2021/1/27

月2万本の動画を量産。「動画の時代」をディスラプトする急成長ベンチャーの大局観とは

NewsPicks BrandDesign ChiefEditor / NewsPicksパブリッシング 編集者
 リチカが提供する「リチカ クラウドスタジオ」の特徴は大きく3つと言える。
1.誰でもかんたんにハイクオリティの動画が作れること 
2.低予算で動画を量産できること
3.配信面に最適化された動画フォーマットで成果を最大化できること
 クオリティの高い動画を素人がサクサクと作れるだけでもすごいが、目的・業界・動画の配信先までを考慮し開発された500以上の動画フォーマットで、クリエイティブを自動生成できることが、従来の動画制作ツールとの大きな違いだ。
 今や導入企業は400社を超え、リチカ クラウドスタジオで生成される動画本数は累計20万本を突破。1ヶ月あたりの生成量は、現在なんと約2万本にのぼる。つまり、1日に600本以上もの動画が作成されていることになる。
 2014年の創業当初、リチカは動画クリエイティブとシステム開発全般を企業から請け負う制作会社としてスタートした。ただ、「中長期でビジネスを続けることの厳しさ」を松尾幸治氏は感じていたという。
 「正直なところ、クオリティの高い動画をバンバン出して勝負できる会社ではありませんでした。ハイクオリティの動画にはコストがかかる。労働集約型のビジネスですし、いつか淘汰されてしまうのではという危機感がありました。
 一方で、世間の人のひとつの情報に対する消費速度がどんどん速くなっていっていた。ひとつのコンテンツに費やす時間が効果に直結するわけではなくなっていって。自分たちの成果物がどんな価値を生み出しているのか、葛藤があったんです」
 つまり課題は2つ。
「制作コストが高いこと」「成果が不透明であること」だ。
 課題をクリアし、ユーザー満足度を高めるためのコンテンツを低予算で生み出す。そのために開発されたのがリチカ クラウドスタジオだった。
 ひとつの動画を店舗プロモーション用・ECサイト用・SNS用など、シチュエーションによって最適にアレンジすることができる定額制のクラウドサービスだ。
ビッグカメラ サイネージ広告の事例
 ご覧の通り、伝えたいメッセージがシンプルに伝わる動画だ。
 大手ブランドから広告代理店、メディアや百貨店に至るまで、あらゆる業種の企業がリチカ クラウドスタジオを導入している。また、広告、SNSのみならず、営業や採用活動といった幅広い領域で活用されている。1年後には、単月で10万本作られるようなプラットフォームを目指す。
 動画市場の伸びしろはどこにあるのか。動画のコストと成果の関係はどのようなものか。リチカが標榜する「リッチコミュニケーション」とはなにか。
 代表の松尾幸治氏にそのビジョンと戦略を訊いた。

どれだけ良いコンテンツも、届け方次第でユーザーには刺さらない

──まさに「動画の時代」をとらえたサービスですね。起業当初からの狙い通りでしょうか。
松尾 いえ、もともとは新卒から動画制作に携わっていたから、というシンプルな動機です。ただ動画事業会社の代表である自分が言うのもおかしな話なのですが……、そもそも今が「動画の時代」って言われていることにあまりしっくりきていなくて(笑)。
2011年に大学卒業後、動画ベンチャーへ入社。23歳で取締役に就任し、プロダクト・クリエイティブ部門を管掌。2014年に独立し、制作会社として当社を創業。動画制作やYouTuberの企画運営を通して得たノウハウをもとに成果フォーカスの動画コミュニケーション開発ツール「リチカ クラウドスタジオ」をローンチ。動画や音声などのリッチコンテンツを軸に、マーケティング支援やプロダクト開発など幅広く事業を展開。
 作り手・届け手側の目線に立つと確かに「動画の時代」なんだとは思うものの、正直ユーザーにとっては、別に動画じゃなくても良いはずなんです。
 たまたま今は動画コンテンツがYouTubeやTikTokのようなSNSで消費されることが多く、動画広告市場が大きく見える、もしくは見せたいだけの言葉なんじゃないかな、と。
 もちろん環境が整って、通信のストレスがなくなったという側面もあると思いますが。
──たしかに5Gも始まりました。
 もうひとつ言えば、テキストや画像、音声に比べると人に情報をわかりやすく伝えられる手段ではあると思います。文章で説明するのが難しい情報も、動画にすることでわかりやすくなる。
 でもスピードで言えば、テキストのほうが効率がいいし、音声だったら移動しながら聞けるわけです。
 一方で、動画の時代という割には、ユーザーへ最適に届けるための研究がまだまだされていないと考えています。
──研究がまだまだというのは具体的にどういうことでしょうか。
 たとえばYouTube・Twitter・Facebook・TikTok、それぞれのサービスによって、ユーザー体験は異なっています。それぞれの配信面がどういう傾向にあって、どう出せば効果が出るかという点です。その伸びしろに関心がありました。
──それで配信面まで考慮した、動画生成サービスが生まれたのですね。
 もうひとつ重要だと考えているのがコストです。もともと動画制作の受託をしていたさいに、「多額の予算でこの商品解説動画を制作し、確実に成果を出してほしい」と言われることがあり、それにはとても悩んでいました。
 リチカ クラウドスタジオは定額制のサービスですが、日常的に動画生成をご利用いただいているお客様であれば、動画1件あたりに換算すると数百〜数千円程度で動画を制作できます。「低予算で効果の高い動画を量産したい」という企業のニーズに応えるためのサービスなんです。
 しかも作った動画の要素を、各SNSや媒体に向けて簡単にカスタマイズでき、配信面に対して最適化できる仕組みになっています。

