2020/11/20

【SDGsと水ビジネス】最先端の浄水技術が途上国の水問題を解決する

奈良岡 崇子
NewsPicks, Inc. Brand Design Senior Editor
蛇口をひねれば、いつでもおいしくて安全な水が飲める──。
日本では当たり前の光景だが、世界に目を転じると、開発途上国の水道普及率はわずか49%。アフリカのケニアでは、人口の約4割が水道を利用できないという。
深刻化する世界の水問題を解決する方法はあるのか? 
JICAの水資源グループでアフリカ地域のプロジェクトを統括する服部容子氏と、JICAのSDGsパートナーとしてケニアで浄水事業を推進する三菱ケミカルアクア・ソリューションズの佐原絵美氏。二人のエッセンシャル・ワーカーたちが水の未来を語り合う。

課題が山積している世界の水事情

服部 日本の水道普及率は約98%と世界でもトップクラスです。日本政府は、50年以上にわたって世界の水道事業への支援と協力を行ってきました。
 日本の政府開発援助(ODA)を一元的に行う実施機関・援助機関であるJICA(独立行政法人 国際協力機構)も同様に協力を続けており、現在、水道のプロジェクトをアジアをはじめ中南米、アフリカ、中東など世界40カ国で展開中です。
 最新データでは、年間で280万の人々に安全な水を届け、11,000人の水道技術者にトレーニングを行っています。
JICA地球環境部水資源グループ。2004年JICA⼊構。地球環境部、資金協力業務部、ラオス事務所等において、⽔資源を中⼼としたインフラ分野の技術協⼒や無償資金協力、有償資金協力の計画・実施を担当。2014年、技術⼠上下⽔道部⾨(国家資格)を取得。2020年2⽉から現在の所属。アフリカ・中南⽶地域の⽔資源分野の事業実施総括。現在、16カ国において都市給水、地方給水、衛生、統合水資源管理のプロジェクトを実施中。
 私の部署では、都市の水道だけでなく、村落でハンドポンプを建設するプロジェクトもあれば、一度作った水道施設を有効に活用するための支援なども行っています。
佐原 私はケニアを担当しています。ケニアの首都ナイロビは高層ビルが立ち並ぶ大都会ですが、車で20分も行くと、ビルはおろか、道も未舗装で、茶色い大地が広がるばかり。
 都市部と農村部の差が大きく、農村部では安全な水が手に入りません。都市部のナイロビでも、安全な水が飲めない地域があります。
三菱ケミカルアクア・ソリューションズ(株)海外事業推進室。2010年、(株)ウェルシィ(現・三菱ケミカルアクア・ソリューションズ)入社。海外事業部で「ケニア国太陽光発電を用いた水浄化普及・実証事業」(JICA民間連携事業:2013年10月~2016年9月)などの現地調査等を担当。2019年4月、三菱ケミカルアクア・ソリューションズ(株)と事業統合後、海外事業推進室に配属。「ケニア国高濁度・水質変動対応型浄水技術普及促進事業」(JICA民間連携事業:2019年10月~2021年8月予定)を担当するほか、ケニアやASEAN各国で水衛生・環境課題解決の事業を担う。
服部 世界を見るとまだまだ安全な水にアクセスできない人がたくさんおり、水問題はさまざまです。安全な水がないために、コレラや赤痢で命を落とす子どもがたくさんいます。遠くまで水を汲みに行かなければならない子どもは、学校に行けません。
 女性たちも水汲みに行く間、経済活動に関われず、社会進出の遅れなどの問題にも発展します。また水は農業や発電にも使われ、食料やエネルギーの問題とも関係します。水は幅広い分野に関係する基本中の基本なのです。
佐原 ケニアには水を買う文化があり、農村部でも「水キオスク」(水の売店)があります。そういう所では、井戸水を汲み上げてごく簡単な処理をして販売しているものもあれば、井戸水を未処理のまま販売しているケースもあります。
 そういうキオスクもない所では、川からポリタンクに水を汲んで家に持ち帰り、川すらない所では、水たまりや排水口の上澄みをすくって使っている子どもを何度も目にしました。本当にショックで、この状況を変えたいと強く思いました。
写真提供:三菱ケミカルアクア・ソリューションズ
服部 たしかにまだそういう状況の国々が多く残っているのが現状です。じつはSDGsの前に、2015年までに達成すべき目標「ミレニアム・デべロップメント・ゴールズ」があり、そこに掲げられた「安全な水にアクセスできない人を半減する」という目標は達成しました。
 状況は改善してきているのですが、まだまだ安全な水にアクセスできない人は多く、そういった問題に世界のみんなで取り組んでいこうというのがSDGsの目標です。

