2021/1/29

「Why」が問われる時代。“パーパス・ドリブン”なブランディングが必要な理由

NewsPicks, Inc Brand Design Head of Creative
洋服、靴、家具、またはBtoBサービス……。あなたは、どんな理由でプロダクトやサービスを取捨選択しているだろうか。
物やサービスの良し悪しや価格ではなく、その企業のミッションやビジョン、社会での在り方までを考慮して購入を決める傾向が、業種・業界を問わず強まっている。今、企業は自らの存在意義・目的、いわば「パーパス」を強く発信しなければならない時期にいるのかもしれない。
そんな状況下、マーケターが手がけるブランディングも変化している。今回は、ジョンソン・エンド・ジョンソンやDELL、日本コカ・コーラなどを経て、現在セールスフォース・ドットコム(Salesforce)の常務執行役員CMOを務める鈴木祥子氏と、NIKEやユニクロ、レッドブルなどを経て、現在オールバーズでマーケティング本部長を務める蓑輪光浩氏の両氏に、企業における「これからのブランドづくり」について話を聞いた。

「WHAT」から「WHY」の時代へ

──お二人は長年、さまざまな業種・業界のマーケティング、ブランディングを手がけています。「そもそも」な質問ですが、まず、お二人が定義する「ブランディング」とは何かについてお聞かせください。
蓑輪 少し照れくさい表現ですが(笑)、「愛」だと思います。お客様にプロダクトやサービス、そして会社自体をいかに愛してもらえるようにするか。それを考え、実行すること。これに尽きると思います。
 マーケターは「自分自身がその会社を圧倒的に好きでなければならない」が私の持論で、私はさまざまな業種・業界の企業のブランディングを手がけてきましたが、入社を決める基準は私がその会社を好きかどうか(笑)。プロダクトやミッション、ビジョン、カルチャーなどを総合的にみて、この会社素敵だなと思った会社にずっと籍を置いています。
 すごくシンプルで当たり前のようなことですが、自分がその会社を愛せるかは、マーケターとして身を置く先を決める重要な尺度にしています。
鈴木 その会社を好きかどうかは重要な指標になりますよね。私も同じです。なので、私もさまざまな業種・業界の企業に携わってきましたが、その業界で最も好きな企業にしか転職してきませんでした。転職するにあたっても「一業界につき一社。一度仕事したことがある業界には転職しない」が私のモットーです(笑)。
 ブランディングにおいて、蓑輪さんの言うお客様に愛されるようにすることはブランディングの根幹にあると感じていますが、愛されるために訴える内容が変わりつつあるかな、と思っています。
 ブランド作りのために、以前は「WHAT」、つまり「何を」愛してもらうかが重要だった時代があったと思います。プロダクトやサービス自体の利点を伝え、ファンになってもらいそれがブランドづくりに通じた頃。しかし、今は変化しているように思います。
 今の時代、私はWHATではなく「WHY」の時代だと思っています。
 お客様は、プロダクトやサービスに対するイメージ、つまりプロダクトブランドではなく、その企業のミッションやビジョン、社会的意義をみてそれに共感する企業から購入したいという機運が高まっています。
 ですので、マーケティング、ブランディングにおいても、お客様が「なぜ、この商品を買うのか」「なぜこの会社と付き合うのか?」という問いに、先んじて企業姿勢の文脈で応え発信する、つまりコーポレートブランディングが求められていると感じています。
 言葉を言い換えれば“パーパスドリブン”なブランディング、企業の存在目的や社会的意義をメッセージとして打ち出す必要性が高まっていると思います。

