2020/11/25

Tポイント・7000万IDの威力。“人に寄り添う”データ活用の最先端

Kanai Asuka
NewsPicks Brand Design editor
 約6割の日本人が保有しているポイントカード、「Tカード」*。
 そのTカードに紐づく唯一無二の「ユニークデータ」を活用し、企業や自治体、社会の課題解決に挑むのが、CCC MARKETING GROUP(マーケティンググループ)だ。
 同社は、ユニークデータの活用法を考える「UNIQUE DATA CONFERENCE 2020」を開催。
 経営に求められるデータを解釈する力から、New Normal時代のデータとの向き合い方まで。 データ活用の最前線が語られたKEYNOTE SESSIONの内容を、お伝えする。
*調査協力:日本リサーチセンター 調査期間:2019.08.01~ 2019.08.14 対象者:全国の15歳~79歳の男女1200人
 元ネスレ日本代表取締役社長兼CEO高岡浩三氏と、CCC MARKETING HOLDINGS代表取締役社長の北村和彦氏を迎えた、1日目のキーノートセッション。
 NewsPicks Studios CEO佐々木紀彦をモデレーターに、経営者に求められるデータを読み解く力について、深く意見が交わされた。

データは“集めるだけ”では意味がない

佐々木 CCC MARKETING HOLDINGSでは「UNIQUE DATA, SMALL HAPPY.」をミッションに掲げています。そもそも「ユニークデータ」とはどういうものですか。
北村 CCCグループが運営するTカードに紐づく生活者のデータを、ユニークデータと呼んでいます。ユニークと定義する背景には、その量と質があります。
 まずTカードの会員数(1年に1度でも利用履歴がある人数)は、7,000万人。これは、日本の総人口の56%に当たり、年間の購買トランザクション数は50億回を超えています。
 さらに強調したいのが、データの質の高さ。Tカードは5,649社の企業に導入していただいており、買い物をはじめとした毎日の生活に寄り添う存在になっています。
 そういった特性からTカードには、性別や居住地域といった属性はもちろん、日々の購買履歴やテレビの視聴履歴といった幅広い行動データも、蓄積されているのです。
 これらのデータを企業や自治体に有効活用していただき、消費者の皆さんの毎日に、小さな幸せを届けたい。その思いから、「UNIQUE DATA, SMALL HAPPY.」のミッションを掲げています。
高岡 ここまで生活に密着しているデータは、確かに類を見ないですね。
 日本では多くの会員制度がありながら、「ポイントが貯まると安く買い物ができる」という側面だけが注目され、会員データを使って世の中にどう価値を還元できるか、という幅広い議論がされてこなかった。
 その点でもこのミッションは、意義深いと感じますね。

ユニークデータで商品開発

佐々木 このユニークデータ、実際にはどのような活用事例があるのでしょうか。
北村 たとえば、長崎県五島列島の「未利用魚」の活用プロジェクト(五島の魚プロジェクトhttps://tsite.jp/r/tcardsocial/goto/)があります。
 実は世の中には、魚体のサイズが不揃い、漁獲量が少なくロットがまとまらないなどの理由で、市場に売りに出せない魚がたくさんあるんです。五島列島でも同様の課題を抱えており、地元で消費し切ることもできずに、処分されていました。
 私たちのデータを活用して、その課題をなんとか解決できないかと、プロジェクトを立ち上げました。
 Tカードのデータから、TSUTAYAで料理本を購入している、調理器具や包丁を買っている、スーパーで魚をよく買うなどの条件で会員を絞り込み、「魚介好きで“食”にこだわりがある方」を抽出。当該のお客様に、プロジェクトへの参加を呼びかけたのです。
 その参加者が五島列島を実際に訪れて、漁業体験やレシピの提案をしてもらった結果、『五島のフィッシュハム』の商品化が決定。
 さらにユニークデータを読み解いて、「この7,000万人の会員の中で、どんな人なら買ってくれそうか」という視点を交えながら、販売場所、価格やパッケージなどのデザインまで一気通貫で行ったのです。
佐々木 面白い。まさにデータを活用して、五島列島の魚に付加価値を付けた事例ですね。
高岡 この事例で示されているように、データというのは集めるだけではダメで、重要なのはデータを読み解いて課題を見つけ、解決策に落とし込む力です。
 私が常日頃言っているのは、「顧客すら気づいていない課題」を発見する重要性。この課題を解決することが、すなわちイノベーションなのです。
 この課題解決のプロセスは、もちろん最初はすべて仮説です。たとえば「インスタントコーヒーが売れなくなった」という現象があるとします。
 その理由は、味が悪いことなのか、それともライフスタイル自体が変化したのか、予想だにしなかった競合にシェアを奪われているのか。そんなさまざまな可能性を考え、まだ明るみに出ていない顧客の課題を探していくのです。
 その仮説検証に必要な材料こそが、データ。個人の生活と密着したユニークデータなら、検証の質を大いに高められると思います。

