2021/3/8

【対談】サブスクの老舗・WOWOWにみる動画ビジネス成功のカギ

NewsPicks, Inc. Brand Design Senior Editor
4月に開局30周年を迎えるWOWOW。この30年間、WOWOWは大きな進化を遂げてきた。スポーツの国際大会のみならず、大物アーティストのライブや映画で有料視聴者を続々獲得。

2003年から始まったドラマWは、脚本や演出などのクオリティの高さから業界内で注目を集めた。そして2011年に「プライム」「ライブ」「シネマ」の3つのチャンネルを作り、2021年1月からは従来のテレビ加入に加え、ネット配信加入がスタート。この3月には4Kチャンネルも開局した。

そこで今回は昨今のメディアや動画業界に詳しく、「WOWOW愛」を持つおふたり、ワンメディア代表の明石ガクト氏とメディア・コンサルタントの氏家夏彦氏に、「WOWOWオンデマンド」など、動画配信が中心となる今後のエンタメの在り方や可能性を語り合っていただいた。

動画配信サービスの存在感と、過去のアーカイブ作品の価値

氏家 メディアやエンタメの業界を見ると、2020年はさまざまな変化がありました。例えば、テレビとインターネット動画配信サービスの逆転現象がその1つ。
 良くも悪くも日本のエンタメ業界は、地上波テレビを中心にして発展してきました。それが昨今では、動画サイトでメジャーになったアーティストがテレビに出るようになり、年末恒例の歌番組ですら、動画サイトなしでは成立しない。
 スターを育てる役割も、テレビ局からインターネット動画サイトへと移行しつつあります。
 そんな矢先に、コロナ禍でテレビ局側は広告収入が大幅に減少。制作費も絞らざるを得なくなりました。対して、ネット動画サイトはますます活気づいています。そのパワーには、従来の若い世代のみならず、中高年世代まで幅広く惹き付けられました。
1955年生まれ。神奈川県出身。放送批評懇談会企画委員、NewsPicksプロピッカー、メディア論ブログ「あやぶろ」編集長、GALAC編集委員など多方面で活躍。TBSに入社後、報道・バラエティ・情報番組の制作を手掛け、その後デジタル部門責任者やコンテンツ事業局長などの役職に。TBS退社後は、TBSメディア総合研究所をはじめとするTBS関連会社の社長を歴任し、2017年7月に独立。
明石 視点を変えると、視聴者としては、2020年はインターネットでより多くの制作番組を観られるようになった一年でしたね。SVOD(サブスクリプションビデオオンデマンド、定額制動画配信)も一気に普及し、定着しました。
氏家 最近では、動画作品をテレビ画面で観られるようになりましたからね。
明石 そう。これまではリビングの中心にあるテレビに映し出される番組は、民放と衛星放送。この“ルーレット”が定番でした。
 それが今は選択肢が広がり、他にも自分の好きな番組をいくらでも観られるようになりました。かくいう僕も、コロナ禍で作品を制作できなかった期間はありとあらゆる作品を観ました。
氏家 僕も毎日のように動画配信サービスで過去のアニメを視聴していました。そう考えると、2020年は動画配信サービスのみならず、過去作品の価値も相対的に高まった年でもありますね。
明石 本当に。新しいものを追いかけるだけではなく、時代を超えて視聴できた一年でしたね。かつては観られなかった作品も、先週流れたばかりの作品も。いずれも、今視聴する意味のある作品に感じられました。
共感を生むストーリーテリングをベースに、これまで1,500本以上のスマートフォン向け動画をプロデュース。前澤友作氏のYouTubeチャンネルを立ち上げるなど、動画業界をリードし続けている。著書に『動画2.0』(幻冬舎)、『動画の世紀 The STORY MAKERS』(NewsPicks)がある。情報番組やバラエティ番組にコメンテーターとして出演中。

