LGBTQ+の就活事情から考える本当の「自分らしさ」とは

2020/10/11
76%のLGBTQ+の元就活生が、「就職活動で、セクシュアル・マイノリティであることを選考企業に隠したことがある」──。この事実をあなたはどう受け止めるだろうか。
 本来、個人の性別は法律上の「男」「女」だけで語ることはできない。
 自分の性をどのように認識し、どのようなかたちで自己表現するか。それらは人によって異なる。しかし、日本では性の多様性やLGBTQ+、セクシュアル・マイノリティへの理解がまだ低く、彼ら、彼女らが自分らしく安心して暮らし、働ける環境は整い切っていない。
 そのため、就職活動で自分のジェンダー・アイデンティティーが不利にならないよう隠す学生が多いのだ。
 これらの結果は、P&G『パンテーン』の調査によって明らかになったもの。
 同社はこれまで「#HairWeGo さあ、この髪でいこう。」というスローガンのもと、「髪」を個性の象徴とし、自分らしく生きる人々を応援してきた。
 今回新たなキャンペーンとしてLGBTQ+の元就活生の体験談をもとに、自分らしさを表現できる就職活動について考える『この髪が私です。#PrideHair』プロジェクトを展開。
 本記事ではセクシュアル・マイノリティをめぐる就労および社会環境の課題について、ジャーナリストの古田大輔氏と、トランスジェンダー当事者のお二人に話を伺った。

誰もが無意識に誰かを傷つけている

──76%のLGBTQ+の元就活生が、「就職活動で、セクシュアル・マイノリティであることを選考企業に隠したことがある」と回答しました。これに対して、古田さんはどのような意見をお持ちですか?
 そもそも、セクシュアル・マイノリティであることを就活で伝える必要があるのかな、と僕は思います。伝えるも伝えないも、本来は本人の自由ですよね。
 それよりも、就職活動や就労環境のなかで何か不都合があり、自身のセクシュアリティを伝える必要性を感じた人がためらわずに言い出せるような社会になることが重要です。
 今はまだ差別や偏見がある社会なので、76%の元就活生がセクシュアル・マイノリティを隠したことには納得がいくし、この状況を早く変えたいと強く思いますね。
──そもそも差別や偏見がなくならないのはなぜだと思いますか?
 大きく3つあると思います。1つは、同性の結婚が法制化されるなど、LGBTQ+への理解が広がってきた欧米に比べて、日本のメディアはそのような社会的課題について積極的に報じてこなかった。
 だから問題に気づけず、知らないうちに差別や偏見をしてしまうし、法律面での改善も進んでいません。
 2つ目は、LGBTQ+の社会課題の改善について報じるどころか、差別や偏見を強化してしまうような情報が、メディアや教育現場や社会などで繰り返し植え付けられている点です。
 例えば、日本に住む人たちの多くは、生まれてからずっと「男性は女性と結婚する」「男性は力強くて女性を守る」「女性は可憐で男性に守られる」といった、一側面からの情報を無意識に刷り込まれ続けてきました。
 だから、いくら「私は差別や偏見をしない」と思っていても、無意識のうちに相手を傷つける言動をしている可能性があるのです。
 3つ目は、「差別はしない」と思っていても、差別の解消に向けて行動する人は少ない点です。
 BuzzFeed Japanの編集長時代、LGBTQ+関連の記事をたくさん書いていたのですが、そこで若い世代のライターから「差別や偏見をしないのは当たり前だから、LGBTQ+が差別の対象になっていると取り上げること自体が差別ではないのか」と言われました。
 若い世代の意識は確かに大きく変わりつつある。しかし、だからもう特別に取り上げなくていいという話になると、最初に指摘した「報道が少ないから課題に気づけない」という問題は改善されない。
 実際には2つ目の問題点で挙げたように、特に上の世代を中心に差別や偏見は根強く残っています。しかも、現代の日本では同性結婚は法制化されていないし、トランスジェンダーの方が戸籍上の性別を変えるには性別適合手術など多くのハードルがあります。
 トランスジェンダーの中には手術をしたくない人もいるのに、セクシュアル・マジョリティ、つまり戸籍上の性別と性自認が一致している人によって決められた法律で、明らかな不利益を背負わされているんです。
 「差別や偏見をしないのは当たり前」というのは当然なのですが、だからといって取り上げなくなると、この問題は解決に向かわなくなってしまう。
 セクシュアルマジョリティは、自分たちがしなくていい努力をセクシュアル・マイノリティに課している現実を理解し、解決するために行動をしてこそ意味があると思います。

