成功体験を捨てよ。100年企業に学ぶ「異端のヒット作」の作り方

2020/10/15
「おうち時間」の増加にともない、日々の生活に豊かさをもたらす家電製品が好調な売れ行きを見せている。その代表格が「高級炊飯ジャー」だ。
今回紹介する象印の炊飯ジャー「炎舞炊き」は、好評だった前シリーズのアプローチを踏襲せず、「型破り」な方法でごはんのおいしさを追求。業界初の技術で、炊飯ジャーの「常識」を塗り替えた。
象印は、なぜ成功体験を捨て新商品の開発へと舵を切ったのか。「異端のヒット作」誕生までの軌跡を追った。
伸びる「高級炊飯ジャー」市場
 コロナによる外出自粛に、10万円の給付金支給。世で起こった変化にともない、家電製品、なかでも調理家電が売り上げを伸ばしている。
 いま売り場を賑わせる商品の一つが、日本人の主食・お米を炊く「炊飯ジャー」だ。
 一般社団法人 日本電機工業会によると、今年7月の炊飯ジャーの出荷台数は、他家電製品を大きく上回る約46万台。前年比で22%上昇している。
 特に注目を集めるのが、1台10万円を下らない「高級炊飯ジャー」。
 国内炊飯ジャーメーカーの象印で商品企画を担当する三嶋一徳氏も、「炊飯ジャーの売れ行きは、上位機種を中心に好調に推移しています」と説明する。
「“おいしいごはん”へのニーズに応えるべく、象印は10年前から高級炊飯ジャーを手掛けてきました。 
 商品の売れ行きを通じてニーズの高まりを感じてきましたが、直近では『内食』増加の追い風もあり、さらなる需要を見込んでいます」(三嶋氏)
 象印の高級炊飯ジャー開発の歴史は、2010年に誕生した「極め羽釜」にさかのぼる。
 「かまどで炊いたごはん」のようなリッチな食感を追求したこのシリーズは、炊飯ジャーを知り尽くした家電量販店からも好評で、発売3ヶ月で初年度計画の50%、1万5000台の出荷を記録した。
2011年にモデルチェンジした「極め羽釜」は、岩手の伝統工芸品「南部鉄器」を内釜に採用した、象印初の高級炊飯ジャーだ。
 その後も順調に売れ行きを伸ばし、2010年の発売以来、10年間でシリーズ累計55万台を出荷(「極め羽釜」シリーズ 2010年9月21日〜2019年12月31日 累計出荷台数 象印調べ)。
 高級炊飯ジャーの代名詞的存在へと成長していったのだ。 しかし、象印はこの成功体験を捨てた。なぜそんなことができたのか。
炊飯ジャーに「完成形」はない
 1918年に、1本のガラスマホービンから出発した象印。以来、世間を驚かすヒット商品を生み出してきた。
 根幹に流れるのは「製品そのものの良さ」を極限まで追求し、革新を止めない「モノづくり企業」としての矜持だ。
 「炊飯ジャーは、家電の中でも特に“浮き沈み”が少ないマーケット。
 他の製品と比べて流行り廃りが少なく、商品ニーズが高水準で継続する稀有な市場です。ゆえに、商品に“完成形”はなく、常に改良が求められます」(三嶋氏)
 先述の「極め羽釜」は、間違いなくヒット商品だった。しかし、移ろいゆく消費者のニーズを常に汲み取らなければ、炊飯ジャーマーケットで「求められ続ける」ことはできない。
 時は、2014年。発売から4年が経ったタイミングで、少しずつ「極め羽釜」に課題が見つかりはじめていた。
まず、「羽釜」は、広く浅い釜の形状ゆえに炊飯ジャー本体のサイズが必然的に大きくなってしまうため、一升炊きのサイズが作れない。
また、他製品と比べた場合、南部鉄器を使用している内釜の重さもネックだ。
「極め羽釜」は、リング状の羽根で熱を閉じ込めるのが特徴だ。
  競合他社の攻勢を受けて、象印が高級炊飯ジャーカテゴリでのシェアを徐々に落としはじめていたタイミングでもあった。
 なんとかして、消費者のニーズに応えたい。だからこそ象印は、成功体験に甘えず、さらなる高みを目指してモデルチェンジに踏み切ったのだ。
 では、どんな炊飯ジャーを作るのか。「原点」でもあるかまどを徹底的に検証していく中で、開発チームはある部分に目をつけた。
 「赤外線カメラで釜内の熱の動きを観察していたとき、実は高温部分が常に移動していることに気づいたんです。
