CASE時代、急務は「持続可能エネルギーと5G」の整備【最終回】

2020/9/28
自動運転、EV、ライドシェア…「次世代自動車産業」をめぐる潮流は日々進化している。いま、その覇権を巡る戦いは自動車業界のみならず、IT、電機・電子、通信、電力・エネルギーなどのトップ企業がしのぎを削る“異業種戦争"といっても過言ではない。この競争の構図とは、そして勝機はどこにあるのか。

本連載では書籍『2022年の次世代自動車産業 異業種戦争の攻防と日本の活路』から全4回にわたって、次世代のモビリティビジネスに待ち受ける変化とその革新の要素を紹介する。

次世代通信と次世代エネルギーの重要性

次世代自動車産業は、「クルマ×IT×電機・電子」が融合する巨大な産業です。
半導体消費が大きいことに加えて、電力消費も膨大。必然的に、次世代自動車産業においてはクリーンエネルギーのエコシステムが求められるようになります。
この点に最も意識的なのは、イーロン・マスクのテスラだと言えるでしょう。先に論じた通り、EV事業はテスラの事業構造全体の一部でしかありません。
真の狙いは「エネルギーを創る(太陽光発電)」「エネルギーを蓄える(蓄電池)」「エネルギーを使う(EV販売)」という三位一体の事業構造により、クリーンエネルギーのエコシステムを構築することにあるのです。
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また、クルマが巨大なIoT機器と化す近未来においては、通信量も膨大になります。
今よりもはるかに「高速・大容量」「低遅延」、そして「同時多数接続」が可能な通信環境が整備されなければ、「人間が運転するよりも安全な自動運転車」を世の中に広く普及させることはできません。
つまり、「クルマ×IT×電機・電子」からなる次世代自動車が走る社会は、通信とエネルギーというインフラの進化なくしては絶対に実現しえないもの。
ここでは、次世代自動車産業を支える次世代のエネルギーと通信、特に再生可能エネルギーと次世代通信規格「5G」について解説していきたいと思います。
なお、ここでも先に述べたイーロン・マスクのビジョンは極めて重要です。本章の最初に「次世代自動車産業を中核とするクリーンエネルギーの新たなグランドデザイン」として図表を再掲しておきたいと思います。
書籍『2022年の次世代自動車産業 異業種戦争の攻防と日本の活路』より
イーロンの描いているビジョンと地球を想う気持ちは、グローバルレベルでのグランドデザインになっていくと確信しています。

EV化へ進むエネルギー業界「三つのD」

再生可能エネルギーの価格破壊、限界費用ゼロの再生可能エネルギー、多元・分散型のエネルギー需給体制といった、昨今のエネルギー産業の動きのこうした変化を「三つのD」としてまとめる議論があります。
すなわち「脱炭素化(Decarbonization)」「分散化(Decentralization)」「デジタル化(Digitalization)」です。
国際的なトレンドが「脱炭素化」にあることは、言わずもがなでしょう。
自動車産業で言えば、脱ガソリンや電気自動車(EV)など新エネルギー車(NEV)の急速な普及にそれは表れています。「分散化」とは、多元・分散型のエネルギー需給体制へのシフトを指します。
(PIKSEL/iStock)
「脱炭素化」の要請にしたがって太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー電源の導入が進むと、その小規模な電源設備が地域のあちこちに分散設置されます。これにより、P2Pのエネルギー生産・流通が可能になります。
「分散化」は、発電プロセスでCO2など温室効果ガスが発生しない、限界費用がゼロ、家庭やオフィスでの電気料金が削減できる、電源から消費場所までの送電ロスが少ない、地方活性化につながるなどのメリットがあります。
一方、デメリットは初期の設備投資コストが高いこと、大規模集中型の発電と比べて発電効率が低いこと、発電量は天候などの自然条件に依存すること。
(zhaojiankang/iStock)
また、「分散化」は低炭素・分散電源が政策的に優遇されることによって、バックアップ・調整機能を持つ従来型電源の維持を難しくするという問題もあります。
「デジタル化」は従来、電力会社が顧客の電力消費量を計測する、顧客が自分の電気料金やその内訳を確認する、といったものが主流でした。
しかし、あらゆるモノがインターネットにつながるIoT時代の「デジタル化」は、「ビッグデータ×AI」やスマートグリッドに関する技術によって「分散化」された電源や発電・送電・配電・蓄電などの制御、需要予測やその管理まで、様々な場面でエネルギーのスマート利用を促すものです。
こうしたデジタル化は、発電分野を超えて交通・物流などの電動化・自動化へも影響を及ぼします。
そしてインフラ間の相互補完性を高め、コミュニティを支える上で社会的に最適な配置・運用にもつながると期待されています。
エネルギーのトレンドとして、「三つのD」に、「セクターカップリング(Sector Coupling)」を加える議論もあります。
「セクターカップリング」とは、簡単に言うと、電力・熱・交通の三つのセクター間で、エネルギーを融通することです。
例えば、電力セクターで発電した再生可能エネルギー電力を、そのまま電池に貯めるのではなく、温水などにしてタンクに貯めたりするのは、「電力→熱」の仕組みだと言えます。
次世代自動車産業を論じる本書において特に注目したいのは、「電力→交通」の仕組みです。再生可能エネルギーが交通として、つまり電気自動車に利用されるのです。
こうして産業全体でエネルギーを効率的に運用するところにセクターカップリングの狙いがあります。
先に触れた通り、いずれ電気自動車には太陽光発電などの限界費用ゼロの電力が使用されることになるでしょう。そこに「所有からシェアへ」というトレンドも加わる。こうして、自動車はクリーンかつ無料の、公共の交通インフラとなるのです。
(Sjo/iStock)
こうしてみると、テスラがセクターカップリングにいち早く取り組んだ企業であることがわかります。
「エネルギーを創る(太陽光発電)」「エネルギーを蓄える(蓄電池)」「エネルギーを使う(EV販売)」という三位一体をベースに、太陽光発電事業のソーラーシティ、パナソニックとのEV用電池の合弁であるギガファクトリー、そしてEV製造販売のテスラによってクリーンエネルギーのエコシステムを構築している。
これはセクターカップリングを事業構造として取り込んだものとみなすことができます。
自動車産業では、CASEによって次世代自動車産業の方向が示され、既存のプレイヤーも大きく姿を変えつつあります。
同時に、エネルギー業界では、3D+S、すなわち「脱炭素化、分散化、デジタル化、セクターカップリング」のトレンドが環境を激変させている。
これを受けて電力会社・ガス会社・石油会社といったエネルギー業界の既存プレイヤーも、再生可能エネルギーへと大きく舵を切っています。
二つの業界の接点は、再生可能エネルギーです。自動車業界とエネルギー業界は、ここで大きなうねりとなって、一つの方向へ向かおうとしているのです。

