2021/3/18

なぜ、ソニーが「新規事業」を支援するのか?

NewsPicks Brand Design editor
日本の未来を担う実践者たちが交わり、「知」の化学反応を起こすNewsPicks主催のトーク番組「NewSession」。
今回は、「ブームで終わらない。“新規事業”は、どう実装させるべきか?」をテーマにセッションが行われました。ゲストはソニー株式会社Startup Acceleration部門、副部門長の小田島伸至氏です。
スタートアップから大企業まで、“新規事業”に注力するビジネスパーソンが激増している現在。新規事業開発で見られる課題点を可視化しながら、それらを解決するSSAP(Sony Startup Acceleration Program)の取り組みに迫ります。

新規事業開発「5つの課題」

佐々木 近年は、あらゆる企業がAcceleration Program(アクセラレーションプログラム)を立ち上げ、新規事業開発ブームが起きている印象です。
小田島 そうですね、たしかに多くの企業で同様のプログラムがはじまりましたが、長く続いているところばかりではありません。
私たちは今年で7年目。ここまで続けてこられたのは、会社がしっかりと課題意識を持っていることと、社員が新規事業開発を“自分ごと化”できるシステムがある、という2点が大きな要因だと思っています。
また、社内ではマネジメント層が頻繁に「既存事業の深化と、新しい事業の探索が重要だ」と話します。こうした指導は、プログラムを継続していくうえで必要不可欠です。
佐々木 一方で、新規事業開発を推進するには課題も多くあると思います。
小田島 私がSSAPでの活動を通して感じた課題は5つあります。
1つ目は、ダイヤモンドの原石のような人材が埋もれてしまっていること。
社内外を問わず、有能な人材がいてもアイデアを実現するきっかけがないことが主な要因だと思います。
2つ目は、新規事業のプロセスが不明瞭で、「事業のつくりかた」がわからない人が圧倒的に多い点です。事業開発って、学校で習うこともないですし、会社に入ってからも携わる機会はほとんどないですから。
事業づくりを経験するためには、自分で起業しなければいけませんが、それには大きなリスクを伴います。もっと気軽に起業できたり、事業開発を学べたりする環境が手に入るようにしなければならない。
3つ目は、新規事業開発のフローに、あまりテクノロジーの力が入っていないこと。この分野においては、いまだ精神論が根強く残っていると感じました。
スタートから精神論の要素が強いと、新規事業にチャレンジする人はさらに少なくなってしまいます。誰でもプロトタイピングできるようにしたり、動画のつくり方を教えたり、テクノロジーを活用して、新規事業に取り組む最初のハードルを下げることが重要だと思っています。
4つ目は、市場規模の小さい事業を扱うことに慣れていないビジネスパーソンが多いことです。同じ時間を割いたら100億円になる事業と、1億円になるかもわからない新しい事業があったら、前者を選ぶ方が多いでしょう。規模が小さいからという理由で、画期的なアイデアを見逃してしまっている可能性もあります。
5つ目は、新規事業を事業ドメイン(企業が定めた自社の事業を展開する領域)にまで発展させられないことです。
新規事業を立ち上げて良いスタートを切れた事業でも、適切なバックアップを得られずに孤軍奮闘になってしまうケースが多い。立ち上げと、組織・事業を拡げていくことの両面を同時にできる方が少ない印象です。
佐々木 なるほど、課題は明白ですね。それらに対してソニーが取り組んでいることはありますか?
小田島 まずは、課題の1つ目と2つ目を解決するために、新規事業開発のフローと組織づくり、そして人材育成に力を入れてきました。
さらに取り組みを社外に展開することで、社会全体における新規事業開発のプラットフォームをつくっていけたらと思っています。
佐々木 そうした組織づくりのノウハウまで社外に広めていくのは、どうしてですか?
小田島 私は「記憶や知見が残る仕組み」がとても大切だと思っているんです。
どんな分野でもその仕組みがあれば、教育は上手くいきます。先人が学んだことが記録として残るから、同じ失敗を避けられる。
でも、新規事業は現状、まだその仕組みが成立していない。100個の新規事業のうち、99個が失敗する厳しい世界なのに、失敗した経験が残らないから、みんなまた同じような失敗をしてしまう。
仕組みができあがらない、つまり記憶や知見が残らないのは、指導者がいないのが大きな原因だと思っています。学校って、生徒たちはどんどん卒業していきますが、先生はその学舎に残りますよね。教育機関には、必ず専門の指導者がいて、次の生徒を待っている。生徒を迎え入れて送り出す、というフローができているんです。
日本の新規事業開発全体において、この要素がすっぽり抜けてしまっていることは大きな問題だと考えています。
ソニー本社内に設置されたオープンイノベーションのためのスペース「SSAP Open Innovation Village」

