2020/10/27

世界の教育手法に学ぶ、多様な教育の視点

NewsPicks Studios
 日本の未来を担う実践者たちが交わり、「知」の化学反応を起こすNewsPicks主催のトーク番組「NewSession」。

 今回は「世界の教育最前線」をテーマにセッションが行われました。 トークは、世界中の良質な教育映像コンテンツを表彰・ストックしているNHK「日本賞」から、3つの映像作品を視聴した後にスタート。

 海外の事例に学びながら、日本の教育現場の課題を見つめ直し、変化の方向性を議論する様子をお届けします。

「観ることで“違い”を体験」映像を通じて学ぶ多様な視点

金泉 本日は「世界の教育最前線」をテーマに議論していきたいと思っています。ゲストは、Crimson Global Academyの松田悠介さん、SLOW LABELディレクターの栗栖良依さん、NewsPicksアンカーの徐亜斗香さんです。
松田栗栖 よろしくお願いします。
金泉 みなさんには事前に過去の「日本賞」エントリー・受賞作品を3つ観ていただきました。
「FIRST DAY」
トランスジェンダーの少女ハナーの初登校を描くドラマ。 本人の苦悩や周囲の反応、友達との関わり合いなどが丁寧に描かれ、学校におけるトランスジェンダーの課題に気づかされる作品になっている。
「はじめてのドキュメンタリー ジュリアとソフィー水泳教室に行く」
聴覚障害のある双子の姉妹が水泳教室に通う様子を描いた、幼児向けの短編ドキュメンタリー。子ども自身による語りと、子どもの目線に立ったカメラワークで、子どもたちが感じている世界が描き出されている。
「特別授業 差別を知る」
カナダ・ケベック州の小学校のクラスで、女性教師が“差別を体験させる授業”を行う。それを記録し、女性教師へのインタビューとあわせて構成したドキュメンタリー。
金泉 これらは海外で放送されたり、実際に教育現場で活用されたりしている作品です。まずはご覧になっての感想をお聞かせください。
松田 非常にショッキングでした。これまで差別や障害、ジェンダーなどの問題をすべてひっくるめて「多様性」という言葉で語っていましたが、もっと細分化し、個人の違いにフォーカスして問題を考えていかなければと感じました。
松田悠介(まつだ・ゆうすけ)Crimson Global Academy 日本の代表。 体育教師として中学校に勤務後、ハーバード教育大学院で修士号を取得。PricewaterhouseCoopers Japanにて従事した後に Learning For All を設立。2018年スタンフォード大学の客員研究員に着任、あわせてCrimson Education Japan の代表取締役社長に就任。文部科学省中央教育審議会教員養成部会委員。
栗栖 日本では多様性を育むことといじめの問題が別のイシューとして語られる傾向にありますが、本質は同じですよね。多様性を受け入れられないことが、いじめにつながります。
 こうした映像作品を活用して、真剣に多様性教育に取り組むことで、いじめや若年層の自殺など様々な問題が解決に近づくのではないかと思いました。
 衝撃的だったのが、「特別授業 差別を知る」のなかで、生物学的に人間は差別をするもので、その性質を乗り越えることもできないと分かったことです。
 教育プログラムにおいても、感情的に「差別はダメだよ」と伝えるのではなく、ロジカルに行わなければならないのだと改めて学ぶことができました。
栗栖良依(くりす・よしえ)NPO法人SLOW LABEL代表、ディレクター。ヨコハマ・パラトリエンナーレ総合ディレクターや東京2020開会式・閉会式総合チームクリエイティブディレクターなどを務める。
 私が一番印象的だったのは、水泳教室でのシーンです(「はじめてのドキュメンタリー ジュリアとソフィー水泳教室に行く」より)。私たち視聴者も、障害がある人がプールに入るときの感覚をリアルに味わえるシーンでした。
 単に「観て学ぶ」だけでなく、観ることで体験できるような演出が魅力的な作品だったと思います。
徐亜斗香(じょ・あとか)NewsPicksアンカー。孫正義育英財団一期生。ニューヨーク大学アブダビ校を卒業し、清華大学をシュワルツマン奨学生として卒業。
松田 アーカイブされた作品を観るだけで、価値観や知識が広がりますよね。教育関係者だけでなく、子育て世代の方にもぜひ観ていただきたいです。
 子どもは外見でわからない違いを抱えていることも多いですから。事前に教育手法や他の子どもたちの状況を知っておくだけで、お子さんの違いに気づく感度が高まると思います。
 日本賞は、今年が47回目の開催で、300以上の作品がアーカイブされている。これまでは限定的な公開だったが、今年はオンライン化により、教育に関心を寄せる誰もが最終選考作品を視聴できる。(10月29日から2週間限定。HPからの登録が必要で、英語版のみの提供。)

