2021/3/22

“生きたビジネススクール”=リクルートで社会を動かすビジネスを

NewsPicks, Inc. Brand Design Senior Editor
「リクルート出身」という肩書を持つ人物が多方面で活躍し、『人材輩出企業』と呼ばれて久しいリクルート。

多くの起業家を輩出する一方で、一流講師の授業をオンラインで安価に提供する『スタディサプリ』や、『Airレジ』『Airペイ』をはじめとした業務・経営支援サービスAir ビジネスツールズなど、リクルート内部からも新規事業が続々と登場している。

なぜ、時価総額が9兆円にも達する企業が新しい市場を創出できるのか、身軽なスタートアップではなくリクルートでプロダクトを生み出すメリットは何か──。

『スタディサプリ』の事業責任者である山口文洋氏、Air ビジネスツールズ統括プロデューサー林裕大氏が、リクルートでの事業開発の経験と醍醐味について語った。

リクルートは“生きたビジネススクール”

──これまでリクルートは起業家を数多く輩出してきましたが、これにはどういった背景があると思われますか。
山口 リクルートは“生きたビジネススクール”のようなもので、あらゆるメンバーがビジネスの仕組みや職種ごとのノウハウを学びながら、常に新しい価値を生み出すことを考えている組織です。
 それが既存事業の延長線にあればそのまま社内で走り始めますし、異なるフィールドでチャレンジしたい人は外に出てチャレンジすることになります。
 リクルートは格差をなくし多くの人が恩恵を受けられるインフラ作りを志向しているところがあるので、『スタディサプリ』やAir ビジネスツールズなどは、まさに当社が手がけるのにふさわしい事業でした。
 リクルートのメンバーは、リクルートで得た経験を持って起業する人もいれば、社会課題をテーマにしてインフラ作りをするような盤面の広さを重要視したい人などさまざまですが、いずれにしても定年まで勤めあげようとする人はほとんどいないと思います。
 そうなんですよね。僕のほうで付け加えるなら、当社が「新しい価値の創造」と掲げるバリューに、「世界中があっと驚く、未来のあたりまえを創る」という一文があり、リクルートはまさにこれを体現している組織なんです。
 どうしたら社会の課題を解決できるかという問いの答えを探し続けるだけでなく、それにどう向き合うかという強い当事者意識を求める社風がある。
 解決すべき課題はさまざまなものがありますが、会社として取り組むかどうかは、既存事業とのシナジーや市場の大きさを考慮して判断することになるのだと思います。
──お二人は『スタディサプリ』とAir ビジネスツールズという新規事業をそれぞれ成功に導きましたが、起業ではなくリクルートの中で形にできたことをどう振り返りますか。
山口 やはり社会的インパクトが圧倒的に違います。リクルートが本気で社会を変える挑戦をしようとすれば、資金だけでなく人材やインフラなどの既存リソースを大規模に振り向けることができるので、ビジョンだけではなく本当に社会を変える挑戦ができる。
 自分で起業すればスタートは数千万円程度、4~5年で数億円調達という規模が一般的だと思いますが、リクルートの中で立ち上げるなら投資できる額のケタが変わります。影響力や規模を重視するならやはり大企業でのスタートが有利です。
 私自身は、世の中をあっと言わせるようなプランを持っているなら、大企業だろうがスタートアップだろうがフィールドは関係ないと思っています。
 それでも、最初からフルスロットルを踏める環境や、社会がその考えを受け入れて人々が行動を変えていくまでの間、根気強く投資し続ける体力が必要な場合は、やっぱり大企業が強い。
山口 すでにある市場との接点が大きいのもメリットですよね。
 たとえば、『スタディサプリ』は早い段階から高校での導入が始まりましたが、これは何十年もの間、進路指導やキャリア教育を支援するメディア事業があって、学校現場をカバーする営業部門があったからです。
 既存事業で蓄積してきたインフラや信用、リレーションが新規事業で生かせたわけです。
 そうそう、こうした目に見えない資産の価値は、僕も実感しましたね。札幌で『ホットペッパーグルメ』の営業を担当していたのですが、その過程で街のお店といっても業種や規模の違いでバックエンドの業務フローはまったく異なることがわかりました。
 個人商店から中堅、大手まで多くのクライアントから率直な声を集められることに加え、社内にはさまざまな業界で深い知見を持つメンバーがいます。こうした人たちと“壁打ち”できる環境も、大きなアドバンテージです。

