2021/4/2

【マーケ必見】音声広告はマーケティングのイニシャルステップを制する

NewsPicks Brand Design ChiefEditor / NewsPicksパブリッシング 編集者
 今、音声メディアが注目を浴びている。DXにより音声メディアが多様化しているからだ。
 オールドメディアとされていたAM/FMラジオは、スマートフォンで聴けるradikoの登場で息を吹き返した。特に2020年はコロナ禍におけるテレワークの広がりによって利用者が急激に増加し、月間利用者数が1000万人に迫る勢いを見せた。
出典:株式会社radiko
 音声SNSも急成長している。国内サービスのVoicyは若い世代を中心に人気を集め、利用者は20年末までに前年比で4倍に増加。一方、21年に入ってから急激に広がりを見せているのが米サービスのClubhouseだ。
 音楽配信サービスの巨人、Spotifyでもポッドキャストの存在感が増してきている。2020年第4四半期の決算によると、月間アクティブユーザー数である3億4500万人のうち、4分の1がポッドキャストを利用しており、ポッドキャストの広告収入は前年同期比で100%以上増加しているという。
 日本における音声メディアの現在地とビジネス的な展望について、ラジオを偏愛する博報堂ケトル取締役でクリエティブディレクターの嶋浩一郎と、社会学者でTBSラジオが設立した音声メディアの可能性を追求する研究所であるScreenless Media Lab.所長の堀内進之介に語ってもらった。

ラジオは想像力の伸びしろが高いメディア

──音声メディアが盛り上がっています。何が転機だったのでしょうか。
堀内 ラジオにとってはradikoの登場が大きかったですね。ラジオは聴く人が減っていたというより、そもそもラジオを聴くデバイスを持っている人が少なくなっていました。
 メディアとしての接触導線がなくなりかけていたのです。それがradikoの登場によって復活の兆しを見せています。
1977年生まれ。社会学(博士)。専門は政治社会学。Screenless Media Lab. 所長、東京都立大学客員研究員ほか。『知と情意の政治学』(教育評論社)、『感情で釣られる人々』『人工知能時代を〈善く生きる〉技術』(ともに集英社新書)、『善意という暴力』(幻冬舎)、『AIアシスタントのコア・コンセプト‐人工知能時代の意思決定プロセスデザイン』(BNN新社)など著書多数。
 ただ、それで万々歳かというとそうではなく、今度はスマホの画面の中で他のアプリと横並びで戦わなければいけなくなりました。ラジオはラジオ業界から外へ目を向け、もう一度自分たちの立ち位置を考えて、価値訴求を行わなければならないでしょう。
 radikoはかなり詳細なデータを取ることができます。今は我々がお手伝いしてデータ処理を行って、番組作りや編成にどのように活かすか考えています。
 データを活かして新しい番組制作の指針などを考えているのですね。どのような発見がありましたか?
93年博報堂入社。コーポレートコミュニケーション局で企業の情報戦略にたずさわる。01年朝日新聞社に出向。スターバックスコーヒー等で発売された「SEVEN」編集ディレクター。02-04年博報堂刊「広告」編集長。04年本屋大賞設立に参画。現在もNPO本屋大賞実行委員会理事として「本屋大賞」の運営を行う。06年博報堂ケトル設立。統合キャンペーンを多数手がけると同時に、雑誌「ケトル」編集長などコンテンツビジネスも展開。12年ブックコーディネータ内沼晋太郎と下北沢に本屋B&Bを開業。
堀内 ラジオのデータを取ると、だいたい3時間ごとに「潮目」が変わるのがわかりました。
 夜22時に大きな潮目があります。これはみなさんが仕事から帰宅する時間ですね。特に若い人は寝る前にラジオを聴く人がけっこう多い。
 「22時の潮目」ってとてもいい。リスナーのモードが切り替わるのがよくわかる気がします。
堀内 オンオフのモードも日中では変わりますよね。これは顕著な動きですが、情報の負荷の低いコンテンツ、つまり大した内容のない聞き流せるコンテンツは人気があります。
 Spotifyのポッドキャストでも英語講座やファイナンシャル講座などが目立ちますが、実際にランキング上位を占めているのはおしゃべり系の番組なんです。
 嶋さんはラジオをよく聴かれますか?
 メディアの中でもラジオは相当好きですね。ぶっちゃけ学生の頃はハガキ職人だったぐらいです(笑)。
 ラジオの素晴らしいところは、聴覚しか使わないので、聞き手の想像力やクリエイティビティに託すことができることです。
 テレビのCMは作り込みますが、ラジオのCMは説明しすぎてはいけないんです。ACCで選ばれるラジオCMの受賞作、つまり優れたラジオCMは余白を残してあるものが多い。
 だからこそ、音声コンテンツはのめり込み度が高くなります。受け手は想像しながら聴く必要があるからです。
 ラジオで「おばあさんがいます」と言ったら、リスナーは全員頭の中に違うおばあさんを想像する。音声コンテンツの作り手は、受け手がある程度の「誤読」をすることも計算に入れて制作している。ここもラジオの魅力の一つです。
堀内 僕たちは嶋さんが今おっしゃったような音声コンテンツの魅力的な部分を理解して、そこから逆算して制作する方法論の開発に取り組んでいます。
 ラジオCMも男性の上司と女性の部下が話すようなテンプレートができてしまっていて、それがなかなか外せない。すごくもったいないんです。
 ラジオって想像力の伸びしろがすごく高いメディアですよね。さらに聴覚しか奪わないので「ながら」もできるわけで、音声コンテンツはすごく可能性があると思います。
 今後、5GなどでIoT化が進んでいくと、コネクテッドカーやスマートミラーなど、あらゆるものがメディアになっていく。
 で、そこには音声インターフェースが増えていくことが予想されるので、運転しながら、料理しながらとか「ながら」ができる音声コンテンツのニーズはますます高まっていくでしょう。
──嶋さんが考えるラジオの優れている点は他に何かありますか?
嶋 ラジオはパーソナライズされるメディアだと思います。優れたしゃべり手はリスナーと1対1の関係に持ち込むことができるんです。僕は「銀座のママ理論」と呼んでいます(笑)。お客はみんなママは自分に気があるって思い込むみたいなね。
 テレビの場合、二人称のときは「みなさん」と複数に呼びかけますが、ラジオでは「あなた」と呼びかけているんです。人気のあるラジオパーソナリティはハガキやメールを読んだら「あなた、大変だったね」と呼びかける。中島みゆきさんなんかはこれを自然にやっていらっしゃいました。
 ラジオで培われた音声コミュニケーションの技術をClubhouseやVoicyなどの新しい音声メディアの発信者が学べば、今は規模が小さくても、また大きな変化が起こるんじゃないかと思います。

