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僕も学校教育に一家言あるタイプなので、このような記事をみると我が意を得たりと反応してしまいたくなるのですが、記事の趣旨をそのまま受け入れて何かを言おうとすることのほうが「批判的思考」が欠如しているのではないかとも思ってしまうので、なにはともあれ元データを見てみます。
https://www.nier.go.jp/kenkyukikaku/talis/pdf/tails2018-vol2.pdf

たしかにピックアップされている批判的思考についての促す教育ができているかの回答をみると(p.13) 、非常に低いです。その数字はこの記事にあるとおりなのですが、一方で各国平均値が80%以上ととても高い、高すぎます。これは本当に教育の質を反映していると思いますか。これは甚だ疑問です。世界には自信がある教員が多いのだろうとは感じました。

さて、他のデータを見てみるとかなりの多くの項目で、日本の教員は低く数字を付けています。これは教育に関しての自己効力感を失っているように見えます。個人的にはそのことのほうがより気になります。

確かに批判的思考もそうですが、他のこともまるで上手くいっていると思っていないのです。これは教員自身がそのように思っているということです。つまり自信を喪失してしまっているのです。このことのほうが問題の根幹な気がします。

さらに一つ前のページに行く(p.12)と、教員たちの圧倒的に長い労働時間とリソース不足が見て取れます。さまざまな課外活動・事務などに時間をさいているようです。

このような状況からどのような解釈ができるでしょうか。私は、何よりもこの労働時間の問題が大きく立ちはだかっているように感じます。教員たちは忙殺され、自己効力感を失い、学習性アパシーになっているとすらいえるのではないでしょうか。

この状態で彼ら・彼女らに「能力不足」であるかのような見出しで論ずることはあまり建設的でも批判的精神があるとも言えない気がします。
昔からずっと言っているんですがCritical Thinkingを批判的思考と訳するのはかなりミスリーディングだと思います。事実、その定義は批判的に考えたり言ったりする事では全くありません。
批判的思考ができないのではなく、批判的思考を的確に言葉で表現する訓練ができていないというのが真だと思います。日本の教育では、自分の考えを言葉で(文章を書くのではなく話し言葉として)表現する経験の大切さが軽視され過ぎてます。話す前に自分の頭のだけで興奮してしまってます。冷静に相手の思考を推測しその上で説得するという経験を重ねることで初めて議論ができるのに、日本ではいきなり喧嘩になってしまいます。この辺りに日本の教育の問題があるのは確かです。
これはなかなか衝撃… Critical Thinkingは複雑化して答えがないこれからの社会を生き抜くために、再重要に近いスキル。世界の中で劣っているというより、ダントツの最下位… これはヤバいな…


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OECD(経済協力開発機構)の国際教員調査「TALIS 2018」では、授業において批判的思考を促すことがどれほどあるか、と問うている(対象は中学校教員)。肯定の回答(「A lot」「Quite a bit」)の比率を拾うと、日本は24.4%でしかない。対してアメリカでは82.3%にもなる。


「批判的思考とは何か」を深く考えてしまったのかもしれないが、ここまで他国と違うとは驚きだ。従順に飼い慣らされ、批判的思考の牙を抜かれた教員が、批判的思考を育む授業をするのは難しい。教員が考えないのに、子どもが考えるはずがない。以前、日本の若者の創造性や冒険志向は世界最下位というデータを出したが(「世界一チャレンジしない日本の20代」本誌、2015年12月1日)、学校でどういう授業を受けてきたかの違いかもしれない。
日本のダントツのワーストぶりに愕然とさせられる記事。しかし、首相が堂々と「前例打破」などという馬鹿げた理屈で法を犯し、この民主主義国家で、なんと独裁を始めてしまったのに、支持率が急落しない原因の一端だろう。
ぶっちぎりの最下位。イノベーション以前に教育改革かな「OECDの国際教員調査…授業において批判的思考を促すことがどれほどあるか…日本は24.4%でしかない」
マニュアル教員は、もういらない。