Googleが自動運転を目指す理由。鍵は「頭脳」を巡る技術競争【モビエボ必読書】

2020/9/21
自動運転、EV、ライドシェア…「次世代自動車産業」をめぐる潮流は日々進化している。いま、その覇権を巡る戦いは自動車業界のみならず、IT、電機・電子、通信、電力・エネルギーなどのトップ企業がしのぎを削る“異業種戦争"といっても過言ではない。この競争の構図とは、そして勝機はどこにあるのか。

本連載では書籍『2022年の次世代自動車産業 異業種戦争の攻防と日本の活路』から全4回にわたって、次世代のモビリティビジネスに待ち受ける変化とその革新の要素を紹介する。

自動運転の牽引者グーグルは誕生時点からAIの会社

自動運転と言えば、ほとんどの人がまず思い浮かべる会社はグーグルではないでしょうか。
さらにグーグルと言えば、ディープラーニングによってコンピュータが「猫」というものを独力で認識した「グーグルの猫」によってAIに革命的な進化をもたらした企業としても有名です。
ここでは、グーグルという企業の「AIカンパニー」としての本質をご紹介したいと思います。
『WIRED』創刊編集長であり、米国のテクノロジー業界に大きな影響力を持つケヴィン・ケリーは、その著作である『〈インターネット〉の次に来るもの』(NHK出版)のなかで以下のエピソードを紹介しています。
「2002年頃に私はグーグルの社内パーティーに出席していた。同社は新規株式公開をする前で、当時は検索だけに特化した小さな会社だった。

そこでグーグルの聡明な創業者ラリー・ペイジと話した。〈中略〉「僕らが本当に作っているのは、AIなんだよ」と彼は答えたのだ。〈中略〉

AIを使って検索機能を改良しているのではなく、検索機能を使ってAIを改良しているのだ」
そして、グーグルにとってAIとは目的ではなく、自社のミッションという目的を実現するための手段。
膨大な検索ビッグデータをAIで分析することによって、人が求めていることを読み解く。完全自動運転を実現することによって、それぞれの人がクルマのなかで最も有意義だと思うことができる世界を実現する。
さらに完全自動運転車から集積したビッグデータをAIで分析することによって「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」というミッションの実現につなげる。
こういったことが、グーグルが自動運転を推し進めてきた理由なのではないかと筆者は考えています。
(JasonDoiy/iStock)

自動運転技術の三つのプロセス

自動運転のシステム全体は極めて複雑ですが、あえて単純化して説明するならば、センサーとAIによる「認知→判断→操作」という一連の情報処理とみなすこともできます。
周りの状況を「認知」し、それに基づく「判断」を下し、しかるべき「操作」をする。この点においても、人間のドライバーとAIは全く同じです。
「認知」の段階では、センサーを通して、自動運転車がどこに位置しているのか把握し、自車の状況・周りの状況・位置関係の情報などを認識します。
ここには、歩行者、走行車、自転車、障害物、車線、建物など動的・静的あらゆるものの動きと位置が含まれています。
例えば、自動運転車の前方に現れた対象物が歩行者なのか自転車なのかといった識別をするのです。また、信号機の状態や制限速度の標識についても、マシーンラーニングやディープラーニングによって学習を済ませたAIが、信号は赤なのか青なのか、制限速度は何キロなのかといった認知をします。
こうして認知された情報には、二つの利用方法があります。
一つは、実走行から得られるビッグデータとして集積されるというものです。
ビッグデータはマシーンラーニングやディープラーニングにまわされ、AIの「学習」に利用されます。こうして自動運転車の頭脳は鍛えられ、AIのドライビングテクニックはさらに向上していくことに。「認知」情報が多ければ多いほど、自動運転の精度は上がります。
もう一つの利用方法は、自動運転中にリアルタイムで解析され、AIの「判断」の材料になるというものです。
すでに学習を済ませたAIの知識に、リアルタイムで取得される実際の3次元画像データを提示して、クルマをどのように動かすべきか「判断」されるのです。
例として、すぐ先の信号機の色が赤に変わったこと、前方で歩行者が道路を横断し始めたこと、10メートル先から右折専用車線があることを、センサーが「認知」した場合を想定してみましょう。
(mikkelwilliam/iStock)
AIはそれまでに学習した知識に照らし合わせて、信号が赤だから一時停止をする、歩行者が道路を横断し始めたから減速をしながら一時停止の用意をする、右折したいから右折専用車線へ車線変更するといった「判断」を下します。
その「判断」に基づいてAIは「操作」指示を出します。一時停止や減速のためにブレーキを踏む、車線変更のためにウィンカーを出してハンドルを切る、あるいはアクセルを踏むといった指示です。
続いて、その指示に忠実な「操作」が行われ、一時停止・減速・車線変更・加速といった自動運転車の「制御」がなされます。
人間のドライバーも運転をするときは「認知→判断→操作」を経て自動車の「制御」へつなげるというプロセスを踏襲しますが、自動運転の場合もまったく同じです。
センサーが「目」、AIが「脳」となり、「認知→判断→操作」を行うこと。それが自動運転なのです。
上記の自動運転のバリューチェーン構造においては、ここで述べてきた「認知→判断→操作」という三つのプロセスを中核として、自動運転のバリューチェーンと次世代自動車産業の各プレイヤーが検討していくべき戦略の選択肢を提示しています。