音声広告は消費者の「V」をつくる

──音声メディアの収益化についてはどのようにお考えでしょうか?
堀内 今、ラジオはビジネスの立て付けを考えなければいけない転換期に来ていると考えています。ラジオの収益はBtoCではなくBtoB、要するにクライアントから広告を得るモデルですよね。
 新興の音声メディアは基本的にBtoCです。Spotifyはユーザー課金して収入を得ています。両者には決定的な違いがあります。
 これまでラジオは「ファンベース」を大切にしてきました。ファンに向けて、より深く刺さるように濃く番組を作ってきた。
 しかし、同時にファン以外の人の参入障壁が高くなっていたとも言えます。BtoCならユーザーに寄り添って、いかに共感してもらうかが重要な戦略になります。しかし、ラジオの事業モデルはBtoBです。だからクライアントから見れば、新規リスナーを獲得しにくいコンテンツばかりでは困るわけです。
 実はラジオには、どれぐらいリーチしているのか明確な指標がありませんでした。テレビやインターネットに比べると、ラジオはリーチしていないとクライアントに思われている。費用対効果があるかどうかもわかりにくい。
 だから、これまではラジオ局の営業マンがラジオ好きのクライアントに地道に営業して成り立ってきたわけです。
 ラジオがBtoBを続けるならメディア環境全体をマーケティングしていく必要がある。だからデータエビデンスでコンテンツを制作して、効率的に新規リスナーを増やすだけではなく、きちんと最適な情報を届けようという発想が出てきます。それが今radikoが取り組もうとしていることです。
 20世紀の広告モデルはリーチによって成り立っていました。その極地にあるのがネットのPV至上主義ですよね。
堀内 ええ、私はこれを変えられる可能性があると思っています。
 TBSラジオは聴取率No.1を取り続けているにもかかわらず、早い段階からリーチを取るのをやめようと決断しました。だから、我々のような人間を迎えて研究所をつくり、リーチではない価値観と音声の魅力をどうやって復権させていくかを日夜考えています。
 TBSラジオだけでなく、現在はラジオ業界全体をあげてそういう取り組みをしていこうという動きもあります。
 非常に興味深い動きですね。どれだけの人に届いたかというリーチも大事ですが、どれだけ深く刺さったかというエンゲージメントに対してお金を払うクライアントが出てきていて、その可能性があるのは雑誌とラジオだと思うんです。
 たとえば、『BRUTUS』や『VERY』などの雑誌は、部数だけではなく媒体が作るコミュニティや世界観に対してお金を払いたいと思うクライアントも多い。
 企業はブランディングをするとき、リーチとともに世界観を欲しています。世界観に重きを置くマーケットはすごく増えていると感じます。ネットは一般的には世界観を喪失していく世界です。
 なぜならあらゆる情報がアグリゲーション(集約)されていますからね。たとえば、ネットニュースポータルには新聞の記事の下に女性週刊誌の記事が並んでいる。配信元には世界観があるけど、アグリゲーションされた場では世界観が喪失する。
 でも、「ほぼ日刊イトイ新聞」や「北欧、暮らしの道具店」などはネットでもリーチによる広告モデルに頼らないD2C的なビジネスができていますよね。ラジオにも同じようなビジネスの可能性があると僕は考えているんです。
堀内 そうですね。僕らも今、リーチに代わる新しい指標の開発を行っています。
 たとえば、音声広告の指標化にも取り組んでいます。ほとんどの広告モデルは、消費者が意欲のある状態からいかに行動につなげるかを目的にしてきました。一方で、音声広告はアテンション(関心を惹くこと)を持たせる前の「意欲を持たせる」という部分に貢献すると考えられています。これは非常に魅力的です。
 すごく興味があります。くわしくはどういうことでしょう?
堀内 これまでのマーケティングは、SVO(主語・動詞・目的語)のOを消費者に選ばせるものでした。
 つまり、何かを飲みたいと思って自動販売機の前に来た消費者にAを選ばせるかBを選ばせるかという競争を広告でやってきたわけです。
 でも、コロナ禍の影響もありますが、今、消費者にVがありません。誰も何も意欲していない。「無関心化」とも言われています。
 これからは消費者のVをどうやって喚起するかを考える必要があります。そのためには「意欲を持たせる」ように働きかける音声広告が注目されます。
 すごくそう思います。ネットのバナー広告は顕在化している欲望に照らし合わせて出ているだけなので、スポーツカーにまったく興味のない人にスポーツカーの広告は出てきません。
 でも、雑誌などの世界観や価値観を持っているメディアなら、「スポーツカーのある生活は楽しいよ」と提案することができます。
 音声広告も含めた音声メディアは共感のメディアだから、価値観の提示、新しいカルチャーの提示にも適していると思うんです。このマーケティングの感覚値をラジオ局のみなさんがどうやって持つようになるかが大きな課題ですね。