WOWOWが僕らの青春に与えてくれたもの

氏家 そういえば、以前はこんなに自由に過去の作品を観られませんでしたね。
明石 まさに! 今の若い世代は、SVODの普及でいつでもウェブで観られると思っているかもしれませんが、僕らが学生時代だった約20年前は録画が基本でしたからね。
 しかも、ディスクに保存できる容量も限られていたからすべての作品を保存できるわけでもない。だから、残らないものは自分でちゃんと残しておかないといけなかったんです。
氏家 その点、WOWOWはすべての番組を録画できるのがありがたいですよね。ネットの配信番組はいつでも好きな時に観られるのですが、いつまでも配信してくれるわけではなく、作品リストからいつの間にかなくなっていることがあります。
 そうなると、確実に残すにはWOWOWで放送された番組を録画する方法になるんです。また、地上波のアニメはCMが多いのでそれをカットする編集が手間ですが、WOWOWは冒頭と最後だけをカットすればいいので、非常に便利です。
明石 本当に、そこもWOWOWの普遍的な価値。僕も、WOWOWの録画ができるところがすごく好きなんです。僕らクリエイティブに向き合う人間は、自分の仕事に立ち返る時に観る作品があるんですが、それは録画なくしては成り立ちませんから。
 ここでちょっとエモい話をしてもいいですか? WOWOWは有料放送だから、僕が小学校の頃はベランダや屋根の上にWOWOWの大きなパラボラアンテナがついている家が“富の象徴”のようで、憧れの対象でした。わざわざその子の家にWOWOWを観に行っていたくらい。
 だから、WOWOWに関しては、「あの時あの人と、あのシチュエーションで観たから面白い」という原体験があるんです。僕は今38歳ですが、僕ら30~40代でちょっと青春をこじらせてきた人間って、大体WOWOWを通っていると思うんです。
 まだインターネットが普及していなかった当時の自分に、いろんな作品に出会う扉を作ってくれた存在。……氏家さんはどうですか?
氏家 実をいうと、僕がWOWOWを観るようになったのは、2014年、錦織圭選手がテニスの全米オープンで準優勝した時がきっかけなんです。
明石 割と新参なんですね! じゃあ、WOWOWに関しては、僕の方が先輩ですね(笑)。
氏家 今でも覚えているのが、全米オープンの試合を観たくてWOWOWに加入しようと電話をしても、電話回線がパンク気味で繋がらなかった。
明石 当時、WOWOWはテニスの全米オープンを、複数のチャンネルで放送していたこともあり、加入申し込みが殺到していたんですよね。
氏家 そんなにコンテンツを揃えるのも大変だろうと思っていましたが、意外とこれがすごく役に立つんですよ。
 というのは、テニスの全米オープンは、複数のコートで試合が行われていて、例えば錦織選手が試合をしている裏で、スペインのラファエル・ナダルやスイスのロジャー・フェデラーなどの注目選手がショットを決めているんです。
 WOWOWは、各選手の活躍を複数チャンネルに分けて放送したり、放送外のコートの試合を配信したりしてきた。視聴者の多様なニーズにちゃんと応えているんですよ。
明石 なるほど。
氏家 だから、我が家では大画面のテレビでWOWOWの本放送を映して、ほか2台のノートパソコンも駆使して、同時に3つの画面を見ています。そういう環境を与えてくれるWOWOWは素晴らしいですよ。

WOWOWのオリジナルドラマのクオリティが高い秘密

明石 氏家さんは、スポーツ観戦でWOWOWの恩恵を受けてきたんですね。僕はと言えば、学生時代からコンテンツ作りに影響を受けてきました。
氏家 WOWOWのオリジナル作品ですね。どのような作品が印象に残っていますか?
明石 あえて1つ挙げるなら、2014年に放送された『MOZU』。WOWOWとTBSが共同制作した刑事ドラマです。
 僕は学生時代から、『オールド・ボーイ』(2003年公開の韓国映画)に代表される、救いようのない陰鬱な空気感の映画が好きで、こういうのを日本でも作ってほしい。だけど地上波では無理なんだろうな……と、半ば諦めていました。
 そんな矢先に、『MOZU』の放送。ああいう暗黒な作品は賛否両論を生むから、なかなか制作されない。だけど、それをいち早く世に送り出したのがWOWOWだったんです。
 今でこそ、万人受けしない尖った作品でも民放で放映されるようになりましたが、当時はレアな存在で、ニーズを先取りしていたんです。
氏家 『MOZU』に限らず、WOWOWのオリジナルドラマの質は非常に高いですよね。WOWOWは2000年頃から単発でオリジナルドラマを展開しているんですが、2008年から「連続ドラマW」というオリジナルドラマのシリーズが作られました。
 人気脚本家・井上由美子さんが書き下ろした『パンドラ』という医療サスペンスに始まり、『空飛ぶタイヤ』という池井戸潤作品の初のドラマ化、山崎豊子さんの社会派ドラマ。そして今年からは清武英利さんの金融ドラマ『トッカイ ~不良債権特別回収部~』も始まり、重厚さがあるドラマも目立っています。
 作りこみの丁寧さや完成度の高さでは、今の動画配信サービスオリジナルドラマと段違いですよね。
 明石さん、なぜWOWOWはこんなに質の高いドラマを作れるんでしょうね?
明石 制作もする人間として思うのは、結局「“誰”に向けて“どういうもの”をテーマに作っているか」、このマーケット戦略が重要なんです。WOWOWの場合、マーケットを“日本人”に向けて作っているから、心の琴線に触れるのでしょう。
 さらには、“ある世代で熱狂的に支持されているモノ”や、“ある地域の人たちが盛り上がりそうなモノ”をテーマにしている。つまり、マーケットをとことん絞り込んでいるのが勝因ですね。
氏家 質のいいドラマができるもう一つの理由として、サブスクリプションのビジネスモデルを、他社に先駆けて取り入れてきた背景もあると思います。
 サブスクのいいところは、会員数が増えて損益分岐点を超えると、利益がどんどん積み重なり、自社だけで制作できるようになる。その結果、純粋にいいドラマ作りができるんです。
 さらにいえば、WOWOWは地上波と違って、何度も繰り返し放送することで多くの人に視聴されています。多くの人に視聴されるには、薄っぺらいドラマでは立ち行かない。剛速球で、本質的にいいドラマでないと。
 そうした本質的な部分への理解がWOWOWの歴史の中で血肉としてあるのかもしれません。

