(ブルームバーグ): 東京五輪・パラリンピック大会まで4カ月余り。開催に不透明感もくすぶる中、本来注目を浴びるはずの日本代表選手の多くが複雑な思いを抱えたまま練習を続けている。「選手たちの思いを知ってほしい」。日本オリンピック協会(JOC)の山下泰裕会長が開催機運を高めたいとインタビューに応じた。

「選手がポジティブな発言をすると容赦なくたたかれてしまうことがある」。山下氏は選手の置かれた現状をこう表現する。医療従事者が大変な思いをしているのに自分たちだけが好きなスポーツをして許されるのかと罪悪感を覚える選手や、競合する外国選手の活躍に焦りを感じる選手もいるという。

海外遠征も十分な練習もできない中で昨年来、選手たちと意見交換を重ねてきた山下氏は、「見る人にとっては4年に1回でも、選手にとっては身を削り、命をかけた一生に1回」と理解を求める。

1年延期となった大会に照準を合わせて練習を重ねる選手たちに、変異株の感染も広がる新型コロナウイルス禍が追い打ちをかけている。英紙タイムズが東京五輪開催は世界のリスクだとするコラムを掲載するなど中止を求める声も根強い。女性蔑視発言による大会組織委員会の森喜朗前会長の辞任劇も世論の反発を招いた。

山下氏は満員の観客と声援が選手にとって最高だが、安全で安心な大会を担保するためには観客ゼロもあり得るとし、どんな状況でも「選手たちが迷いなく集中して準備できる環境作り」を最優先すると語った。

「クラブハウス」で理解訴え

2016年リオ・パラリンピック陸上車いす競技の銀メダリストで東京大会出場が内定している佐藤友祈選手は最近、音声交流サイト(SNS)の「クラブハウス」に参加。「森発言」「五輪開催の是非」などのトピックを見つけると、選手の思いを知ってもらおうと発言を試みている。

「選手としてやれることは何も変わらず、関係者が開催に向けて努力している以上は、ベストパフォーマンスの発揮に集中すべきだ」と佐藤氏は言う。コロナ禍を理由に「昔はできていた」と不自由さを語る世論に、脊髄炎で車いす生活になった21歳当時の自分を重ね「気持ちを強く持ち、できることを探す」意義を訴える。「今だからこそパラリンピック競技を見てもらう意味があると信じている」。

幻の五輪

柔道で203連勝の記録を誇る山下氏も、金メダル確実と言われながら五輪に出場できなかった経験を持つ。旧ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議して西側諸国がボイコットした1980年のモスクワ大会だ。過去を振り返るのは好きではないという山下氏だが、「全部忘れたようで潜在意識には残っており、必要なときには浮かび上がってくる」と述べ、東京大会の行方を不安視する現役選手に理解を示す。

山下氏は「世界中の選手の一生に1回のために最高のパフォーマンスが発揮できる環境を提供したい」と強調。今後1カ月ほどで国民に多くの安全情報を提供できるとの見通しを示し、海外のスポーツイベントなども参考に選手が安心して競技に集中できる方策を打ち出していくと述べた。

東京五輪・パラで5者協議、海外観客受け入れは月内に判断で一致

東京大会の組織委では、先月就任した橋本聖子会長が女性理事の比率を40%超に引き上げるなど森前会長の問題発言で失墜した信頼の回復に取り組んでいる。山下氏は、橋本氏について「アスリートに対する思いが非常に強い一番身近な仲間」と述べた上で、全ての競技団体と一致して支え、多様性確保などを進めていく決意を示した。

共同通信などは9日、政府が海外からの一般観客の受け入れを見送る方針を固めたと報じた。組織委などは聖火リレーが始まる25日までに外国人客の受け入れ可否を判断し、4月末までには会場に動員する観客数の上限を決める方針としている。

テスト大会を兼ねて5月4日に行われる予定だった体操の個人総合ワールドカップ東京大会の中止が9日に決まった。福島県で行われる聖火リレーの出発式典も無観客となる方針と読売新聞が同日報じるなど、安心・安全な大会実現への模索が続いている。

(組織委の橋本会長に関する発言を追加して更新します)

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