2021/3/30

大幅な医療費節減も。沢井製薬の責任と挑戦

NewsPicks Brand Design チーフプロデューサー
1兆2180億円の市場規模に成長したジェネリック医薬品。医療用医薬品の80%(数量ベース)をジェネリックにするという国の方針もほぼ達成した。
一方で、低価格で利益を出しにくい構造ゆえ、ジェネリックメーカーは新たな成長戦略を迫られているのも事実だ。
そんな中、ジェネリック業界のリーディングカンパニーである沢井製薬は、2021年4月に「サワイグループホールディングス」を設立し、組織をホールディングス化。さらなる企業成長に挑む。
ジェネリックを取り巻く環境、新たな事業展開とホールディングス化による成長戦略について、沢井製薬代表取締役社長・澤井健造氏にインタビューする。
INDEX
  • 20年でジェネリック市場は急拡大
  • 医療費の約1.8兆円の節減効果
  • 「ブランド力」と「開発力」
  • 飲みやすくするための製剤の工夫
  • ホールディングス化でさらなる攻めの一手へ
  • 米国市場への参入も成長ドライバーに

20年でジェネリック市場は急拡大

──沢井製薬は国内のジェネリック医薬品市場で高いシェアを誇ります。業界のリーディングカンパニーとして、現在のジェネリックを取り巻く環境をどうご覧になっていますか。
澤井 ジェネリックは特許が切れた新薬を後発医薬品として開発販売するものです。同じ有効成分で品質、効き目、安全性などが同等、かつ低価格な薬として急速に普及しています。
 沢井製薬では、1965年から医療用医薬品を扱ってきた長い歴史があります。その中で、ジェネリックは「国民の共有財産」という強い信念のもと、1990年代からジェネリックの啓発活動をスタートしました。

医療費の約1.8兆円の節減効果

──2000年代から国もジェネリックの普及に本腰を入れるようになります。こういった国の政策的な後押しも、大きく影響したと思います。
 過去、日本でジェネリックが普及しなかった理由のひとつに、国民皆保険制度があります。医療費が3割負担ですむので、低価格のジェネリックに経済的メリットを一般の人たちが感じづらかったのです。
 しかし、国の医療政策において、医療費は国民所得の約10%を占めるほどになり大きな課題となっています。増大する医療費の中でも約20%を占めるのが薬剤費。その節減に効果的な施策のひとつがジェネリックの普及です。
 まずは、1980年〜90年代に、品質の安全性確保のため、ジェネリック承認申請の基準などの規制を強化。市場に出回っていたジェネリックの再評価も行われ、より安心して使える体制が整いました。
 2000年代に入り、国もジェネリック医薬品の普及に力を入れるようになりました。政策的な後押しを受けて当社も大きく成長してきました。
 2010年以降も当社は将来の需要拡大を見越して計画的に設備投資を行ってきました。
 さらに2017年の骨太方針で、2020年9月までにジェネリック使用量を80%とする目標が設定されました。
 こういった積極的な国の政策のおかげで、市場は拡大。骨太方針の目標値である80%もほぼ達成し、これによる医療費節減効果は約1兆8000億円とされています。

