2021/2/25

【夢の対決】佐山vs楠木vs小川 経営ゲームでガチバトルしてみた

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
もしも、ビジネスゲームで経営のプロフェッショナルたちが戦ったら、いったいどんな結果になるだろうか?
そんな素朴な疑問から始まったのが今回の企画だ。
使用するのは、経営を体感できる企業研修用ボードゲーム「Marketing Town(マーケティングタウン)」。楽しみながら経営視点を学べると、多くの企業研修に採り入れられている。
そして参戦してくれたのは、トップクラスの経営者経営学の第一人者注目の若手起業家──3人のスペシャリストだ。
多彩で豪華な顔ぶれによるガチバトルは、三者三様の戦略が繰り広げられ、想像以上に白熱。その一部始終をお届けする。
※取材は、撮影時以外のマスク着用や換気、消毒等の感染症対策を徹底した上で実施しました

経営のスペシャリストが「マーケティングタウン」に集結

 さっそく参加者をご紹介しよう。
 M&Aの第一人者として知られる佐山展生氏、若手起業家の星である小川嶺氏、そして、経営学の大家・楠木建氏という豪華な座組み。バリバリの経営のスペシャリストたちが集結した。
 今回プレイしていただく「Marketing Town(マーケティングタウン)」のルールはこちら。
「よくわからんけど、おもしろそうだから来ました」と佐山氏。もちろん他の2人もマーケティングタウンは初体験で、条件はイーブンだ。
 実際の研修同様に、まずはルール説明と講義からスタート。
 マーケティングのフレームワークや財務3表の基礎を学ぶ。ここで得た知識をゲームで実践していただくのだ。
このメンツに経営の基礎知識を教えるプレッシャーは想像に難くない
 約1時間の講義を終えると、いよいよゲーム内で自分が経営する会社名を決める
 研修では悩む人も多い工程だそうだが、3人は即決。みなさん、さすが意思決定が速い。
楠木氏の社名は「楠木商会」。古き良きニッポンの会社といった響きがある
小川氏は自身が経営する「タイミー」をそのまま使用。「プライドをかけて、これは潰せませんよ」と意気込む
佐山氏は「マルモウケ株式会社」と命名。どこか商人(あきんど)感が漂うネーミング
 会社名からして三者三様。それぞれ、どんな戦略を見せてくれるのだろうか。

個性豊かな戦略がぶつかり合うガチバトル

 なお、通常の企業研修では1ゲーム=3期(36ターン)が基本だが、今回は特別ルールを用いた1期のみの短期決戦バージョン。
 ゲーム開始時の元手となる資本金も「プレイヤーのスケールに合わせたほうが盛り上がる」という理由で、通常より4ケタ多い500億円からのスタートとなった。
「せーの、マーケティングタウン!」の号令が開始の合図。若干の照れとともに、戦いの火蓋が切られた
 1ターン目となる4月。まずは全員が「出店」のアクションを選択する。
 楠木社長は200億円を投じ、マーケティングタウンのど真ん中に大型店舗を構える。さらに、出店時に置くことができる「影響力キューブ(※1)」を同じマスに全投入し、局地的に影響力を強めていく。
※1 「会社の認知度」を表す影響力キューブは、出店したり広告を打ったりすると、周辺の地域に配置できる。数が多いほどその地域での影響力が高まり、販売で他店と競合した際に有利になる
 小川社長は400億円を投じて3店舗を同時オープン。このアクションに、年長者2人からは思わず「おお!」「大胆だね……」の声が漏れた。
 さすが気鋭のスタートアップ経営者。のっけからアグレッシブな姿勢を見せてくる。
 一方、マルモウケの佐山社長は、小型店を1店舗のみ出店。豪快な企業名とは裏腹に、堅実なアクションとなった。
「あっ! そういうことか? いきなり失敗したかも……」と、早くも長考に入る楠木社長。そんなライバルを佐山社長が牽制する。「時間オーバーじゃない?」
 続く5月。2回目のターンでは、楠木社長と佐山社長は「仕入」を選択。
 一方、前のターンで怒涛の出店攻勢を仕掛けた小川社長は、銀行借り入れで150億円のキャッシュを調達。さらに何かを仕掛けようとしているのか。
「僕はベンチャーですからね」。意味深で挑発的な発言も気になるところだ。

