2020/10/20

【宇宙ビジネス最前線】なぜ“宇宙”から、地球課題を解決するのか?

Kanai Asuka
NewsPicks Brand Design editor
 最近よく耳にするようになった、「宇宙ビジネス」という言葉。
 世界の市場規模は2018年には40兆円を超え、2030年代には70兆円に達すると予測されている。
 そんな宇宙領域で、30年以上も前から日本を牽引する企業があるのを、ご存じだろうか。
出典:The Space Report 2020 (Space Foundation)
Global turnover of the space economy from 2009 to 2019 を基に作成
https://www.statista.com/statistics/946341/space-economy-global-turnover/
 その企業こそ、スカパーJSATである。メディア事業のイメージが強い同社だが、実は日本の民間企業として初めて自社の通信衛星を打ち上げ、30年間で1兆5000億円以上の収益実績がある、宇宙ビジネスのパイオニアだ。
 宇宙データを活用した新規事業創出に取り組むスペースインテリジェンス事業部・部長代行の八木橋宏之氏とアシスタントマネージャーの加藤鉄平氏に、宇宙ビジネスの最前線を聞いた。
宇宙は、民間の手に渡った
── イーロン・マスク率いるスペースXが今年5月、有人宇宙船を打ち上げ、国際宇宙ステーション(ISS)まで届けることに成功するなど、「宇宙ビジネス」に関するニュースをよく耳にするようになりました。なぜ今宇宙が、ビジネス領域として注目を集めているのでしょうか?
八木橋 大きな流れとして、「宇宙の民営化」というトレンドがあります。
 宇宙の利用は、1957年にソ連が人工衛星打ち上げに成功したことに端を発しますが、それから今まで、宇宙は国策で使われる空間だったんです。
 ですが宇宙インフラを構築するコストが下がり、民間企業が次々に宇宙に進出し始めています。宇宙は元から誰でも使うことはできるのですが、ハードルが下がってきたことで、多くの企業にビジネスチャンスが出てきているのです。
加藤 民間企業が宇宙空間の開発を推進していく動きは「ニュースペース」と呼ばれており、投資の熱も高まっています。世界各国で、次々と宇宙関連のスタートアップが生まれている状況です。
加藤 民間による宇宙ビジネスの中でも、変化があります。今までは一部のメーカーが「衛星やロケットなどの宇宙インフラを作る」ビジネスが主流でした。
 ですが今では裾野が広がり、多くの企業が「宇宙で得られるデータを使ってサービスを創る」ことを考えるように。ビジネスの中心が移ってきているんです。
 スカパーJSATは、1989年に日本で初めて自社の通信衛星を打ち上げた企業ですが、当時の宇宙ビジネスはほとんど、人工衛星の製造や通信事業が占めていました。
 それが今、宇宙から地球を撮影して得られる画像情報や、測位衛星で得られる位置情報といった宇宙ビッグデータを、いかに社会課題の解決に役立てられるかという側面が存在感を増しており、そこから新しいビジネスが生まれているのです。
なぜ、あの「スカパー」が宇宙ビジネス?
──スカパーJSATはメディア事業の基幹サービスである「スカパー」のイメージが強く、宇宙事業に強みがあるとは知りませんでした。
八木橋 実は私たちの祖業は宇宙事業で、衛星の使い方の1つとしてデジタル衛星多チャンネル放送が生まれたんです。
 宇宙事業は、利益の面でも実は主力事業と言えます。売上高としては、メディア事業は約976億円、宇宙事業は535億円とメディア事業の方が大きいのですが、利益ベースでは、メディア事業は約45億円、宇宙事業は80億円。
※セグメント間の内部取引および調整額を含んで算出
 宇宙事業はメディア事業の約2倍の営業利益を上げており、利益率が高い事業と言えます。
── 宇宙事業は未来への投資とのイメージが強く、いわゆる“稼ぎ頭”の印象はありませんでした。どのように収益を上げているのでしょうか?
八木橋 人工衛星を使った通信事業が主な収益源です。非常用通信放送局向け中継、音楽放送といった歴史のあるものから、船・飛行機向けのインターネット接続携帯電話の基地局回線など、様々な形でサービスを提供しています。
 保有するスキルアセットを活用して、政府関係機関の衛星を調達・運用するなど、事業の多角化も進めているところです。
 さらに実は、マレーシア、フィリピン、ロシアなど海外でも幅広く衛星通信ビジネスを展開していて、世界では第5位、アジアでは最大手という規模なんですよ。
宇宙データで防災・減災
── お二人が所属する「スペースインテリジェンス事業部」は聞き慣れない名前ですが、どのような部署なのでしょうか?
