2020/10/19

偶然の出会いを購買に導く、発見型コマースはマーケターの新常識となるか

樫本 倫子
NewsPicks BrandDesign Editor
Eコマースにおけるマーケティングの定石は、これまで消費者が欲しいモノを「検索」する行動が起点になっていた。だが、膨大な消費行動がデータ化され、機械学習が洗練された今、需要が表出する前から消費者を新しい「発見」に導くことが可能になってきている。

31億人のビッグデータにもとづき学習を続けるFacebook社のマーケティングツールは、マーケターの仕事や消費者の体験をどう変えるのか。

Facebook Japanの中村淳一氏とブランドマネジメントの第一人者・音部大輔氏。かつてともにP&Gでマーケティングに携わった縁を持つ2人の対談で、日々アップデートされ続ける「デジタルの武器」と、それを使いこなす「人の役割」を考察する。

コマースのデジタルシフトは不可逆か

──コロナ禍で移動が制限されたことにより、消費行動のデジタルシフトが進みました。お二人はこの変化をどう見ていますか。
中村 日本でも緊急事態宣言を境に、「従来は実店舗で購入していたものをオンラインで購入した」と回答した人が、前月比で1.6倍に増えた調査結果があります。気軽に実店舗へ行けなくなったことで、Eコマースは単に便利というだけではなく、なくてはならないライフラインになりました。
 マーケターやビジネスサイドの関心は、それが不可逆な変化なのか、それとも新型コロナウイルス感染症が終息すると元に戻る一時的なものなのか、でしょう。
 私は、この潮流は不可逆だと思っています。ロンドン大学の心理学者フィリップ・ラリーが、さまざまな行動が習慣化するまでに何日かかるかを調査したところ、平均で「66日」という結果が出たそうです。
 もちろん行動によって習慣化にかかる期間は変わるでしょうが、新型コロナウイルス感染症による外出自粛が始まってから、すでに7ヶ月。
 今後、自由に外出できるようになったとしても、オンラインショッピングに慣れた方たちが、1ヶ月や2ヶ月で実店舗に戻るとは考えにくい。音部さんはどう思いますか?
音部 不可逆でしょうね。私は、EコマースやD2C(Direct to Consumer)が、消費者を巻き込む社会的なデジタルトランスフォーメーション(DX)の一部であると考えています。
 こうしたパラダイムシフトの先行事例としては、モータライゼーションが参考になるでしょう。
 1970年代以降、なぜ急速に自動車が普及したのか。そこには、「インフラ」「標準化・民主化」「利用目的」の3つの要素がかかわっています。
 オンラインでの商取引が社会に浸透するまでには、これまで進められてきたインフラの整備と標準化が必須でした。それに加え、コロナ禍によって明確な目的が生じたことが決定打になったと思います。

DXによってマーケティングの本質は変わったか

──不可逆的なDXが進むとして、お二人が携わっているマーケティングやブランディングの領域では、どんな変化が起こるでしょうか。
中村 すでにD2Cビジネスでも明暗が分かれ始めていますが、デジタルマーケティング全般に言えることとして、成功要因は3つあると考えています。
 まずは、「データドリブン」。消費者との最初のタッチポイントから購買まで、一貫したデータを取れるようになりましたが、それを顧客のモチベーションや好み、行動なども含めながらきちんと科学的に検証・理解し、うまくビジネスのオペレーションに落とし込んでいくこと。
 次に、「顧客中心のエクスペリエンス」。ユーザー体験がどうあるべきかを前提にビジネスを設計し、従来のビジネスモデルや商流にこだわらず、今、顧客にとって何が一番よいかを考えることです。
 最後に、「アジリティ(俊敏性)」。特にデジタルの領域はスピードが速く、競合も次々に現れるので、現場への権限委譲も含め、データ検証で得たラーニングをすぐに実行に移せる組織とプロセスづくりを前提にアジリティの向上を図るべきです。
音部 なるほど。もっともだと感じる一方で、今おっしゃった3点は、オンラインかオフラインか、デジタルかアナログかにかかわらず、普遍的に重要だったのでは、とも思いました。だって、私と中村さんがP&Gにいた頃から、同じようなことは言われていましたよね(笑)。
 デジタル以前を振り返っても、「データドリブン」でなく、「カスタマーエクスペリエンス」を考えず、「アジリティ」を備えていないビジネスが成功したことなんてあったでしょうか。
中村 さすがのツッコミです(笑)。従来のビジネスでも成功の本質は同じだという音部さんの指摘、時代が移り変わっても、この3つはきっちりと押さえておくべき基本なんでしょうね。
 では、デジタルシフトが進み、その基本がどう変化したかと考えると、「スケール」「スピード」が格段に上がりました。
 DXが進行し、AIや機械学習のツールやインフラが整ったことによって、昔は200人、300人のアンケートベースで得ていたデータを、今では全数に近い形で、あらゆる行動を把握して精緻に分析できる。
 弊社で言えば、プラットフォーム上で世界31億人のユーザーが、1日を通してコミュニケーションを行い、情報に触れ、購買行動をとっている。
 この圧倒的な量のデータが、ブラウザごとでも端末ごとでもなく、「個人ごと」のIDに紐づく形にまとまっています。人について考えるのが仕事のマーケターにとって、非常に良質なデータとなります。
音部 31億人の行動データ、それは使い出がありそうです。
 おっしゃる通り、データ量とその解像度、またレポーティングのスピードは日進月歩です。数年前だと2ヶ月待たないと手に入らなかったデータが、その日のうちに出てきたり、全量に近いデータが取れたりといった差は大きい。
中村 そうですね。もう一つは、マーケティング施策に対し、どの施策が購買に結びつきやすいのかを判断するアルゴリズム自体の変化です。24時間、365日、常に学習し進化し続けています。
 だから、欲しい人に欲しいモノやサービスの情報を届けるマッチング精度がものすごいスピードで向上しています。
 当然ですが、一人ひとりのユーザーは嗜好が異なります。でも、ほんの数年前までは、自分だけに向けられた情報を届けてもらうことなんて不可能でしたよね。
 ところが、AIとアルゴリズムが洗練されたことにより、1on1のパーソナライズが可能になった。
 しかも、すでに知っている商品だけでなく、個人の趣味や行動から、「この商品もきっと気に入るだろう」と推察する。そんな未知の商品との出会いを創出し、ビジネスと消費者を結びつけることができるようになっています。
 Facebook社ではこれを、「発見型コマース(Discovery Commerce)」と呼んでいます。

