組織のあり方が大きく変わり、オンラインでの業務も増えるなか、一つひとつのコミュニーケーションの質が問われている。とりわけリーダーに求められるのは、未来を創造し導くための「語るスキル」だろう。

本連載では伊藤羊一氏・澤円氏による書籍『未来を創るプレゼン 最高の「表現力」と「伝え方」』から全4回にわたってエッセンスを紹介する。周りを巻き込みながら自分なりの変化やシフトを生み出すヒントとは。

プレゼンは相手との「対話」である

プレゼンは事前準備をしっかりして、いろいろな選択肢を手元に置いておくことが重要になります。
かつ、本番では準備したものをすべて話すのではなく、その場の空気感や聞き手の反応によって、その都度内容を変えていくことがとても大切です。
これは、実は特別難しいことではありません。なぜなら、みなさんは日頃から、同じことを様々な場所で行っているからです。それは、こういうことです。
プレゼンは相手との「対話」である。
「プレゼン」と気負って難しく考える必要はまったくないのです。その場その場で、相手と「対話」をするように、お互いの反応を交わし合っていけばいいだけのこと。そうすると、論理的に話すというよりも、心と心のキャッチボールをしているような状態に近づいていきます。
実は、みなさんはこれを毎日、一対一の関係では何度も行っているはずなのです。
プレゼンは相手との「対話」だと考えて、勇気を持って自分の想いや考えをていねいに話していくこと。AIの音声が話しているかのように言葉を発するのではなく、常に相手の反応を見ながら、話す内容や声や表情も変えていく。
その場にいる人たちと、そんな「対話」ができるかどうかが、まさにプレゼンの成否を左右します。
結局のところ、いくら論理的に話したところで、相手のなかにうまくイメージが湧かなければプレゼンの内容は理解できないし、ましてやそこから動くことなどできません。プレゼンのストーリー(流れ)というものは、相手の心のなかのキャンバスの描かれ方によって、1回1回変わっていくものなのです。
だからこそ、「人前で話さないといけない!」と気負わずに、「対話すればいいんだ」と、余裕を持っておくのはとても大事なことだと思います。

現在→過去→現在→未来

ここまで、プレゼンを成功させるうえで、もっとも大切になる考え方と、それを実践する方法について紹介してきました。ただし、先に少し触れたように、「人を動かすプレゼン」に共通する、基本的な構成のフレームワークは存在します。ここではあなたのプレゼンの成功率をより高めるために、必要なノウハウを簡潔に紹介していきましょう。
まず、僕がプレゼンをはじめ、議論のファシリテーションなどをするときにも心がけているフレームワークがこれです。
現在→過去→現在→未来
これは、広報コンサルタントの平野日出木さんが『「物語力」で人を動かせ!』(三笠書房)で提唱しているフレームワークです。これを意識してプレゼンや議論を組み立てれば、より説得力を強めることができます。
先に、プレゼンは「人を動かすこと」と書きました。すると、もっとも大切なのは、当然ながら未来のアクションです。つまり、プレゼンでは未来について、その行動の契機となるビジョンを語る必要があるわけです。
しかし、未来はそれ単独で存在しているわけではありません。あたりまえですが、未来はこの「いま現在」とつながっているものです。したがって、現在のことを語らずに、「未来はこう変わろう!」なんていっても、説得力が生まれません。未来というものは現在の延長線上にあるのです。
たとえば、自動車会社を例に挙げると、「自動車はもはや『買って乗るもの』ではないかもしれない」という現状があるからこそ、「モビリティの仕組み全体をつくる会社になる」という未来のビジョンが生まれるわけです。
現在の延長線上にある未来とはこのような意味であり、現在とつながっていない未来をいくら語ったところで、夢はあっても説得力はありません。
では、その現在はどこから来ているのかといえば、必ず過去から来ています。
たとえば、「これまで自動車は『買って乗るもの』だと思われてきた」ということですね。そんな過去の姿を正しく知ることで、いま現在のようになった「理由」を、説得力を持って伝えられるわけです。
過去の話は、多かれ少なかれみんなが経験していることなので、その場で共有しやすい素材でしょう。そして、プレゼンや議論では、いきなり未来や過去の話をするのではなく、まずみんながいま共有している「現在」の話から入るといい。
そこから過去に向かっていき、現在のようになった理由を探っていく。そのうえで、ふたたび現在に戻ってくる。
このようなプロセスを辿ることで、現在を「再解釈」することができて説得力が高まります。同じ現在のことを語っていても、いったん過去を踏まえることで、見えなかった理由が明らかになって現在の見え方がまったく変わるのです。
そして、そんな話を情報として示してから、最後に「未来をどうするべきか」を語っていきます。すると、プレゼンの結論に説得力が増し、議論なども深まり、いいかたちで未来の話へ誘導することができるのです。
これは、個人の人生の話でも同様です。
過去を振り返って、「あれはつらかったな」「このときは楽しかったな」だけで終わっていてはダメだということです。
その出来事が「自分にとってどんな意味があったのか」を考えるのが、「過去を振り返る」ということ。そのように振り返るからこそ、いま現在の状態をより正しく認識することができます。
そして、それを自分の将来の道筋に有効に活かすことができるのです。

