2021/1/22

【磯田道史】出島ロールで日本企業を改革する

 JTがこれまでにない視点や考え方を活かし、さまざまなパートナーと社会課題に向き合うために発足させた「Rethink PROJECT」

 NewsPicksが「Rethink」という考え方やその必要性に共感したことから、Rethink PROJECTとNewsPicksがまさにパートナーとしてタッグを組み、ネット配信番組「Rethink Japan」をスタート。

「Rethink Japan」は、これからの世の中のあり方を考え直していく番組です。

 世界が大きな変化を迎えているいま、歴史や叡智を起点に、私たちが直面する問題を新しい視点で捉えなおします。

 全6回の放送を通して、文化・アート・政治・哲学などといった各業界の専門家をお招きし、世の中の根底を “Rethink” していく様子をお届けします。

磯田道史 × 波頭亮 歴史から今の日本を考察する

 Rethink Japan、第6回は歴史学者の磯田道史さんをゲストに迎え、日本の歴史を振り返りながらこれからの時代の課題を考察する。
 モデレーターは、佐々木紀彦(NewsPicks CCO/NewsPicks Studios CEO)と、経営コンサルタント・波頭亮さん。
 歴史の流れを踏まえながら、日本や世界が今どのような局面に置かれているのか、そしてこれからの時代に求められるものにアプローチした。

資本主義と民主主義が迎える転換期とは?

佐々木 今回は日本の歴史をテーマに、磯田道史さんをお招きしています。ちなみに波頭さんは、歴史という観点から議論すべきテーマには今、どんなことがあるとお考えですか?
波頭 日本だけでなく、現在は人類史的な転換点にあると僕は考えているんです。
波頭亮(はとう・りょう)経営コンサルタント。1957年生。東京大学経済学部経済学科卒業。82年マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。88年コンサルティング会社XEEDを設立。著書に『成熟日本への進路』『プロフェッショナル原論』(いずれもちくま新書)、『組織設計概論』(産能大学出版部)などがある。
 たとえば先日のアメリカ大統領選にしても、開票結果はほぼ五分五分。イギリスで5年前に行なわれたブレグジットの国民投票も、やはり五分五分でした。
 こうして世論が真っ二つに分かれるのはある種の臨界点の表れで、新自由主義の限界を示しているような気がするんです。
 また、政治に目を向けると、戦後から76年の間にソ連が崩壊したり中国のプレゼンスが上がったり、グローバル・ポリティクスのバランスは大きく変化しているのに、日米の関係だけはずっと固定されたままで、日本はいまだに「アメリカの50番目の州」などと揶揄される有様です。
 でも本来は、米中の中継ぎ役として存在感を発揮するなど、戦後体制を刷新すべきですよね。
 そして資本主義や民主主義にしても、これほど資本の力が大きくなった時代はないわけですが、それでも世界を見渡せば、それがどれだけ安寧と安定を与えているかというと少々疑問です。
 そうした意味で、2020年代というのは人類全体が立ち位置を再考しなければならない時期と言えるのではないでしょうか。
佐々木 資本主義や民主主義もまた、転換期に差し掛かっている、と。こうしたテーマに、磯田さんはまさにうってつけのゲストですよね。今の波頭さんの意見について、どうお考えですか?
磯田道史(いそだ・みちふみ)歴史家。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。2018年3月現在、国際日本文化研究センター准教授。『武士の家計簿』(新潮ドキュメント賞受賞)、『天災から日本史を読みなおす』(日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『日本史の内幕』など著書多数。
磯田 10年くらい前までは、私は経済の発展には自由な市場が必要だと信じて疑わなかったんです。
 民主主義的な意味でも、GDPランキング上位国はどこも言論の自由が保証されている国ばかりで、自由が確立していなければ経済的な発展はないんだ、と。
 ところが中国やロシアを見ていると、そうではない国家がどんどん経済発展している現実があります。
 そこで考えてみると、日本だって実は、明治の頃などはそれほど自由な国ではありませんでした。少なくとも今この21世紀半ばというのは、無邪気に民主主義や資本主義を信じられる時代ではなくなっているのは事実でしょうね。
波頭 そもそも、いくらGDPが伸びてもその余剰が民衆に行き渡らず、人々の暮らしは大きくは変わらずにいます。一体、何のための資本主義なのかという話ですよ。
磯田 たしかに、新しい段階に突入していますよね。これまでの経済学は、余暇と労働が釣り合ったところで効用が決まるという、均衡論をベースに資本主義を教えてきました。
 ところが、たとえば農業労働などは今日、人によっては労働で人によっては余暇でもあるから、一概には言えないわけです。
 さらにここへ来て、人工知能が登場しました。これは歴史家からすれば農耕の始まりや蒸気機関の発明に等しい一大事で、人類史からすると500年に一度しか起きない大きな変化です。
 なにしろ目的とルールが決まっている仕事は、もはや人が手を出す必要がないわけですからね。
 技術も経済も、今まさに変化の過渡期にあるのは間違いないでしょう。

