【西口一希】なぜ御社はマーケティングでつまづくのか

2020/8/27
NewsPicks NewSchoolでは、10月から「スタートアップグロース戦略」プロジェクトを始動。リーダーを務める西口一希氏は「スタートアップは素晴らしい事業やプロダクトを生み出しているにもかかわらず、そのポテンシャルを100%発揮できていない」と指摘する。なぜ多くのスタートアップは、大きくグロースできないのか?その真因を探った。(全4回)
全ては顧客ピラミッドから始まる
――なぜ西口さんは今回、独立することにしたのでしょうか?
西口 改めて独立というよりも、元々、兼業として行っていた自分のコンサルティング会社Strategy Partnersと、そこから新たに立ち上げた戦略調査を主務とするM-Forceに集中することにしました。
そのコンサルティング業務では、過去4、5年、経営者は幹部からの相談がとても多かったんです。
相談を受けてみると、一貫した共通の課題が見えていたのです。
みなさん、自社商品を「より売るための方法や手段」を模索しているのですが、そもそも、「誰に売るのか」という顧客をおよそ定義していないのです。
西口 一希/Strategy Partners 社長、M-Force 共同創業者
1967年兵庫県生まれ。大阪大学経済学部卒業後、P&Gマーケティング本部に入社。「パンパース」「パンテーン」「プリングルズ」「ヴィダルサスーン」などのブランドを担当。2006年ロート製薬に入社。執行役員マーケティング本部長として「肌ラボ」「Obagi」「デオウ」「ロート目薬」などの60以上のブランドを統括。2015年にロクシタンジャポン社長に就任。2016年にグループ最高利益達成、アジア人初のグローバルエグゼクティブメンバーに選出。2017年スマートニュースへ日米のマーケティング担当執行役員として参画。2年で日米累計5000万ダウンロード、上場前の時価総額1000億円超のユニコーン企業化に貢献し、マーケティング戦略顧問に。2020年6月現在、事業コンサルタントと投資業務を行うStrategy Partnersの社長。顧客戦略構築を行うM-Forceの共同創業者。
定義らしきものがあったとしても、実際には存在しない、もしくは、自社に都合がいい架空の顧客定義なのです。
「大局的にマーケット全体の顧客をもう一度見直して、その中で誰を選ぶか=顧客セグメントとプロダクトの組み合わせ自体を決める」というところから始めないと、目の前の課題を解決しても、ブレークスルーは起きません。
たとえば、社長に対して「御社が100%のシェアをとった時に、何人の顧客になるんですか」「そのうち、何人が現在の顧客なんでしょうか」と聞いても、答えられる人にはほぼ出会えませんでした。
要するに、どのマーケットを狙っているか定まっていない。
今、自社のブランドが、どれだけの人たちに認知されて、使われているか、もしくは、離脱が起きているかを把握できていないのです。
――顧客を定義するために、まずは何から始めるべきなのでしょうか?
実践 顧客起点マーケティング』にも記していますが、基本的な5つの顧客セグメントに分ける顧客ピラミッドの作成から始めるべきです。
これを作ることで、三角形全体を定義するマーケットの100%は何か? ロイヤル顧客と一般顧客の差は何か? どれくらい疎遠になった人を離反とするか?など、マーケットと顧客に対する考え方を社内で統一しなければなりません。
この三角形は一見作るのが簡単そうですが、社長含めて役員全員、そして顧客に対峙する全ての部門が、定義を確認する必要があるのです。これだけでも、経営層と現場の視界が定まってきます。
CRMや通販を手掛けている企業は、「ロイヤル顧客」「一般顧客」「離反顧客」の数字は、およそ把握しています。
一般ユーザーをロイヤル化したり、離反ユーザーを復帰させたりするための手は打っています。しかし、それを繰り返すだけでは、どこかで頭打ちしてしまいます。
新規顧客獲得のCPAは管理していても、この3層以外の非顧客の行動と心理の差を理解していない場合が多い。
高い確率で、認知しているけれどまだ使っていない人、つまり「認知・未購買顧客」が多数存在します。ここが極めて少なかったケースを僕は見たことがありません。
業界によって異なりますが、大手飲食チェーンの場合、離反顧客がとても多い。
普通に考えても、人は同じ店でずっと食べたいと思いませんから、一時期は来ていたけれども、最近、ずっと来ていないお客さんはすごく多い。
そして、認知しているけれど来ていない人や、未認知の人も結構います。超大手のレストランチェーンは、未認知層は少ないですが、中堅どころでは、「そもそも知らない」という人が結構多くいます。
他の業界でも、車業界を除くと、未認知層が多くいます。とくに、アプリなどのデジタルサービスは、未認知層がすごく大きい。
ですので、まずは、顧客ピラミッドの分布を把握した上で、どこに資源配分するかの戦略を決めないといけないのです。
ロイヤルユーザーも離反する
――調査の難易度は高いのでしょうか?