弓の名手が「現代の武器」を手に入れたら

音部 そういったデータやアルゴリズムは、これまでのビジネスやマーケティングを何らかの形で変える、とは思います。ただ、ツールによって、果たして本質は変わるでしょうか。
 私はこの話をするときに、『平家物語』の那須与一を引き合いに出すんです。海で揺れる小舟の上の、扇の的を射貫いた弓の名手です。
 もし彼が現代に来て、弓を最新のライフルに持ち替えたら、一流のスナイパーになれると思いますか?
──どうでしょう。的を射るということなら、共通する部分はありそうですが。
音部 仮定の話なので正解はありませんが、私は遠くの的に当てるという行為の本質を習得した与一は、弓をライフルに持ち替えても一流の腕前を見せると思います。
 本質を見極めていれば、たとえ道具が変わったとしても適応できるでしょう。
 従来のやり方で優れた成果を出してきたマーケターが、今のデジタルマーケティングに適応できるかという話に置き換えると、その本質は変わらない。つまり、ツールの使い方さえ覚えれば、間違いなく名手になれると思います。
 「弘法筆を選ばず」ともいいますが、さらに言えば最適な筆を選べることが現代のマーケティングでは成否を分けることがあります。
中村 なるほど。私もデジタルのマーケティングツールが進化しても、それを使うマーケターの本質的な能力は、変わらないという点は同感です。
 一方で、現代の武器は技術の加速度的な発展によって、高度化し続けていますよね。その状況をキャッチアップするために、日々新しい情報を更新しないといけない。
 そして、その新しい情報を踏まえた上で、きちんと施策を「設計」することの重要性が高まっていると思います。
 例えば、どのプラットフォームで、どんなデータを獲得し、どのようなビジネスの決断・マーケティングプランに活用するか。ビジネスを回すスピードが昔に比べ劇的に上がったので、日々オペレーションを回すだけで時間がなくなってしまう。
 それらをマーケティング施策が終わってからじっくり考えるのでは、自動化含めスピード感を持った競合にアジリティで負けてしまう。
 だから実際のオペレーションに入る前に、全体のユーザー体験とマーケティング設計図をデザインしておくことが昔より重要になっています。AIに任せられるところを任せるためにも、このプロセスの全体設計を先にやっておかなくてはならないのではないかと思います。
 加えて、ユーザーエクスペリエンスの面でも、設計は重要です。
 InstagramとFacebookは、従来から新しい情報を「発見」するメディアでした。先述の通り、興味関心のデータから先回りし、その人が欲しいと思うであろう情報や商品をコンテンツとして表示できるからです。
 最近では、発見したその商品やブランドのより詳しい情報を知りたい、どこで購入できるかを知りたい、というニーズに応える形でコマース機能を急速に拡充しています。
 その一例が、Instagramのショッピング機能です。「発見型コマース」は、「あ、これ欲しかった!」というような喜びのある商品発見の「場」の提供と、発見したその場で買える楽しいショッピング体験を提供します。
 弊社のアンケート調査によると、83%の利用者が「新しい商品やサービスをInstagramで発見する」と回答しています。しかし、発見した後に、そこからブラウザを立ち上げて検索し、ウェブサイトから買う必要があると、フリクション(摩擦)が起こります。
 Facebook社が目指しているのは、そういった煩雑さのない購買体験です。
 欲しい商品を発見したら、その熱量が高いうちに、同じアプリ内で購入し、決済まで完了する。これなら利用者もストレスがないし、事業者も機会損失を防ぐことができる。プラットフォームであるInstagramやFacebookは、良い使用体験を提供することで利用が活性化する。
 発見型コマースのビジョンは、このWin-Win-Winのシチュエーションを作ることです。

