2021/1/18

【ウスビ・サコ】この駅に集う人は皆、まちの住民。新しいコミュニティを育てるには

NewsPicks, Inc. Brand Design Senior Editor
山手線30番目の駅として2020年3月に誕生した「高輪ゲートウェイ駅」。JR東日本グループによる最新の駅サービス設備の導入に向けた実証実験が行なわれていることでも話題となっている。

現在、この駅を起点にJR東日本として過去最大規模の都市開発「品川開発プロジェクト」が進行中だ。

第1期として2024年度開業予定のまちには、オフィスや商業施設、ホテル、居住区のほか、インターナショナルスクールも開校。パンデミック後の東京における新たなランドマークとなる。

誰もが自由に訪れ、集うことができる“Playable”な未来のまちで、何が生まれるのか。日本初のアフリカ出身学長として、鋭い文化論・都市空間論で注目を集める京都精華大学学長ウスビ・サコ氏と、JR東日本開発担当者たちが、新しいまちの可能性について語る。

都市空間の新たなハブが目指すコミュニケーションの場とは

ウスビ・サコ(以下、サコ) 都心の駅と共にこれから生まれる新しいまちは、まさに「実験場」という言葉がぴったりですね。不特定多数の人々が行き来する駅だからこそ、移動の中で偶然の出会いやふれあいが生まれ、面白い化学反応が起きる可能性があると感じました。
片山良治(以下、片山) はい、駅の公共性やメディア力を活かし、東京の新しいハブとして、活発なコミュニケーションが行われるしくみ作りを進めているところです。
 駅名に入っている「ゲートウェイ」には、2つの意味があります。ひとつは「玄関口」として、来訪者を受け止める役割。もうひとつが送り出す役割。訪れた人が主役となって、さまざまな実験の場が提供できるプラットフォームになれればと考えています。
サコ さまざまなバックボーンを持った人たちがこのまちに集まることで、新たなものを生み出すコラボレーションが始まりそうです。
 そのためには、偶然性が生まれるスペースをたくさん作ったほうがいい。すべてがあらかじめ決められていると、空間の可能性は限られてしまいます。出会った人がコラボレートし、自分自身の可能性を再発見できるフレキシブルな場作りが大切になるでしょう。
1966年、マリ共和国生まれ。北京語言大学、南京東南大学等を経て、京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士課程修了。博士(工学)。2018年、京都精華大学学長に就任。研究対象は「居住空間」「京都の町家再生」「コミュニティ再生」「西アフリカの世界文化遺産(都市と建築)の保存・改修」など、社会と建築空間の関係を様々な角度から調査研究を進めている。論文に「バマコの集合居住の生成と中庭型在来住宅の形成過程の考察」など。
鈴木和馬(以下、鈴木) まさに私たちも、「やってみようが、かなう場所」をキャッチフレーズに、自由な実証実験ができる場を目指しています。古い固定観念を取り払って、パッションを持った人たちの感性をより浮かび上がらせるような場を提供できれば、非常にいいまちになると思っています。
サコ 最近よく言われることですが、これからの時代は柔軟なアートシンキングが重要です。我々はこれまで、ロジカルに考えて答えを出そうとしてきましたが、先の見通しが利かない現代ではそれが難しくなっている。
 だからこそ、自由で創造性を持った思考が、新たな価値を生み出します。そのために、想像もしなかった異なる属性の人たち同士が交わることが大事です。
 たとえば、サラリーマンと高校生がたまたま居合わせて、お互いの課題や課題解決を共有したりする。将来、そんなミックスコミュニティが生まれると面白い。
 このまちは、そういった出会いを可能にするサポーティング空間になるのではないでしょうか。