WOWOWのビジネスモデルとコンテンツは、さらに伸びる

氏家 WOWOWは今後、放送よりもネット(オンライン)の方にウエイトを置くことになりそうです。それを、今からすごく期待しています。
 僕は7~8年前くらいからずっと、テレビ放送の不便さを実感していて、「テレビ局が生き残るには、同時配信はもちろん、同じプラットフォーム上で全局の全番組を見逃し配信できるようにするべきだ」と提唱してきました。
 最近になってようやくそれを実現してくださった会社もありますが、WOWOWは、実はもっと前からやっていたんです。
明石 ネットと放送の融合に関していうと、WOWOWは先見の明があったんですね。
氏家 そう、日本全国どのテレビ局よりもずっと先を走ってきた。だからこそ、放送よりネットの方に力を入れようと判断されたのかもしれません。
 いつでもどこでも、昔の番組から人気アーティストのライブ中継まで何でも見られる。そんな旧来のビジネスモデルがあるからこそ、今後どうネットに踏み出していくのか、“未来の放送局の在り方”を他局に示していただきたいですね。
明石 コンテンツに関しては、どんな点に期待していますか?
氏家 WOWOWも放送である以上、放送法に縛られて表現の幅が狭まってしまいがち。だけどオンラインなら制限もない。枠に囚われずに、どんどん挑戦していってほしい。
 WOWOWにあって、他のメディアにはないすごさは、放送局由来でありながら、ネットも使いこなせる立場にあること。質の高さは、しっかり土台が作られていますから、そこに、ネットの緩さをうまく掛け合わせていくと、最強の放送局になると思います。

WOWOWの編成力が、僕の中の新たな扉を開いてくれた

明石 僕もWOWOWのコンテンツ作りには、目が離せませんね。ドラマはすでに申し分ないクオリティですが、WOWOWの中では発展途上のアニメに関しても、さまざまな制約条件があるからこそできる、エンタメ愛を注いだ作品を作ってくれるんじゃないかと期待しています。
 そしてもう1つ、視聴者を育てようという姿勢も注目しています。
氏家 「視聴者を育てる」とは?
明石 目の肥えた視聴者を育てる、放送局ならではの編成力です。
 SVODでは、AIが、視聴してきた作品の傾向を分析して「あなたはこれも好きかも」と次々と作品を提案しますよね。僕はこれが苦手で、AIに提案された作品は全部無視しています(笑)。
 もちろん、観たら観たで面白いんですよ。でもそれは結局、自分の好きな世界の袋小路にどんどん入り込んでいく行為にすぎない。それに嫌気がさして、軽く“SVOD疲れ”を感じています。
 一方で、「これは観ておくべきだ」と人から勧められて、好みじゃない作品を観てみることってありますよね。最初の70分間は苦痛でしょうがない。だけど、最後の最後で盛り返して、意外にも自分の中の「新しい扉」を開いてくれる──。
 それは、AIではなく、人に勧められて出会える世界だと思っているんです。テレビでいえば、「編成」がその役割を果たす。
 例えば、毎週決まった曜日と時間に映画を観ている。その中で、「今週はこれを」と半ば強制的に提示される。そうすると、今までの自分の範疇にはない作品だったとしても、もはやこの時間に映画を観るのは習慣だからと、観てしまうわけです。
氏家 確かにこれは、放送のシステムを持っていないとできませんよね。実際、WOWOWには、小山薫堂さんと信濃八太郎さんが、今観てほしい映画の名作を紹介する『W座からの招待状』という番組があります。
 それを観ると、出会い頭でセレンディピティが起きる。これも、放送ならではの醍醐味ですよね。
明石 インターネットでは、いつでも好きな番組が観られますから、基本的に「編成」という概念がありません。もちろんそれ自体は素晴らしいことですが、編成によって視聴者が育つという側面も、見逃してはいけないと思うんです。
 今後、世の中を動かしていくのは、熱量の高い、物を見る目が育った視聴者です。WOWOWも、そんな目の肥えた視聴者を作る土台であってほしい。切に思います。