変化する企業への見方

──マーケティングやブランディングがWHATからWHYに変化したのは、プロダクトの訴求では人の心に届かない時代になったからでしょうか。
鈴木 先ほど申し上げたように、企業姿勢や存在意義を重視する傾向が強まったことに加えて、プロダクトでの差別化が難しくなっているのも影響していると思います。
 コンシューマーのインサイトを深掘りしてプロダクトに生かすというプロセスは、詰まるところどの企業にも差がなくなってきたんですよね。そうなると、結果的にどこも似通ったプロダクトが出来上がってしまう。これはある意味、デジタル化によってどの企業でもお客様の行動がデータ化・可視化できるようになったからではないでしょうか。
 プロダクトでの差別化だけでは競争力が弱いから、企業の存在意義でもメッセージを発信する必要性が高まり、「パーパス・ドリブン」が重視されているのだと思います。
蓑輪 僕は、最近の若い人の就職理由に表れている気がしています。若い人たちが会社を選ぶとき、ネームバリューや知名度ではなく、その会社の社会貢献度やサステナビリティな行動をすごく見ていますよね。
 インターンでも、会社の雰囲気はもちろん、会社の目指す方向を見て吟味しています。それが、WHATからWHYへの変化を生んでいるのかもしれません。
鈴木 若い方こそ、大切なことは何かを突き詰めて考えているのかもしれないですね。
蓑輪 そうですね。バブルが弾けた後に生まれて、10代でリーマン・ショックや東日本大震災を経験し、そして今コロナ禍です。
 小さい頃から人生のチャレンジをせざるを得ない境遇で生きてきたから、自分の人生を懸けられる会社を多角的に、かつ本質的にみているのだと思います。先の見えない時代、正解がない時代には、人は本質的な「問い」を考える機会が多い。そうした背景もあると思います。

「次の世界へ。」に込めた思い

──Salesforceは2020年11月に、「次の世界へ。」というコーポレートメッセージを打ち出し、テレビやWebメディアで大規模に発信しています(詳細はこちら)。それまでプロダクトの訴求が中心だった印象がありましたが、企業姿勢を前面に打ち出した内容で新鮮でした。あらためて、このメッセージに込めた思いを教えてください。
鈴木 今回の施策では「どのような時代でも、人間一人ひとりの行動が世界のあり方を変えていく」という思いを込めています。
 私たちは創業当時から「ビジネスは世界を変えるための最良のプラットフォーム」という考えを持って、お客様に寄り添い実直に活動をしてきました。ビジネスを通じて世の中を変えるために活動しているすべての方々を支援するのが、Salesforceの社会的存在意義だと思っています。
 このメッセージは社内には浸透していますが、ご指摘の通り、企業姿勢を社外に訴えることはしていませんでした。先ほどお話した通り、お客様は会社の存在意義や目的を重視し始めています。ですので、私は就任して早々にコーポレートブランディングに着手しました。
 このプロジェクトが始動した3月、Salesforce本社はグローバルメッセージとして「Leading Through Change ― いま、私たちができること」を掲げました。
 これは、世界中がコロナ禍という試練に直面したことを受けて、ビジネス回復のロードマップとして、「ステージ1:会社の安定化(Stabilize)」「ステージ2:事業の再始動(Reopen)」「ステージ3:ビジネスの成長(Grow)」)という3つのステージを定め、各ステージで発信するメッセージと施策を定めたんです。
 ステージ1はちょうど4月の緊急事態宣言のタイミング。ここではお客様に寄り添い、何を求められているのかしっかり理解し、緊急事態宣言後の5月にはステージ2として、ビジネスを再始動するためのお手伝いに注力。
 そして、ステージ3で「ネクストノーマル」に向けて始動をするにあたり、打ち出したメッセージがこの「次の世界へ。」だったのです。

