【小泉進次郎】環境を置き去りにした経済は、取り返しがつかなくなる

2020/8/13
 世界が脱炭素化に向かう中、石炭火力発電を続ける日本はこの潮流に遅れている──。はたして、この定型文は真実なのか?
 2019年12月のCOP25(第25回気候変動枠組条約締約国会議)で、小泉進次郎環境大臣は脱炭素化に積極的な姿勢を打ち出せず、国際社会から非難されたことは記憶に新しい。しかしその裏では、日本のエネルギー政策のターニングポイントとなる議論が進んでいた。
そして、2020年7月。1つの結論が発表された。
「石炭火力発電輸出の公的支援については、相手国のエネルギーを取り巻く状況課題や、脱炭素化に向けた方針を把握できない国に対しては支援しないことを原則とする」という内容だ。
長年議論のテーブルに載ることすらなかった日本の石炭火力政策は、いかにして動いたのか。
NewsPicks Studios CEOの佐々木紀彦が小泉環境大臣にその真相と、環境省としての今後の方針を聞いた。

石炭から逃げない。COP25の批判の真実

佐々木 小泉さんは就任以来、石炭火力政策に力を入れていますよね。「石炭に始まり、石炭に終わる」とも言われているとか。
小泉 はい。石炭政策をどうするかは、日本が脱炭素社会の実現に本気かを測る、リトマス試験紙のようなものです。
佐々木 先日、梶山経済産業大臣が「非効率な石炭火力発電は2030年までにやめていく」という発表をしました。そして、小泉さんも「石炭火力発電の海外輸出を支援しないことを原則とする」と発表しています。これは大きな一歩なのでしょうか?
小泉 はい、その通りです。国際社会からは、日本は石炭政策をかたくなに見直さないと思われ続けていましたから。
 経産省と環境省が、国内と海外輸出の両方で石炭火力発電の削減に踏み込んだのは初めてのことで 、日本のエネルギー政策の大きな転換点になったのは間違いありません。
 石炭火力は、日本の気候変動政策とエネルギー政策をつなぐ中心課題。ボウリングでいうところのセンターピンのようなものです。
 石炭火力の問題を動かすことで、日本のエネルギー政策全体の議論が活発になりました。
佐々木 COP25で日本は化石賞をもらいましたよね。日本は環境にいい取り組みもたくさんしていますが、1つのことにフォーカスされてたたかれました。これがすべての始まりだったのでしょうか?
小泉 やっぱり、人間たたかれると強くなりますよね(笑)。でも、これはいいきっかけにもなりました。
2019年12月2日~13日スペイン・マドリードで開催されたCOP25での様子。
 もともとCOP25のステートメントでは石炭火力問題を最大のポイントとしたのですが、残念ながら一部のステークホルダーと調整があわず、前向きな表明にはなりませんでした。しかし、それでもあえて石炭問題に触れ「これから我々は国際社会からの石炭の非難を受け止めて、脱炭素に向けたゆるぎない意志を示していく」というメッセージも同時に発信したんです。
 こうして率直に調整がうまくいかなかった点も伝えることで、国際社会からは「そこまで赤裸々に言うのか。ならば応援しよう」と受け止められ、その後のコミュニケーションがうまく進みました。
 前向きに今後の日本の動きを見ていこうと思ってもらえたのは、大きかったと思います。
 帰国後の国会でも石炭が取り上げられたのですが、こんなに石炭が話題になった国会はありませんでした。石炭が課題なんだということに日本中が気づき、政治も動かざるを得なくなった。COP25がターニングポイントになったと思います。
佐々木 COP25で石炭を取り上げる戦略は、ずっと決めていたんですね。
小泉 もちろんです。
 しかし省内からは「今はまだ前向きなことが言えないから、石炭を話題にするのはやめよう」という意見もありました。だけど、世界からもっとも関心を持たれていて、同時に一番批判もある「石炭問題」に触れずして、イノベーションばかりを口にするのは、逃げているだけだと私は思ったんです。
 ですから、「絶対に石炭の話に触れる」とチームで決めて臨みました。私としては批判が出ることは想定内でした。むしろ、批判を浴びるほど石炭に関心が集まらなければ、がんじがらめの状況は動かない。
佐々木 狙い通りだったんですね。
小泉 今年1月からの通常国会でも、COPでの発言が影響してか、石炭政策に関する質問が多く出たのですが、「どんどんしてほしいね」と環境省の中で話していました。