「ブランド力」と「開発力」

──拡大する市場でトップクラスのシェアを維持し続けた「競争力の源泉」は、どこにあったのでしょうか。
 前提にあるのが、長年、積極的に啓発活動をしてきた実績による「ブランド力」。最も大きな要因は、製剤に付加価値を加える「研究開発力」でしょう。
 また、品質を担保した製品を供給し続ける「安定供給力」も欠かすことのできない要因です。
 沢井製薬は薬剤師の選ぶ「好感が持てるジェネリックメーカー」として、11年連続1位に選ばれています(※)。その理由も、安定供給と品揃えの豊富さが評価されたことにありました。
※日経ドラッグインフォメーション調べ
──安定供給について、ジェネリック特有の事情があるのでしょうか。
 大前提として、医療用医薬品は「品切れがあってはならない」ものです。特にジェネリックは、患者さんが日常的に使う薬が多く、この大前提を堅守していくことが私たちの使命です。
 一方で、身近なお薬だけに、季節的な要因などで需要が激しく変動するお薬もあります。実際、コロナの受診抑制によって、呼吸器官用薬、抗生物質製剤の需要は大きく減少しました。
 新薬と違い、少量多品種を生産するのがジェネリックメーカーの特徴です。沢井製薬は約780品目、錠数にして年間約124億錠を販売しており、それだけの多品種のジェネリックを安定的に生産できる体制を整えないといけないということです。常に数品目を定量かつ大量に作り続けていくという業界ではありません。
 また、ジェネリックは工場のひとつのラインで複数の製品を生産します。すると、生産する薬を変えるタイミングで作っていたお薬の有効成分等が残らないように、ラインの徹底的な洗浄も必要です。生産する種類が多いほど、そういう煩雑な工程が多く行われることになります。
 これらをクリアするためには、緻密な生産計画とフレキシブルに対応できる調整力とを兼ね備える必要があります。そのような「生産体制」が当社の成長を支えてくれているといえるでしょうね。

飲みやすくするための製剤の工夫

──ジェネリックの使用割合が上がったとは言え、安全性や品質に不安を抱く人もいます。
 ジェネリックは、先発メーカーと全く同じ基準、同じ規制で作られる薬です。その点で、効き目も安全性も同等です。
 新薬と同じ有効成分を同じ量含有していますが、有効成分以外の添加剤が異なる場合があります。添加剤は、それ自体では人に対して薬理作用がなく、安全性が確認されているものを使用しています。添加剤は、新薬、ジェネリックを問わず広く医薬品に使用されているものです。
 逆に、新薬の発売から20年ほどたっている場合なら、当時より技術が進歩していることもあるわけです。当社独自の技術により、製剤工夫などの付加価値を加えているお薬も多くあります。
 例えば、当社独自の技術を活用した最近の事例を紹介すると、オリジナルのプレミックス添加剤(※)、オリジナルの核粒子技術(※)などを活かした製品も出てきました。
 お薬を服用しやすくするための技術であるとともに、実は製造時間の短縮など生産効率を高めることにも寄与しています。
オリジナルのプレミックス添加剤:錠剤、特にOD錠を製造するにあたり、錠剤としての高い硬度、速崩壊性、耐湿性など相反する特性を兼ね備えさせるために開発した特定の添加剤の組み合わせ。
オリジナルの核粒子技術:原薬(有効成分)の苦味を抑えるためのコーティングをする際、コーティング剤を少量で均一に被覆することができ、効率的に原薬の苦味を抑制できる技術。従来よりもコーティング顆粒を小さくできるため、錠剤サイズも小型化できるとともに服用感の向上にも効果を発揮した。
 服用する患者さんに実感してもらいやすい付加価値としては、水なしでも飲めるOD錠にする、苦味をマスキング(抑制)する、カプセルから錠剤に変えるなどが挙げられます。これらもジェネリックの製剤工夫のひとつです。
 工夫や改善は、医療用医薬品を取り扱う医療関係者向けのものもあります。処方や調剤がしやすいように錠剤を分割できる割線を入れたり、取り間違いがないようにパッケージの製品名を区別しやすく表示したり。医療過誤防止の工夫も続けています。
 私たちはお薬だけでなく、包装も含めた医薬品の品質向上に常日頃からトライしているのです。ジェネリックは低価格なだけでなく、様々な工夫をこらしているということは、もっとアピールしていきたいポイントですね。
 医薬品を製造する工場は、法令で定められた基準に基づき、製造管理と品質管理を行っています。
 当社では、工場が法令に基づいた基準に適合した製造管理と品質管理の下で製造を行っていることを当社の品質保証部門が現地等で確認しています。
 さらに、当社ではより良い品質のジェネリック医薬品を世に送り出すために、 国が定めているものよりも厳しいサワイスペックの基準を設けています。