リアルストーリーで人の心を揺さぶる

蓑輪 あのブランディング施策には驚きました。あまりに意外だったので。
 Salesforceはもっとデータ・ドリブンでサイエンスな会社だと思っていたのですが、人のエモーションを揺さぶって、驚きを与えた。
 コーポレートブランディングは人によって解釈が違うからそもそも難しいのに、鈴木さんのようにジョインしたばかりの人には本当に難易度が高かったと思います。
鈴木 ありがとうございます。企画からいろんな方に参加してもらったのですが、最初に弊社の歴史やミッション・ビジョン、コアバリューを綴った『Trailblazer』という書籍を読んでいただいたんです。プレゼンを聞いてもらうだけでなく、そもそも弊社はどういう会社なのか、ミッションやバリュー、ビジネスを深く理解してもらうことから始めました。
 企画を立てるにあたって大切にしたのは3つポイントがあり、1つは会社の成長とビジネスに直結すること。2つ目はリアルストーリーであること。3つ目は人の心を動かすことです。インスパイアさせるためには、リアルなストーリーじゃないと響かないので、そこにはこだわりましたね。
 ほかにも、弊社のコアバリューの一つに「Equality(平等)」があるのですが、それはジェンダーのダイバーシティだけではなく、ありとあらゆる違いを受け入れることなので、それもクリエイティブにも取り入れています。
 どんな時代でも、どれだけテクノロジーが進化しても、社会を変えるのは人間です。弊社はテクノロジーの会社ではありますが、人間そのものや人間のリアルな活動を大事にしていることを伝えました。
蓑輪 コロナ禍のまん延によって、企業も人も本質的な価値や存在意義を真剣に考え始めた。その中で、こうしたパーパス・ドリブンなコーポレートブランディングをしやすい、社内の幹部も説得しやすくなったという側面もありますよね。
──コーポレートブランディングは投資効果が見えにくい部分があると思いますが、グローバルを含めてどう説得したのですか。
鈴木 難しいことはしていないです。最初に本社のCMOから「任せる」と言ってもらえるまで信頼関係を築いて、次に本社CMOのダイレクトレポートラインの方たちと信頼関係を築き、本社を固める作業をしました。
 投資効果に関しては、過去にいろんな会社で経験を積んできたので、ある程度、何をやればどんな結果が出るかは予測がついていたというのもあります。その知見と本社が持つデータを組み合わせて試算し、綿密にROIを書いて予算を取るという作業をしましたね。
──実際のところ、反響はいかがでしたか。
鈴木 おかげさまで反響が大きくて、認知度とエンゲージメントは順調に高まっています。初めてテレビで流れた日は、正座して見るほどドキドキしましたけど。
蓑輪 それ、すごくわかります(笑)。

競合と手を取り合ってムーブメントを起こす

──蓑輪さんがオールバーズのコーポレートブランディングを仕掛けるなら、どんな工夫をしてどんな思いを込めますか?
蓑輪 僕が今コーポレートブランディングをするなら、世界、地球のことをいかにオールバーズが考えているかを示すために、気候変動問題をメッセージにすると思います。
 僕はスウェーデンの環境活動家であるグレタ・トゥーンベリさんの勇気は素晴らしいと思うんです。一人の少女がいろんな人を巻き込んで世界を変えようとしているように、オールバーズもやらないといけない。
 たとえば、今オールバーズはアディダスと一緒に環境負荷の最も低い、トップアスリートが履けるようなシューズを開発するなど、サステナブルな取り組みをしています。
 同業界でのコラボレーションは通常しないので、NIKEにいた僕からするとあり得ないことなのですが、今の時代に戦うべき相手は競合ではありません。
 小さなマーケットを取り合うのではなく、共に手を取り合って地球環境を良くすることに挑戦すべき。「この商品を買ってください」ではなく、みんなのアクションで世界を変えていくようなムーブメントを起こしたいですね。
出典:iStock/Boonyachoat
鈴木 素敵ですね。企業にとって今後はビジネスを伸ばすことだけでなく、社会でどんな役割を果たすのか、どんな貢献ができるのかを示す必要性がより一層増すと思います。それが間接的にビジネスにつながるとも思います。
 そうなれば、マーケターが手がけるブランディング戦略も変わってくる。私たちは何をする集団なのか、どんな想いを秘めている集団なのか。そんな本質的なメッセージをもっと伝えていければと思います。
 Salesforceも、今回の「次の世界へ。」は。コーポレートブランディングの第一歩に過ぎず、第二弾、第三弾を考えていますので、私たちのビジョンとストーリーを伝えていければと思います。