 そして、この移動によって釜中の温度に“ムラ”ができ、激しい対流が起こって米が“舞う”ように混ざり合うことがわかりました。
 今までは、釜自体に改良を重ね、炊飯の精度を上げてきましたが、はじめて『かまどの炎』に着目するようになったのです」(三嶋氏)
かまどの炎がゆれながら釜底に当たることで、釜内の湯に対流が起こり、激しく混ざり合う。
 この「部分的な熱の移動」を軸に新商品を作ろう。
 開発チームは心を決めたが、羽釜シリーズは8年続いたベストセラーだ。技術を一新することに対して、社内の意見は二つに割れたという。
 「最終的には社長の『社運をかけよう』という言葉に後押しされて、『炎舞炊き』の開発がスタートしました」と、三嶋氏。
 決断なくして、イノベーションはないのだ。
意外にも前人未到の領域だった「ヒーター」
 新商品に必要だったのは「強い火力」と「部分的な加熱」。すなわち、火を釜に送る=炊飯ジャー底部のIHヒーターが肝になる。
 このヒーターこそが、「炎舞炊き」と従来の製品が決定的に異なるポイントだ。
 それまで炊飯ジャー改良の本命は、「内釜」にあった。他社を含め、皆が内釜の素材や性能向上にしのぎを削っていたため、業界内では「内釜戦争」と囁かれていたほどだ。
 一方IHヒーターは、搭載以来28年間ほとんど手の入らなかったコア技術。なかでも、本体底部のIHヒーターは、基礎研究の論文や資料も少なく、どの会社も手を付けていない領域だった。
 この前代未聞の試みを任された開発担当の三崎純氏は、口には出さなかったものの「ホンマにやるんですか?」と耳を疑ったという。
 実は、以前から三崎氏は本体底部のIHヒーター改良のアイデアを持っていた。
 しかし、研究段階をクリアしたとしても、量産フェーズの開発など製品化までを考えると、技術リスクは計り知れない。
 その挑戦を後押ししたのが、生産開発本部トップからの「本体底部のIHヒーターの変更を考えてもいいぞ」という言葉だった。
 「トップの言葉には正直驚きましたが、まずは覚悟してやってみよう、と。
 そこで、コイル自体を3つ(注:2020年発売のNW-LA型は6つ)に増強し、ぐるぐると順番に局所加熱する仕組みを試してみました。
 すると、加熱部分を移動させることで、断続的に激しい対流を起こすことができたんです」(三崎氏)
「炎舞炊き」と従来の炊飯ジャーとで決定的に異なるIHヒーター。対流が起こることで、勢いよくお米がかき混ぜられ、ムラなく一粒一粒に熱が伝わる。
 これまでにない取り組みだけに、生産工場の技術者たちも手法を持ち合わせていなかった。そこで、三崎氏は自らコイルを手巻きするなどして、開発を進めた。
 幾度となく試すうちに、局所的な加熱によって、単位面積当たり通常の4倍以上の火力が出せるようになったという(中パッパ~沸とう維持工程の火力比較 2017年従来品NW-AT10型と「炎舞炊き」NW-LA10型の比較 象印調べ)。
 「試作品で食味をしたのですが、お米にしっかり熱が入るから、甘さが引き出されていておいしい。しかも粒感があり、ふっくらとしている。最終的に、これはいけるな、と」(三崎氏)
 ベストセラーの成功に甘んじず、未踏の領域から新たな技術を模索し、向上させる。
 100年企業の「おいしさ」をどん欲に追求する姿勢が、「異端」のコア技術へと結びついたのだ。
象印のシンボル「南部鉄器」を刷新
 前シリーズ「極め羽釜」を上回る仕上がりをチーム全員が確信し、「炎舞炊き」の製品化が決定した。炊飯フローを担当した船越哲朗氏は、検証作業に明け暮れた。
 「量産化においては『予熱』『中パッパ(沸とう)』『沸とう維持』『蒸らし』という炊飯の4工程で、問題が起きないかを検証します。
 しかし、今回のコイルは初めての形状。積み上げたノウハウが効かないため、問題が起きたときに、原因がどの工程にあるのかを見立てる手段が圧倒的に少ないのです。
 コイル一つ一つの火力や時間を調整し、PDCAを回していきました」(船越氏)
お米の「香り」を検証する様子。通常は1年で4トン程度の米を炊くところ、半年間で約3トンを炊いた、と船越氏。