「見る、聞くは誰でもできる」

波頭 経営コンサルタントの視点からすると、80年代は“何をすれば勝てるか”という戦略の時代でした。
 そして、データと合理性に基づいて立てたその戦略を、的確に実行できる人材や組織をいかに育むべきか、という方向にシフトしたのが90年代から2000年代の初頭です。
 日産にカルロス・ゴーンがやってきてV字回復を果たしたのもこの時期で、組織が結果を出すためには理想的なリーダーが求められるようになりました。今のこの、変化の激しい過渡期には尚更でしょう。
佐々木 では、これからの令和の日本に必要な人材とはどのようなものでしょうか。
磯田 (ホンダの創業者である)本田宗一郎さんが、「見る、聞くは誰でもできる。しかし、実際に試してみる人とは大きな差がある」と言っています。
 受験戦争を勝ち抜いた世代は論ばかりが先行し、なかなか実際に試そうとしない傾向があります。これは現代人の大きなウィークポイントですよね。
波頭 本田さんも松下幸之助さんも、「学がないのが自分の強みだ」とおっしゃっていますものね。
磯田 そうですね。専門家というのはなまじ知識に長けている分、アホなことをやらないんですよ。
 また、日露戦争でバルチック艦隊を沈めた秋山真之さんも、「意思と実行までの時間が短い者が勝つ」と、奇しくも本田さんと同じようなことを言っています。
 日本が強かった時代のリーダーというのは、世界の潮流や環境から“こうしなきゃいけない”ということにまず気づき、それを素早く実行できたということです。
佐々木 つまり、ひとつの事に取り組む際に、調整、調整で時間がかかってしまうと勝機を逸するということですよね。
磯田 そう、せっかくアンテナを張ってデータをキャッチしても、「でも社内でこんな反対があるかもしれない」、「社外からこんなクレームがつくかもしれない」などと考えて止まってしまう。これは経営ミスですよ。
波頭 厄介なのは、今の日本企業ではそうした調整に抜かりのない人が出世しやすい土壌があることですよね。
 不思議なことにこの20年、日本は国としてのGDPはあまり伸びていませんが、最高益を更新している企業はたくさんあります。何をやったのかというと、リストラと効率化で、そこにしか意識が向かない人材ばかりがどんどん偉くなってしまっている。
 おかげでますますチャレンジしにくい環境が出来上がってしまったわけです。
佐々木 つまり日本に今必要とされるのは、挑戦を推奨する親分ですよね。そうすれば子分も動きやすくなる。
磯田 そういう、挑戦するタイプの親分が作った社風を残す企業は、今でも利益をあげていますよね。
波頭 たとえば「やってみなはれ」のサントリーなどですね。