31億人分のデータが「欲しい」を喚起する

音部 モノを買うという行動では、「動機」と「きっかけ」が混同されがちですけど、このふたつはちょっと違うんですよね。
 消費者に購入理由を聞いて「安かったから買った」と言われれば、「やっぱり安くしないと」と考えてしまう。でも、それは購買のきっかけであって、動機は「欲しかったから」です。
 そう考えると、Facebook社が提供するコマース機能は、「欲しかった」をちゃんと購買につなげるものなんでしょうね。欲しいモノと出会ったときに、「スムーズだったからドロップせずに購入した」ということになる。通常の購買行動のように「きっかけ」がなくても完結できそうです。
 同時に、購買の動機づけ自体は、ブランド側がきちんと設計しなければなりません。特にD2Cでは重要です。店頭での衝動買いや関連購入が期待しにくいうえに、再購入を維持することがとても重要だからです。
 ブランドマネジメントの観点からマーケターが目指すべき状態の一つは、自分がキャリアを引退してもブランドがずっと売れ続け、愛されている状態です。
 年々の売上も大事ですが、「誰でもいいから、とりあえず買ってください」だと、本来買うべきではない人にまで売っている可能性がある。誰のための商品なのかを設計し、正しく届けなければ、トライアルのつもりが「不満足」を売ってしまう危険までもあります。
 いろんな弾を撃って当たった施策だけをやるという考え方もありますが、当たらなかった弾は、ただ的を外れただけではなく、ブランドを傷つけてしまう。
 誰に届けるかを判断することは、今の時代こそ、とても大切です。
中村 そうですね。誰に何を届けたいのか、WHOやWHATは変わらない。変わってきているのは、そのためのコミュニケーションをどう設計するかというHOWの部分です。
 例えば、従来のテレビCMの世界では、ブランド側が用意していた動機づけのメッセージは一つでした。
 Facebook社のプラットフォームでは、一つのコアメッセージに連なる多面的なクリエイティブを、10個でも20個でも置いておける。今、どの動機がどういう人たちに刺さるのか、AIが学びながら、最適に配信するまでのお手伝いができるんです。
音部 一つのベネフィットを訴求するとして、そのコミュニケーションのアプローチがいくつかあるというのは、ちょっとうれしいかもしれないですね。
 例えば「美容」を伝えるとして、人が若々しく見えるビジュアルは季節や場所、シチュエーションによって異なることもある。
 半年前と今ではトレンドが変わるし、今月、今週、今日の最適解が同じであるとも限らない。この部分をアジャイルにテストしてフィードバックを得られるとなると、ブランド側にとってはありがたい道具ですよ。
中村 ええ。私もブランドサイドにいたので、よくわかります(笑)。
 「人 vs. AI」のような話になるといつも思うのですが、これは二項対立ではなく、人がAIという資源を、どう新たなリソースとして活用するか、という話なんですよね。
 人間性や人の本質的な能力はもちろん必要ですが、それにとらわれてAIを色眼鏡で見てしまうのはもったいない。今のAIにどこまでできるのかという姿勢でチャレンジし、使えるところを取り入れながら新しいやり方にアップデートしていくことが、マーケターやブランドマネジメントの本質だよな、と思います。
音部 なるほど。よくわかりました。
 従来から使われる購買決定プロセスのフレームワークにAIDMA(Attention:注目、Interest:興味、Desire:欲求、Memory:記憶、Action:購買行動)があります。
 まずは注目を得てから興味につなげるという順序ですが、最近では摂取する情報量が増えすぎたことで、少しも興味がないものはそもそも目に留まらなくなっている気がしませんか。
 でももしかすると、31億人分のデータベースで成長したアルゴリズムを使う発見型コマースなら、「まだ知らないけれど、発見すれば興味を持つような商品との出会い」を導けるかもしれない。
 そうだとすると、Facebook社が提供するのは、これまでのようなインタレストの前のA(注目)を与えるものではなく、アンコンシャス(無意識)に持っているインタレストを引き出す、あるいはコンシャスに持っているインタレストの後に注目を与えるサービスなのかもしれないですね。