最近は、デジタルツールが発達しているため、データの扱いは各社とも大きく進化しています。少なくとも顧客の購買に関わる行動データの分析は進んできました。
しかし、「なぜそういう行動をしたのか」という心理データの分析までできるところは少数です。
「なぜその店でその商品を買ったのか」「なぜその数量を買ったのか」「なぜ突然買ってくれなくなったのか」については、推測止まりです。
マーケティングオートメーションのツールはたくさんありますが、心理データまではカバーし切れていません。
しかし、ちゃんと調査設計すれば、顧客の行動の裏付けとなる心理データ、認知データを取ることも可能なのです。
(写真:Igor Kutyaev/iStock)
ただ、その調査設計には、調査の専門性だけでなく、マーケティングの経験も必要なのです。「最終的にどんな打ち手があり得るか」まで知った上で調査しないと、何をユーザーに聞けばいいのか、わからないのです。
多くの企業は、自分のブランドについて聞きたい通り一遍のことを聞いてしまうのですが、顧客は、自社のブランドのことだけを考えてくれているわけではありません。
ほとんどの場合、顧客は競合ブランドなど複数のブランドを使っています。
たとえば、NewsPicksに課金している顧客は、他のアプリにも課金している可能性が高い。あるブランドのスーパーロイヤルユーザーは、高い確率で、他のブランドのスーパーロイヤルユーザーなのです。
――ということは、ロイヤルユーザーだからと言って、ロイヤルであり続けるわけではないということですね。
そうです。
ロイヤルユーザーの一定割合が、次の購買機会には、他のブランドへと移行します。業界によっては、ロイヤルユーザーの半分以上が1年以内に離反することもあります。
しかしながら、多くの企業はそれに気がついていません。ロイヤルユーザーと言うと、なんとなく離反しないイメージがあるため、一定割合で離反し続けているロイヤルユーザーを見てないのです。
多くの企業は、あまりロイヤルでない人をロイヤルにすることに力を入れるのですが、同時にロイヤルユーザーが逃げていってしまって、結局は事業が伸びないというケースが多くあります。
そうならないためにも、ロイヤルユーザーの離反理由をちゃんと捕捉して、対策を打たなければなりません。先ほどの顧客ピラミッドを、以下のような9セグメントに分けて、丁寧にフォローしたほうがいいのです。
こうした手法を、相談を受けた方に紹介し、書籍でも紹介してきましたが、実務に落とし込めないという相談が多かったので、実務に落とし込める戦略調査の専門会社(M-Force)を共同創業しました。
対象商品やサービスやブランドの顧客調査を行い、顧客ピラミッド(5segs)および9segsで分解分析を行って、顧客の戦略マップを創り、経営に生かします。
――西口メソッドをプロダクト化しているということですね。
いやいや私個人の技能の問題ではなく、この方法は汎用性があり海外でも実績が出てきましたので、一般的にわかりやすくStrategy Map(戦略マップ)と呼んでいます。
ちょっと不謹慎な言い方かもしれませんが、戦争をする時に、自らの陣営と、敵陣営の部隊配置をまとめた戦略マップなしに、いきなり攻撃は始まらないですよね?
