2021/3/15

【武田CFO×田中道昭】売上No.1国内製薬会社「タケダ」が変わる理由

NewsPicks, inc. BRAND DESIGN SENIOR EDITOR

すべての部門で徹底した「患者さん中心」という考え方

田中 タケダは240年続く日本の伝統的な企業でありながら、近年の急速なグローバル化によって、現在は売上収益で世界トップ10に入るグローバルなバイオ医薬品企業に変革しています。その裏には何があったのでしょうか。
コスタ まさに、私は日本のタケダという製薬企業が真のグローバルプレイヤーになろうとしている過程に強い興味を持ち、2015年に欧州・カナダの財務担当責任者(CFO)として入社しました。
 それまで、世界的な製薬会社のメルク社やアラガン社のエグゼクティブ ファイナンス ディレクターとして約20年キャリアを積んできたのですが、タケダの変革はずっと気になっていたんです。
 まず、タケダが変革できた理由を一つ挙げるとするならば、あらゆる領域で「患者さん中心」を起点としてより一層考えるようになったことでした。
「患者さん中心」はタケダの企業理念として長らく根付いていましたが、それが財務戦略やIT戦略など数多くの戦略にも反映するようになったのです。
 たとえば、グローバル全体にわたるファイナンス組織のビジョンおよび戦略においても、すべての活動を「患者さん中心」で考えることを掲げています。
 これによって、私たちは従業員一人ひとりの業務が患者さんにどのような影響を与えるのか、どのように貢献できるのかという視点を持って行動することができるようになります。
 財務およびITシステムの導入に際しても「このシステム変更により、患者さんに薬を届けることに妨げが生じないか」を検討し、安定的な供給に影響がないことを確認した上で、新しいシステムを稼働させるのです。
 全員がこの視点を持つことで、会社全体の戦略に沿って業務を遂行し、その上で個々の仕事に目的を持って、やりがいを感じられると考えています。
田中 財務やITシステムも「患者さん中心」なのですね。他の部門でもそれは貫かれているのでしょうか。また、具体的にはどのようにして、社員の方々の仕事に反映されているのでしょうか。
コスタ この考え方はすべての部門で徹底しています。タケダはあらゆる場面において、「患者さんに寄り添い(patient)」「人々と信頼関係を築き(trust)」「社会的評価を向上させ(reputation)」「事業を発展させる(business)」という順番で優先順位をつけています。
 何か意思決定をする際はこの優先順位に沿って考えることが道しるべとなり、自分たちはどのような存在か、いかに行動すべきかが明確になります。
 これは、タケダが創業以来ずっと守り続けてきた大切な価値観「誠実・公正・正直・不屈」という“タケダイズム”を体現する、日々の行動指針です。
田中 「患者さん中心」が社内の意思決定や、行動の優先順位にまで高められているのは画期的なことです。ここは日本の多くの大企業においても、参考にすべき点であると思います。