次世代自動車産業の「頭脳」、AI用半導体の覇権をめぐる戦い

それ自体は目新しいものでなくとも、自動運転車に不可欠な技術として、改めて開発競争が進んでいるものがあります。半導体です。
センサーが取得した3次元画像データがどんなに素晴らしいものでも、それらビッグデータを直ちに演算処理し、運転に活かすことができなければ全く意味がありません。
AIがそのポテンシャルを十二分に発揮するには、高性能な半導体が必須。その意味では、自動運転車の真の頭脳とも言えるのが半導体なのです。
とりわけ注目されているのは、3D画像を超高速処理する半導体、GPUです。
そもそも半導体とは、ハードウェアを制御してデータを受け取ったり、そのデータを演算・加工してメモリに記憶させたり、結果を別のハードウェアへ出力したりといった一連の動作を担うものです。
(Andy/iStock)
パソコンやデータセンターのサーバーなどに搭載されている半導体は、CPUです。CPUには汎用性があり、様々な種類の動作をハードウェアに実行させることができます。
一方、GPUにはCPUほどの汎用性はありませんが、3次元画像の演算処理を高速で実行します。
自動運転車の周辺情報をセンサーが把握するとき、膨大な3次元画像をリアルタイムで演算処理する必要がありますが、GPUはそのようなケースに適しているのです。
また、AIが「学習」する際のスピードも、CPUでは通常1年以上かかるところを、GPUなら1ヶ月程度で終えるといいます。これは、GPUの使用によって自動運転の開発効率が格段に向上することを意味しています。
GPUは車両の設計にも影響を及ぼします。自動車車両にはパワートレイン、ステアリング、ブレーキ、エアコンなどを電子回路で制御する電子制御ユニット(ECU)が搭載されており、その数は一車両あたり数十個から多いものであれば百個以上に上ります。
しかし、高度な演算処理能力を持つGPUが車両に搭載されると必然的に、1個のGPUが数個のECUに取ってかわることになり、ECUの搭載個数は減少するでしょう。
そうなれば車両は軽量化・小型化し、部品メーカーを含めた自動車産業の構造やサプライチェーンも変化することが予想されます。
半導体を支配する者が自動運転を支配する─。そんな言葉がささやかれるなか、AI用半導体の覇権をめぐる戦いが行われています。
陣営は大きく四つに分かれています。
第一の陣営は、GPUでは一強の様相を呈しているエヌビディアです。実は、GPUを発明したのも、GPUをAIのディープラーニングへ初めて利用したのもエヌビディアです。自動車メーカーや部品メーカーなどと幅広い提携を進め、その数は300社を超えるとか。AI用半導体としては「エヌビディアのGPU以外に選択肢がない」と言われるほど、頭一つ抜けた存在となっています。
第二の陣営は、半導体の王者インテルです。パソコン用CPUでは圧倒的な強さを持つインテルも、スマホやAI用半導体では守勢に回っています。そこでインテルは、CPUよりも高速処理できる半導体FPGA(フィールド・プログラマブル・ゲートアレイ)に強いイスラエルのモービルアイを約1兆7000億円で買収するなどして、本格的にAI用半導体分野に参入しました。
第三の陣営は、スマホでの強みや知見を車載半導体やAI用半導体に活かしたいクアルコムです。欧州の自動車業界との関係が強く、バイドゥの自動運転プラットフォーム「アポロ計画」へも参画しているオランダのNXPを買収することを発表しています。
