2021/3/8

なぜ「アート」が社内エンゲージメントを高めるのか?

NewsPicks Brand Design editor
コロナ禍で、ビジネスの現場がリモートへと移行した。一筋縄ではいかなくなったコミュニケーションに、試行錯誤する企業やビジネスパーソンは多いだろう。
通常業務だけでなく、採用やオンボーディング、チームビルディングなど、オンラインを駆使しながらいかにエンゲージメントを高め、働きやすい環境を作るかが注視されている。
これらの課題を解決する手段として、「アート」が注目されているのをご存じだろうか。オンラインで実施される1on1や社内研修などで活用され、新しいコミュニケーションが生まれている。
アートを駆使したビジネス課題の解決について、ニューヨークでアートのレンタルサービス「Curina」を運営する朝谷実生氏と、組織コミットメントなどについて研究する経営学者の服部泰宏氏が語る。
INDEX
  • オンラインで失われた「冗長性」
  • アートの「多様性と多義性」が貢献
  • アートは「問い」を突きつける
  • 企業理念の浸透にアートを活用
  • アートを介した議論は間違いも正解もない

オンラインで失われた「冗長性」

──コロナ禍でリモートシフトが進み、コミュニケーションにもさまざまな課題が生じています。経営学者である服部先生は、この現状をどう見ていますか?
服部 一問一答で解決するようなコミュニケーションは、オンラインでも問題ないと、多くの人が気づいたと思います。
 でも、相手を深く理解するために必要な情報は、話の脱線などから導き出されることが多いんです。オンラインでは脱線による雑談が発生しにくいから、コミュニケーションに課題が生じています。
 採用面接の場面でも同じです。求職者は面接の時間内だけで相手の情報収集をしているわけではなく、「受付の人の雰囲気が良かった」「働いている人に元気がなかった」といった場面を無意識に見て判断していました。でも、オンラインでは面接の前後のやり取りがバッサリ切り取られてしまう。
 これらのオンラインで失われてしまう「冗長性」をいかに取り戻すか、考える必要があります。

アートの「多様性と多義性」が貢献

服部 個人的な解釈ですが、アートがコミュニケーションに貢献する要素は2つあって、ひとつはアートに含まれる情報の「多様性」。そしてもうひとつが「多義性」です。
 アートは見た人が勝手に意味付けできるので、たとえば、しおれた花が描かれたアートを見て「枯れている」とも「成熟している」とも解釈できますよね。
 多様性と多義性がコミュニケーションを発展させ、活性化させると考えています。
──アートの多様性と多義性は、リモートで失われた冗長性を補完するのでしょうか。
服部 そう考えます。オンラインで1on1をする場合、上司は自分の頭の中にある部下の「映像情報」に頼ります。
 たとえば目の前にいる部下のしぐさや顔色、過去の仕事ぶりなどを映像として想起して、そこから「疲れているんじゃないか」「最近調子が良さそうだ」といった仮説を立てる。それを質問として言語化し、投げかけるしかありません。
 この仮説が外れると会話は発展しないし、上司も質問に困って一問一答のようになってしまう。これでは、お互いの状態について知ることは難しい。
 たとえば家庭や趣味のことなど、雑談から発生するような付属的な情報は、一見すると無駄なようで実は重要なもの。でも頭の中の「映像情報」だけに頼ると、こうした雑談はほとんど発生しません。
 一方、オンラインでも「アート」を題材に会話をすると、まさにお互いの目の前にある「視覚情報」に基づいて、頭に浮かんだイメージから自由に話を発展させられる。
 同じ「視覚情報」を介して会話するので、的外れなコミュニケーションにはならず、その解釈にまつわる雑談で、付属的な情報もがやり取りできます。
 しかも解釈には多義性があるから、部下の着目したポイントから、どこにモチベーションの着火ポイントがあるかを知ることもできる。