つくりっぱなしではダメ。技術移転が重要だ

佐原 私どもの膜を使った分散型の水処理供給システムは、国内では病院や商業施設、自治体などに採用されています。簡単にいいますと、お客さまの敷地に井戸を掘って水を汲み上げ、膜で処理して安全な水を供給する、地産地消型の小さな浄水場のイメージです。
出所:三菱ケミカルアクア・ソリューションズHPより
  ポイントはろ過する膜で、ここで水に含まれる不純物、例えば重金属類やウイルス、バクテリアなどを除去して、安全な飲料水にします。スペースは車数台分あれば十分で、送水配管も短くてすむ省エネシステムです。
 ケニアにもこの「膜ろ過システム」を導入し、河川水を飲み水に変える実証事業をJICAさんとともに推進しました。
服部 水処理は水質、気温や生態系などさまざまな自然条件に左右されます。さらに社会条件も重要で、どのくらい水の料金が払えるかとか、電気が使えるかといった条件の中で最適な方法を設計しなければならず、とても難しい。
 また、水処理施設は使ってもらわないと意味がないので、無理なく運転できる設計にするほか、マニュアルや、技術移転も重要ですね。
佐原 2013年から16年にかけて私が担当させていただいたJICAさんとの実証事業では、ケニアの水道公社に弊社の膜ろ過システムを設置し、川の水をろ過して水道水として供給できるようにしました。
 その水道公社の浄水場の処理水からは、基準値を超える濁度やアルミニウムが検出されていましたが、弊社のシステムを経て供給される水ではそういった不純物が取り除かれ、本当に安全でおいしい水になりました。
 現地の方に行ったインパクト評価でも、水質に対する満足度は高く、水圧が上がって水が使いやすくなったという意見もあり、皆さんに喜んでいただけました。
写真提供:三菱ケミカルアクア・ソリューションズ
 膜ろ過システムの運用にかかる普及活動において、技術移転は苦労したポイントで、現地の水道公社の職員はもちろんですが、弊社の現地アシスタントにも技術移転をしました。
 遠隔監視システムを搭載して、事業が終わった後も日本からモニタリングを続けていますし、日常の点検も現地でできるような体制を整備しました。
 何かあれば遠隔監視システムを通じてまず弊社のアシスタントに連絡を取り、その場に行って原因を追究してもらうかたちで連携を図っています。
服部 それは非常にしっかりした体制で、現地でも安心して使えますね。JICAの現地職員が御社のプラントで作られた水を実際に飲んで、「おいしかった」と言っていました。
佐原 それはありがとうございます。おそらく日本の水道水と変わらないくらいの味になったのではないかと自負しています。

