2021/2/25

デジタル広告こそ「ファン起点」で考えるべき理由

NewsPicks Brand Design Editor
人口減少、消費者のマスメディア離れ、LINEをはじめとするSNSを活用したプロモーションの台頭により、従来型のマーケティング戦略は転換点を迎えている。そこで注目されるのが、「ファンベース」と呼ばれるアプローチだ。ファンベースは、一過性の話題作りではなく、顧客(ファン)との中長期的な関係構築を目的としている。
では、マーケティングの主戦場ともなりつつあるデジタル領域で、ファンベースを実現する方法とは。ファンベース提唱者の佐藤尚之氏と、LINE広告のデータ戦略を担う宮本裕樹氏が語り合う。

なぜデジタル広告は「嫌われる」のか

佐藤 私はこれまで35年間、コミュニケーションの仕事に関わってきました。
 ですから、広告やマーケティングはもちろん大好きですし、企業と消費者の「つながり」の重要性については理解しているつもりです。
 そうした視点で見ると、近年の広告のアプローチ、特にデジタル上でのユーザーとの接点作りは、あまり上手くいっていると思えません。
 たとえば、デジタル広告。リターゲティングで同じ商品やサービスの広告が何度も表示されたり、スマホで動画やゲームを楽しんでいる最中、強制的に広告を見させられたり。誰しも一度は経験があると思います。
 こういったコミュニケーションは、正直心証として良くない。厳しい言い方をすれば、ユーザーに「嫌われにいっている」ように感じるのです。
宮本 デジタル広告の市場は年々拡大しており、業界内でも少し前からこうしたユーザーへのアプローチを見直す動きが見られます。
 ですが、未だにネガティブなイメージを持たれているのも事実です。
 私も十数年ほど広告業界で働いてきて、佐藤さんのご指摘はずっと課題に感じてきました。デジタル広告が産業として大きくなり、世の中への影響度も増しているのでなおさらです。
佐藤 なぜデジタル広告が嫌われてしまうのか。原因は、情報の「爆発的な増加」にあると考えています。
 「ZB(ゼタバイト)」という言葉をご存じですか。これはデータ量を表す単位で、1ゼタバイトは「世界中の砂浜の砂の数」と言われています。
 ちょうどYouTubeが登場した2005年ごろ、全世界を流れるデジタル情報はまだ0.1ZBほどでした。しかし、この年を境に急増し、「情報爆発」が起きたんです。そして2011年には1.8ZBまで増えた。
 それが、アメリカの調査会社によると、2020年に流れたデジタル情報の量はなんと約59ZB。私たちは、天文学的な数の情報の中で、発信を行っていると認識しなくてはいけません。
6年前の時点で、総務省は2020年に世界のデジタルデータの量は40ZBに到達すると発表していた。実際はその予想を上回り、約59ZBの情報が流れたという
 情報の絶対量が少なかった時代は、テレビCMのような強制的に広告を見せるアプローチにも効果がありました。
 ですが、今は世界の砂の数をはるかに超える情報が流れています。従来の「多く露出してまずは認知を取る」という方法は通用しないのです。

今求められる「ファンベース」思考

宮本 商材によって向き不向きはあると思いますが、企業とユーザーの中長期的な関係性を考えると、現在の「リーチ広告効果指標」のみを重視した、露出メインのプランニングには限界がありますね。
 むしろ、ユーザーのエンゲージメントを高める「共感型」の広告を、デジタルならではの方法で活用する必要性を感じています。
佐藤 さきほど、デジタル施策に対しては厳しい意見を述べましたが、エンゲージメント観点で考えると、デジタルはこの上ないポテンシャルを秘めていると思います。
 なぜなら、距離や時間の制約を超えて、ユーザーと「直につながる」機会を作れるからです。
 私は、ブランドや商品を愛してくれるファンを大切にしながら、ファンをベースにして中長期的に売り上げや企業の価値を上げていく「ファンベース」という考え方を提唱しています。
 この考えは、人口急減によるマーケットの縮小や、企業発信の情報がユーザーに届きにくくなっている事実、そして20%のファンが売り上げの80%を支えているという「パレートの法則」に下支えされています。
 また、ユーザーの「共感」や「愛着」といった感情を育むためにも、企業とファンの中長期的な「つながり」は欠かせません。
宮本 同感です。「LINE広告」をはじめとしたLINEの法人向けサービスでも、「つながり」を生み出すユーザーコミュニケーションを支援しています。
 LINE広告は、アプリ内に表示される「ディスプレイ広告」が主となっています。ただ、ここ1、2年は、一方的な広告配信にとどまらず、企業とユーザーの中長期的な関係構築を目指す「LTV(ライフタイムバリュー)施策」に力を入れています。
 デジタル広告は、特に施策が分断的になりがちです。
 しかし、いまご紹介したLINE内に広告が配信できる「LINE広告」と、企業がユーザーに直接メッセージを届ける「LINE公式アカウント」を併用すれば、その企業の商品やサービスに興味を持っているユーザーへ直接、継続的に情報を配信できる。
 これが、LINEならではの特徴だと考えています。
LINE公式アカウントの友だちを増やすための広告「友だち追加」
佐藤 なるほど。確かに、企業がどんなに情報を発信しても、その商品やサービスに興味がない人には、結局ほとんど見てもらえない。
 逆に、そのブランドを愛してくれる「ファン」ならば、ブランドから届く情報も好意的に受け取ります。たとえ、ディスプレイ広告であっても、です。
 もちろん、新しいファンを増やすのも大切ですが、一つひとつのアクションを喜んでくれるファンのLTVを高めるほうが、長い目で見ると「一番強いKPI」になると思います。

