2021/1/18

【高岡浩三】あなたが本当に解決すべき、「顧客の問題」を自問せよ

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
 あなたの仕事は、顧客のどのような「問題」を解決しているのか──。
 この問いに対して、即座に答えられる人はそう多くないのではないだろうか。
 2020年12月8日、NewsPicksは、西日本のニューリーダーに向けたイベント「WestShip」を大阪で開催。本イベントの「Special Session」に登壇したのが、元ネスレ日本代表取締役社長兼CEOで、現在はDX×イノベーション創出のコンサルティングを行う高岡浩三氏だ。
 セッションテーマは「DX×イノベーション」。
 「顧客の問題を自問し続けることから、イノベーションは始まる」と熱を込めて話す高岡氏。
 高岡氏は、神戸に日本本社を持つネスレから「ネスカフェアンバサダー」「キットカット受験生応援キャンペーン」など、革新的なマーケティング施策を次々に生み出してきた。
 例えば、「キットカット受験生応援キャンペーン」は、商品の味や品質の訴求ではなく、中学生や高校生の悩みが恋愛や受験、友人関係にあることに着目した、人の気持ちに寄り添うイノベーションだった。
 これからの企業とビジネスパーソンは、いかに「顧客の問題」を見極め、向き合うべきか。イノベーションに必要な「問題発見力」はいかに鍛えられるのか。
 圧倒的な熱量であった高岡氏の講演をお届けする。

新しい現実を見極めよ

佐々木 昨今、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」というキーワードが独り歩きしている印象があります。まず高岡さんは、DXをどのように定義されていますか?
高岡 DXは、あくまでイノベーションを起こすための手段です。
 そもそもイノベーションとは、「顧客が認識していない、あるいは解決できるはずがないと諦めている問題を解決すること」と私は定義しています。
 そうすると、「イノベーションを起こす手段としてのデジタル活用」が、DXだと定義できるはずです。
 しかし、日本企業が取り組んでいるデジタル活用の多くが、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」ではなく、「デジタライゼーション(D)」なのが現実。
 デジタライゼーションとは、単なるデジタル化のことです。紙ベースのリストをクラウド化するなどして、業務プロセスをデジタル化し、業務効率の向上やコスト削減を目指すもの。
 一方、DXはデジタル技術によりビジネスモデルそのものを変革し、新たな事業価値や顧客体験を生み出すことになります。
佐々木 では、DXを実現するために企業に求められることは何でしょうか。
高岡 「新しい現実」を見極めることです。なぜなら、「新しい現実」が「新しい問題」を連れてくるから。
 コロナ禍はまさに、新しい現実。例えば、リモートワークが普及し、ミスコミュニケーションが生まれるようになった。
 では、そのミスコミュニケーションを解決するために、誰もまだ気付いていない問題は何か?と考え始めれば、それがイノベーションのタネになっていくんです。
 そして今の時代、その顧客の新しい問題を解決するにはデジタルが不可欠。だから、DXが必要なわけです。
 コロナ禍は新しい現実を、強制的に連れてきた。これは裏を返せば、新しい問題を見つけ出すチャンスでもあり、イノベーションによって新しいビジネスを起こすラストチャンスと言えるはずです。

ガムが売れない理由は「スマホ」の普及にある

佐々木 新しい現実を突きつけられている中で、いかに「顧客の問題」を解決できているのか、改めて自問する必要がありそうですね。
高岡 おっしゃる通りです。20世紀のデジタルが主流でなかった時代は、同じ市場の同業他社だけが競合でした。
 しかし、デジタルを武器に他の市場からプレイヤーが容易に参入してくる時代が21世紀です。
 つまり、同業以外の企業がライバルになる時代は、想像もつかない業界の企業に追い越されてしまうリスクがある。
 だから、自社の商品が「顧客のどんな問題」を解決しているのか。自問し続けることができていない企業は、新しい現実の中であっという間に顧客を奪われてしまう。
佐々木 何か分かりやすい具体例はありますか?
高岡 そうですね。例えば、チューインガム。この10年でガムの売上は約4割も減っています。
 では、「なぜ、この10年で売上が4割も減ってしまったのか?」。ここで重要なのは、そもそも「ガムが解決している顧客の問題」から考え始めること。
 ガムを何の問題解決のために、私たちは噛んでいたのか。この原因を味などの嗜好で捉えてしまうと、本質を見誤ってしまう。
 私の一つの仮説ですが、チューインガムが解決していた問題は「暇つぶし」です。
 例えば昔は通勤時の暇つぶしに、みんなガムを噛んでいたものです。
 ですが、この「暇つぶし」という問題を解決する方法が現れた。それが、スマートフォンです。
 つまり、競合のガムメーカーではない他市場から参入したプレイヤーに、顧客の問題解決の役割を簡単に奪われてしまった。
 競合との関係ばかりに注目して、「その商品が解決している問題は何か?」ということを考えないでいると、現在起こっている状況の本質を見極めることができないということです。
今の時代、百貨店のライバルは、ZOZOTOWNやメルカリ。コンビニの弁当も、ライバルはコンビ二ではなく、Uber Eatsになった。
繰り返しますが、容易にデジタルを武器にプレイヤーが参入できるのが今の時代です。
逆にいうと、どんな他業界のプレイヤーに、いつ市場を奪われる可能性があるのか。それを見極める能力があれば、イノベーションを起こすことができるということでしょう。
佐々木 顧客の新しい問題を見極めるには、顧客自身に聞くところから始めた方が良いのでしょうか? または自ら考え抜くべきでしょうか?
高岡 後者ですね。なぜなら、顧客も分かっていない、または諦めている問題を解決するのが、イノベーションです。
市場調査で顧客が答えてくれることは、既に顧客自身が分かっている問題。それを解決したところで、イノベーションが生まれることはありません。