「AIDMA」で整理すれば、相手の気持ちを動かせる

次に、僕のプレゼンの骨格の部分に使用している、いわばプレゼンの「設計図」ともいうべきフレームワークをお伝えします。
それが、マーケティングのフレームワークとして知られる「AIDMA」です。「AIDMA」は、広告や宣伝の世界で使われるもので、消費者がモノを知ってから、購入に至るまでの心理プロセスを表したものとして知られています。
A:Attention(注意)
I:Interest(関心)
D:Desire(欲求)
M:Memory(記憶)
A:Action(行動)
このフレームワークに従えば、相手を「動かす」プレゼンの設計図を描くことができます。

「Attention」スッキリ・カンタンな言葉で引きつける

まず、プレゼンでは相手の注意を引くことが必要です。いわゆる「つかみ」もこれに含まれますが、最初だけ注目させても意味がありません。大切なのは、プレゼン中ずっと注意を向け続けてもらうことです。
そこで、聞き手を迷子にさせないために、言葉づかいや資料のスライドなど、すべての要素で「スッキリ・カンタン」を心がけましょう。たとえば、言葉はとにかく文字数を減らして、短く言い切ることが大切。「基本的に〜」「〜の観点で」といった余計な表現はどんどん削り、中学生でも理解できる言葉だけを使います。
また、スライド作成の原則は、「1スライド・1メッセージ」。僕がスライドをつくるときは、先にひとつのメッセージだけでスライドをつくっていき、文字のみのスライドを読むだけで意味をなすかどうかをたしかめてから、図表などをあとから加えていく方法にしています。

「Interest」結論+根拠+たとえば

聞き手に関心を持ち続けてもらうには、「うん、うん」とうなずきを繰り返してもらえるような、理解しやすいロジカルな骨組みが必要です。
そこで、とくに説明部分は、「結論+根拠+たとえば」を意識して組み立ててみましょう。まず「結論」を伝え、次にその「根拠」を示し、最後にその例となる「たとえば」をつける。
すると聞き手は、結論をてっぺんにして、話の骨組みがつながったピラミッド型で、ストーリーをロジカルに理解することができます。
注意したいのは、ここでいう「結論」とは単なる知識や情報ではなく、知識や情報をもとにして導き出した「考え(主張)」だということ。また、結論と根拠がつながっているかどうかは、最後に、「〜だから(根拠)、〜である(結論)」という文章にあてはめると確認することができます。
ちなみに、「根拠」は3つ挙げることを目安にするといいでしょう。

「Desire」イメージを描いてもらう

シンプルにロジカルに伝えれば、その内容を理解してもらえます。ただ、それだけではなかなか動かないのが人というもの。そこで、先に書いたように、相手の「心のキャンバス」に、ていねいに色を塗り重ねていき、相手にイメージを描いてもらうプロセスが非常に重要です。
加えて、聞き手が思わず目を瞑つむって、「いいねえ」と自分にあてはめてイメージできるような写真やイラスト、動画などのビジュアル素材を使ってもいいでしょう。
「想像してみてください」「もしこうなったら素敵だと思いませんか?」といった言葉を投げかけたあとで、ビジュアルをスッと挟むなど、聞き手に「イメージに入ってきてもらう」アプローチも効果的です。

