2021/3/30

【白熱の3日間】科学技術立国には「役に立たない」を許容する社会が必要だ

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 かつて、ハイテク産業や材料分野で多くの革新的技術を生み出してきた日本。
 しかし、その源泉にある「科学技術」への投資が縮小し、日本はサイエンスだけでなく、テクノロジー、そしてビジネスからの表舞台から遠ざかってしまった。失われた20年を乗り越え、科学技術立国・日本を再興するには、どんなが大転換が必要なのか。
 そのヒントを見つけるべく、3月2日〜4日の3日間にわたって「OIST FORUM 2021 〜科学技術立国・日本をリブートせよ〜」がオンラインにて開催された。
 イベントには、ベストセラー書籍『シン・ニホン』著者の安宅和人氏、ノーベル物理学賞受賞の梶田隆章氏、OIST(沖縄科学技術大学院大学)学長のピーター・グルース氏、OIST教授でソニーコンピュータサイエンス研究所の北野宏明氏、など総勢12名の“知”が集結。
 1000名以上の視聴者が集まり、科学技術を立脚点として、いかにサイエンスを捉え直すことが重要なのか。そして、それをどうビジネスとしてスケールさせるのかについて、熱い議論が交わされた。
 本記事では3日間のイベントを終えての総括レポートと、各セッションのハイライト動画をお届けする。
INDEX
  • オブセッションを持つことがなぜ重要か
  • 「愛」と「好奇心」の必要性
  • 本当のオープンイノベーションとは
  • 愛をもって、橋をかける

オブセッションを持つことがなぜ重要か

「オブセッション(妄想)を持ち、それによって誰が笑顔になるのかイマジネーションをもつ。その上でクレージーなことをやることがビジネスを生む」
 そう語ったのは、DAY2のキーノートスピーチに登壇した、OIST教授でソニーコンピュータサイエンス研究所の北野宏明氏。"取り憑かれたように”のめり込み、常人には理解しがたいようなジャンルの研究をする。
 なぜ、それがビジネスを生むことになるのか。北野氏はそれを「ムーンショット・エコシステム」で説明した。
 北野氏がムーンショット・エコシステムの例として挙げたのが「RoboCup」だ。
 これは、1990年代前半に北野氏らが立ち上げたグランドチャレンジで「2050年、人型ロボットでワールドカップ・チャンピオンに勝つ」という目標を掲げたものだった。
 これは、ただ彼らがサッカー好きだったわけではなく、未来を見据えたときに、完全自動運転やサービスロボットなど、あらゆる場所でロボティクスやAIが重要な時代が来ると想定をしていたことが発端だった。
 実際に「ワールドカップでチャンピオンに勝つ」という目標から、ボストンのロボットメーカー「キヴァ・システムズ」が産声をあげ、後に同社はアマゾンによって買収された。
 その後、アマゾン・ロボティクスに名前を変え、物流の自動化に大きな変革をもたらしたのだ。
 つまり、常人には理解しがたい研究から、さまざまなテクノロジーは「スピンアウト」し、新しいテクノロジーやビジネスが誕生する。
 「RoboCup」は、あらゆるテクノロジーやビジネスの出発点にサイエンスがあることを示した一例だ。しかしながら、日本において、現状の科学技術に関わる状況は非常に厳しい。
「日本の科学技術での論文数は、2003年に中国に抜かれ、2016年にはインドに抜かれた。サイエンスやテクノロジーでは後塵を拝しているのが現状」
そう語ったのはDAY1のキーノートスピーチに登壇した、慶應義塾大学環境情報学部の教授でヤフー株式会社CSOの安宅和人氏だ。
慶應義塾大学 環境情報学部教授/ヤフー株式会社CSOの安宅和人氏
 日本は、大きければ大きいほど良いという方向を目指すあまり、サイエンスやテクノロジーを軽視してしまった。現代では、新しい技術を使い、より良い未来を生み出せるかどうかが圧倒的に重要だとした。
「これから求められるのは“刷新を起こす人”であり、“Zero to One”な未来を描ける人材だ。それらを技術を使って夢や課題を解き、それをパッケージングしていく力が必要」と安宅氏は語る。
 つまり、単純な競争型の人材ではなく、新規性を目指す人材が必要となってくる。さらに様々なことを繋ぎ、仕掛ける人材が必要なのだ。