「気にしない」ではなく、行動を

──たしかに、一側面の情報で育ってきた多くの人は、無意識な言動で誰かを傷つけているかもしれません。
 神谷悠一さんと松岡宗嗣さんの『LGBTとハラスメント』という書籍に、一見ポジティブに見えるけれどLGBTQ+の方たちに対する差別や偏見のある言動が取り上げられていました。例えば「私は差別をしないし、気にしないよ」という言葉。
 これは一見すると「私はLGBTQ+に理解があるから差別をしないよ」と捉えられますが、「私は気にしない、けれど何もしない」という言葉にも受け取れますよね。
 法的に結婚ができない、自認する性別に変更できない人は、長い年月をかけて自分たちの権利を獲得しよう、理解してもらおうと努力している。
 それなのに「私は気にしないよ」というスタンスでいいのでしょうか。それでは、平等で公正な社会を作る努力を支えていることにはなりません。
 人種差別の問題について発言をしているテニスプレーヤーの大坂なおみ選手は、こう言いました。
 「“人種差別主義者ではない”では十分ではない。私たちは“反人種差別主義者”でなくてはならない」
 人種に関しても、LGBTQ+に関しても一緒です。差別をなくしていくためには、「私は差別しない」だけではなく、私は反差別ですと意見表明したり、行動したりする必要があります。
 もちろん、自分自身で行動することには勇気が必要だし、大変なこともある。自分自身では行動できないときも「気にしない」ではなく、行動する人を応援してほしい、と願います。

100人の企業には10人の当事者がいる

──最近、LGBTQ+の人たちにも適した制度や環境づくりを整備する企業も増え始めているように思いますが、古田さんはどのように見ていますか?
 LGBTQ+の就労環境改善に取り組もうと考える参画企業は年々増えています。
 『東京レインボープライド』を毎年取材していると、その傾向は顕著にわかります。
セクシュアル・マイノリティが差別や偏見にさらされず、前向きに生活できる社会の実現を目指すイベント『東京レインボープライド』。初開催された2012年はフェスティバルに4500人、パレードに1500人が参加。2019年にはフェスティバルに20万人、パレードに1万人が参加。「ここ7〜8年でLGBTQ+に対する認識が大きく変わったことを実感します」と古田氏。
 参画企業が増えた背景には、社内と社外両方の理由があります。
 様々な統計がありますが、だいたい人口の1割前後がLGBTQ+であると言われています。10人の企業なら1人、100人の企業に10人、1万人の企業には1000人の当事者がいる計算です。
 社員が差別や偏見を受けず、心理的な安全性を確保して働くことは、企業にとって重要です。社外の顧客に目を向けると、その数は膨大です。個人や人権を尊重する企業でなければ、社内でも社外でも、当事者やその支援者たちからの支持を失う社会に変わっていこうとしています。
 一方で、LGBTQ+勉強会の実施や、同性パートナーにも法的結婚と同じ福利厚生を整える企業が増えるにつれて、当事者から匿名で「そういうことをしないでほしい」「そっとしておいてほしい」という声もあがるようになりました。
 なぜなら、当事者のなかには差別や偏見に対して警戒心を持っている人もいるからです。企業がオープンになることは良いことですが、当事者がカミングアウトを強要されているような感覚になってしまうと、良い取り組みをしようとしているのに、逆に心理的安全性を脅かすことにつながってしまう。
 大切なのは、制度を変えながら当事者をできるだけケアし、同時に周囲の認識も変えていくこと。何か一つ制度を作れば解決するような単純な問題ではないことを理解すべきだと思います。
 そして最終的に目指すのは、差別や偏見がなく、誰にも平等な権利がある社会を作ること。簡単なことではないですが、目指すものはそれ以外にありません。