中立な議論をすべく立ち上げた「ファクト検討会」

佐々木 そして、4月から石炭火力発電輸出に関する有識者のファクト検討会を実施されました。どのような背景があったのでしょうか。
小泉 転機となったのは、ベトナムの「ブンアン2」という石炭火力事業です。
 日本の商社が出資していたのですが、実際のプラントの設計・調達・建設は、中国とアメリカが担っていたんです。
 従来は「日本が効率のいい石炭火力を輸出しないと、中国が粗悪な商品で業界を席巻してしまう」というロジックがあったのですが、ふたを開けてみたら、当の中国が受託していたわけです。これでは話が違うだろう、と。
 そこで、着目したのが「ファクト」だったんです。
佐々木 イデオロギーではなく、ファクトで中立的に議論しようということですね。
小泉 そうです。今まで関係者が錦の御旗にしてきたロジックや思い込みではなく、最新のファクトに基づけば客観的な議論ができるだろう──そんな考えもあって、会議の名前を「ファクト検討会」にしてほしいと私から提案しました。
 例えば、国内では石炭火力は安いと思われているけれど、海外を見れば再生可能エネルギーのほうが安くなっている。こうした現状を、ファクトを通して共有できました。これが、今回風穴をあける土俵づくりになりましたね。
 ファクトを見ると、真実は1つではないという側面が浮かぶこともあります。しかし、どっちが正しいという議論をせずに、みんなで共有できるファクト集を作ろうというマインドに持っていった点が、カギだったと思います。

「売れるから売る時代」ではない

佐々木 ファクト検討会がきっかけになり、原則輸出をしない方向に議論が進んでいった、と。
小泉 そうですね。ファクトをベースに見ていくと、もう「売れるから売る時代」ではないことが見えてきた。
 それを関係者で共有できて、議論がスムーズに進み、これまでの「ニーズがあって、買ってくれる人がいれば売る」という発想から「脱炭素を原則にしないと絶対に売らない」という方向に変えられた。これは、環境省のファクト検討会だけでなく、同時並行で経産省が実施した懇談会でも共有されました。
 去年まであった仕事を「今年からはやらない」と決めるのは、役人では難しい。でも、環境を置き去りにした経済は、あとで取り返しがつかない事態を起こすから、絶対にしてはいけない──それが環境省のアイデンティティです。
 とはいえ、環境省は残念ながら敗北の歴史も積み重ねていて、勝負をする前から勝てないと諦めがちになることもあります。
 でも、そこで声を上げなければ、政府の中で誰が声を上げるのか。そんな思いで私は戦ってましたが、環境省の事務方と話すと、今回の政策がうまくいくと思っていなかった人も多かった(笑)。
 「なんでこの人、勝ち目のない戦に挑んでいるのか」という見方をされていたようです。
佐々木 半沢直樹みたいな感じだったんですか?
小泉 そんなカッコイイものではないですけど、何話も作れるほどドラマはありましたね。

環境省として、前例のない仕事をする

佐々木 今回の取り組みは、環境省の歴史にとっても大きな出来事なんでしょうか。
小泉 7月9日に今回の見直しに関する記者会見をしたのですが、終わって部屋に戻ってきたときに、職員の1人が「これは金字塔だと思います。本当におつかれさまでした」と言ってくれたんです。
 その方は、激しいやりとりをした相手でもありました。でも、何度も議論を重ねて、最後まで支えてくれた。だからこそうれしかったですね。
佐々木 「原則輸出しない」ことで、どんな変化が起こるのでしょうか? また、これは国内に向けても「石炭火力は減らす」というメッセージになるのでしょうか?
小泉 途上国はこのままだとCO2排出量は相当増えますし、彼らはパリ協定の目標達成に向けた長期戦略も作っていません。こうした国に対して、単純に「電力が必要だから石炭火力を作ります」「電力の支援をします」ではなく、いかに脱炭素の方向に伴走していけるか。
 伴走支援の中には 、「再生可能エネルギーの導入をどう支援するか」「どうやって既設の非効率な石炭火力から、より脱炭素な仕組みへの転換に支援をするか」ということが含まれます。将来的にはCO2を排出しないゼロエミッション火力の導入という取り組みも出てくると思います。
 国内では、梶山大臣がリーダーシップを発揮されて、2030年までに低効率な石炭火力のフェードアウトするための具体化をすると発信されました。一部批判もありましたが、これは2年前に閣議決定されたエネルギー基本計画に書いてあること。
 世の中が脱炭素の方向にものすごいスピードで向かっているのは明らかですから、民間企業にもそれを先取りして動いてもらいたいと思いますね。