「アジリティ」の重要性

田中 コスタさんは、タケダの前もグローバルの大手製薬会社でキャリアを積んでいます。タケダは、徹底して「患者さん中心」という考え方を貫いているというお話がありましたが、それ以外で何がタケダの特徴だと感じますか?
コスタ 私たちは、2014年に「変革フェーズ」を開始し、グローバル規模で事業を展開しながらも、アジリティがあり、ベスト・イン・クラスな患者さんを中心とする企業となるべく、グローバル事業の構造とオペレーションの再編に取り掛かりました。
 その結果、現在のタケダは「カントリー・エンパワード」な組織となっています。最も顧客に近いローカル組織に権限を委譲することで、顧客のニーズに適切に対応することが可能になったのです。
 つまり、グローバル戦略と一致している必要はありながらも、ローカルがそれぞれに責任と権限を持って判断と行動をするということです。そのために必要なのが、瞬時に意思決定をして柔軟に動く「アジリティ」です。
 これが、タケダの組織力、競争優位性につながっています。意思決定のスピード感と実行力、アジリティの高さがなければ、2019年にシャイアー社(アイルランドの製薬会社)の大規模M&Aを成し遂げることはできなかったでしょう。
 シャイアー社のM&Aは、日本を含むアジア太平洋地域で過去最高額の約6.2兆円となる大規模なものでしたので、製薬業界に限らず、どの業界でも成し遂げるのは困難だったはずです。
 実際、買収完了から12カ月で統合の大部分を完了することができ、今では一つの企業としてオペレーションすることができています。これは素晴らしい成果といえると思います。
田中 「アジリティ」は、コロナ禍で環境が激変しているなかで、日本企業においても最大の課題の一つであると思います。
 とても重要な部分なので日本語に意訳させていただくと、「機動性」あるいは「迅速性」といった方がいいかもしれません。
 特に日本企業の大きな経営課題には、意思決定の機動性と、それを決定したあとの実行力の迅速性が指摘できると思います。
 したがって、ここは本当に大きな関心があるところなのですが、タケダはなぜアジリティ、機動性、そして迅速性を身に付けることができたのでしょうか。
コスタ それは、近年グローバル企業へと舵を切るなかで、バランスの取れた「トップダウン」と「ボトムアップ」のコンビネーションを重視するようになったからです。
 明確なグローバル戦略を持ち、それを各地域や部門などに伝えることで、グローバル戦略と一貫性を持った実行力がローカルで発揮されるのです。
 また、グローバル戦略を構成する各要素には、明確な主要業績評価指標(KPI)を定めているため、目標の達成に向けて正しい方向に進んでいるかを定期的に確認することができます。
 たとえばシャイアー社の買収完了時に、当社は「実質的なコア営業利益率(※)」をベースラインの22%から、2021~2023年度に30%台半ばを達成するという目標を公表しました。
※「実質的なコア営業利益率」…事業等の売却影響や、本業に起因しない「ノン・コア事業」による影響等を除外して算定された実質的な成長の指標
 その後、ファイナンス組織では、各地域や部門におけるシナジー効果の進捗状況を確認できるグローバルツールを開発し、買収完了1ヶ月後には各財務目標に対して会社全体の進捗を確認できるツールを導入しました。
 このツールを活用し、グローバルとローカルが一貫性を持った一つの戦略に沿った行動をすることで、2020年12月末時点ではグローバル全体で「実質的なコア営業利益率」32.1%を達成することができ、30%台半ばというコミットメントに対して順調に進んでいます。
田中 グローバル企業へと舵を切るなかで、トップダウンとボトムアップのコンビネーションを重視してきたこと。そして、グローバルの経営戦略とローカルな財務戦略。
 さらにはローカルな財務や会計においても、一つのグローバルミッションに向かって各ローカルが一致団結する。「アジリティ」の秘訣として見逃せないポイントですね。
 「トップダウン×ボトムアップ」「グルーバル×ローカル」が、「患者さん中心」やタケダイズムという価値観などを意思決定の指針として、バランスが図られている。日本人経営者も大いに参考にすべきであると思います。

経営に宿る「タケダイズム」

田中 アジリティを持って変革を急速に進めるには、CEOのマネジメントスタイルにも秘訣があると思います。コスタさんから見て、2014年に就任したクリストフ・ウェバー社長はどのような経営者ですか。
コスタ クリストフは、タケダイズム(誠実・公正・正直・不屈)を会社のDNAとして根付かせています。
 さらに、タケダの価値観として新しく「患者さんに寄り添い(patient)」「人々と信頼関係を築き(trust)」「社会的評価を向上させ(reputation)」「事業を発展させる(business)」を導入したことで、タケダイズムにおける「患者さん中心」の重要性をより強調させています。
武田薬品工業 代表取締役社長 CEO クリストフ・ウェバー氏
 患者さんに寄り添うことで、人々との信頼関係を構築できる。そして、人々との信頼関係を築くことで、社会的評価を向上させることができます。
 しっかりとした評価を得ることで、事業を発展させられる。これらの価値観は、タケダで働く従業員から支持され、シャイアー社の統合にも寄与したと考えています。
 そして、クリストフのリーダーシップにより、当社は真にグローバルで、簡素化されたアジリティのあるビジネスモデルを構築し、将来に向けて成長を続ける一つの統合された企業の基礎を築くことができました。
 リーダーとして、彼は組織に権限を与え、遠慮なく意見できるようなカルチャーを醸成しているので、会社の様々な階層から常識にとらわれない考えやアイディアが出てくるようになっています。だから企業全体でアジリティ、つまり機動性が得られているのだと思います。

