【木川瑞季✕田中宏隆】「食」の世界はウィナー・テイクス・オールではない

2020/12/11
2021年1月20日からNewsPicks NewSchoolで「食のニュービジネスモデル」プロジェクトが始動する。リーダーを務めるのは、「春水堂(チュンスイタン)」「TP TEA」を日本で展開するオアシスティーラウンジ/オアシスティースタンド代表取締役・木川瑞季氏。

本プロジェクトでは、「食」関連ビジネスのプロとして知られる木川氏が限定50名のメンバーと「未来につながる食のビジネスモデル」を探っていく。

今回は、本プロジェクト「Day2:世界のフードテックの潮流」にゲスト講師として登壇するシグマクシス ディレクター/スマートキッチン・サミット・ジャパン主催者・田中 宏隆氏と共に、フードテックの未来について語ってもらった。
マッキンゼー出身カフェ社長と考える「食の新ビジネスモデル」

「食」は解決すべき課題が多い

── まず、「今回のプロジェクト」のテーマの一つとしてフードテックを選んだ理由はどこにあるのでしょうか?
木川 私自身、10年間のコンサルタント経験を経て、7年前に「食」関連の業界に入りました。飲食業界の仕事はとても魅力的なものですが、同時に、この業界には解決すべき課題が数多く存在しています。
具体的には、いまだに大量生産・大量消費の考え方が蔓延っていたり、旧態依然としたアナログな仕組みが幅を利かせていることなどです。
最近では、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、業界全体として元気が失われてしまっている面もあります。しかし、この業界は本来的には非常に大きな可能性を秘めており、今こそ業界全体で一丸となり、そのポテンシャルを開花させていく必要があると考えています。
そのためには、関係者全員がテクノロジーに対する正しい理解を持ち、どのように活用していくのかを真剣に考えていく必要があります。このような課題意識のもと、今回のプロジェクトでは、「フードテック」をテーマの一つとして選ばせていただきました。
木川 瑞季/オアシスティーラウンジ・オアシスティースタンド社長
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科卒業、国際関係学修士。マッキンゼーに入社後、経営コンサルタントとして事業戦略立案、M&A案件支援等を幅広く行う。マッキンゼー台湾オフィスへの転勤を経て、アジア各国での案件に従事。株式会社シグマクシスにてプリンシパルとして勤務、社内新規事業の立ち上げに従事。2013年『春水堂』の立ち上げメンバーとして株式会社オアシスティーラウンジ入社。2018年より株式会社オアシスティーラウンジ、株式会社オアシスティースタンド 代表取締役。『春水堂』、台湾ティースタンド『TP TEA』を日本で全国展開し、タピオカブームを牽引。
木川 コンサルティングファームからPEファンドに転職して、外食産業に投資先として関与するケースはありましたが、コンサル出身者が外食企業に入社するケースはあまりなかったように思います。
また、給与水準の問題もあり、経営層を外部から招聘するという事例についてもほとんど聞いたことがありません。私の場合、オアシスティーラウンジにはマネージャー職で入社しました。
田中 改めて考えると、本当にすごい判断をされたなと思います。
木川 周囲の方々からも「よく行ったよね」と言われます(笑)。