コミュニケーション戦略の見直しが必要

佐々木 今回の見直しは必ずしも「石炭=悪」と定義としたわけではないですよね。
小泉 二酸化炭素排出量の少ない技術もありますが、ただ、国際社会からみれば「石炭=悪」。「クリーンな石炭」は存在しないと言われるわけです。
 そのうえで、日本が見直さないといけないのは、コミュニケーション戦略です。
 今までは石炭火力の批判に対して、日本は「我々の石炭火力は世界最高水準です」とアピールしていました。しかし、これではまったく世界に響きません。
「でも、石炭だろう」「最高水準の石炭火力より従来型の天然ガス火力のほうが、CO2を出さないのでは?」と言われてしまう。
 日本はこうした概念的なコミュニケーション戦略から脱却して、データやファクトに基づいたコミュニケーション戦略に移行しなければいけない。
 この点も含めて、次のCOP26にどう臨むか。現時点で間違いなく言えるのは、前回のように私が批判され、日本が悔しい思いをするCOPにはならない、ということです。その一歩が、9月3日に開催されるオンラインプラットフォームです。
 今年開催予定のCOP26が来年に延期されましたが、何も議論されない状況はよくない。そこで、私からオンラインで各国集まろうと提案し、ドイツのメルケル首相やグテーレス国連事務総長の賛同もあって開催が決まりました。既に多くの国の閣僚の参加が内定し、 議長は私が務めます。
 日本が場を作る提案をして、議長をする。こんなことは今まではなかったと思いますし、気候変動の会議での議長は、京都議定書が採択された1997年のCOP3以来のことです。
 石炭を批判される日本がそこから一歩脱して、気候変動外交でリーダーシップを発揮することもできるんです。これはものすごく大きなこと。オンラインプラットフォームでも、石炭の前向きな政策変化はしっかりPRしたいと思います。

気候変動コミュニティで存在感を高める

佐々木 今までできなかったことを、なぜ小泉さんは実現できたと思いますか?
小泉 石炭で戦う姿を、国際社会が見てくれたからだと思いますね。国連関係者の中には、「彼は石炭ファイターだ」と言ってくれる人もいるらしいので。
佐々木 いいネーミングですね。
小泉 グテーレス国連事務総長が4月に開催された国際会議で「He is fighting」と、わざわざ私の名前を連呼して話してくれた。COP25の期間中にグテーレス事務総長や各国と何度も議論して人間関係を築けたことも、開催について賛同が得られた要因だと思います。
 日本は環境にいい取り組みもしているのに、石炭一色で批判されるのは、大臣として非常に残念です。現状石炭は大きな儲けがあるわけでもなく、いくら東南アジアでニーズがあるとはいえ、衰退産業です。世界から批判もされて、割に合わない。
 また、国内外の10〜20代の若い世代が気候変動に前向きな活動をしようと声を上げる中で、大人が少しでも行動で応えていかなければという思いも強くあります。気候変動の影響を誰よりも受けるのは、これからの世代ですから。
 石炭を守ることばかりにこだわっていたら、次世代のことを日本が真剣に考えているのが伝わらない。
 気候変動コミュニティで存在感を示すとともに、メッセージをどうデリバリーするかも、日本にとって大事なテーマだと思います。
佐々木 これまでは世界の気候変動コミュニティに近くで触れる人がおらず、日本が世界にどういうメッセージを発信すべきか、どうしたら国際社会を動かせるかの感度が低かったのかもしれませんね。

エネルギー政策のタブーが1つ崩れた

佐々木 9月のオンラインプラットフォーム、来年のCOP26では、日本としてどんなメッセージを発信していくつもりですか?
小泉 COP26は2021年11月開催なので、十分に議論する時間があります。
 今後、環境省と経産省が合同で、地球温暖化対策計画の見直し作業を進めていきます。エネルギー基本計画の見直しに向けた議論も始まるでしょう。これらをすべて整えてCOP26を迎えることになります。
 そのときまでに、日本が掲げる目標と取り組みの強度を、どこまで高められるか。そして、日本=石炭ではなく、日本が再エネと脱炭素政策をより一層加速させ、環境先進国として復権を果たす。
 間違いないのは、今回の石炭火力政策の見直しがきっかけとなり、環境省、経産省、政府で、より自由な議論ができるようになったことです。
佐々木 1つのタブーが崩れたわけですね。
小泉 そうです。石炭政策の見直しの余波は石炭だけに収まらない。
 ボウリングのセンターピンが倒れないとストライクが取れないように、石炭政策の見直しは気候変動政策とエネルギー政策を次々と連動させて、ドミノ倒しで1つずつ政策を動かしていくきっかけになりました。
 これが、今回の石炭火力政策の見直しに強い思いを込めた理由です。まさに、石炭政策の見直しは、コロナ後の新たな経済社会を脱炭素社会に移行させるセンターピンですね。
(構成:村上佳代、編集:川口あい、撮影:小池大介、デザイン:小鈴キリカ)