原水を飲み水に変える膜ろ過システム

服部 膜ろ過システムについて、もう少し教えていただけますか?
佐原 まず原水に含まれる不純物を特定して、前処理施設を選定します。一般的な浄水場でも使われている砂ろ過技術や活性炭ろ過技術を使い、最後に膜を入れることで、より安全な水を生み出すのです。
 膜はストローをイメージしていただくとわかりやすいでしょう。表面に小さな穴が無数に開いていて、不純物をブロックして、きれいな水だけがその穴を通れるイメージです。
 もちろん電力が必要なので、電気が来ている所という制限はありますが、これをいろいろな所で展開していきたいと思っています。実際にケニアでは、別の水道公社からも既存の浄水場に膜を入れたいというお声をたくさんいただくようになりました。
出所:三菱ケミカルアクア・ソリューションズHPより
服部 御社の膜ろ過技術をケニアで生かそうと思われたきっかけは、何だったのですか?
佐原 2012年にケニアで市場調査を開始したところ、ケニアは農村部、都市部それぞれが異なる課題を抱えており、水道普及率が高い都市部でも水への課題がありました。また、ケニアにはもともと水を買う文化があります。
 そこに我々のビジネスが参画できるチャンスがあるのではないかと考えたのです。
服部 私たちもいろいろな国で浄水場の建設をしてきましたが、施設がまだ十分でない国はたくさんありますし、ケニアのように浄水場はあるけれど、都市化に追いつかなくて水が足りない、パイプラインが届いていない国も多いですね。
 多少コストがかかっても、安定しておいしい水が作れるのが膜ろ過のいいところだと思います。そういう水が求められている所をいかに探すかが大事ですね。
佐原 最近では気候変動の影響などもあり、表流水や地下水が塩水化したり、雨季になると河川水の濁度が急激に高くなったりと、従来型の設備では処理しきれないケースをよく聞きます。ケニア以外にも私どもの技術のニーズはあると感じています。
服部 そうですね。気候変動で降雨量が変わり、水に困っている地域はますます困り、雨が多い地域はますます降雨量が増えるという偏りが起こるとも言われています。
 あとは水質。一気に濁度が高くなることですね。それらに適応できる技術が必要で、私どもでは気候変動にあまり左右されない地下水を使ったシステムを作ることも考えています。

SDGsが目指す水問題のゴールとは?

服部 SDGsの6番は「安全な水とトイレを世界中に」で、これが水問題のゴールです。9番は「産業と技術革新の基盤をつくろう」とありますが、水はインフラとして産業を支えるものなので、これにも寄与することになります。
 13番は「気候変動に具体的な対策を」というゴールですが、水源の変化に対応できる施設や技術、気候変動に左右されない水源を探すということが考えられますね。あとは貧困問題のゴール、健康とか教育、ジェンダーなど。
 水問題はSDGsのいろいろなゴールに貢献する課題だと思います。
 そのSDGsが描く未来のあるべき姿の実現のためには、民間企業や団体とのパートナーシップが重要になってきます。そこで今年の7月からJICAでは「JICA-SDGsパートナー認定制度」を創設し、申請を受け付けています。
 三菱ケミカルアクア・ソリューションズさんの有する優れた技術や製品、ノウハウやアイデアを用いてケニアの抱える課題の解決に貢献いただきたいと思いましたので、「JICA-SDGsパートナー」として認定させていただきました。
佐原 認定をいただき、我々のSDGsの取り組みをさらに加速化させたいという思いがふくらみました。

デジタルイノベーションが水道の未来を切り開く

服部 水問題の未来は、難問山積です。SDGsは誰も取り残さないという理念があり、その実現はかなり難しいのではないかと思います。いったん達成しても、都市化が進み貧困が深刻化して、また水道が使えなくなることもあります。
 さらに今は新型コロナウイルスの影響もあります。例えば水道局の職員が直接人に会えなくなり、水道料金が集められないとか、水道料金が減免される人が増えて水道局の収入が落ち込むということも起こっています。
 今こそ安全な水を届けなければならない時ですので、JICAではケニアやスーダン、タジキスタンなどいくつかの国で、水処理に必要な浄水剤を届ける支援を行いました。
佐原 ケニアでは2030年の一人あたりの水利用可能量が、年間475トンになると予想されています。一般的に水不足といわれるのが一人あたり年間1000トンですから、この475トンというのは、半分にも満たない大変な状況です。
 インドでも同じような水不足が予測されていて、こういった水不足は今後世界各国で起こりうると思います。
 その理由には、人口増もありますし、利用可能な水資源の減少もあります。その解決には、限りある水資源の適切な利用と、水循環、つまり排水を再利用することがますます必要になっていくと思います。
 さらに、日本でも問題になっている送水配管の老朽化や、技術者の高齢化。適切に技術を継承しなければ、開発途上国でも同じような現象が起きる可能性があります。そういった問題の解決に、ICT技術やデジタルトランスフォーメーション(DX)の活用が必要です。
 これらの先端技術を活用して、50年後、100年後も安全な水が適正価格で使える世界をぜひ実現したいと思います。
服部 私もこれらの課題解決には、DXやイノベーションが必要だと思います。新しい技術や発想も得て、世界中の人たちに安全な水を届けたいですね。
佐原 私もケニアをはじめ世界中の困っている国々に、技術を通して課題解決のお手伝いをしていきたいと思っています。