外部のアイデアと社内人材をかけ合わせる

佐々木 社外との取り組みでは、これまで何件くらいの新規事業が立ち上がったんですか?
小田島 これまでに17の事業化を実現し、社外のお客様とは2年間で82件(2021年1月末時点)契約しました。
佐々木 ここにいくつかプロダクトがありますが、代表例を解説していただけますか?
小田島 初期の代表例2つをご紹介します。
「wena(ウェナ)」は、一見普通の腕時計ですが、バンドの中に回路が埋め込まれていて、実はスマートウォッチになっている時計です。
スマートウォッチ機能を搭載した「wena」
小田島 これは社内事例で、2014年に新入社員が提案したアイデアです。おしゃれなアナログウォッチを使いたいけれど、健康管理などスマートウォッチの機能も使いたいと思ったのが開発のきっかけ。
社内コンテストで優勝したのですが、当時アイデアを事業化するには経験とスキルが足りなかった。そこで、ソニー社内からサポートしてくれるメンバーを募集したんです。すると、回路の設計者、メカニック、無線エンジニアなど、サポートしてくれる社員がすぐに集まりました。
開発が進むにつれ「これは仕事としてやったほうがいい」と思い、その後SSAPで初めてアクセラレーターチームをつくることに。結果的に「wena」は1年半ほどの開発時間を経て一般向けに発売され、たくさんのお客様に喜んでもらえました。
佐々木 社内人材活用の素晴らしい事例ですね。もうひとつは?
小田島 はじめて社外組織と取り組んだ、スマートロック商品の「Qrio Lock(キュリオロック)」です。
社外のシリアルアントレプレナーが提案した「Qrio Lock」
小田島 相手企業の社長はマーケティング能力に長けている方だったんですが、製品をつくったことはなかったんです。そこでSSAPからエンジニアチームや専門家を派遣したところ、思いもよらないアイデアがたくさん出て、お客様に満足してもらえる商品に仕上がりました。
外部のアイデアと社内の人材を組み合わせると、速いスピードで大きな価値を生むことができるなと、SSAPを社外に開くきっかけになった事例になりましたね。
その他、SSAPで開発されたプロダクト

人材もスキームも「流動的」であれ

佐々木 人材の話でいうと、シリコンバレーはVCがプロデューサーを担うなど人材流動性が高いですが、日本の場合は大手企業が中心になって人材交流するのがいいのかもしれませんね。
小田島 そうですね。私自身がベンチャー企業の経営にも携わっているので実感がありますが、例えばベンチャー企業の場合は、雇用にはリスクも壁もある。人を雇おうとすると長期的に雇うつもりで採用しなければなりませんが、そこまで体力がなかったり、市場に人材がいなかったり。ベンチャー企業が優秀な人材を確保することはすごく難しいけれど、事業開発には目の前の即戦力が必要です。その需要に対し、大手企業は人材が豊富なので、たとえば1週間とか1ヶ月だけといった小刻みな期間でのフレキシブルなサポートが可能です。
新規事業サポート専門の社員でなくても、支援に参加してくれる社員もいるでしょう。そのブリッジをするのも、我々の役割です。
新規事業サポート専門の社員でなくても、支援に参加してくれる社員もいるでしょう。そのブリッジをするのも、我々の役割です。
佐々木 なるほど。
小田島 これは先ほどの課題5つ目「事業ドメイン」の解決策でもあります。
ベンチャーが大きな事業展開を考えたとき、大手と組むことも検討されると思います。いざそうなったときに、大手企業とのリレーションを持っていなければいけないし、大手企業側も新規事業開発への準備ができてないといけない。そうしたシチュエーションに備えて、我々も常に大手企業側へ新規事業の大切さをお伝えしながら、ベンチャー企業の組織開発サポートをする。それが、流動的でスムーズなスキームづくりに繋がると考えています。
佐々木 ではSSAPのビジネスモデルとしては、コンサルフィーをもらう形ですか?
小田島 はい。私の感覚として、きちんと新規事業を開発しようとすると、30名は人材が必要です。でも最初から30名分の予算を充ててもらうことは難しくて、平均すると5名分程の予算になることが多い。
その25名分のギャップを、我々からレンタルすることで埋めていただくイメージです。なので、お客様にとっては予算をぐっと抑えられる結果になっていますね。
佐々木 25名のプロフェッショナルを限定派遣するって感じですね。

ソニーにとってのメリットは?

佐々木 反対に、ソニーにとっての一番のメリットはなんなのでしょう?
小田島 1つは、アイデアと人材の発掘です。ソニーだけでやるより、他社と一緒にやったほうが、より多く広くのアイデアを実現できる。だから、まずは我々のノウハウや経験、人材を提供する。そして、アイデアを持つ外の人材と協業する機会が生まれるのがソニーとしての大きなメリットです。そうしたリレーションシップをつくりたいというのが一番の目的になります。
将来的には、お互いの事業を広げるきっかけになればいいなとも思っていますね。
佐々木 ソニーがCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)のように投資をすることもあるんですか?
小田島 はい。我々もシード向けの少額投資機能を持っているので、とにかく事業を立ち上げたいという人へは我々から少額の投資を行っています。
そして、本格的に大きく育ちそうな段階の事業には、我々の後ろにあるソニーイノベーションファンドという大きなファンドをつなげることもあります。事業がある程度育った先で、新たなパートナーを見つけるための出口を整える必要もあるからです。常に投資や成熟した企業との連携を考えながらサポートを行っていますね。
佐々木 他の大企業と手を組んだり、ベンチャーに投資したり……。なんだか生態系をつくっている感じですね。すごく上手い。
小田島 ありがとうございます。循環型の仕組みができればと思っています。
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