フードテックに着目したきっかけ

── 木川さんと同様、田中さんもかなり早い段階から「食」分野のポテンシャルを認識されていたと思いますが、フードテックに着目した直接的なきっかけは何だったのでしょうか?
田中 新卒でパナソニックに入社し、その後マッキンゼーで8年間にわたりハイテク・通信業界を中心にコンサルティング業務に従事する中で、「この国をワクワクさせるためには何がドライバーになり得るのか」を常に考えながら仕事をしてきました。辿りついた答えのひとつが、「日本の技術や人材を最高の価値で世界に届ける」ということでした。
当時は企業の成長戦略策定等のプロジェクトを中心に取り組んでいましたが、次第に新規事業開発のご相談が増え、様々なプロジェクトを支援させていただく中で、「私自身、何らかの事業プラットフォームを創りたい」と考えるようになりました。そしてついに「食」関連のプロジェクトに出合ったことで「フードテック」という概念に辿り着いたという経緯です。
田中 とはいえ、フードテックという概念については、その時点で認識はしていたものの、やや消化不良な状態でした。「一度本格的に調べたい」と考えていた際、『フードテック革命 世界700兆円の新産業 「食」の進化と再定義』共著者である岡田亜希子が、スマートキッチン・サミットというイベントを見つけてきたんです。
ただ、当時はまだ小規模なカンファレンスで、ウェブサイトもなんとなく怪しかったんですよね(笑)。
木川 当時、テクノロジー✕多領域という観点の大規模なカンファレンスとしては、サウス・バイ・サウスウエストが注目されていましたよね。
田中 そうですね。やや不安に思いながらも現地を訪れてみたところ、参加者自体は200〜300名くらいなのに、フード系スタートアップに加えアマゾンやグーグルといったIT企業、大手の家電メーカーや食品メーカーが集結していました。
さらにはモダニスト・キュイジーヌ アットホームで有名なネイサン・ミアボルド氏などが登壇する光景を目の当たりにして、「これは何か起こる」と感じました。
さらに衝撃的だったのは、欧米そして韓国系の大企業の方が登壇しているのにもかかわらず、日本からの登壇者はゼロ、参加者さえ一人もいなかったこと。その時に「食こそが自分が取り組むべきテーマではないか」と確信しました。

スマートキッチンという概念

── 日本に持ち帰った後、周囲から理解を得るまでにはある程度の時間を要しましたか?
田中 当時、スマートキッチンという概念について深く理解している方は少なかったですね。でも、帰国後すぐにオイシックス社やクックパッド社をはじめとした自らのネットワークに持ちかけてみたところ、すごく関心を持ってくれました。
その後、SKSのファウンダーであるマイケル・ウルフ氏に「日本版をやりたい。一緒にやらないか」と持ちかけたところ、即決しました。当時入社したばかりのシグマクシスでも、経営層に直談判したところ、「やるなら、各業界が本当に動くような盛り上がりを追求せよ」とのOKが出て、開催する運びとなりました。
木川 私自身、その当時は「食」の業界に入って4年目の頃でしたが、田中さんから初めてスマートキッチン・サミット・ジャパンのコンセプトを伺った時には、本当に大きな衝撃を受けました。
あまりにも衝撃的だったので、記念すべき第1回に私も参加させていただきました。参加費はかなり高かったですが(笑)。
田中 初年度のチケット代は3.5万円でしたね。
木川 でも、この内容は絶対に聞いておくべきだと思いました。
── 『フードテック革命 世界700兆円の新産業 「食」の進化と再定義』には業界を俯瞰するマップが付属されていますが、当時はこのようなマップも存在しなかった状況だったのでしょうか?
田中 そうですね。このマップは昨年Ver 1.0が完成したのですが、様々な企業とのディスカッションを踏まえ、自分自身もVRで食事してみるなど体験も重ねてボトムアップで積み上げつつ、それをさらにトップダウンで再構成して完成させていきました。
木川 「食」の産業というのは想像以上に多様で幅広く、全体像がない状態で議論を重ねたところで、「局地戦」に陥ってしまいがちです。重要なことは、縦串と横串を意識しながら、幅広いプレーヤーの動きを捉えつつ、ビジネスモデルを探っていくこと。
でも、当時は、それらを体系的に整理した全体像がありませんでした。その意味で、このFood Innovation Map Ver 2.0(Ver 2.0は2020年7月に完成)は本当に大きな価値があると思います。
田中  Food Innovation Map Ver 2.0を作成した経緯にも関係するのですが、私自身、長らくハイテク領域で仕事をしていたこともあって、Winner Takes All(ウィナー・テイクス・オール)の考え方が染み付いていました。
これは要するに、言葉を選ばずに言ってしまえば、「殺すか、殺されるか」ということですね。でも、これからの「食」の世界では、Winner Takes All(ウィナー・テイクス・オール)ではあまりにも味気ない世界になってしまいます。
皆で連携し、互いの強みを生かし合いながら未来を創り出していく世界になると考えています。
木川 そうですね。ITの世界では、「全部、Amazonが取ってしまう」といった議論が存在しますが、「食」の世界では必ずしもそうではない。実際、小規模事業者や家族経営でも業態として成立しているという点で、ある意味、特異な業界と言えるのではないかと考えています。
※後編に続く
(取材・執筆:勝木健太、撮影:遠藤素子、デザイン:田中貴美恵)
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