「愛」と「好奇心」の必要性

 DAY2のパネルディスカッションでは、新規性を目指す研究者の人材と、成長ドライブにのせてビジネスを仕掛ける人材が、いかに同じ目線に立てるかについて白熱した議論が展開された。
 オートファジー(細胞内のタンパク質を分解するための仕組みの一つ)研究の第一人者であり、アカデミック発のスタートアップ経営者でもあるAutoPhagyGOの吉森保氏「基本的にキュリオシティ(好奇心)を出発点として、研究はしたい」と話した。
 研究者は内面から突き動かされるキュリオシティを原動力にするべきであり、それがゆくゆくは社会に実装され、文化を生む。
AutoPhagyGOの吉森保氏
 だからといって「研究者はふんぞりかえっていいわけではない」と吉森氏は語る。研究者はただ投資を待つのではなく、研究者自身がビジネスや投資に関わる人に対して、その価値を懇切丁寧に伝えていくことが必要だという。
 同セッションで、科学技術などの”ディープテック”に投資する側の一人として議論に加わったリアルテックファンド代表の永田暁彦氏は、逆にビジネス側に求められる視点を語った。
 永田氏は、そのための2つのポイントを挙げる。1つが「成功体験」だ。
「テクノロジーやサイエンスを中心にしたほうが、ビジネスが成功するのは自明。だからこそビジネス側はもっと『サイエンスが稼げる』という、成功体験を積むことが必要なんです」
 そのために、リアルテックファンドは「サイエンスが稼げる」ことを世に周知していくべく、ディープテックに対して投資活動を行う。
 これは、北野氏が語ったムーンショット・エコシステム同様、「役に立たない」から「役に立つ」が生まれることに対して、実体験を持つ事例を増やす重要性を説いている。
 そして、もう1つが「愛情」だ。ビジネス側はサイエンスに対するリテラシーが低いがゆえに、投資ではなくコストとして見てしまう一面もある。
 それに対して、ビジネス側は研究者が最も成長するドライバーがキュリオシティであることを理解し、好奇心ベースの研究者に投資し続けることが必要だという。
 つまり、サイエンスとビジネスの「相互愛」が求められるのだ。

本当のオープンイノベーションとは

 サイエンスとビジネス。今後この2つのプレイヤーが相互愛を持ち、繋がるためにはどんな視座が求められるか。
 DAY3でキーノートスピーチとパネルディスカッションに登壇した、スリーエムジャパン代表取締役社長の昆政彦氏は「本当の意味での、オープンイノベーションを考える必要がある」と話した。
「オープンイノベーションといっても、エンジニアがエンジニアだけの議論をすれば、深い技術は深まるが、広がることは難しい。広げるには"異質で良質”な知識を入れることが重要です」
スリーエムジャパン代表取締役社長の昆政彦氏
 専門性の高い技術の中に、全く違う良質な考え方を入れる。研究者だけでなく、主婦や学生、芸術家にいたるまで、あらゆる“異質な良質”に寛容であること。
 つまりダイバーシティこそが、サイエンスとビジネスを繋ぎ、イノベーションを生む源泉となり得るのだという。
 パネルディスカッションに登壇したOECD東京センター所長の村上由美子氏も、同様の意見を持つ。
「イノベーションとは1+1=2ではない。3や5になる可能性があることを認識する必要がある」
 だからこそ、それにはあらゆる領域のメインストリームだけでなく、全く違う分野の刺激を受けるために「ブリッジ(架け橋)」が必要になる。SDGsやESGは、同じ視点を持つための一つの可能性になり得るという。
 テクノロジー、資金、人的資源といった縦軸の環境だけでなく、いかにブリッジをかけて横の繋がりを持てるか。「1+1=5」と言えるような環境づくりが、これからサイエンスとビジネスに求められているのだ。

愛をもって、橋をかける

 北野氏の「ムーンショット・エコシステム」のように、研究者の好奇心が発火点となって、さまざまなテクノロジーが生まれ、スピンアウトすることで多くのビジネスが生まれてきた。
 では、それらを再度実現するためには、どうすればいいのか。DAY1のパネルディスカッションに登壇した沖縄科学技術大学院大学評議員の久能祐子氏は「跳ぶように考え、這うように証明することが必要だ」と語った。
 人間のワクワク感や直観力が重要なことは言わずもがなだ。しかしそれだけではなく、そのビジョンをサイエンス側はビジネス側に示し、根気よく証明する必要がある。
 ビジネス側もそれを理解し、お互いに尊敬し、チームを作り上げることがイノベーションにつながるのだ。
 それらを理解できる人は、ビジネス側にまだまだ少ないのが現状かもしれない。
 しかし、「相互愛」や「ブリッジ」をかけることができれば、よりよいコミュニケーションが生まれ、新たなイノベーションが誕生する。
 3日間にわたって日本の叡智が結集した「OIST FORUM 2021」。「役に立たないことが、役に立つ(かもしれない)」こと、異質なものを受け入れる視座を持つこと。それらを繋げることがいかに重要か、通奏低音のように流れた熱狂の3日間だった。