2020/12/14

コロナ禍で見えてきた「本社はフレキシブルなほうがいい」理由

NewsPicks Brand Design editor
新型コロナウイルス感染症の影響により、リモートワークの導入が本格化し、新たなワークスタイルへと移行する企業が増えている。なかでも従業員数の変動が大きく、組織環境が変わりやすいスタートアップ企業は、コロナ以降どのようにして「働き方」と向き合っているのだろうか。
今年9月に港区白金のオフィスからWeWorkへ拠点を移したABEJAは、米グーグルから投資を受けた数少ない日本企業として知られる。人工知能・機械学習分野で世界から注目を集めるスタートアップが、なぜフレキシブルオフィスへと移転したのか。その舞台裏を明らかにしながら、先行き不透明な時代に企業が取るべきオフィス戦略を探る。

注目のグーグル投資企業ABEJAがWeWorkを選んだワケ

ABEJAが港区白金のオフィスから北青山のWeWorkに移転したのは、今年9月1日のこと。移転にあたって、全従業員分用意していた席数を3分の1に減らしている。
もともと前オフィスは11月が契約更新のタイミングだった。半年前の5月には更新か、移転かを決断する必要があったが、コロナ以前、WeWorkへの入居はまったく計画になかったという。
「これまでABEJAは、所属するチームにかかわらずメンバー同士が交わりやすいワンフロアにこだわっていました。だからむしろ、もっと大きなところに移転することになるだろうと考えていたほど。それがコロナによって一変しました」
こう話すのは、執行役員コーポレート統括担当の森田潤也氏だ。
感染対策として出社できない状況が続くなら、オフィスは縮小したほうがいい。しかし、賃貸物件をいくつか見てもピンとこない。
ABEJAは、人工知能・機械学習分野で世界から注目を集めるスタートアップだ。
一方で、1年たてば、再び従業員全員が出社できる可能性もないわけではない。判断に悩んでいる間にも、リモートワークは推進しなければいけない。
「家では仕事するスペースが確保できない人もいます。そこで、カフェ代や会議室代を会社が経費として負担するにしても、その手続き自体が従業員の負担になってしまう。また、周りに同僚がいないリモートワークだけでは、しんどく感じる瞬間もあるでしょう。
ですから、オフィスを完全になくす選択はできないという結論に至りました」(森田氏)
とはいえ、コストを最小限に抑えながら、どのように「働く場」を確保すればいいのか。頭を抱えた森田氏だが、WeWorkのオフィスを見て、「ここなら先行き不透明な環境下でも、オフィスのあり方を模索できそう」と感じたという。
森田 潤也
ABEJA 執行役員コーポレート統括担当
2011年に株式会社ミクシィに新卒入社。2014年よりグループ会社へ出向、出向先にて取締役に就任しグループ会社内の2社統合を推進。2017年より株式会社ビズリーチにて営業、企画職としてビジネスモデルチェンジを推進。2018年よりABEJAに参画。管理部門責任者として、管理部門全般業務を推進。2020年12月より現職。
「まず、入居してさえいれば使える、快適な共用エリアがあるのがよかった。賃貸の場合、規模が小さくなると、それに伴ってオフィス空間のレベルも下がりがちです。これまで同様の働きやすい空間を維持するためには内装に相当な投資が必要ですが、現実的ではありません。
また、専用オフィススペースのある北青山だけではなく、全国WeWorkを使うことができるプランがあったこともよかった。同僚と話がしたいときもあれば、自宅近くの拠点で1人集中したいときもありますから」(森田氏)
柔軟に使える「第3の場所」を用意することで、今まで以上に働きやすい環境を作れるのではないか。いわゆる「いいとこどり」だ。
では、移転について、従業員の反応はどうだったのか。HR兼PRの高橋真寿美氏は、当時を振り返って次のように話す。
「私たちと同規模でフレキシブルオフィスを本拠地にしている企業はまだまだ少なく、不安がなかったわけではありません。ただ、ABEJAは新しもの好きが多いので、『楽しみ!』というポジティブな反応が多かった。
移転後は、『前より働きやすくなった』という声も上がっています」
ABEJAでは、新型コロナウイルス感染症対策のため、現在採用プロセスは全てオンラインで完結させている。しかし、最終フェーズになると一度オフィスに来て対面で話したいという候補者もいるという。
そんなシーンでもWeWorkが効いてくる。
「個室で真面目な話をしたあと、無料のビールを飲みながら他のメンバーとフランクに話してもらうというような、今までにないコミュニケーションが生まれています。
私たちのようなスタートアップはメンバーの紹介で採用に至るケースも多いのですが、『友達を連れてきやすくなった』という声もあり、今後の採用にも好影響が期待できそうです」(高橋氏)