 作品視聴の事前登録はこちら

課題山積、日本の多様性教育の現状

金泉 日本の義務教育における多様性教育の現状はどうなっているのでしょうか。
金泉俊輔(かないずみ・しゅんすけ)立教大学経済学部卒業後、出版社(FujisankeiCG)に入社。『週刊SPA!』編集長、ウェブ版『日刊SPA!』創刊編集長などを務める。2018年3月、株式会社ニューズピックスに移籍し、NewsPicks編集長。2019年5月よりプレミアム事業担当執行役員に就任。
松田 進んでいるとは言えませんね。差別を知るために人種問題を扱うことが多いですが、日本では教室にいるのは同じ日本人がほとんど。子どもたちにとって「わかりやすい違い」を扱うことが難しいんです。
 さらに問題なのが、先生にも生徒にもゆとりがないことです。朝から晩までみっちりカリキュラムが組まれていますから。
 多様性教育を展開するには先生はしっかりとした準備期間を設ける必要がありますし、子どもたちも内面的なゆとりがなければ、お互いの違いに目を向けることができません。まだまだ課題が山積しています。
栗栖 多様性受容は、「自分の常識は必ずしも他人にあてはまらない」と知ることから始まります。それを身をもって理解するためには、自分の常識が根底から覆される経験が必要だと思うんです。
 日本の教育環境だと、それを体験する機会がすごく少ないですよね。

海外の教育手法の中心は「子どもたちの主体性を育むこと」

金泉 世界に通用するグローバル教育を実施するために、必要な考え方や教育法はありますか。
松田 日本教育の課題点として、ひとつの教育手法をすべての子どもたちにあてはめようとする点があると思います。
 学校現場によく行くのですが、子どもたちと話していて、授業の目的や学校へ行く意味を答えられる子がほとんどいません。
 与えられたカリキュラムのなかで、社会が定義した生きていくために必要な知識を学んでいく。子どもたちの考える力が育まれない現状が苦しいです。子どもの状況や興味関心はひとりひとり全く異なりますから、画一化は望ましくない
 海外の教育手法の中心には「子どもたちの自主性・主体性をどう育むか」という視点があるんです。国際バカロレア(教育プログラム)では、高校生から自分で受講する科目を選択できます。自ら選ぶことで、主体性や学ぶ責任が生まれる。
 戦後日本で設計されてきた偏差値偏重型の教育が悪いと言い切るわけではありませんが、日本の教育でも子どもたちの自由度が高まるといいですよね。