ホールディングス化でさらなる攻めの一手へ

──2021年4月には、「サワイグループホールディングス」を設立しホールディングス化を予定しています。どんな狙いがあるのでしょうか。
 私たちは高品質で低価格のジェネリックを社会に提供することの意義を自覚するとともに、ジェネリック以外にも患者さん、ひいては世の中の人々に役立てることはないかと思いを巡らせてきました。
 今後10年先を見据えた「長期ビジョン」を策定中です。2021年5月以降に「サワイグループホールディングス」として、中期経営計画と同時に発表を予定しています。
 ジェネリック医薬品でいうと、日本では「薬価制度」で薬の価格が決まります。これまでは2年に1回、今後は年1回のペースで薬価改定が行われ、ジェネリックの値段はどんどん下がっていく。
 企業努力でどれだけ品質の良いジェネリックを開発しても、価格が下がる一方では、高品質な医薬品を安定的に供給し続ける社会のインフラとしての役割を果たすことが難しくなるかもしれません。
 私たちを取り巻く環境が変化するなかで、ジェネリック医薬品事業以外にも周辺領域で新しく事業を開拓し、社会に価値を提供し続ける。それがホールディングス化にシフトする最大の動機です。
 ホールディングス体制への移行は2021年4月1日ですが、既に種をまいているものもあります。例えば、治療用アプリや在宅で使える医療機器などを使った「デジタルヘルス」領域の事業です。
──コロナ禍で様々な業界でDXが進みましたが、その流れとも重なるのでしょうか。
 ニューノーマル時代を迎え、当社でも社内、社外のコミュニケーション方法が大きく変わり、変化を実感しています。
 そんな状況で、自分たちができること、やらなければならないことを改めて考えて、行き着いた答えでもあります。医療においても、在宅診療や一部オンライン化が増えていくでしょう。社会貢献という意味でも、デジタルヘルスの可能性という点でも注力すべき領域だと考えています。
──具体的にどのようなビジネスモデルを想定しているのでしょうか。
 我々が注目しているのが中枢神経系(CNS)領域、いわゆる精神・神経疾患です。
 メンタルヘルスに影響を与え、重要性がすでに認識されている欧米に比べると、日本はまだまだ偏見が多く、うつ病でも受診を躊躇する人が多くいます。頭痛など、表に出てこない隠れた患者さんも相当数いるはずです。
 そういう患者さんに、お薬以外で、自分で使えるアプリや医療機器を提供できれば、治療の選択肢を増やすことになるはずです。
 特にCNS領域では、データ活用をしながら自宅治療を行うニーズが高いと予想しているので、大きな可能性があると思っています。
──一般の患者さんはどのように使えるのでしょうか。
  現在、導入を検討している片頭痛やうつ病治療用のニューロモデュレーション(※)機器でいうと、想定しているのは、保険適用で医師が処方するという方法です。在宅で使用できる機器となる予定です。
※ニューロモデュレーション:神経細胞に電気・磁気の刺激を与えることにより症状の改善を図る治療法。薬物治療以外の選択肢として治療の幅を広げられる可能性がある。
 このほかにも新規事業として、ALS治療薬の共同開発や、デジタルヘルス分野における資本業務提携なども進めています。

米国市場への参入も成長ドライバーに

──沢井製薬は2017年から米国市場へも参入しています。ホールディングス化によって、米国での展開にも変化がありますか。
 国内新規事業と米国市場でのシェア拡大は、今後の成長ドライバーの両輪だと考えています。
 沢井製薬では、2017年に、米国・アップシャー・スミス・ラボラトリーズを買収しました。同社はジェネリックとCNSブランド薬を展開しており、ニッチではあるものの100年の歴史で培われたブランド力を持ち、米国市場において目利き力がある会社です。
 米国のジェネリック市場は日本の10倍にあたる約10兆円規模です。この大きな市場で存在感を出していくことが、我々の目標のひとつです。
 ホールディングス体制へ移行することで、これまで培ってきたジェネリック事業に加えて、デジタルヘルスなどの新規事業について、積極的な企業戦略を加速度的に進めていきたい。「沢井製薬」、「サワイグループホールディングス」にとって新たな、そして大きな挑戦のはじまりだと思っています。