音声メディアは「好き」を多様化させる

──音声メディアのマーケティングにおける有効性について、多くの人に理解してもらうにはどうすればいいと思いますか?
 放送局側の努力が大事になると思います。「聴取率何%を取りました」というものさしとは違うものさしで戦わなきゃいけなくなる。
 それよりも、この番組、あるいはこのステーションはこういう価値観を世の中に提供しています、という明確なビジョンを提示できるかどうか。広告会社もその世界観を理解したコンテンツの売り方をする必要があります。
堀内 実は私から見れば、在京のラジオ局の中で、雑誌のようにはっきりした局の色があって、文脈があるのはJ-WAVEだけです。良くも悪くも、J-WAVEの番組は何を聴いてもJ-WAVE。ステーションカラーで彼らは営業しています。
 TBSラジオさんのスポンサー企画で言うのもなんですが、僕、長年J-WAVEを担当させていただいていたので、うれしいです(笑)。でも、J-WAVEの世界観って開局したときから骨太の方針があったからこそ作られたものだと思います。
堀内 TBSラジオはステーションカラーがあるというより、それぞれの番組とパーソナリティが強い。
 僕たちが今やろうとしているのは、ファンベースドコミュニティを中心にするのではなく、文脈をいったん外して音声そのものが持っている力をちゃんと使おうという方法です。
 音声そのものに力があるということですね。僕はラジオを「嘘をつけないメディア」と言っているのですが、パーソナリティが本当に熱を持って伝えることができると、共感をもってリスナーに伝わります。ラジオショッピングはすごく返品率が低いんです。
 そういう意味でも、音声メディアはブランディングにとって魅力的ですし、何かを選ばせる広告ではなく、価値を感じてもらう広告に本当に向いていると思います。マーケティングの潮流の中で音声メディア、音声広告が注目を集めているのは間違いないですね。
堀内 今のマーケティングは何かを「すでに選んでくれている人」を探しているだけです。「これから選ぶ人」に変えようとはしていないんですね。それでは何かを選んでくれる人たちの取り合いでしかありません。
 音声メディアがこれからやるべきなのは、興味のない人のチューニングを合わせて、振り向かせるイニシャルステップをどう踏ませるかという部分です。
 視覚メディアでは視聴者の興味のない情報を受け取ってもらうのは難しいですが、音声メディアでは情報を受け取ってもらうことができますし、情報に納得してもらうことができます。先ほども言いましたが、「意欲を持たせる」ことに関しては視覚メディアより音声メディアのほうが得意です。
 もともと興味・関心のあったものから何かを選ぶのでなく、「そうか、これが好きだったんだ」と気づいてもらって、その人の好きなものを多様化させるには、音声メディアがとても役に立つんです。
 「好きの多様化」に役立つっていい言葉ですね。覚えておきます。
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