2021/2/10

【革新】DeNA発、新しいスポーツクラブの稼ぎ方

 プロスポーツクラブはどうあるべきか。
 コロナ禍でその価値は大いに揺れ動いた。試合ができない、観客がいないといった想像し得ない状況下で、どうやって収益化するのか、クラブを存続させるのか。課題は多い。
 一方で、「健康増進」や「つながり」といった社会の中のスポーツとして、新たな方向性を見出すクラブが増えたことも事実だ。
「&ONE」
 Bリーグの強豪・川崎ブレイブサンダースが発表した川崎市と連携するこのプロジェクトがその一つである。
 2018年、バスケットボールの名門クラブである川崎ブレイブサンダースをDeNAが承継した。それに伴いDeNA体制の初代社長に就任したのが、元横浜DeNAベイスターズ執行役員の元沢伸夫だ。
「アジアクラブチャンピオンシップ優勝」、「最先端のバスケットボールアリーナを実現」、「年間来場者数 30万人」を目標に掲げ、就任以降、1試合平均の観客動員数、グッズ売り上げまで、3年連続で大幅に伸ばしている。
 そんな元沢が打った次なる一手が、スポーツ×SDGsだ。
 DeNA川崎ブレイブサンダースは、1月19日に企業・法人向けのSDGsフォーラムを開催。取り組みの背景とその意義を語った。
元沢伸夫(もとざわ・のぶお)株式会社DeNA川崎ブレイブサンダース代表取締役社長
立教大学経済学部経営学科卒業後、経営コンサルティング会社勤務を経て、2006年ディー・エヌ・エーに入社。社長室にて新規事業の立上げなどに従事し、ビジネス開発部部長、HR本部人事部キャリア採用マネージャーなどを担当する。2014年、横浜DeNAベイスターズに出向。執行役員事業本部本部長などを歴任し、2018年から現職。

「誰1人取り残さない」つながりを生み出す

元沢 現在、川崎ブレイブサンダースはBリーグの1部(B1)に所属しており、ホームゲーム来場者数の伸び率は2年連続No.1となっています。等々力アリーナのキャパシティが約5000名なのですが、昨シーズンは一試合平均の来場者数が4732人とほぼほぼ満員の空間を作ることができました。
 スポンサーをいただく企業様もスタート時点の20社から140社を超えて、ありがたいことに、多くの期待をいただけるクラブになりつつあるなと感じています。
日本代表選手3人を擁し、昨シーズンは40戦31勝9敗でB1中地区優勝、天皇杯でも準優勝と結果を残した。
「SDGs」はここ数年、大企業での取り組みが増え、多くのメディアで扱われるようになったフレーズだ。
 しかし、その実現は容易ではない。投資回収期間が長く、本事業とのシナジーを生み出しにくいことも多いからだ。新型コロナウイルス感染拡大の影響下、発展途上のBリーグ──なぜ、今「スポーツ×SDGs」なのか。
元沢 元々は純粋に地域のみなさまにもっと愛されるクラブになりたい、という思いからたどり着いたものでした。
 愛されるクラブになるには、まず強くなきゃいけない。そして多くの方にファンになってもらうこと、アリーナを持つこと。アリーナに関しては、5年後に川崎のど真ん中に1万人規模のバスケットボール専用アリーナを建設するプロジェクトが進行しています。
 でも、まだ何かが足りない感覚がありまして、その最後のピースが「受け身」ではなく自ら主体的に地域社会の課題解決に取り組むことだ、と思ったわけです。
 ただ、課題解決だけをしてもビジネス的な問題から、なかなか長続きしない。単発ではできても持続可能ではないなと考えていたんです。
 そこでSDGsの理念を見て、強く共感しました。社会課題の解決はもちろん、その一方で事業貢献にもしっかりとつなげるんだと。
元沢 調べていくと、日本でのスポーツとSDGsの事例はまだあまりないんですね。(今、お話しした通り)ビジネスとして長く続けることが難しいのだと思います。ならば自分たちで先行事例をどんどん作っていこうと決めました。
 簡単ではありませんが、率先して成功も失敗も経験して、それらを対外的に発信していくことに価値があると考えています。
 地域に根ざしたスポーツクラブ、地域行政の方々に知ってもらえれば、全国的に「スポーツ×SDGs」が広まっていくんじゃないかと。そんな思いを持って、アドバイザーとして慶應義塾大学大学院教授の蟹江憲史さんに参画いただき、また、川崎市とも協定を結ばせていただいたり、様々なご協力を得ましてSDGsプロジェクトに取り組んでいます。
 プロジェクト名の「&ONE」は、自分と他者との繋がりを意味しています。人と人とが繋がり、テーマ無限の可能性を生み出していく、そんな思いを込めています。
 とはいえまだまだ我々の小さい規模ですので、SDGsの17項目の中から当面は3番と8番、その結果としての11番に取り組んでいきます。他の項目に関しましては、今後外部パートナーさんと組んで推進していければと考えています。
「&ONE」はバスケットボールを通じて、すべての人に「健康」、「働きがい」の機会を提供し、ホームである川崎をより「住んで幸せな街」にすること──をコンセプトに掲げています。ここから具体的な取り組みの事例を紹介していければと思います。
 同クラブの取り組みで特に伸びているのが、小学生を対象としたバスケットボールとチアダンスのスクール事業。
 合計30人にも満たない状態からスタートし、3年で生徒数は600人を超えた。今年の4月には、1000人近くまで増えるという。
元沢 スクール事業は地域の子供たちと一緒に成長できている感覚がありまして、我々としてもかなり手応えを持てている取り組みになっています。これをSDGsにも紐付けながら、もっともっと広げていこうと考えています。
 例えばオフシーズンには川崎の選手たちが市内の小学校に行って、子供たちに教えながら一緒にバスケットを楽しむ。養護学校を訪れてスポーツの楽しさを知ってもらう。
 そうした取り組みの中で、SDGsの理念である「誰1人取り残さない」を実現していくつもりです。
 今は子供向けですが、日中はシニアや主婦の方向けのクラスなどもどんどん開講して、バスケットボールスクール自体をしっかりと収益化へ導き、事業貢献できるものにしていく構想も持っています。