リソース一点集中で“帝国”を築く楠木商会

 3ターン目の6月。楠木社長、佐山社長のアクションは「販売」。先ほど仕入れた商品を、さっそく売りにかかる。
 楠木社長の出店地域には小川社長の店舗もあるため「競合」となったが、この地域に影響力キューブを集中投下し、圧倒的なブランド力を築いていた楠木商会が制した。
「この地域、楠木さんの影響力が強すぎて、原価割れじゃないと売れない……」と小川社長。
 その言葉通り、楠木商会は最後までこの地域マスを支配し続けることになる。
他の地域には目もくれず、1マスにリソースを全振りした楠木商会(青が楠木社長)。その圧倒的なブランド力で、地域の顧客を独占しにかかる
 しかし、小川社長も負けていない。いったん店舗をすべて「売却」し、隣接する地域に新しく2店舗をオープンさせるなど、やはり一味違う動きを見せる。
 怒涛の出店ラッシュで認知度を広げ、販売網を固めていく戦略のようだ。
販売が成立したら「ナイスマーケティング!」の掛け声で祝福するのが鉄の掟
 この辺りから3人の経営戦略の差が見えてきた。
 楠木社長は大型店舗を構えた地域マスにのみフォーカスし、リソースを集中。局地的に高いブランド力を築き、そこでひたすら仕入と販売を繰り返す戦略だ。
 小川社長は、一部のエリアに集中的に出店するスタイル。いわゆる「ドミナント戦略」をとり、多店舗展開で認知度を上げ、市場での優位性を高めていく。
 佐山社長はなるべく競合がいないマスで細かく販路を開拓し、値付けを変えながら何度も同じ商品を投下。その販売結果によって、各地域の消費傾向を探っていく戦略のようだ。
じわじわと王国を築いていくタイミー(黄色が小川社長)

思わず顔をしかめる局面も。真剣勝負の行方は……?

 季節は夏から秋、冬へと移り変わり、数カ月のターンを消化。
 マーケティングタウン中央に君臨する“帝国”で、着々と収益を積み上げていく楠木商会。ドミナント戦略で足元を固めたタイミーも、その販売網を駆使して順調にビジネスを展開する。
 そんななか、やや後れを取ったのがマルモウケ株式会社だ。
 各地域マスには、一度に販売可能な商品の個数・種類・価格に上限が設定されている。だからこそ販売の際に、利益を最大化しつつ、“その土地の消費者に買ってもらう”ための適切な判断が求められるのだ。
市場調査したプレイヤーのみ、各地域の消費者ニーズ(A~Eの5種類)をチェックできる
 そんな販売の手がかりとなる「市場調査」をあえて省略し、いきなり商品を投入して販売チャンスを増やす戦略をとった佐山社長。
 だが、なかなか地域のニーズに合致せず、なんと3ターン連続で販売に失敗
「また失敗か……きついな……」と顔をしかめる佐山社長。レジェンドの思わぬ連続ミスに、現場にも緊張が走る
 短期決戦ゆえの戦略が裏目に出てしまった。
じわりと商圏を広げるマルモウケ株式会社(赤が佐山社長)
 しかし残りのターンは連続で販売を成功させ、しっかり挽回。果たして追い上げは間に合うのか……?
 こうして、熱いバトルは幕を閉じた。
 最終的な営業利益は、楠木社長がトップ。次いで佐山社長小川社長という結果に。
 イニシャルコストがかさむ初年度は赤字決算になることが多いが、楠木商会はもう1ターンもあれば、黒字に転じようかという勢いだ。
 しかし、今回はあくまで1期のみの簡易版。もし2期、3期があれば、佐山社長や小川社長がコツコツ築いた商圏が効いてきただろう。
 プレイ後の講評まで学びになるところも、企業研修用に開発されたマーケティングタウンの醍醐味なのだ。