イノベーションに“場所”は関係ない

佐々木 翻って、関西における「DX×イノベーション」について伺いたいのですが、関東と比較して関西の可能性をどのように捉えていますか?
高岡 そうですね。まず、関西だからといって、ハンディキャップを感じる必要はありません。逆に、地方だからこそ起こせるイノベーションもあるはず。
実は、ネスレも含めてヨーロッパのグローバル企業は、小国から生まれているケースが多い。
例えば、ネスレが生まれた人口約850万人の小国スイスは、各業界の世界No.1の企業が11社ある。
今では世界の時価総額ランキングで約20位に位置するネスレも、本社は人口約1万人のスイスのヴェヴェという街にあります。
日本法人がある神戸の人口は約150万人。とても小さな街であることが分かってもらえると思います。
要するに、小国は市場が狭いからこそ、スタートから世界を意識するわけです。アメリカや日本のように、人口が億以上の市場規模だとそうは思えない。
最近だと、日本の約半分の人口の韓国も、グローバル化が進んでいます。韓国のエンタメが顕著にそれを示している事例でしょう。
伝えたいのは、地方にいることを理由にハンディキャップを感じる必要はないということ。
関西や地方といった、地域の枠組みにとらわれる必要はありません。それよりも、どこにいようとビジネスチャンスを見つけようとするマインドセットが、非常に重要です。
佐々木 場所は関係ないということですよね。世界のトヨタも、愛知から世界を相手に戦っているわけですから。
高岡 まさにそうです。ファーストリテイリングの柳井さんも、山口県の個人商店からグローバル企業に成長させている。
むしろ、いま地方は逆にチャンスなのでは、とさえ思います。なんせ、まだ都心と比べて事足りてないことが多いから、課題が見えやすい。顧客が気付いていない、諦めている問題を発見できれば、イノベーションは起こしやすいはずです。

問題発見力をいかに鍛えるか

佐々木 高岡さんが「顧客の問題」を真剣に考え抜くことの重要性に気付いたのは、何かきっかけがあったのですか。
高岡 30歳でネスレ史上最年少の部長に昇進したことがきっかけです。
部長に昇進したことで、スイスの本社とコミュニケーションを取る機会が増えました。その時に、さまざまな質問を浴びせられましたが、当時の私は全く答えられなかった。
例えば、「なぜ日本では、年に一度しか新卒採用をしないんだ?」といった素朴な質問などですが、何も答えられない。
この経験から、いかに日本では当たり前のことを無意識にうのみにしていたかということに気付きました。そこで、これまで疑問を抱かなかったことに対して、改めて本質を問い直すようにしたんです。
そうすると、問題の本質が少しずつですが、見えるようになってきた。
こうした経験が、ネスレの商品が顧客のどんな問題を解決するのか、ということを真剣に考えるきっかけにもなりました。
まずは固定観念を疑うことから、問題発見力は身につけられるものだと思います。
佐々木 以前高岡さんが顧客の問題を見極める訓練の一環で、「電車の中づり広告に掲出している企業へのアドバイスを考える」とおっしゃっていたのが、とても印象に残っています。
高岡 そうですね。それも、本社の人から簡単な質問をされた時に、答えられない経験が何度もあったから。問題を見抜く力の必要性を常に感じていたんです。
そこで通勤中の電車の中で、広告のクライアントが抱える顧客の問題を思考することで、「問題発見力」のトレーニングをしていた。
今思うと、常に自分に対して問いを投げかけ、答えを考え続けざるを得ない環境に身を置いていたことが良かったと思います。
顧客が抱えている問題は何か、そしてどう解決できるかを思考する。常に顧客の問題を自問し続けることから、イノベーションは始まるのです。それが、私から今日皆さんに伝えたいメッセージです。