カギを握るのは若者と女性の活用

磯田 ただ、気になるのはこれまでの日本の転換期と比べて、リーダーとなるべき人材の年齢層が、今は高すぎるということ。
 明治維新の頃の人たちなんて、みんな20~30代ですし、戦後の復興期にしても、50代以上の偉い人たちが戦犯になったりして退場したため、若い人たちが改革を行ないました。
 今こうして年輩の方が長生きできるのはいいことですが、人工知能だ何だと新しいイノベーションについていくには、やっぱり私たちのように50歳を過ぎた人間には荷が重いと思うんです。
波頭 たしかにそうですね。その点でいうと、アメリカもあまり良くない状況かもしれません。オバマは若かったけど、バイデンもトランプも70代ですから。
磯田 江戸時代というのは、リーダーを輩出するグループが小さくて、それが衰退の原因なんです。そして、それに気づいたことが、実は明治維新の成功に繋がっています。
 高位な武士身分の男性だけでしか意思決定できないわけですから、幅広い知見を取り入れることができなかったんですね。グループを広げれば、海外事情に詳しい人材や戦争の指揮に長けた人など、いろんな才能を活用できたはずなのに。
 今の日本もそれにちょっと似ていて、社会の意思決定の中心にいるのは、高齢の男性ばかりです。若い女性のトップはまだまだ少数ですし、入社3年で役員になるようなケースも世界的に見て日本は非常に少ない。
 これは政治にも企業にも学問にも共通する傾向だと思います。
佐々木 こうなると、自然に若返りするのは困難でしょうから、若い人たちが自分たちで新しいことを始めるしかないでしょうね。若者も女性も、まだまだ活用されていないわけですから。
磯田 そうですね。日本の歴史上、女性のポテンシャルがちゃんと活用された例はほとんどないですから、そこにフロンティアが眠っている気がします。
波頭 市川房枝さんだって、結局は特異値としてしか見られなかったですからね。
 男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数にしても、日本は153カ国中の121位。先ほどの親分を探す国民性と同様、ジェンダーについても日本人の中にそういうDNAがあるとしか思えません。

これからの時代に求められるリーダーとは

佐々木 今の日本に必要なタイプのリーダーを、歴史上の人物で例えるとどのようなタイプでしょうか?
磯田 少なくとも大久保利通のようなタイプはもう要らないですよね(笑)。彼のことを「傷のない完璧な銀の玉」と表現した人がいますが、必要なのは西郷隆盛のような、傷はあっても金の玉なのだと思います。
 変化を楽しむことができ、物事を決めて変えられる人。常識人を超えた混沌とした人が大事なんですよ。坂本龍馬にしても、普通に見れば相当な変わり者ですから。
波頭 ところが、今の日本企業は業績評価制度や出世のためのキャリアパスがある程度固まってしまっているから、そういうタイプは入ってきたとしてもすぐ辞めてしまう。
 そこで自らスタートアップすることになるわけですが、ベンチャーをトヨタやホンダのように育てるには膨大な時間がかかります。だから、そうした力量のある人材を、大企業がいかにうまく活用するかが大切。
 これを上手にやっているのがアメリカです。アメリカではそうした変わった人材に、投資家がどーんとお金をつけるから、グーグルやアマゾンのような企業が台頭してくるんです。
 日本にはまだその橋渡しをするものがありません。これは国民経済に直結する大きな課題だと思いますね。
磯田 それについては、ここ5年くらいずっと考え続けてきた結果、社外から優れた人材や企業を連れてきた人に、小さなはなれを作ってビジネスをやらせて、そこで成功させるというやり方が、最もスムーズなのだと感じています。
 いわば出島みたいなところでロールモデルを作ってしまえば、それを真似して模倣するのは日本人は得意ですから。
 たとえば働き方改革にしても、全社的にいきなり20時で終業するのは難しいから、ひとまず岡山支社だけ20時ですべての電源を落とすスタイルを取り入れてみる。それで業績が下がらないことが確認できれば、安心して全社に展開できるということですね。
波頭 いいですね、出島型。これまでにも、同じルールや報酬規定ではやれないため、別会社を作って新しいことをやる手法はありました。それが近年、変革に本腰を入れている会社では、その別会社に本流からエースを送り込む例も増えています。
磯田 こうした変革の時代だからこそ、試すことに躊躇がないという資質が非常に重要なんですよね。
佐々木 やはり、過去の歴史には学ぶべきヒントがたくさんありますね。今後、そうした人材活用に積極的な企業から、思いも寄らない成功例が今後生まれることもあるかもしれません。楽しみに見守りたいと思います。
 Rethink PROJECT (https://rethink-pjt.jp) 

 視点を変えれば、世の中は変わる。

 私たちは「Rethink」をキーワードに、これまでにない視点や考え方を活かして、パートナーのみなさまと「新しい明日」をともに創りあげるために社会課題と向き合うプロジェクトです。

「Rethink」は2020年7月より毎月1回配信。世の中を新しい視点で捉え直す、各業界のビジネスリーダーを招いたNewsPicksオリジナル番組「Rethink Japan」。

 NewsPicksアプリにて無料配信中。

 視聴はこちら(前編後編)から。
(執筆:友清哲 編集:株式会社ツドイ デザイン:斉藤我空)