プロ経営者たちも唸る、ゲーム完成度とポテンシャル

 ゲームは大いに盛り上がった。しかし重要なのはこれが本当に企業研修、そしてビジネスにも役立つか、だ。
 経営視点を学ぶ研修ツールとしてのマーケティングタウンを、3人はどう見たのか。プレイ後に話を伺った。
──実際に体験してみて、いかがでしたか?
佐山 お世辞抜きで、非常によくできていますよね。特に優れているのは、キャッシュフローとPL(損益計算書)の営業利益、両方の重要性を体感できること。
 このゲームは最終的な営業利益で競うわけですが、戦略を立てる上ではキャッシュフローの重みを実感する局面が多い。
佐山 勝利条件を変えて、BS(貸借対照表)で自己資本比率やキャッシュ、純資産の額で競うのも、また違った視点が鍛えられるし、難易度も変えられる。本当におもしろいゲームだと思います。
 まだまだ磨く余地があるところもいいですね。要素を追加すれば、さらに学びが得られるんじゃないかな、と。
──佐山さんなら、どんな要素を盛り込みたいですか?
佐山 施設のカードですかね。現状は販売地域を広げる「駅」だけですが、「学校」や「公園」「空港」なんかを作って、そこに人が集まることで消費傾向が変化する。そんな仕組みがあれば、リアルさが増すと思います。
小川 ライバルの店舗を買収できたらおもしろいかもしれませんね。例えば、「出店費用の3倍払うから売ってくれ」という具合に。
「モノポリー」のように、プレイヤー同士の交渉要素が加わると、もっと白熱しそうです。コミュニケーションや交渉のトレーニングにもなりますしね。
経営者目線のリアルなアイデアが、泉のごとく湧き出す
佐山 確かに。店舗売却時に「入札」という要素を盛り込んでもいいですね。収益性の高い店舗は、より高い価格で売れる、とかね。

経営戦略に「正解なし」

──改めて先ほどのゲームを振り返らせてください。まず、みなさんはどのような戦略を描いていたのでしょうか?
小川 小売店の経営ということで、僕がイメージしていたのは「町田商店」(※横浜家系ラーメンのチェーン店)です。
 駅から離れたエリアなら競合が少なく、出店料も安い。集中展開すれば、安定したマーケットを獲得できると考えました。
 ただ、販売のルールを把握しきれていなかったところもあって、思うように在庫を売り切ることができませんでしたね。
プレイ中の会社の収支は、財務シートで管理。あっという間に残高がなくなっていくのは、経営に不慣れな人には恐怖そのものだ
──楠木さんは、局地的に圧倒的なブランドを築き、その中で売りまくる戦略が見事ハマったように見えました。
楠木 僕は経営戦略の本質とは、「フォーカス」と「単純化」だと考えています。
 特に、今回のような未知なる局面では、よりそれらが重要になる。だから、なるべくアクションの種類を絞り、「仕入れて売る」を繰り返しました。
 今回は短期決戦とわかっているのでシンプルな手法をとりましたが、長期戦ならまるで違う戦略になります。念頭に置く期間によって、一つひとつの意思決定の良し悪しが変わるのが、とてもよくわかりました。
──もっと長期戦なら、楠木さんの戦略はどう変わりますか?
楠木 序盤のターンで、じっくりと市場調査を重ねて、出店地域を吟味しますね。あとは同じで、ライバルに先んじて大型店舗を構え、他社が入り込めないくらい影響力を高めていく。
 戦略の基本は、いかに早く“非競争状態”を作るか。つまり、ライバルが戦意喪失するような状況を生み出すことです。そのカギが、今回十分にできなかった市場調査なので。
──消費動向が活発で、高い収益が見込める地域を早めに押さえてしまえば、圧倒的に優位に立てますよね。
楠木 はい。ただそこは他社の動きも見ながらです。当然、消費が活発な地域で商売をするほうが美味しいわけですが、その分競合もしやすい。
 場合によっては、あえて収益性の低い地域を選ぶかもしれません。1回あたりのマージンは低くても、長期戦なら勝てる見込みが出てきますから。
佐山 そうそう。結局のところ戦略には正解がなくって、市場と他社の動向次第なんですよ。
 重要なのは、確実に売れる地域をいかに増やしていくか。特に長期戦の場合は、競争相手を排除していくような戦略がポイントになると思います。
楠木 長期戦ほど、各自のテリトリーが固定化されていくでしょうね。自分の庭で仕入と販売に専念し、小さなマージンを積む。そうなるとルーティンでつまらないから、ゲームとしては3期くらいがベストな長さかもしれません。
小川 僕もまさに、戦略は相手次第だと考えていました。
小川 もし楠木さんのように、徹底的な市場調査で特定の地域を狙い撃つ相手なら、あえて広いエリアに商圏を展開します。
 街全体の6〜7割をカバーするように店舗を点在させれば、いかに強力なライバル店があったとしても、競合しない商圏を選べばいい。弱小店舗でもコツコツ売り上げを立てられるので。
 プレイヤーがスタートアップ経営者だけなら「全員ドミナント戦略!」みたいな展開になりそうですね。企業の規模感やスタイルが、リアルに反映されやすいゲームだと思います。
佐山 全国の経営者でトーナメントをやったら絶対おもしろいですよ! 地域予選からの日本一決定戦。きっと盛り上がると思います。