教育のオンライン化が進めば、多様性教育のゆとりも生まれる

金泉 ニューノーマル時代となって、教育分野でもオンラインの活用が広がっています。その点についてはみなさんどう思われていますか。
 これまで日本の教育も仕事も、東京一極集中型でしたよね。オンライン教育が活発になったり、オンラインに特化した仕事が増えたりすることで、地域格差の解消につながるだろうと期待しています。
栗栖 教育現場でもオンラインで学ぶインフラが整いつつあります。世界中の人と、簡単に対話や議論ができるようになりました
 それが、冒頭で議論になった「日本はわかりやすく自分と違う人と交流する機会が少ない」という課題も解決できるチャンスになると思っています。
松田 教育のオンライン化のメリットは大きく3つあると思います。
 1つは教育の質が向上すること。居住地や経済状況にかかわらず、質の高い教育コンテンツへアクセスできることは、子どもたちにとって大きな可能性になります。
 2つめは、教育の多様化です。オンラインやオンデマンド、データを活用することで、子どもたちの状況に合わせて、個別最適化された幅広の教育が提供できるようになる。
 3つめは、効率化。オンラインの活用で個別最適化した教育が実現すれば、これまで45分かけて教えていたコンテンツが20分に凝縮できるはず。時間が浮けば、教師にも生徒にもゆとりが生まれます。
 その時間で多様性教育を展開するなど、もっと教育の可能性が広がっていくと思います。
金泉 ありがとうございます。最後に、みなさんが思う「これからの教育に必要なもの」をボードに書いていただきます。
 「ディスカッション」
 日本の教育では知識の習得機会はとても多いですが、それをアウトプットする機会が少ないと感じます。
 知識を習得し、自分のなかで消費して、他人と共有するのが学びの一連のプロセスだと思うので、ディスカッションが増えれば教育は変わっていくのではと思います。
栗栖 「自分に自信をもつ、そして行動する」
 自己肯定感の低さが、いじめや差別につながると思います。子どもたちが自分に自信をもてるような環境を教育現場で作っていきたいですね。
 私も自信のある学生ではありませんでしたが、留学先のイタリアで「人と違う」ことを受け入れてもらえて変われた気がしています。誰にでも必ずそうした場所があるから、飛び込んでほしいですね。失敗したとしても、たくさん学べることがありますから。
松田 「子どもに学びの主権を戻す」
 日本の近代教育をみてみると、大人側が正解をもっているかのように教育の中身を決定し、必要な教育を定義しています。それを壊したほうがいい。
 海外の教育では、子どもたちの自主性・主体性を引き出す教育手法が主流になり始めていますし、海外の事例を参考にしながら、日本の教育を再構築してほしいですね。
松田 関連付けて「教育のウーバーイーツ化」とも書きました。
 戦後まもない頃の教育を「日の丸弁当」だとすると、工業化の時代になり、大学へ行って終身雇用を受けるという一つのゴールを目指した教育はメインディッシュが明確な「唐揚げ弁当」のようなもの。
 そこから大人たちが、プログラミング教育、英語教育、アクティブラーニング……と、どんどん思うがままにおかずを加えて、今の教育はさながら「幕内弁当」のようになっています。あれこれ詰め込みすぎて、一つ一つのおかずの割合が中途半端になってしまっているんです。
 先生たちは「おかずを作ること」に必死になってしまったし、子供たちはとにかく全部食べなくちゃと苦しんでいます。
 画一的な「幕内弁当」を作ることを目指すのではなく、ウーバーイーツで自分が食べたいものを注文するように、子どもたちが学びたいものを自分で選べるようになってほしいんですよね。それをオンラインで、どこにいる子にも等しく届ける
 そうなれば、真なるグローバル教育ができると思います。
金原 みなさん、ありがとうございました。
 NHK日本賞(http://www.nhk.or.jp/jp-prize/

 世界の教育コンテンツの質の向上、そして国際理解の促進に貢献することを目的にした国際コンクール。1965年から開催され、今年で47回目を迎える。
 300以上の作品をアーカイブしており、教育者がそれらのコンテンツから多様な視点や教育手法を取り入れることができる。

 これまでは限定的な公開だったが、今年はオンライン化により、教育に関心を寄せる誰もが最終選考作品を視聴できる。(10月29日から2週間限定。HPからの登録が必要。英語版のみ。)

 ・「日本賞」オンラインイベント 11月1日(日)〜 Zoomウェビナー
 ・「日本賞」作品上映会 11月2日(月)〜4日(水) @原宿・WITH HARAJUKU HALL
 ・「日本賞」授賞式 11月5日(木)20:00〜 Zoomウェビナー

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