リアルな場でつながり合う価値がより高まっていく

片山 偶然が生む可能性には、私たちも着目しています。高輪ゲートウェイ駅から品川駅を結ぶ細長い立地を利用してプロムナードを作り、半公共的なオープンスペースをふんだんに用意する予定です。
 たとえば、人通りが少ない場所に落ち着けるワーキングスペースがあったり、広場を見ながら休憩できたりするイメージです。
 訪れる人それぞれに自分の居場所があり、やりたいことが見つかる。自分もくつろぎながら、ふと出会った人たちから刺激をもらうことができる。そうやって創造性が喚起されるような空間ができればと考えているところです。
サコ 自分の居場所だと感じられるかどうかは、とても大事ですね。
 以前、京都市内のデッドスペース数十か所を学生たちと調査した時、面白い発見をしました。誰も目を向けないような場所に佇んでコーヒーを飲んでいたり、壁にもたれて本を読んでいたりする人たちがけっこういたのです。
 デッドスペースや曖昧な空間が、実は居心地がいいのだとその時気づきました。
 彼らは長ければ数十分過ごし、時には、そこに年代や性別を超えたコミュニティが生まれていることもありました。共にいることで「共感性」が生まれるのです。
鈴木 ボーダーレスな人たちが気軽に集まり、安心して同じ空間を共有できる場が、フラットな関係を生むわけですね。そんなプラットフォーム作りを目指したいですね。
1998年JR東日本入社。駅の実務実習を経て、1999年より生活サービス事業に従事。現在まで20年以上、エキナカ・駅ビル等の開発に携わる。主な開発実績は、2007年開業の東京駅「グランスタ」、2016年開業「ニュウマン新宿」、2020年開業「ニュウマン横浜」。品川開発プロジェクトは2018年より商業部のプランニングに従事し、2020年11月より現職。
サコ 私が来日した際に、非常に魅力的だったのが、日本の商店街の人間関係や空間のあり方です。日本といえばテクノロジーのイメージしかなかったので、店が並んだ往来を人が行き交っていきいきと交流している姿が印象的でした。
 下町や商店街には信頼と相互扶助の精神があります。日本には社会生活のこうした良い部分があるのに、新しくできる公共空間には、闊達な人間関係が生まれにくいのが残念です。
片山 このまちでの開発の特徴は、東京の中心にありながら、古くから続く高輪の住宅街や品川・芝浦・三田などにも隣接していることです。
 既存の町と新しいエリアをいかに融合させ、オープンなスペースを作っていくのか。「TokyoYard Building」と名付けた、駅近くのビルを拠点にしたコミュニティ作りも含めて、地域連携のためのさまざまな試みに取り組んでいます。
2004年JR東日本入社。リテール会社への出向や鉄道建築職場等を経て、2008年頃からJR東日本がエキナカや駅周辺で行う商業、オフィス、ホテルなどの開発に従事。品川開発プロジェクトには2015年から携わり、街全体のマスターデザインおよびプロモーション、文化創造施設計画などを担当。
サコ 今までの都市計画やまちづくりは、経済効率や消費活動の促進が重要視されがちでした。でも、抽象的な表現になりますが「人から離れないまちづくり」が大切だと思います。
 私は、このコロナ禍が、再び相手や自分と向き合うきっかけになるのではと思っています。
 ステイホーム期間中を思い出してください。在宅ワークになって、夫婦であっても半日も一緒にいたらイライラしてしまうと、誰もが気づきました(笑)。家で仕事をしている父親が上司に電話で叱られる姿を見て、「お父さん、大したことないな」と思った子どももいたでしょう。
 誰もが、ふだんは見せなかったリアルな姿を見せ合い、そこから徐々に関係を調整していったと思います。戸惑いながらもお互いに対話し、関係を結び直していくプロセスが、このコロナ禍では行われた。
 この「人間関係の結び直し」は、家族以外にも広がっていくはずです。その意味では、この状況は、私たちにとってひとつのチャンスだととらえていいでしょう。