そして第四の陣営として、アマゾン、アップル、グーグルなどAI用半導体を自社開発・内製を始めたメガテック企業が挙げられます。
表向きには、自社のクラウドサービスやデータセンター向けにAI用半導体を使用することを目的としていますが、メガテック企業もまた次世代自動車産業に向けて準備を進めるなか、AI用半導体の覇権争いに加わってくるのは不可避でしょう。
(gorodenkoff/iStock)
中国の大手IT企業も次世代自動車産業への参入のなかで、AI用半導体の自社開発も視野に入れています。あまた以上の4陣営のほかにも、数多のプレイヤーが存在します。
エヌビディアが提供する半導体とは階層が違う製品群の企業にはなりますが、2017年には売上高・シェアでインテルを超えた韓国のサムスン、日本勢ではすでにAI用半導体の分野へ進出した東芝、デンソー、ルネサスなどの動きも見逃せません。
パソコン市場の頭打ちがささやかれ、CPUの将来需要も懐疑的と見られる一方、AI用半導体の需要は飛躍的に伸びてきています。これは、半導体メーカーの生き残りをかけた戦いでもあるのです。
では、勝敗を決するポイントは、どこにあるのでしょう。エヌビディアの牙城を崩すプレイヤーは現れるのでしょうか。
無論、エヌビディアにスキがないわけでは全くありません。AI用半導体として攻勢を強めるエヌビディアのGPUですが、そもそもGPUは3次元画像データの処理をする演算装置です。
汎用性があるためにAI用半導体として使用されているものの、AIやディープラーニングに特化した半導体ではないのです。
汎用性を廃し、特定用途に必要な機能だけに絞れば、演算速度・電力効率をより高めることができ、コストもリーズナブルになります。ここに競争が生まれる余地があります。
エヌビディアのGPUも進化を続けていますが、現状の消費電力やコストでは、開発用途ならともかく、量産車にはまだ使用が難しいのです。
現時点ではエヌビディアのGPUを使うほかないとしても、自動運転車を開発しようとするプレイヤーは、AIの最適な方式や用途が定まり次第、演算速度・電力効率・コストの全てで競争力のある自動運転専用の半導体を使用したいと考えるはずです。
そこでは汎用性や柔軟性は必要ありません。特定の仕事だけを超高速かつ低電力消費でこなしてくれるだけでよいのです。
そうなれば、このゲームのルールも変わります。エヌビディアに迫ろうとする各プレイヤーも、エヌビディア自身もこのことを当然理解しています。「誰が完全自動運転車を実現するか?」という戦いと同様、AI用半導体の覇権をめぐる戦いがさらに激しさを増していくことは確実です。
(Just_Super/iStock)
次世代自動車産業の中心に位置付けられるAI用半導体の重要性をおわかりいただけたのではないでしょうか。
そして彼らはすでにAI用半導体から、それを基軸とするソフトやプラットフォームまでを狙っているのです。
次は、AI用半導体に代表される自動運転テクノロジーとも関連し、次世代自動車産業を支えるエネルギー・通信について詳しく見ていきましょう。
※本連載は全4回続きます
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本記事は書籍『2022年の次世代自動車産業 異業種戦争の攻防と日本の活路』(田中 道昭〔著〕、PHPビジネス新書)を一部修正して転載したものである。