 こうして見えてきた課題に対し、象印はまたも思い切った決断をする。新ヒーターを最大限活かすべく、内釜に「南部鉄器」を使用しないことにしたのだ。
 当時は、ユーザーからも「象印といえば南部鉄器」と認知されていたほどだったが、「炎舞炊き」は高温の熱を移動させるために、熱伝導率を上げる必要がある。
 そこで、高い発熱効率と蓄熱性を持つ鉄や、それらの特性を継承しつつも熱伝導率に優れたアルミ、蓄熱性と耐久性を兼ね備えたステンレスを組み合わせて、集中加熱に最適な内釜を開発した。
 むやみに伝統にこだわらず、最適解を探し続ける。炊飯ジャーの常識にとらわれず誕生した「炎舞炊き」は、2年超の開発期間を経てついに「おいしいごはん」を実現した。
こうして完成した「炎舞炊き」。2018年の発売以来、累計20万台を出荷するヒット作だ(炎舞炊きシリーズ 2018年7月21日発売~2020年10月13日時点 累計出荷台数 象印調べ)。
 「象印は、ごはんのおいしさを『外見』『香り』『食感』『味』と定義しています。ツヤ感、ふっくらとした食感、そして甘み。全てが揃って初めて『おいしいごはん』と言えるのです。
『炎舞炊き』で炊いたごはんは、全ての観点において象印の既製品を上回ると自負しています」(船越氏)
象印直伝・炊き方の「極意」
 一つ、素朴な疑問が湧いてくる。
 好きなお米の種類や炊きあがりは、人によって異なるはずだ。それらを、どうやって「おいしい」と判断するのか。この疑問に答えるのが、高級炊飯ジャーならではのテクノロジーだ。
 「『炎舞炊き』NW-LA型に搭載されている『わが家炊き』メニューでは、お客様の細かなニーズに対応できるよう、121通りの炊き方ができるようになっています。
 前回の炊き加減の『かたさ』『粘り』に関する二つの質問に答えると、自分の好みの炊き方を導くことができるのです。こうして万人の“おいしい”をカバーしています』(三嶋氏)
アンケートに答えるだけで、121通りの炊き分けが可能。
 こだわりは、炊き分け機能にとどまらない。ふたと底にあるセンサーが温度をコントロールするため、最長40時間保温してもおいしさを損なわない。
 さらに、洗うのが手間な「蒸気口セット」がないため、お手入れも内ぶたと内釜の2点を洗うだけで手軽だ。こういった充実の機能も「高級ライン」たる所以だろう。
毎日洗うのは、内釜と内ぶたのみで手軽だ。
 とはいえ、誰もが今すぐ高級炊飯ジャーを購入できるわけではない。家に今ある炊飯ジャーで、おいしいごはんを炊くことはできないのか。
 炊飯フローに精通する船越氏に、炊き方の極意をこっそり教えてもらった。
 「1つ目のポイントは、お米の洗い方です。ありがちな間違いが『洗いすぎ』。
 実は、最近は精米技術がかなり進んでいるので、撫でるように洗うだけで十分なんです。
 それと、ゆっくり洗うとお米が水分を吸いすぎてしまうので、ササッと手早く行うのがおすすめです。
洗う際は、手の指を立て、シャカシャカと30回(約15秒)かき混ぜる。なべの内側にそって混ぜるのがコツ(象印 『ライスマイルプロジェクト』より。 詳しくは画像をタップ)
 もう一つ大事なのが、炊き終わった後の『ほぐし』ですね。炊きあがり5分以内を目安に、しっかりほぐしてください。
 ごはんをしゃもじで十字に切って、1ブロックずつほぐしていくと、ほどよく空気に触れてふんわりとした仕上がりになります」(船越氏)
1/4ずつ内釜のなべ肌にそって大きく起こす。しゃもじを立てて、かたまりを切るようにほぐすと、ムラなくふっくらとした仕上がりに(象印 『ライスマイルプロジェクト』より。 詳しくは画像をタップ)
 大事なのは、お米を「炊く前」と「炊いた後」の工程。以上を意識するだけで、ぐっとおいしくごはんを炊くことができそうだ。
 「炊く前、炊いた後のポイントを試していただければ、違いがわかると思います。炊いている最中ですか? それは、私たちの炊飯ジャーにお任せください」(船越氏)
(取材・文:高橋智香 編集:大高志帆 撮影:小池彩子 デザイン:小鈴キリカ)