「幸せな未来」を目指す場に、多様な個性がゆるやかに集う

鈴木 対話の場を作るという意味では、リアルな場面での体験価値がこれから今まで以上に大事になってくると考えています。このプロジェクトでは、飲食エリアの充実や植栽設計の工夫なども含めて、会話をキャッチボールさせていくための空間作りを進めています。
片山 羽田から15分という立地の良さに加えて、生活や移動に欠かせない駅空間だからこそ、グローバルゲートとして、年齢や国籍を問わず、多くの方たちに利用していただける場ができる。その利点をフルに活用するために、文化施設や商業施設、オフィス、住宅などの他に、インターナショナルスクールも開校予定です。
サコ 私たちは、グローバルという言葉を何気なく使っていますが、具体的には、なかなか想像しにくくありませんか? 私は、グローバルとは「ローカルに作られる多様性のあるもの」だととらえています。
 この高輪という土地に、個別のアイデンティティを持った人たちが集まり、新しい仕事やコミュニティ、文化が生まれていけば、本当の意味でグローバルな、非常に面白いコミュニティができる。ぜひ、それを見てみたい。
鈴木 さまざまな個性を持った人たちがこのまちでつながり合い、その個性をかけ合わせて日本から世界へ文化の種が発信されていく。この場がそんな機能を果たせるよう、多彩な人が集うためのコミュニティ形成を、さらにステップアップさせていきたいですね。
「グローバルゲートウェイ品川」をコンセプトに開発中の品川開発プロジェクト。第Ⅰ期は計約7万2000平方メートルで1街区には住宅や教育施設、2街区には文化創造施設、3街区にはオフィス、生活支援施設や商業施設、4街区にはオフィス、ホテルや商業施設などが入る予定だ
サコ 将来、もしかすると、たとえば50か国から集まった人たちで、まちが形成されていく可能性もありますね。多様なバックグラウンドを持つ人たちですから、それぞれに大切にしたいものが違うでしょう。でも、全員が共有できるベクトルがある。
 それは、「幸せな未来を作りたい」ということです。そのベクトルを大事にして、共に進んでいくことがこれから求められると思います。
「幸せ」というコンセプトについて言えば、先日高校生と話す機会があり、改めて考えたことがありました。そこで私は、彼らに謝らなければと思ったのです。
 私たち大人は、これまで経済の力で「幸せ」というものを作ろうとしてきましたが、今それが限界を迎えている。経済やテクノロジーばかりに頼りすぎたのは、失敗だったと言えるかもしれない。
 そして、経済成長を追い求める過程で忘れていたのが、人間の持つ“底力”です。これからは、真の意味でのヒューマンバリュー、生きていく力を高めることが、ひとつのソリューションになるはずです。
 そのために、「問い」を自ら立て、答えを創造する力が必要になると思います。特に若い世代に向けて、そんな力を生み出す場ができることを期待します。
鈴木 ボーダーレスな時代になった今、固定された価値観が成立しなくなっていますから、それぞれの個性を潰さないことが大事ですね。このまちは100年先を見据えたしくみ作りを目指していますが、今生きている我々は、100年後たぶん誰も……。
サコ いませんね(笑)。
鈴木 そう。だからこそ、継続性が大事だと考えています。それぞれの個性やバリューを浮かび上がらせ尊重するシステムを、3~4世代つないでいくにはどうすればいいか。「100年先の豊かな暮らし」とはどんなものか。解像度をどんどん上げて、掘り下げていきたいですね。
サコ これまで世界各地のまちづくりを見てきましたが、私は、まちとは固定したものではなくオーガニックなもの、有機的に進化していくものだと思っています。
 最初から完璧を目指すのではなく、まちが自分で再生成していくようなしくみを作れば、想像もしなかったコミュニティが展開し、さらに可能性は広がるでしょう。
 そんなまちづくりをするなら、その舵取りを次世代に託す選択もあるかもしれません。若者の創造力は我々よりはるかに高いと感じます。
 彼らがクリエイティビティを発揮して、新しい意味を創造する場所としてこのまちが機能し、また次の世代につないでいく。そんな継承ができるといいのではないでしょうか。

新しいまちは「真っ白なキャンバス」

片山 国際的なまちになるだけに、異なったバックボーンを持つ人たちを束ねる難しさもありそうです。違う文化や考え方を持った人たちが輝き合うために大切なものは何でしょう。
サコ 多様性が生み出す良い側面を見たらどうでしょうか。異質なバックボーンを持った人が集まれば、その分だけ多角的に物事を見ることができます。
 日本人同士であれば、それなりに無難なソリューションは出せますが、ワンパターンになってしまうでしょう。
 しかし、異なる視点や文化背景を持った人が参画することで、マルチフレームな思考が可能になる。合意形成のプロセスではディスカッションも必要でしょうが、同じ目的に向かっていくというコンセンサスがあれば、調整は可能なはずです。
 私の大学では、学生の24%が留学生ですが、学生課に留学生窓口はありません。なぜなら、国籍はどうであれ、京都精華大学の学生であることに変わりないからです。“外人”も“日本人”もいない。みな同じ人間です。
 このまちに来る人たちも、国籍や性別、属性を超えて集う、この土地を共有するローカルな住民だと思うのです。
 誰もが、オリジナルな特殊性をたくさん持っている。そこで、個々人が自分の役割を持ち、お互いの存在を認め合えばいい。
 一人ひとりが“画家”となり、何も描かれていないキャンバスに、それぞれの役割と責任を持って、時には互いに迷惑をかけ合いながらも、クリエイティブに自分の絵を描いていく。そんな楽しい未来像を想像します。
片山 確かに。駅は訪れる人を選ばない千客万来の場所。分散型の社会になり、移動の形も変わる時代ですが、このまちに集まりたいから自発的にやってきたいと思える魅力的な場を作りたいですね。
鈴木 まちびらきは4年後。今から100年先の豊かな暮らしを見据え、真っ白なキャンバスだからこそできる継続性のあるシステム、ボーダーレスな価値を浮かび上がらせるしくみづくりを目指していきます。
■「JR東日本のまちづくり TokyoYard PROJECT」の詳細はこちらから。