「商店街の八百屋さん」に学ぶマーケティング

宮本 ファンベースの観点から見て、企業はデジタルマーケティングやSNSの施策で、他にどんなことを意識すべきでしょうか。
佐藤 まずは、小さな積み重ねが「共感」や「愛着」といった感情を作っていく、と認識することが重要です。そうやってできる関係性は、決して一朝一夕にでき上がるものではありません。
 私はよく、この関係性を「商店街の八百屋さん」にたとえます。
 例えば、朝通勤するときの「おにいさん、おはよう! いってらっしゃい」という挨拶、帰り道の「おかえりなさい、おつかれさま!」みたいな声がけですね。
 野菜を売り込んだら警戒して離れちゃいますよね。売り込まないけど、毎日のちょっとしたコミュニケーションをしていく。それが、共感や愛着につながり、エンゲージメントを高めます。
 企業のSNSアカウント運用に成功している「中の人」は、みなさんこれを意識されていますね。
宮本 購買に直接関係しなくても、ユーザーと関係を構築するためのコミュニケーションを地道に行えるか。重要性は認識していても、アプローチの仕方を模索している企業が多いように感じます。
 一方、近年はデジタルで取得できる情報が増えてきて、それこそ「八百屋さん」のようにユーザー一人ひとりに対する解像度も上がっている。
 それによって、最適なタイミングで最適な情報を届けられるようになってきました。たとえば、「店内にいるユーザーだけに、すぐに使えるクーポンを配信する」といった具合です。
佐藤 もちろん、ユーザー体験を便利にする側面もゼロではないと思います。ただ、どんなに便利でも「行動を予測されすぎ」たら怖い。結局、距離感が大事なのです。
 さっきの「八百屋さん」の例で言うと、毎日の会話や関係性があったうえで「今日は大根が安いですよ」と言われると、「あ、じゃあ買おうかな」と思える。
 逆に、関係性もないのにいきなり「キャンペーンで安いよ」と大根を押し付けられたら、ユーザーには嫌悪感すら抱かれてしまう。購買するかどうかの前に、まずは関係性を構築することが大事です。人間関係と同じですよね。
 宮本 まったくその通りですね。プラットフォームやマーケターの「想像力」が問われるポイントとして、ユーザーが「心地よく感じられる距離感」は私たちも強く意識しています。
 今後、期待しているのは、ユーザーの「感情」の可視化です。現状のデジタル施策ではユーザーの感情の完全な可視化はできませんが、テクノロジーでわかることも増えてきました。
 たとえば、LINE公式アカウントの「友だち」を分析すると、届けられる情報に対して即座に反応するユーザーと、あまり反応しないユーザーに二分されます。そして、前者のユーザーのほうがメッセージの開封率も高く、その後の購買にもつながりやすい。
 これらのデータから得られる情報と、マーケターの皆さんの想像力を組み合わせて、企業とユーザーの「良好な関係」を築くデジタル施策を増やしていきたいです。
友だちに対して配信できる、LINE公式アカウントのメッセージ種別の一部。左から「LINEチャット」「クーポン配信」「リッチメッセージ(ビジュアルでの情報訴求)」

ファンベース観点でLINEが持つ強みとは

佐藤 ファンベースの視点で考えると、LINEは「身近な人」とのコミュニケーションに使われているのが強みだと思います。
冒頭で説明したように、世の中には情報があふれています。
 専門家やインフルエンサーも各々の意見を発信していますが、最も信頼できる情報源を聞くと、「家族や親しい友人」と答える人が一番多いんです。
『2016 エデルマン・トラストバロメーター 日本調査結果』より
 ファンベースでは、ファンの共感や愛着を高め、家族や親しい友人に「商品のいいところ」を、自然とおすすめしてくれる状態を目指しています。
 LINEというプラットフォームは、価値観が近い人たちが繋がっているという意味で、大きな可能性を秘めていると思います。
宮本 ありがとうございます。おっしゃる通り、LINEは親しい人との「コミュニケーションアプリ」がサービス起点にあります。
 こうしたユーザー同士の強い「つながり」という特性を、日々のプロダクトづくりにも活かしていきたいですね。
 そして、単に情報や広告をユーザーに「届ける」だけでなく、企業とユーザーの「つながり」を深めるために、これからも支援を続けていきます。