クリエイティブの知見を民主化させ、生成する動画の質と量を担保する

──動画を制作する場合、コストが高いのが相場です。なぜリチカ クラウドスタジオでは月2万本というペースで動画を生成できるのでしょうか。
 まずリチカ クラウドスタジオは動画生成のSaaS型サービスなので、クライアントさんご自身で動画制作の作業をしていただきます。デザインの経験がない人でも、500以上の動画フォーマットから、最短10分程度のペースでひとつの動画を仕上げられるくらいの使いやすさを追究しています。
 コピーと画像素材があればこんなふうに作っていただけます。
セブン銀行の事例
 ユニークな事例として、伊勢丹さんのECサイトでは、販売員さんが商品の解説動画をスマホで撮り、音声を自動で字幕にしています。クライアントのニーズに応えて、オーダーメイドで開発・提供した専用の動画フォーマットなんです。
おもちゃの紹介動画|三越伊勢丹オンラインストアの事例
 すごくシンプルですが、ユーザーにとっては商品を理解するのに十分ですよね。実際、動画をECに掲載したことで購買率は上がったと伺っています。
──たしかに商品の使い方がわかるだけで価値が高いですね。スタジオでカメラマンがプロ用の機材を使って動画を撮る必要はないのかもしれません。
松尾 もちろんブランディングを重視する企業には、最初に弊社のクリエイティブディレクターが、ディレクションを行い、オリジナルの動画フォーマットを作った上で、コンテンツを量産していくシステムを提供する事例もあります。
 こちらは、Instagramのストーリーズ用に女性誌のVoCEさんが作られているものです。クライアントと一緒に相談しながら、専用の動画フォーマットをつくって、そのフォーマットをもとに動画を制作いただいている形になります。
VoCEの事例
──動画のフォーマットやパターンなどは、どのようにつくっているのでしょうか。
松尾 そうですね。簡単に量産できるというサービスのお話をしてきましたが、まず大前提として、もともと制作会社であったので、クリエイティブチームはみなクオリティにこだわっています。そしてこれまでのノウハウやデータを集約して、フォーマットなどをつくっています。
 もうひとつ、それ以上に大きいのは“配信面”の研究で得た知見の影響です。私たちは現在、FacebookやYahoo!などといったプラットフォームと協力させていただきながら「どういったクリエイティブを作ればどういった成果が出るか」といった研究を行っています。
 今、海外のエンジニア比率が7割。その約3分の1はリチカ クラウドスタジオのコアエンジンを活用し、それぞれの配信面で成果が出る新しいフォーマットを常に研究しています。
 そうやって培ってきた知見を民主化させ、質と量の両方を担保できることが、私たちの強みだと思っています。今後はクライアント側のデータベースと連携させ、特定パターンの動画を自動生成・自動配信していくようなサービスも開発していく予定です 。
──サービスの競合にあたるのは、Adobeのようなクリエイティブツールの企業になりますか?
 Adobeは「制作行為そのものを民主化したサービス」。一方でリチカ クラウドスタジオは「ビジネスコミュニケーションを民主化したサービス」だととらえています。
 動画の目的・用途(配信先)を定めることで初めてフォーマットが機能し、成果を最大化できるという点が、他の動画制作ツールとも大きく違う点。「ビジネスコミュニケーションの民主化」によって、何かを伝えるための表現と、それを受け取るユーザーの体験が“リッチ化”することを狙っています。
──リチカというサービス名の由来にもなっている“リッチ化”ですが、“リッチ化”とはどういう状態を指すのでしょう?
 ミッションとして“想いが届くで、世界を豊かに。”と謳っているんですが、「コミュニケーションが今よりももっと良くなること」を広く“リッチ化”と呼んでいますね。
 つまり動画広告市場に限らず、ビジネスコミュニケーションのあらゆる領域に“リッチ化”できる市場が広がっていると思うんです。
 だからこそ、リチカは「動画」の会社ではなく、「リッチコミュニケーション」の会社であると定義しています。
 たとえばリチカのメンバーの名刺には、社員一人一人の動画へ遷移するQRコードを載せています。
 このような事例は今まであまりなかったと思いますが、ニーズはあるはずです。そうやって常識や前例にとらわれなければ、いろいろな体験の中にリッチ化できる可能性がある。つまり創ろうと思えば、市場はいくらでも創れると考えているんです。
──たしかにその観点でいえば、動画にこだわる必要はななさそうですね。
 もちろん投資家の人たちには、市場の大きさをきちんと把握して事業計画を……、などとアドバイスはもらうんですが、正直、当初はTAM(最大市場規模)がうまく出せませんでした(笑)。
 既存の動画市場が平面図だとすると、“リッチコミュニケーション市場”は立体的にふくらんでいくイメージで、あまりにも大きすぎるなと。