スムーズなオフィス移行の裏にある「企業文化」

業界の変化が早いことから、柔軟な組織運営をモットーとするIT企業は多い。とはいえ、ABEJAの企業規模で、これほど早くオフィスをコロナに適応させた企業は多くない。なぜ、スムーズな対応が可能だったのか。
「実は、東京オリンピック期間中に交通が麻痺することを想定して、フルリモートでも動ける体制を整えようとしていたんです。
おかげで、『今日から全員来なくなったとしても何とかなるな』という見通しが立った2月末に、全従業員がリモートで働くフルリモートの日を試験的に設けることができました」(森田氏)
北青山WeWork内のABEJAオフィス。
8月に予定されていたオリンピックに対して、2月の段階でそこまで備えていたことに驚かされるが、さらに衝撃的なのは、会社から担当者が任命されていたわけではないということだ。
「情報システム担当のメンバーが、自発的に周りに呼びかけて準備を始めていました。上からの指示で動くのではなく、必要だと思ったことを率先してやるメンバーが多いのはABEJAの良いところです」(森田氏)
他の会社では、「担当外のことに口出しせず、自分の仕事だけしていてくれ」と言われるかもしれない。しかしABEJAでは、会社にとって必要であれば、担当外のことでも「どんどん進めてくれ」と任されるという。
都知事による「感染拡大の重大局面」という会見を受け、3月25日にはオフィスへの出社を原則禁止。4月7日に緊急事態宣言が発令されると、9日には許可がない限り出社完全禁止のフルリモート体制へ移行。非常にスピーディな対応だ。
「フルリモートへの移行に懸案事項がなかったわけではありません。しかし、未曾有の事態では、どれだけ考えても答えは出ない。また、現場の実情を十分に把握しないまま指示を出すことで、かえって大きな混乱を生む恐れがありました」(森田氏)
だからこそABEJAでは、フルリモートに移行することを優先した。そのかわり、困ったことあれば都度共有してもらうと決め、管理部門がすぐに対応する。
「オリンピックのための対策が、結果的にコロナ禍でのスピーディなリモートワーク導入を可能にした」と森田氏。
iStock.com/show999
当然、業績にも影響が出るが、それを嫌って対応が遅れては元も子もない。どの程度の影響があるかを予測し、フルリモート下で極力挽回していく方針をとったのだ。
一般企業であれば、立て続けに起こる勤務形態の変化に、メンバーから不満が噴出してもおかしくない。しかし、ABEJAはそうではなかった。
慣れない環境や新しいツールの導入に戸惑う声がSlackで上がれば、それを見た誰かが「こうすればいいんじゃない?」と、すぐさま声をかけサポートする。
森田氏は、ABEJAがそのような環境を生み出せるのは「テクノプレナーシップ」をアイデンティティのコアにしているからだと話す。
「ABEJAは、IT企業のなかでもとりわけ柔軟な組織だと言われることがあります。それを支えているのは『いつまでに、こういうやり方で、これをやってください』と指示を受けて行動するのではなく、ゴールを理解したら、やり方は自分で探すという文化です。
また、『自分の守備範囲はここまで』と割り切るのではなく、自立的に見つけた『How」は仲間と共有する文化もあります。
テクノプレナーシップは元々はテクノロジーとアントレプレナーシップから生まれた造語ですが、ABEJAは『テクノロジーを何のために、どのように使うか』を重要視しているからこそ、そういう人が集まってくるのです」