試合に負けても「また来たい」

元沢 ホームゲームを通じての働きがいの機会を提供する取り組みに関しても、既にいくつかの事例があります。
元沢 先程も申し上げましたが、ホームゲームは年間30試合、5000人近いお客さんがいらっしゃいます。バスケットボールの試合がメインではあるんですけれども、それだけの数のお客さんがいらっしゃるので、何か頑張ってる方々のアウトプットの場としても活用したいなと。
 頑張ってる方に何かそこで披露してもらって、たとえばの拍手がもらえたり、声援を得ることができれば、取り組みへのやりがいや働きがいにつながると思うんです。
 具体的な事例として、まず試合会場のグッズショップの袋を変えました。ビニール袋を有料の紙袋に変えたんですけど、その紙袋のデザインを知的障がい者の方々から募集したものにしています。
 60件以上の応募のどれもセンスがあって、うまく組み合わせてデザインした紙袋として販売しています。結果として、ありがたいことにグッズ購入者の2割以上の方がこの紙袋購入していただいています。
 デザインがすごくかわいいんですよ。紙袋だけを購入して頂くようなお客様もすごく増えていて、第2弾、第3弾をやってきたいと考えています。
 知的障がい者の方のアウトプットの場であると同時に、我々クラブとしても有料袋ですから販売することで事業貢献にも繋がっていく。これこそが目指していきたい姿なのかなと思っています。
 その他にも、障がい者やひきこもりの方々の就労体験としてホームゲーム試合の前日の設営ですとか試合当日の運営を一緒に手伝っていただきます。川崎にお住まいで一芸に秀でた方々を毎月ホームゲームにお呼びして、そこで一芸を披露してもらったり、洗足学園さんの吹奏楽部の学生さんたちに来ていただいて、選手入場の時の曲を生演奏していただいたり。
 吹奏楽部の学生さんたちもコロナ禍で発表する舞台がなかった状況で大変喜んでいただくと同時に、残念ながら試合には負けてしまったんですけどお客様から「試合は負けちゃって悔しかったけど、この洗足学園さんの演奏がすごく良かったのでまたやってほしいです。そしたらそれだけでチケットを買います」というような声もいただきました。
元沢 もちろんスポーツクラブ最大の資産である選手たちの力も生かしていきます。一言一言で多くのファンの方を魅了する力があると実感していますので、「&ONEプロジェクト」を少しでも浸透させるためのオリジナルの動画でも選手たちに登場してもらっています。
 様々取り組みを紹介してきましたが、川崎ブレイブサンダースだけでできる取り組みはおそらく一つもございません。
 こういった形で知っていただいた方々から、それだったらぜひ自分たちの会社のノウハウや技術、知識や経験をこういう感じで使えるんじゃないかとお考えの方いらっしゃいましたら、是非ご連絡いただけるとありがたいなと思っています。
スポーツの持つ力は大きい。社会にとっても、スポーツクラブにとっても持続可能なものにしていくこと。その実現は、これから欠かせないものになる。
3月下旬にホームの川崎市とどろきアリーナで行われる試合は、「&ONE Days」と冠したイベントゲームとなり、SDGsの17目標に関連した施策が実施される。