アートは「問い」を突きつける

──レンタルアート事業を展開する朝谷さんは、アートがビジネスに介在する価値と可能性をどのように考えますか?
朝谷 アートの素晴らしさは、究極的な問いを突きつけて、新しい視座を提案することだと考えています。
 特に企業の場合はインテリアとしてアートを選ぶのではなく、企業のミッションやビジョン、価値観にリンクするようなアートが選ばれています。
服部 アートが「問いを突きつける」というのは本質ですね。
 経済学は「どうすればリーダーシップがとれるようになるのか」といった問いに対して解を求める世界。ビジネス書が売れるのは、解が書いてあるからです。
 だけど大切なのは「問いを作る」こと。たとえば、上司というのは孤独な存在ですが、日常的に「自分は孤独だ」という話はできません。
 でも、アートを介して問いを立て、その解釈で「孤独」というインスピレーションが浮かび上がれば、「実は上司も孤独なんだ」という会話が生まれるかもしれない。部下にとっても新たな発見や学びになりますし、お互いの関係構築にも役立つでしょう。
Curinaが契約するアーティストのアートを飾るスタートアップ企業Quinnが、ユーザー向けにイベントを開催したときの様子
朝谷 そうですね。あと、そもそも経営者はオフィスを意識的にデザインすべきだと思うんです。それによって、従業員がどんな気持ちで仕事に向き合うかが決まっていく。
 海外には、オフィスは机とイスさえ用意すればいいという考え方はなく、レセプションや廊下にはもちろんアートがあるし、壁紙にも注意を払っています。アーティストに壁一面の絵を描いてもらうなど、高額な投資をする企業も少なくありません。
 ただ、アートには意味があるので、どんな題材を描いているのかはもちろん、誰から買うかも重要。
 アメリカでは、アートはポリティカルな側面もあるので、#BlackLivesMatter運動の盛り上がりにより「黒人のアーティストから買いたい」というニーズや、社会的意義の観点から「ハンディキャップのあるアーティストから買いたい」という需要も増えています。
──絵の印象だけでなく、バックグラウンドを見た上での購買行動が重要なのですね。
朝谷 サステナブルな企業が選ばれるのと同じように、アートも「アーティストは誰なのか」「題材は何か」「何を意味するのか」がとても重視されています。
 なぜならアート作品は、所有者である企業や経営者の信念や信条を反映しているものだとみなされ、彼らのブランディングに影響を与えるからです。
 それはオフィスも同様で、ミッション・ビジョンに加えてどんなブランディングをしたいのかを、アートで従業員と共有しているんですね。さらにオフィスへの来客者に対しても、アートを通じて自分たちはどんな会社なのかを無意識に伝えている。
 だから、経営者はアートの世界で何が起きているかを積極的に学んで、教養を身につけるべきだとも思っています。

企業理念の浸透にアートを活用

──実際に、アートを導入した企業からはどんなフィードバックがありましたか?
朝谷 エンジニアリング企業「MicroWorld社」が、働く場所へのアート導入を支援する「ArtScouter」のワークショップによって、初めてアートを導入された事例があります。
 社長は、社員がエンジニアという職業柄、寡黙で無口な人が多いと思っていたそうです。
 でもアートを介して企業理念や夢について会話をし始めると、次々と意見が出てきて、驚かれていました。
 MicroWorld社の社名は、「一砂一極楽(一輪の花、一粒の小さな砂の中には一つの世界がある)」という中国の故事にも由来しています。ディスカッションのなかで「一砂一極楽が表現されているのではないか」と、全員が共感したアートをオフィスに飾ることが決まりました。
MicroWorld社ではArtScouterワークショップ後に「Curina」の登録アーティストが描いたアートを導入
 会社の理念をどれくらい理解しているのか、どんな思いを持っているかが明確になっただけでなく、来客時はアートを通じて会話が生まれることも多く、コミュニケーションのきっかけにもなっているそうです。
その他にも、NTTコミュニケーションズが企業理念や信条の浸透に活用するなど、社内エンゲージメント活性化や新入社員研修にアートのワークショップを内製・実施する企業も出てきています。

アートを介した議論は間違いも正解もない

──アートがビジネスコミュニケーションに活用される事例から、服部先生はどんな感想を持ちましたか?
服部 理念やビジョンを浸透させるのはとても難しくて、ビジネスの世界ではいつも課題です。
 本当に浸透させようと思ったら、言葉はもちろん大切ですが、それと同時に物理的な何かに落とし込む必要もある。社訓や理念を証書のように飾ることもそうです。そういったことは経営学でもすでに指摘されているのですが、一方で、納得できるロジックがないんですね。
 ただ、これはあくまで私の仮説ですが、物理的な「物」でもあるアートは、コミュニケーションの“錨(いかり)”になるのかもしれません。
 船を水上で止めるために“いかり”を水中に下ろすと、船は一定の範囲内で止まりますが、固定されていないので、ある程度の遊びがあります。
 アートを介したコミュニケーションも同じく、話がさまざまな方向に広がったとしても、それは「アートが喚起するイメージの範囲内」でのこと。
 一定の領域から大きく逸脱することなく議論できるので、話を発展させながら深い理解につながっていくのだと思います。
 それから、理念を浸透させるには各自の深部で理解し、納得する必要があります。それなのに、「うちの会社は率先垂範を大事にしている」と言葉による直球のコミュニケーションをしていたのでは、深部での理解にはつながりにくい。
 まして、掛け軸などに書かれた行動規範などは、ストレートな言葉すぎて特に若い世代には合わないでしょう。
 でも、アートを介したコミュニケーションは、最初は個人の解釈から始まり、ディスカッションしながら迂回しつつも、最終的には理念の本質に向かいやすい。アートは第三者が生み出したマテリアルだからこそ、それを可能にしているのかもしれません。
朝谷 アートは答えも間違いもないから、どんな議論になってもいい。だから会話が発展しやすいと思います。
 それに、アートをオフィスに飾って会話するというのは、従業員の教養の一環としても重要なことだと思います。
 MicroWorld社でワークショップに参加した人は、全員が普段からアートに関わっていたわけではなかったと思います。それでも議論が弾みました。どんなバックグラウンドを持つ人でも、アートは語りやすいんですよね。
 政治ならそれなりに勉強は必要ですが、予備知識が必要なく、自由な発想で語れることも、アートの魅力のひとつではないでしょうか。
*ワークショップの様子を紹介した動画はこちら