営に通じるものがあります。
 もしかしたら、保育の経験はなくても、企業でのマネジメント経験を持つ優秀な方が園長に挑戦できる社会になるかもしれない、とも思うんです。
 他業界を知る人材がジョインすることで、保育業界がアップデートされていったらおもしろい。多様な人材の流入は、業界変革の基点だと思います。
岡本 保育施設の経営側と、外部からDXを導入する側の双方でうまくシナジーを生んで、やっていきたいですね。
 ユニファさんのような立場から、「保育を変えていこう!」と声を上げていただけることは、業界全体にとって非常に価値があると思っています。

「保育DX」が照らす、明るい未来

──今、保育業界の現場で起きている変化、これから期待したい変化とは?
土岐 自治体の補助金の出し方が、今ようやく“質”にシフトしてきています。
 たとえば、ライクさんのスーパーバイザーのような“園の相談相手”として、保育コンシェルジュによる巡回サービスに補助金が出たりしていますよね。
 今後、エリアによっては保育ニーズが減少していく中、保育の質安定のためのさまざまな規制緩和は絶対に必要になると思います。
 現場では、園内のすばらしい教育カリキュラムの教材や、保育者さんおすすめの絵本、保育施設で提供されるミールキットなどを「購入したい」というニーズがある。
 今は一律で規制されていますが、是々非々で、個別に徴収して対応できるような緩和があってもいいんじゃないかと思います。
岡本 それが、保育士さんへのちょっとした“感謝料”になったらいいですよね。
 一時保育料や帽子などの備品購入代を現金で支払っているところもまだまだ多いので、まずはキャッシュレスを推進し、個別対応ができる環境を整えることから始める必要があります。
 ライクではさまざまなオンライン決済システムを導入していますが、そうした園はまだまだ少ない。本当に保育業界はDXの宝庫ですね。
土岐 保育施設には、子どもの成長に関わる情報が膨大にあります。
 DXにより情報連携できるプラットフォームがあれば、保育施設で使っている知育玩具を使ってみようとか、施設で実施した七夕のお祭りを家でも再現してみようとか、保護者にとっても助かる情報をたくさん提供できると思うんです。
岡本 ライクの園では、食育の一環で「世界の料理」を再現して食べてみる取り組みがあります。今はレシピを紙で提供していますが、これもアプリで見られるとすごく便利ですね。
 最近では、保護者向けに「給食ブログ」を始め、その日の給食やおやつをタイムリーに発信しています。さらにこれがデータ化されていけば、「じゃあ、夜ご飯はこれにしよう」と栄養バランスも考えられる。
土岐 いいですね。とくに0歳児だと、離乳食をどうすべきかをみなさん悩まれている。「園ではこんなに食べられるようになりました」と、データに基づいたアドバイスがあればすごく助かると思います。
 食事以外にも、夜泣き問題や発育の悩みなどさまざまなテーマがある。データ化によって、保育施設を離れた時間でも子育て支援につながるサービスは、たくさん生まれる可能性があります。
 ライクさんのような事業者の方と、我々のようなスタートアップがタッグを組んで、そうしたサービス展開の実例を示せたら、業界変革をぐっと推し進められると思います。
──ワクワクするアイデアが尽きませんね。お二人はDXが進んだ先の理想の保育現場をどのように描いていますか。
土岐 なにより大事なのは、働く保育者の方が輝くことです。
 病院に行けば顕微鏡やレントゲンがあって、体の状態を可視化できるツールがありますよね。同じように、保育施設にも子どもの発達や健康状態を可視化できるツールがあれば、保育者の方が、子どもの健やかな成長を見守る上での武器となります。発達支援のデータの蓄積は、業界の付加価値を上げていくはずです。
岡本 DXが進めば、現場の先生たちが、本来の保育にもっと専念できるようになります。
 現場のストレスを減らし、やりがいを増やすための努力は、経営として当然取り組むべきこと。結果として、離職率が下がり、保育の質も上がる、みんなが幸せな状態を作り出したい。
 今年4月には、経済産業省の定める「DX認定事業者」の認定を受けましたが、我々が保育業界のDXを牽引していく、そんな強い決意をしています。