八木橋 衛星などのビッグデータから得られる情報を、お客様の求める形式・手段で提供することを目的とした、事業開発・技術開発部隊です。
八木橋 実はこの部署、社内有志の声から生まれた部署なんです。2015年頃に新しい宇宙ビジネスを作ろうと検討が始まり、様々な可能性の模索の末に立ち上がりました。
 初期は、長年の衛星サービスプロバイダーとして、衛星を保有したインフラ事業を検討しました。ですがやはり重要なのは、ユーザーや社会の課題・ニーズを捉えることではないか、と。そこで「ニーズオリエンテッド」に事業を創出する部署として、足場を固めることに決めました。
 それを実現する手段として必要なパートナー探しというフェーズに進み、地理空間分析サービスのOrbital Insight社や、観測衛星事業のPlanet社をはじめとするシリコンバレーのスタートアップへの出資、様々な分野での業務提携を経て、ビジネスとしての骨格を作り上げてきました。
 現在は、スカパーJSATのミッションでもある「安心・安全」の視点で、政府機関、自治体やインフラ企業などに向け、複数の事業の柱をもって取り組んでいます。
── 具体的には、どのような顧客に対して、どのようなサービスを提供しているのでしょうか?
加藤 たとえば、自治体やインフラ企業、不動産や物流関連の企業に、防災情報を提供するサービス。これは10月15日に新たに発表した『衛星防災情報サービス』というもので、建設コンサルティング最大手の日本工営と地図情報事業最大手のゼンリンと、3社で協業して進めています。
 このサービスは、衛星から取得するマクロな画像データと、ゼンリンが持つミクロな地図データを組み合わせることで、水害や土砂災害、地震、火山などにより発生する災害リスクを予測・減災できる国内初のサービスです。
 平時には衛星データを活用し、土砂斜面や河川堤防、道路などの社会インフラを広域に定期モニタリング。異常があればアラートが上がります。
 災害時には、170機以上の小型光学衛星と、複数の合成開口レーダー衛星(以下、SAR衛星)を活用し、広域エリアでの同時多発的な災害を、迅速に把握することができます。
 航空機やヘリコプターで災害状況を把握する方法ももちろんあるのですが、悪天時や夜間時の撮影は困難ですし、危険も伴います。SAR衛星を活用することで、リモートで安全に災害を把握できるようになるのです。
 衛星によるモニタリングは、「防災」という観点からも有効。昨今は高度経済成長期に建設された道路など、インフラの老朽化が進んでいます。さらにその管理を行う作業員が高齢化しており、維持管理の負担は増大。
 インフラの維持管理の領域で、新技術を駆使したDXがまさに求められているのです。
 衛星を使ってそういったインフラをモニタリングする手法は、点検作業の効率化、低コスト化といった観点で非常に優れています。衛星データの解析結果だけでなく、減災・防災の具体的なアクションに繋がる情報を、提供していきたいと考えています。
── 宇宙で取得できる様々なデータの中でも、なぜ防災データにフォーカスしたのでしょうか?
加藤 気候変動などの影響もあり、防災データの需要が増しているからです。今回は、協業先である建設コンサルタントの日本工営と連携し、自治体や企業のニーズや課題を徹底的に掘り下げ需要を確信した上で、プロジェクトをスタートさせました。
 宇宙ビジネスは新しい領域であるがゆえに、どうしても「こんなすごいデータが取れるんだから、みんな使ってくれるだろう」というプロバイダー目線の発想になりやすいんです。
 ですがユーザーからしてみると、衛星データ単独では使い勝手が分からないといったミスマッチが起きてしまい、実用化までに至らないケースが多く存在するのです。
八木橋 私たちは研究所ではなく、あくまでもサービスプロバイダーなので、「宇宙は手段」と捉えています。だからこそ、やりたいことをやるのではなく、需要ありきでビジネスを考えるのです。
 領域は宇宙ですが、ITの会社が顧客の要望に合わせてソフトウェアを開発するアプローチと、変わらないと思います。世の中のニーズを探すにも、結局は足を使っていろんな方にお話を聞くしかありません。
 そうやって見つけたニーズを満たすには、どんな技術が求められ、どのパートナーと組めば精度が上がり、コストはどれくらいに抑えるのか。その全体設計を担い、実際のプロジェクトとしてパートナーを巻き込みながら推進するのが、私たちの仕事なのです。
社内企画に、予算1億円?
── 新規事業に注力する必要性を感じながらも、なかなかうまく行っていない企業も多い印象です。スカパーJSATでは、どのように新規事業を生み出しているのでしょうか?