「Memory」超ひとことで

人は「いいねえ」と心が動いても、多くの場合、残念ながらそのことをすぐに忘れてしまうものです。そこで、自分が伝えたいことのすべてをひとことで要約した、
「超ひとこと」を考えてみてください。このとき参考になるのが、CMのキャッチコピーです。たとえば、森永製菓株式会社のチョコボールなら、「クエッ、クエッ、クエッ、チョコボ~ル♪」と歌っていて、「とにかく食べて」といっているだけなのですが、凄く記憶に残りますよね?このような一発で覚えてもらえて記憶から離れない、印象的なひとことを考えてみましょう。

「Action」熱い想いで動かす

相手を「動かす」ためのプレゼンのフレームワークで、最後に必要になるのは話し手の情熱や「想い」です。これについてはのちに紹介します。
気づいてもらい、関心を持ってもらい、「いいね」と思ってもらい、覚えてもらい、熱い想いを胸に帰ってもらうこと。これが、僕の人を動かすプレゼンの骨格をつくっています。

軽々しく受けて、失敗し、振り返る

プレゼンの骨格を押さえたうえで、いいプレゼンに共通する、とくにアクセントとなる要素があります。それが、エピソードです。
AIDMAでいうなら、エピソードというのは、主にIの「たとえば」にあたる部分に挿れるものであり、かつDの「イメージ」を湧かせるものでもあります。プレゼンを聞いた人の印象に残すという意味では、この部分が重要な要素になることがよくあります。
では、聞き手の印象に残るエピソードは、どのようにつくればいいのでしょうか。これについては、「自分の経験に勝るものはない」と考えています。
なぜなら、自ら経験したものをもとにして語らなければ、深い説得力は生まれないからです。本やウェブサイトで情報を仕入れたところで、それはほかの多くの人も知っている話に過ぎません。
もちろん、それらを読むこともひとつの経験ではありますが、他人が書いた本やウェブサイトにある記事を読むよりも、自分が経験したことのほうが、よりリアルな言葉で表現できるはず。
これはビジネスでも同じことです。人と同じ経験をしていては、差別化はできません。ちがいがあってこそオリジナリティが生まれ、それがユニークなビジネスにつながっていくのです。
あくまで、ふだんの自分の経験のなかからエピソードを集めて、ストックしておき、流れのなかで差し込んで使っていく。そんなサイクルを回していくためには、自分の経験をもっと増やしていく意識を持っておいたほうがいいでしょう。
では、どうすればそんな経験をたくさんすることができるのでしょうか?それは、もうこれしかありません。
失敗すること──。
とにかく、恥ずかしい思いをたくさんする。
失敗すると、自分のなかで「あちゃー...」みたいな気持ちになるでしょう。その恥ずかしさや情けなさがあるからこそ、「次こそはうまくいくようにしよう!」と思ってがんばるわけです。
僕は、ものごとはできれば成功したほうがいいとはまったく思いません。それよりも、とにかくどんなことでも「やってみること」が大切だという考えを持っています。
成功したらそれはそれで素晴らしいのですが、失敗したらそれよりも多くの学びを得られます。
いまの若い世代の人たちは、失敗したがらない傾向があるかもしれません。人から怒られたり、あきれられたりすることを恐れ過ぎている面があるようです。でも、それは本当にもったいないこと。
失敗する経験を積むためのコツは、どんなことでも「軽々しく引き受ける」ことにあるかもしれません。そして、まずはやってみる。失敗して非難されるのが嫌ならば、非難されないためにどうすればいいかを一生懸命考えるのです。
不思議なことに、どんなことでも一生懸命取り組んでいたら、失敗してもそれほど非難はされないことがほとんどです。なぜなら、がんばっている人を人は責めにくいものなのです。
軽々しく受けて、一生懸命やって、失敗したら振り返る。
このサイクルを回していくと、やがていろいろなことが起きても、「別に大丈夫だ」「これくらいはどうにかなる」と思える自分になっていきます。
そして、実際にそれに対応できる力も少しずつついていき、同時に失敗から貴重なフィードバックを得られるので、実践的な力がどんどん磨かれていくのです。
そのような自分のなかの有機的なシステムが、ちゃんとできあがっているかどうか。これらのことは、将来リーダーとして人になにかを伝えたり、動かしたりするときにも、欠かすことのできない大切な要素になるでしょう。
※本連載は全4回続きます
(バナーデザイン:國弘朋佳)
本記事は書籍『未来を創るプレゼン 最高の「表現力」と「伝え方」』(伊藤洋一・澤円〔著〕、プレジデント社)の転載である