20・30代でも億単位の予算を動かす裁量権を持てる

──逆に、意思決定が遅いとか、裁量が少ないといった大企業ならではのデメリットを感じることはありますか。
山口 確かにスタートアップに比べると、スピードではかないません。たとえば、ゼロから新しいウェブサービスを生み出すだけなら、少数でやったほうが断然早い。
 でも、何千万人もの人に利用されるサービスを目指すならまったく異なる視座が必要だし、考えなければならないことが山ほどあります。
 生み出そうとするものが社会インフラである以上、不具合が生じた場合の影響も大きいので、多少スピードを犠牲にしてもさまざまなチェック機能を働かせるのは必要な関門だと考えています。
 僕も同感です。必要なプロセスはスピーディーに進めているし、ムダに時間がかかっているとは思いません。裁量についても、むしろ無限にあるような気がしています。 
 「こういうことがやりたい」と言ったときに上司も含めて頭ごなしに否定する人は誰もいませんし、むしろどうしたら実現できるかを考えてくれる仲間がいる。改めて振り返っても、権限が小さいとか裁量が少ないと感じたことがないですね。
山口 プロダクトにかかわるプロダクト統括本部は、一般的な会社の組織に比べると若い人材が多いと思います。
 責任者である私が40代前半で、実際に事業を動かしているのは20代と30代が中心です。しかも、決裁権の多くが『スタディサプリ』や『ホットペッパーグルメ』など各事業領域に渡されているので、若手からのボトムアップもしやすい。
 20代や30代で何百億円を売り上げるインフラのプロダクトマネージャーを務めたり、何億もの予算を動かしているわけで、実質的にはベンチャー企業のトップに匹敵するほどの裁量を早い段階で手にすることになる
お二人は若手を育てる立場でもあります。人材育成ではどんなことを大切にしていますか。
 仕事をおもしろいと感じるためには、自分で考えて、決めて、動く必要があると思っているので、どうしたらそれを実現できるかを最重要視しています。
 間違った行動では結果が出ないので軌道修正させることも大切ですが、知恵と勇気を振り絞って真正面からぶつかって、うまくいかずにもがき苦しむ経験も必要です。
 見守るべきかサポートすべきか、その瞬間ごとにどの選択がベストなのかを常に考えています。
山口 当社のマネジメント層が人材開発にかける意気込みには、並々ならぬものがあります。
 まず、半年に1度の人材開発委員会の場で、メンバー一人ひとりの強みや成長、意欲や希望、苦手分野などを確認し、次の半期に経験してもらいたい役割や最適なポジションを検討します。
 チームを決める際には、互いの不足する部分をカバーし合い、それぞれが強みを発揮できる組み合わせを徹底的に議論します。常に最強のチームを編成できるよう日々の仕事の中でも丁寧に観察し、フィードバックしたり編成を見直したりもしています。
 一人ひとりが働きやすく、チームで認められ活躍できていると感じられる環境をつくるためにかなりの時間を費やしていますね。
──お二人がそれぞれの事業を通して、社会に届けたい価値とは何ですか。どんな未来を目指しているのでしょうか。
山口 僕はリクルートで学んだことを教育現場に広げていきたいという想いで、まなび事業に取り組んでいます。それは、“グロース・マインドセット”で挑戦することです。
 社会を変えようとする大きな挑戦には挫折や失敗がつきものですから、どうしても「怖い」という“フィクスト・マインドセット”が働いてしまいがちです。
 毎日、1限から6限まで正解ありきの学校教育を受け、それでも足りずに塾に通う現代の子どもたちは、余裕のない日々に追われてなるべく安全なレール上にとどまろうとしてしまいます。
 彼らが自由に興味を広げ、挑戦できる余白をつくるには、学習生産性を上げていく必要があります。
 疲弊している現場の先生たちにも、効率化できるところはEdTech(エドテック、教育×テクノロジー)に任せてもらって、一人ひとりに寄り添うメンター的な役割や、意見の異なる子どもたちが議論しながら考えを深めていくサポートに注力してもらいたい。
 今は学校現場のDX化支援を一丁目一番地とし、併せて個人の学習環境の効率化も進めることで、目の前の勉強を“夢につながるやりたいこと”に変えてほしいと思っています。
出典:『マインドセット「やればできる! 」の研究』より
 夢や目標に近づくために今の自分をアサインしていくリクルートのような場に、学校を変えていきたいんです。
 僕自身、リクルートに入る前は失敗するリスクを避けていたし、こんなの無理だとやる前からあきらめることもありました。でも、この会社で人格がポジティブになったと実感します。
 リクルートは、常に挑戦させてくれる会社です。
 失敗して評価が下がるのではなく、その学びを振り返り、仲間と共有し、次につなげることが求められる。挑戦は成功と失敗という対極の結果をもたらすギャンブルではなく、いずれにしても大きな学びと自己成長を得られるのだと実感させられるんです。
新たな価値向上に貢献したイノベーション事例を全社で表彰している。現在はオンラインにて実施