加藤 次世代の新規ビシネス創出を支援する「社内スタートアップ制度」が、2018年に始まりました。
 社内から新規事業の案を募集して、採用されたらその発案者が部長と同じ権限を持って、プロジェクトの実現可能性を調査・検討できる制度です。最大で1億円の予算がつくため、大きな規模感で腰を据えて取り組める点が良いですね。
八木橋 社内スタートアップ制度に初めて採用され、今年6月に発表したのが、スペースデブリ(宇宙ごみ)を除去する衛星の開発プロジェクト。
 スペースデブリとは、使用済みの人工衛星など、宇宙空間にある不用な人工物のこと。10cm以上の物体で、すでに約2万個はあるといわれています。
 私たちもスペースデブリとは切っても切れない関係ですし、地球のみの問題だけでなく、宇宙のサステナビリティに関する需要は高まっていくと感じています。
 このプロジェクトでは、スペースデブリにレーザーを当てて除去する、世界で初めての方法を開発。2026年のサービス提供開始に向けて、注目していただいています。
レーザー照射の方法なら、従来の方法より安全で且つ経済性も見込めるという。
── 新規事業にかける本気度が伝わります。既存の通信事業も堅調であるにもかかわらず、なぜ新規事業にそこまで注力するのでしょうか?
加藤 スカパーJSATが長年得意としてきた衛星通信、衛星放送の事業が、成熟期を迎えていることは事実です。新しい事業を始めなければいけないという危機感はありますね。
 一方で近年の宇宙ビジネスの盛り上がりは、大きなチャンスであるとも感じています。私たちは日本で衛星通信・放送事業をゼロから立ち上げてきた自負もあり、新しいことにチャレンジしていくマインドを持った社員が多い。
 宇宙領域で30年以上培ってきた技術やノウハウを活かしながら、国内外のスタートアップや大学、研究機関と手を組み、新しい挑戦をしていくことで、日本の宇宙ビジネスに勢いをつけていけると考えています。
 すでに新規事業が徐々に形になり始めてきていますし、5年後、10年後には新生スカパーJSATとして、今とは全く違うイメージの会社になっているんじゃないでしょうか。
人類・宇宙進出のターニングポイント
── これから宇宙ビジネスは、どのような方向に向かっていくのでしょうか?
八木橋 いわゆる“宇宙ブーム”はあと数年で落ち着いて、これから数年のうちに地に足のついた形になっていくと考えています。
 今までは「分からないけどとにかくやってみよう」と、人もお金も入ってきていたフェーズでした。ですがこれからは「宇宙を利用する」ことの優位性を踏まえて、社会の課題やニーズを真に捉えるサービスをいかに生み出せるかが、鍵になると思います。
 またトヨタ自動車と宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、月面モビリティの開発に着手したニュースもありましたが、宇宙ビジネスの拡大につれて、そういった従来の宇宙関連企業ではない民間企業の進出も、さらに増えてくるのではないでしょうか。
加藤 私はエンターテインメントの領域においても、宇宙の活用が進むと思っています。今後、高解像度の画像が撮影できる衛星が増えることにより、安価に広域かつ高頻度に3Dモデルを作成できるようになります。
Getty Images / metamorworks
 リアルとバーチャルが相互作用する「ミラーワールド」の技術が進んできていますが、宇宙データによる最新の3Dモデルを使えば、日本中の都市とエンタメコンテンツがリアルタイムで融合し、空間自体がメディア化していく未来も遠くないかもしれません。
 ARグラスを通して、ドラマやアニメをリアルな街中で立体的に楽しめる、といったイメージです。
 そんなことを考えると本当にワクワクしますし、エンタメと宇宙の両事業が柱であるスカパーJSATならではの、革新的かつユニークな構想を実現していきたいですね。
── そんな大きな宇宙ビジネスの流れの中で、現在はどんなフェーズなのでしょうか?
加藤 俯瞰的に見ると今のタイミングは、宇宙に本格的に人類が進出する、ちょうど変わり目なんです。
 数十年後には、宇宙で生活する人が出てきて、子どもを産み、経済活動が行われるようになるかもしれない。数百年後の未来の人たちから見たら「あの頃が境目だったよね」と言われるような、そんなタイミングだと思うんです。
 そんな時代に宇宙ビジネスに関われている私たちはとてもラッキーだと思っています。私たちが今育んでいる宇宙ビジネスのタネをきちんと形にしていくことで、宇宙領域のエコシステムの発展に少しでも貢献していきたい、という意気込みでやっています。
八木橋 今は「宇宙ビジネス」と言うと、何か特別なことをしているように捉えられがちです。
 ですが、近い将来には私たちの生活に溶け込んで、全く当たり前のビジネスになると思います。GPSだって宇宙の衛星から提供される位置データですが、「宇宙からのデータだ」なんて思いながらスマホの地図を見ている人はいないですよね。
 私たちも宇宙データを最適な形で活用しながら、人々の「不」を解消し、より暮らしやすい社会を実現、ひいては地球のサステナビリティにも貢献していきたいと考えています。