データを共有する時代

佐々木 最近ではAmazonのような巨大プラットフォーマーが出現し、大量の購買データを独占しているなかで、メーカーや小売は苦戦を強いられている印象があります。
高岡 私はこれからの時代は、各企業の宝としてデータを抱え込むのではなく、シェアしていく時代になると考えています。
 というのも20世紀は、生産者、販売者、消費者という役割分担が明確な時代でした。しかし今となっては、そのモデルは完全に崩れています。
 ユニクロのように、自社で商品を製造して販売する製造小売業もあれば、スーパーマーケットがプライベートブランドを持つなど、小売がメーカー機能を備える例も増えています。Shopifyのように、気軽にECサイトを作れるサービスも出てきました。
 自分たちで売れるメーカーや、自分たちで作れる小売が、Amazonや楽天のような巨大なプラットフォーマーと競合していく時代なのです。
 もちろん多くの企業が会員制度を作ってデータを集めていますが、自社だけでそれを抱え込んでいるのが現状。それでは活用できるデータ量がプラットフォーマーとは比べ物にならず、太刀打ちできないのです。
 だからこそ、Tカードに紐づくような、幅広いデータがシェアされていくことが重要です。CCC MARKETING GROUPが、こういったデータのプラットフォーム作りを牽引することで、メーカーや小売の大きな力になると思います。
北村 ありがとうございます。消費者と企業と一緒にデータを育て、価値を還元していく共創型プラットフォームを作ること。これはまさに私たちが目指している世界観です。
 データがシェアされることで、消費者は最適な価格で、最高品質の商品を手に入れることができる。企業は集客や販促の部分をデータ活用で効率化し、その分自社のコアとなる価値の創造に集中できる。そんな世の中を目指していきたいと考えています。
佐々木 データ活用はサステナブルな社会にも、欠かせない要素ですよね。データをうまく使えば、無駄を生まない仕組みや消費マインドを形成できる可能性も、大いにあるのではないでしょうか。
北村 おっしゃる通りです。たとえばちょっと傷がついた野菜でも、データやテクノロジーを活用することで買いたい人を見つけ、適正な価格を付けて、販売することができる。こういった無駄や廃棄をなくす取り組みは、業種も業界もまたいで皆さんと一緒に取り組んでいきたいと思っています。
 これからもアライアンス企業の方々と協力しながら、消費者の皆さんに「データを提供して良かったな」と思っていただけるよう、しっかりと価値を還元していきたいと思っています。
 2日目のKEYNOTE SESSIONには、慶應義塾大学医学部教授の宮田裕章氏と、CCC MARKETING HOLDINGS Chief Creative Officerの谷川じゅんじ氏が登壇。データ活用で実現する「新しい豊かさ」について、語り合った。

データベースは「畑」だ

谷川 これからのデータとの向き合い方を考える本セッションのタイトルは、宮田さんの新著のタイトルからいただきました。どんな本か、簡単にご説明いただけますか。
宮田 私の著書『共鳴する未来』は、データ革命を通じて我々がどういう未来を目指していくべきか、考察したものです。
 今私たちは、「情報革命」の真っ只中にいます。その変化の中で、データは「富」になった。それを象徴している企業が、米国のGAFAや中国のアリババです。
 特にアリババは、ECサイトから決済サービス、インターネット銀行などの幅広い事業から得たデータを組み合わせ、個人の信頼度をスコア化するなど、データに多大な付加価値を与えています。
 データの価値が巨大になる一方で、データを1社が独占する従来のやり方とは違う方法はないのか。データを活用して、次世代の豊かさを生み出すことはできないのか。そういったテーマを考察しているのが、この著書です。
谷川 データの所有のあり方への言及がありましたが、私はデータベースを“畑”と捉えているんです。
 畑は、多様な有機物や空気が入ることで豊かな土壌環境が生まれますが、データベースも多くの人が関わって耕すことで、育っていくものだと思うのです。そんな畑にアプリケーションや事業という種を植えれば、発芽のスピードや育つ力も強くなるはず。
 逆に限られたプレーヤーしか耕さないデータベースは、だんだんと痩せてしまうのでは、と。
宮田 その通りですね。「大地はみんなのもの」という感覚は、データと通じるところが大いにあります。
 データは「21世紀の石油」と呼ばれています。石油は限りある資源だからこそ、所有が排他的になり、奪い合いも生じてきました。
 その点データは、「誰かが使ったら、他の人が使えない」という類のものではなく、みんなで共有できる資源なのです。データのこの性質に、大きな希望を見出しています。