次世代自動車産業は通信消費の大きい産業となる

エネルギーと並んで、もう一つ忘れてはならないのは、通信の重要性です。次世代自動車産業のトレンド「CASE」を推し進めていくには、大きな通信消費が伴うからです。
ここでのキーワードは、「5G」です。
5Gとは、ひと言でいえば、IoTに必要とされる通信インフラ技術です。インターネットにあらゆるモノやデバイスが接続されるIoT時代においては、既存の通信規格である3Gや4Gでは性能面でとても追いつきません。そこで、4Gに比べてはるかに「高速・大容量」「低遅延」「同時多数接続」の5Gが必要だとされています。
5Gは4Gと比べて、20倍の速さ・10分の1の遅延・10倍の接続可能デバイス数を誇り、ユーザー体感速度は4Gの100倍程度とも言われています。
(metamorworks/iSotck)
5Gは、自動運転にどんな恩恵をもたらすのでしょう。
運転手を務めるAIに、「学習」段階と「推論」段階があったことを思い出してください。「学習」段階では、「察する」テクノロジーであるカメラ・レーダー・ライダーなどから「認知」した情報を、ビッグデータとしてクラウド上のマシーンラーニング・ディープラーニングにまわす必要があります。
このとき生じる「高速・大容量」の情報伝送を担うことができるのは、5Gだけです。
またAI「推論」段階においては、「認知」した情報は、クラウド上のマシーンラーニング・ディープラーニングを通して習得されたAIのドライビングテクニックに照会され、解析されることで、自動運転車の制御に活かされることに。
ここでは「高速・大容量」のみならず、「低遅延=リアルタイム」の情報処理が求められます。
このとき5Gは、AIの「学習」「推論」に関わる膨大な情報処理やデータ転送を、リアルタイムかつ確実に実行する役割を担うのです。
なにより、時速数十kmで走る車にとっては、数ミリ秒の遅延が命取りになりかねません。自動運転車の安全性が保証されるためには、「高速・大容量」「低遅延」の情報伝送という条件が不可欠なのです。
さらには、自動運転車が広く公共の交通インフラとなる社会においては、「同時多数接続」も必須。いずれも、5Gなしでは実現できません。
すなわち5Gは、自動運転車を社会実装するにあたってなくてはならない社会インフラなのです。

再生可能エネルギーと5Gが拓く未来

私は、現在の三菱UFJ銀行時代、プロジェクト開発部というセクションにおいて、資源エネルギーやインフラストラクチャー等のファイナンスを担当していました。
資源エネルギーの世界は、国内外ともに極めて「政治的」な分野であり、「アンタッチャブル」なものも少なくない領域であることをまさに痛いほど体験してきています。
その一方で、世界や地球を30年、50年、100年単位で見た場合、太陽光発電などの再生可能エネルギーにいかに早期にシフトしていけるかは、後世の子供たちのことを真剣に考えたならば極めて重要なテーマであると確信しています。
枯渇可能性のあるエネルギーは後世の危機管理のために温存し、再生可能エネルギーに可及的早期に転換していくこと。このための重要なカギを次世代自動車産業は握っているのです。
日本でどのようにクリーンエネルギーのエコシステム構築に向けた動きが本格化するかどうか。ピンチをチャンスに変えていけるかどうか。ここでも「日本の活路」が問われているのです。
※本連載は今回が最終回です
(バナーデザイン:岩城ユリエ)
本記事は書籍『2022年の次世代自動車産業 異業種戦争の攻防と日本の活路』(田中 道昭〔著〕、PHPビジネス新書)を一部修正して転載したものである。