企業のメッセージには社会を変えるパワーがある

──差別のない平等な社会を実現するため、企業としてできることはなんでしょう。
 あらゆる企業が営利目的だけでなく、社会的な課題解決に取り組む姿勢を見せなければいけません。株主だけでなく、顧客や従業員、地域社会など関係するすべての利害関係者を尊重する「ステークホルダー資本主義」の考え方は、これからの時代ますます重要になっていきます。
 企業として時代の変化を敏感に察知し、社会をより良い方向へと変えていく役割がある。そのためには、社会に対するメッセージや姿勢を打ち出すことも重要です。
 例えば昨年、パンテーンが打ち出した「髪型のブラック校則」に関するキャンペーンは、記憶に残っている人も多いのではないでしょうか。
 生まれつき明るい髪色の生徒が、学校に「地毛証明書」を提出したにもかかわらず、髪を黒く染めなさいと指導された。それはおかしいと、「#この髪どうしてダメですか」のキャッチコピーで社会に一石を投じたもの。
2019年に実施されたパンテーン「#HairWeGo さあ、この髪でいこう。」キャンペーン第3弾の企画。
 このキャンペーンが素晴らしかったのは、単に問題点を指摘するのではなく「この髪どうしてダメですか?」と問いかけることで、「みんなそれぞれの髪でいいよね」というポジティブなメッセージに転化させたことです。
 企業のメッセージには、人の認識を変え、行動変容を生み出すパワーがあるんだと、報道とは違う形で示してくれたと思います。
 こうした取り組みは世界中に広がっており、さまざまな企業が差別や偏見に対する人びとへの行動変容を促しています。だから日本の企業にも、どんな社会で生きたいのか、どんな社会を作りたいのか、ぜひビジョンを示してほしい。
 それがひいては、誰もが平等に尊重され、差別や偏見のない社会の実現にもつながっていくと信じています。

トランスジェンダーを理由に採用拒否する企業は選ばない

──ここからは、#PrideHairの広告モデルになったトランスジェンダー当事者であるお二人にお話を伺います。就職活動から入社の経緯について教えて下さい。
 私はトランスジェンダーだとカミングアウトした上で、女性として面接を受けました。
 でも周囲では、トランスジェンダーであることをカミングアウトしたら内定を取り消された人もいて……。本当に怖かったですね。
 けれど逆に、トランスジェンダーであることを理由に雇用を拒否するような会社は、私も選びたくないと思うようになったんです。
 結果、今の会社から「LGBTQ+の人は社内にいるかもしれないけれど、カミングアウトして入社するのは楓さんが初めて。職場環境を良くしていくためにも一緒に勉強したい」と言ってもらえて、入社を決意しました。
 トランスジェンダーであることは、会社を見極める武器にもなりましたね。
──合田さんは、女性と男性のどちらで就活するか迷い、1年間は就活をしなかったと伺いました。
合田 男性用スーツを着るか女性用スーツを着るかですごく迷い、結論が出なかったので就活は1年間やめました。
 いろいろ考えた結果、女性として面接を受けて、男性として入社することを決めました。
 私も、カミングアウトして内定を取り消された人の話は聞いていたので、正直すごく怖かったです。
 内定から入社までの間に、先輩社員との1on1で「今は女性の姿をしているけれど、心は男性だから男性として入社したい」と相談しました。もちろん、打ち明ける前に「何を言っても内定は取り消されませんか?」と聞いて。
 すると、先輩が「私から人事部に伝えるね」と言ってくれて、その日のうちに人事部から連絡がありました。緊張しましたが「ぜひ男性として入社してほしい。内定取り消しなんてありえないから、不安にならないで大丈夫ですよ」と言ってもらえました。
 カミングアウトするのは怖かったけれど、このタイミングで勇気を出していなかったら、今も私は女性の姿だったと思います。
今回のキャンペーンに登場する合田(ごうだ)さん(写真左)、サリー楓(かえで)さん(写真右)