人の心が動くコンテンツの可能性を、定性的なデータに落とし込む

──リチカは「SaaS型サービスの事業会社」でありながら、MRR(月次経常収益)を早期に最大化して、といったいわゆるSaaSビジネスの定石に則っていない印象があります。
 私たちが大事にしているのは、「何を、どう使うか」という過程ではなく「クライアントやユーザーと向きあい、成果にコミットできるか」という結果です。
──現在、次なる“リッチコミュニケーション市場”の開拓のために、急拡大中と聞きました。どんなメンバーでサービスやビジネスを作っているんでしょうか。
 現在、組織拡大に伴って人を積極的に採用しています。
 外資系マーケターや外資系コンサルティングファーム、大手代理店のクリエイティブディレクター、GAFA出身の方など、ハイキャリアの人たちがジョインしたことで、やっと土壌が整ってきました。
 職種に限らず共通しているのは、常識を疑ったりしながら、主体的に考え、動ける人が多いことです。
──社内のカルチャーなどを明文化したものはありますか。
 私たちが大切にしているバリュー(行動規範)は3つあります。
──「現物主義」「積み上げよう」「相手志向」。3つとも変化に強そうな行動の判断軸ですね。
 今、世の中の正解がなくなってきていて「何が正しいか」がわからない状態だと思っていて。個々人のキャリアにしても、何か変化が起きたとき、ちゃんとそこにアセットが積み上がっていれば、成果につながると思います。
 また、「現物主義」は営業のスタイルなどにも如実に表れています。冒頭3分ぐらいで営業自らがババッと事前に作成した動画を見せながら、残りの時間でクライアントとディスカッションするような、いわゆる広告制作会社の常識とは少し異なる営業スタイルも生まれてきているんです。
──「積み上げよう」というのはどういうことでしょうか。
 キャリアにしても、ビジネスモデルにしても、ストックしてアセットにしていこう、ということなんですが、これはスキルにも言えると思っています。
 プロフェッショナルなスキルは大歓迎です。ただ専門技術に依存するよりも、変化があったときに自ら考え、順応できる土壌がある人と一緒に仕事をしたい。エンジニアであれば特定の言語だけを使える人ではなく、時代の流れに応じてスキルを積み上げられるような人の方が、社内で動きやすいはずです。
──動画制作という範囲でのクリエイティブではなく、本来の意味での創造性を大事にしているんですね。いつ頃からそうなんでしょうか。
 ありがとうございます。制作会社だった頃を思い返すと、「伝えにくいものを伝えられるようにする」という作業が好きなメンバーは多かったです。
 だから今でも「感覚的に良いもの」「エモいもの」の強さを可視化して証明したい、という信念がある気がしています。
 人の心が動くコミュニケーションの良さを証明するために、言葉にしづらい定性的なものをデータに落とし込む。その意識が、“リッチコミュニケーション”の波を引き起こし、新たな産業を創造すると信じています。