次世代のオフィス運用、その鍵は「柔軟性」

「組織の誰がヒーローとして賞賛されるかによって、企業カルチャーが作られます。ABEJAでは、やはりテクノプレナーシップを持っているメンバーがヒーローになる。たとえば、エンジニアであっても技術だけではなく、お客様目線で考えたり、発信できたりするメンバーです」(高橋氏)
ABEJAのエンジニアは、マーケットの動向やお客様の考えなどビジネス面にも関心が高い。逆に、ビジネスメンバーもテクノロジーへの関心が高く、常にキャッチアップしようという精神がある。
たとえば今年、法務のメンバーが一般社団法人日本ディープラーニング協会による「E資格」試験に合格した。
エンジニア向けの資格で合格率が7割を切る「E資格」を取得したことが周りに刺激を与え、来年にはビジネスサイドの従業員数名が、「E資格」に挑戦する予定だという。
高橋 真寿美
HR兼PR
株式会社リクルートマネジメントソリューションズに新卒入社、大手企業向け人材開発やコンサルティングに従事。その後、経済産業省に出向。地方創生やベンチャー支援などに関わる。2019年ABEJAに入社。HRとして、人事企画、組織開発、採用に携わる。PRと兼務。
各人が多方面で素養を磨き、そこで得たものをシェアする文化があることが、フルリモートへの移行を助けたのだ。
「ABEJAでは、以前から対面で毎日朝会を開催しており、メンバーが持ち回りで自身の経験や最近のニュース等を通じての学び・感じたことを3分でシェアします。フルリモートに移行してからも、これをオンラインで続けており、お互いを知り合う良い機会になっていると思います。
一方で、気軽な雑談やコミュニケーションを通じたチームの関係づくりやアイディア創出は、対面の場のほうが向いている面も。オンラインとオフライン=オフィスのバランスをとりながら、社内コミュニケーションのベストな形を模索していきたいと思います」(高橋氏)
iStock.com/Tirachard
リアルなオフィスが必要な理由はほかにもある。
IOTデバイスで取得した情報をAIに学習させて答えを出すというのが、ABEJAのサービスのひとつ。前オフィスはそのための実験場も兼ねていて、社内はデバイスだらけだった。
「『同じ人を識別する学習のために、今日の勤務中、ここを何回も通ってもらえませんか』など、遊びと仕事の中間のような気軽な実験がたくさん行われていて、それを通じてコミュニケーションが生まれたり、一緒に面白がったりできました。
同じような実験場のような環境を新オフィスでも構築するためにどうすればよいか。今後の課題ですね」(森田氏)
ABEJAの前オフィスの様子。さまざまな実験が日常的に行われていた。
オフィス移転からまだ間もないABEJAだが、「1年後には全然違うことを言っているかもしれません」と森田氏。
「私たちのようなスタートアップはビジョンと目標を実現するために、組織体制、カルチャーやオフィスの在り方まで、ころころ変えるものです。
それでも変わらず重要なのは、企業が従業員と共に、理想的な働き方をつくりあげていくことです。先行きが不透明な時代なので、働き方も働く場所も試行錯誤しながら考えるしかありません。今回の選択も、仮説検証のひとつだと思っています」(森田氏)
社会情勢が大きく動く今、目的達成のためには、今まで以上にオフィスの在り方も柔軟に変えていく必要がある。これまで不可能だった、オフィスの柔軟な運用を可能にしたフレキシブルオフィス WeWorkは、次世代のオフィス戦略を考えるうえで、外せない存在になりそうだ。