誰もがマイノリティの側面を持つ

──ここ数年で、日本でもセクシュアル・マイノリティに対する認知が広まったと言われています。お二人はどう感じていますか?
 LGBTQ+に対する理解が広まったことで、以前よりもカミングアウトしやすい社会になったのは間違いないと思います。実際、私の会社もオープンになったことで、これまで言いたかったけれど言えなかった人が数人カミングアウトされました。
 ただ、まだ世間はトランスジェンダーに対して「いじめや葛藤を乗り越えて、カミングアウトに苦労して生きている人」という、ちょっと偏ったイメージを持っているんですよね。
 実際もっと悩ましいのは、ホルモン投与に通院が必要で時間もお金もかかるとか、そういうリアルな部分だったりするのに。何かストーリーを植え付けたがるというか。
 それに、LGBTQ+は「男」と「女」の他に新たに生まれた「第三の性カテゴリ」のように扱われることがありますが、それも違う。「LGBTとそれ以外」という対立構造になってしまうのも、本望ではありません。
合田 私たちは、たまたま性的マイノリティでした。ですが、いわゆるセクシュアル・マジョリティの人も、性別が多数派だっただけで、その他の面ではマイノリティな部分を持っているはず。
 例えば、狭いジャンルの趣味を持つ人もいるでしょうし、飲み会でノンアル派の人もいる。
 誰もがちょっとしたマイノリティな側面を持つ当事者であると気づけば、世界の見え方も変わるはずです。
 ダイバーシティの話に、非当事者の人は存在しないと思うんです。全員がダイバーシティの当事者であると理解してもらえたら、少しずつ社会も変わっていくんじゃないかと思います。

辛かった時期を支えてくれた。髪は、私のプライド

──約5割のLGBTQ+の元就活生が、「就職活動において、髪型に悩んだことがある」と回答した調査結果があります。髪型は自分らしさの象徴とも言えますが、髪型で悩んだことがあれば教えてください。
 私は、トランスすると決めたときから入社まで、ずっと髪を切りませんでした。
 男性の髪型のまま伸ばしたから綺麗なヘアスタイルではなかったけど、辛かった時期も、ドキドキしていた就活のときも、髪はずっと見守ってくれていた感覚があったんです。
 それが自分のプライドでもあったから、どうしても切れなかった。
 だけど徐々に、髪を切るのは自分の過去と向き合って整理することでもあるし、自分に恵みを与える手入れだと思えるようになりました。そしてようやく、女性として髪を切れるようになりました。
合田 私はずっとロングヘアでした。高校から大学の7年間は一度も美容院に行かずに、自分で切っていました。なぜなら美容院に行くと、いわゆる「女性の綺麗なヘアスタイル」に整えられてしまうから。女性として美しい姿になるのは自分で認められないし、耐えられないことでした。
 だけどトランスしてからは変わりました。自分で髪を切ったことは一度もなく、美容院で男性のかっこいい髪型に整えてもらえるのが嬉しいんです。
 カミングアウト後に初めて男性として短いヘアスタイルにしたとき、ようやくなりたかった本来の自分になれると思いました。
 今回私たちはトランスジェンダーとして、自分らしさを表現する就活を考えるプロジェクト「#PrideHair」に出演しています。
 ですが、これはLGBTQ+に限らず、みんなのプライドのためのキャンペーンだと思っています。
 私や合田さんは「自分はトランスジェンダーです」と言えて幸せですが、自分が何者かわからないと模索する人たちもいるはず。そうした人たちに向けて、このプライドのバトンを渡していけたら嬉しいです。
(執筆:田村朋美 編集:川口あい デザイン:田中貴美恵)