新しい豊かさとは何か

宮田 ここ何年かでデータ共有権といった議論がヨーロッパを中心に広まり、データを共有しないとビジネスができない風潮が、GAFAの中でも生まれています。
 こういう今こそ、日本の強みが発揮できると考えていて。たとえば食や健康の領域は、日本の得意分野です。
 トマトの酸味や甘みなどのデータにタグを付けて、酸っぱいトマトは肉料理の付け合わせに、甘いトマトはサラダに、といった付加価値を付けて売り出すこともできる。
 こういった日本独自の多面的な豊かさとデータを結びつけることで、新しいデータの活用路線を生み出せる可能性は十分あります。そこにTカードのデータのような、人々の生活に寄り添ったデータは活きてくると感じています。
谷川 ありがとうございます。CCC MARKETING GROUPでは、Tポイントに紐づくデータをユニークデータと表現しており、「UNIQUE DATA, SMALL HAPPY.」をミッションに掲げています。
 Tカードに紐づくデータが非常に多種多様である点でのユニークさもありますが、一人ひとりのユニークな個人に対して、どのように幸せをもたらせるか、という点を、私たちは重要視しています。
 壮大なデータベースの畑を使って、「たった一人の幸せ」を実現していく。それこそが「SMALL HAPPY」の部分に込めた思いで、ユニークデータを持つ私たちだからこそ果たせる役割だと考えているのです。

データの本質は、人に寄り添うこと

宮田 「UNIQUE DATA」も「SMALL HAPPY」も、すごく良い言葉ですね。
 ビッグデータという言葉には、支配的で画一的なイメージが付きまといます。ですが、デジタルの本質は、人に「寄り添える力」だと思っているんです。
 私は今、大阪・梅田の巨大再開発事業に参画しているのですが、そこではデータを使うことで人と街をつなぐ試みをしています。
 そこでディスカッションしているのが、人の“行為”に対してポイントを付けられないか、ということ。
 従来のポイント制度は、買い物をしたらポイントが付いて、次回お得になる、というものでした。
 もちろんこの換金性も重要ですが、たとえばその人の地域への貢献に対して、ポイントを付けたらどうなるか。休日に小学生にサッカーを教えている人の貢献に対してポイントを付け、そのポイントを使って地域の講座に参加できるようになる、というように。
 地域での貢献をポイント化して、一人ひとりに寄り添った幸せを叶えていく。地域だけにとどまらず、教育、文化、スポーツといった領域でも、こういったデータ活用のあり方は、現実味を帯びてきていると思います。
谷川 面白いですね。そのときに重要なのが、「データを渡して良かった」と消費者がポジティブに思えるような、価値の循環をデザインすること。そうすることで、有機的で良い空気をたくさん含んだ土のデータベースが育っていくのです。
 それが実現できたら、日本はすごく面白い国になるはず。超課題先進国の日本がハイセンステクノロジーと歴史ある和の文化をかけ合わせ、日本独自の社会変革を世界に見せられるのではないか。そんな空気を私は感じています。
宮田 私もそう信じています。データを独占するのではなく共有して、多様な豊かさを実現していく。食でも旅でも、日常の中でそういった響き合うプロセスを体験することが、変化の境目となるでしょう。
 Tカードの7,000万人のネットワークが、さまざまな文化やサービスとつながっていることは、大きなポテンシャルです。このデータをユーザーや生活者の新しい豊かさを生み出すものにつなげていくことが、大きな価値になる。
 日本という土壌で、多面的な豊かさを生み出すデータとして、非常に期待しています。