人事評価や学校教育にも活用できる

──マーケティングタウンは、経営視点を学ぶための企業研修ツールです。そもそも、従業員に経営視点を持ってもらいたいものでしょうか?
小川 もちろん、あるに越したことはないですよね。全員が会社の資産状況やマーケットを理解していれば、コミュニケーションコストを減らせますから。
 それに僕らのようなスタートアップが大手企業に太刀打ちするには、どんな役職のメンバーでも、世の中の仕組みを理解して戦略を練る必要がある。大企業と同じマインドではいられません。
 僕がマーケティングタウンで従業員をボコボコに負かすことで、そこに気づいてもらえるなら、それだけでも導入する価値は十分にあると思います。
 ただ、そのためには僕がまず極めないとダメですね。こんなこと言っておいて負けたら相当恥ずかしい……(笑)。
楠木 会社は分業制なので、販売担当者は販売だけ、出店なら出店だけを考えがちです。でも、実際には全部つながっている。そのすべてを相手にするのが経営です。
 ゲームで経営者の視点を体感することで、見えてくるものもあるでしょう。分業であるがゆえの問題点に気づけるかもしれません。
小川 確かに。「仕入のコストって、後々この局面で響いてくるんだな」といった実感は、普段の業務にも反映されるはず。部署横断のコミュニケーションツールとしても活用できそうですね。
佐山 新人や若手社員の適性診断のような使い方もできるかもしれない。あるいは、定期的にマーケティングタウンをプレイして、その成長率を人事評価に加えてもいいと思います。
楠木 診断ツールはいいですね。新人研修に導入して、思考タイプや強み・弱みまで分析する。そのデータを配属先の決定に活用できると、なおいいと思います。
 面談やグループディスカッションだけでは、なかなか本来の適性が見えにくいけれど、このゲームはある意味、その人の“本性”があらわになりますからね。
小川 企業研修だけでなく、授業にも採り入れられそうですね。小学校くらいの早い段階から経営視点に触れることで、未来の起業家が増えるかもしれません。
──すでに高校のマーケティングの授業では活用されているそうですが、小学生でも楽しめそうですね。
佐山 やはり、かなりポテンシャルが高いゲームですよ、これ。経営視点を学ぶツールとして、とても大きな可能性を感じますね。