自分たちのチャレンジが“社会を動かした”という手ごたえ

 山口さんが理想とする世界を、僕はスモールビジネスの中で実現したい。具体的には、「誰でも1秒で起業できる世界」です。
 お店を経営する人たちは、「おいしい料理で人を幸せしたい」とか、「自分のサービスで喜んでほしい」という想いを持って開業したのに、現実にはそれとはあまり関係のない作業に忙殺されています。
 Air ビジネスツールズさえ使っておけば本業に全力を注ぐことができて、それ以外のことを意識する必要がなくなるというビジョンが「Air」というプロダクト名につながっているのですが、それを地で行ける世界を本気で作っていきたいんです。
 中小企業や個人商店がDX化なんてできるのか、という否定的な声も聞かれますが、できるかできないかではなく、自分たちの手で実現するつもりでいます。
 DX化というとものすごく高度なことが求められる印象もあるでしょうが、UXをとことんやさしくして、煩わしいと思っていたことが楽になっているという世界を広げていくのが僕らの使命なんです。
 世の中は、いつの間にか劇的に変わっていますよね。たとえば、iPhoneが登場する前の世界と今とでは、まったく暮らしが違います。自分はこの変化をただ眺めている側ではなく、変えられる側にいることにすごくワクワクしますね。
 日本のビジネスに占める大企業の割合は1%にも満たないので、社会を変えるには中小企業や零細企業、個人商店をDX化する必要があります。それをどう進めていくか、仕掛ける側にいられることで人生を豊かにできていると感じます。
山口 まったくそのとおりで、「社会を変える側」にいられる使命感と充実感は、何ものにも代えがたいと思います。
 私はオンラインで学ぶという選択肢がほとんどなかった10年前に、硬直化した教育現場をデジタル化する変革に挑みました。当時は多くの人に無謀なチャレンジだと言われましたが、現実に学校現場のIT化が本格化し、オンラインでの学びは有力な選択肢の一つになっています。
 ここにたどり着くまでに、『スタディサプリ』が一定の役割を果たしたと自負していますし、僕らの挑戦で社会を少し動かせたという手ごたえがある。
 どのチャレンジも難度は高いし、1~2年で結果を出せるような問題ではありません。それでも、同じ志を持つ仲間と、社会を少しずつ変えていることを実感しながら自己成長のサイクルを回し続けていきたいですね。