事業領域の選択と集中。社会貢献の取り組みを強化

コスタ アジリティを高めることで、グローバル化も加速しています。タケダは2014年当時、研究開発(R&D)の在り方を見直して、研究開発の対象となる疾患領域を絞り込みました。
 また、グローバルでの競争優位性を高めるために、シャイアー社をはじめとする各疾患領域で強みを持つ会社を買収することで、結果的に売上規模の拡大につながりました。
 そして、2019年には売上収益ランキングで世界トップ10に入り、消化器系疾患領域、希少疾患領域、血漿分画製剤、オンコロジー(がん)、ニューロサイエンス(神経精神疾患)の5つの事業領域にグローバルブランド14製品を展開するまでになっています。
 実はシャイアー社の買収前、グローバルブランドはほんのわずかしかなかったんです。でも、本当にグローバル企業になるのであれば、将来の成長と持続力を持つために、多くのブランドが必要です。
田中 「患者さん中心」を貫徹するためにも、自社の強みとすべき領域を絞り込み、そこに経営資源を集中させてきたわけですね。M&A戦略もR&D戦略も、さらには組織再編も、そこに基軸があるという点が、現在のタケダを読み解く上で重要だと思います。
コスタ その通りです。そして、「患者さん中心」という考え方に加えて、さらに先を目指すのがよりサステナブルな世界です。
田中 タケダはESG、つまり環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の取り組みにコミットされていますよね。
コスタ 「環境」においては、二酸化炭素、水、廃棄物に対して高い目標を掲げ、環境保全の取り組みを加速しています。
 2019年度、省エネルギー対策やグリーンエネルギーの活用、そして再生可能エネルギー証書やカーボンオフセット(自社の事業活動などで排出される温室効果ガスを他の削減プロジェクトに投資して相殺すること)の購入によって、タケダは「カーボンニュートラル」を達成しました。
 投資したのは、12カ国30件以上の再生可能エネルギーやカーボンオフセットのプロジェクト。これらは、風力・太陽光エネルギーの活用、森林保護、生物多様性の保全等を支えています。
 また、「社会」においては、医療や医薬品へのアクセスに注力しています。日本ではイメージしづらいかもしれませんが、新興国等を中心に、医薬品にアクセスできない人が世界中には数多くいるんですね。
 この世界的な問題を解決すべく、医療システムの強化に対する取り組みを続け、グローバルの大手製薬企業を対象とした医薬品へのアクセスに対する貢献等を評価する「Access to Medicine Index」で、2018年には5位に、2021年には6位にランク付けされました。
 そして「ガバナンス」においては、タケダの取締役は70%が独立の取締役です。報酬等の透明性や客観性も確保しており、国籍や経歴等のダイバーシティもあるという力強い体制を敷いています。
田中 優れた体制をグローバルで構築し、社会に資するための力強い取り組みで、タケダが大きく変革したことがわかりました。
 一方で、日本人の従業員は変革に戸惑いはなかったのでしょうか?
コスタ タケダ・エグゼクティブ・チームは、変革の各段階を通じて、その理由と、この変更が会社の目的とビジョンとどのように関係しているかを丁寧に説明してきました。
 だからこそ、変革が進む中でも、当社は明確な価値観「タケダイズム」のもとで、統一された文化を維持することができたと思います。
 これらの価値観は、変革の最中でも、シャイアー社の統合においても、コロナ禍でも困難な状況を乗り切ることに役立っています。
 日本の従業員も、業界のトップ10に入り、グローバル規模で競争力を持っている日本企業・タケダの一員であることを誇りに思っていると思います。
 今後は、もっと日本の従業員にチャンスを与えたいと思い、直近数ヶ月の間に新興国やヨーロッパ、アメリカなどに人材を投入していきます。
 3〜5年経って帰国したら、海外で積んだ経験を生かして、日本で大いに活躍していただきたい。このように、人材においてもグローバルな体制を築いていることを内外に示していきたいと考えています。