それがなければ、まさにやみくもです。
でも実際のマーケティングの現場では、ターゲット顧客層を分解した分布図である戦略マップなしに戦いを始めてしまっているのです。
顧客ターゲットを定めず、全方位的にTVCMを開発し、無駄な投資をしてしまう。
GRPを積み上げれば、いくらかはターゲット顧客と思われる層にあたるので、多少反応はあるが、本来のターゲットでない層にも大量に届くので、勝ったとも負けたとも言えない。
ただし、非効率なコスト構造が故に、投資に継続性が持たせられない。
――スタートアップの中にも、そうした失敗が多くみられると指摘していますね。
ゼロイチで、特定の層にすごく支持されるサービスやプロダクトを作るという段階では、自分の思い込みでどんどんいけばいいと思います。もしくは、本当に尽くしたいと思う実際に存在する誰かのために。
しかし、1から10、10から100にスケールする時には、どこに次の顧客がいて、どこを狙えばその顧客にリーチできるかをしっかり見極めないと、無駄打ちになってしまいます。
年々、この問題は大きくなっています。昭和の時代とは異なり、いい商品を創って、いいサービスを創っても、バズったり、ヒットしたりしにくくなっているんです。
とくに2006年のiPhone発売以降、モバイル端末の急速な広がりの後に、傾向が加速しました。
iPhoneがマーケティングを変えた
結局、90年代までは、牧歌的な、4マスメディアの世界でした。どこかのメーカーが、新しい商品やサービスを創れば、それだけでニュースになったんです。他にネタもないですし。
学生にとっても、社会人にとっても、ニュースの元は4マスなので、職場で話題にします。「こんな新しいドリンク出たけど、飲んだ?」とか「新しいコスメがテレビに出ていたけど、あれはすごいよね」という会話がマスメディアから生まれていました。
それがインターネットの到来によって、だんだん分散し始めて、モバイルでさらに分散が加速しました。ネット上で拡散したとか、バズったと言っても100~200万再生ですから、当時の4マスに比べると、全然インパクトがありません。
すなわち、「いいものを作ったら、勝手に売れるだろう」というのが成立しない世の中になったのです。
スティーブ・ジョブズとiPhoneがマーケティングを変えた(写真:AP/アフロ)
僕はちょうと90年代からマーケティングやビジネスに関わってきたので、その変化を体で感じています。
2006年から14年までロート製薬で働いていたのですが、その間に、商品やサービスが一気にバズらなくなったんですよ。10代、20代はメディアルートが一気にモバイルにシフトして、コスメにしても、全然バズらなくなってしまいました。
ここ最近で、バズったコスメって思い当たりますか?
――シャンプーのTSUBAKIのCMは覚えていますね。
それは相当昔の話ですよ。2006年から展開しているブランドですから。
――それ以降、思い当たるブランドがありません。
そうなんですよ。
年代的な差異もありますが、何が流行しているかについて、ファッションやコスメに興味の高い10代、20代ならよく知っているかと言うと、そんなことはありません。
もちろん、10代、20代もコスメに詳しいのですが、情報取得はデジタルが中心で、みなが話す内容はバラバラです。
昔は、流行しているコスメというと、同世代で8割くらいは同じことを話していたんですが、当時と大違いです。ものすごく、細分化された、小さいマーケットに分かれている。
それぞれの小さなコミュニティでのヒットはあるのですが、プチヒットしか出てこないのです。
スタートアップのみなさんの中には、「いいものを作ったらバズる」と思っている人が結構いますが、それはもう神話です。
プロダクトが重要であることに変わりはないですが、いいプロダクトを創れば、勝手にうまくいくわけではありません。
より計画的に、どのセグメントを狙い、そのためにどのメディアを使うべきかを見極めて投資をしないと、効果は出ません。
スタートアップでうまくいっている会社は、メルカリにしても、ラクスルにしても、全部、ターゲット顧客の変化を冷静に見極めながら、拡大局面でTVCMで一気に投資してスケールさせています。
私は別にテレビ信奉者でもないですし、私自身、テレビはあまり見ていません。
しかし、ひとつの商品を多くのターゲットに届ける時に、テレビを超えるメディアは今もないのです。YouTubeもテレビに比べれば、まだ全然リーチがありませんから。
重要なのは、顧客の実態からマーケティングの手法を選択し、メディアも合わせて選ぶことです。
※明日に続く
(撮影:竹井俊晴、デザイン:九喜洋介)
NewsPicks NewSchoolでは、10月から「スタートアップグロース戦略」プロジェクトを始動します。スタートアップを成長に導く、「顧客起点の戦略」を実践するためのリアルコンサルティングプロジェクトです。詳細は以下の画像をタップしてご確認ください。