スマホで誰もがライブを体感。オンライン配信の360°VRが変えるエンタメの未来

2020/8/27
コロナ禍により大きな影響を受けているエンタメ業界。リアルな場のライブや舞台は徐々に復活を見せつつあるが、状況はまだまだ厳しい。そんな中、エンタメの新しいカタチとして存在感を示しているのが、「オンライン配信」だ。

なかでも注目を集めているもののひとつに、2019年12月にNTT西日本グループが新規事業として立ち上げたマルチアングルVRサービス「REALIVE360(サンロクマル)」がある。

withコロナ・afterコロナを見据えた、新しいエンタメのカタチ、VRオンライン配信の可能性を探る。

360°自在にアングルを動かせるVR配信

熱気あふれるパフォーマンスのライブ映像が映し出されたスマートフォン。
画面の角度を動かしたり、指でスライドしたりすると、映像はステージ前中央、会場全体を見渡す後方、左右、そしてステージ後方からアーティストの背中越しに客席を眺めるアングルまで360°自在に動かすことができる。
これは、NTT西日本グループのエヌ・ティ・ティ・メディアサプライが、VRコンテンツ制作会社アルファコードなどと提携して始めた「REALIVE360」のVR配信サービスの様子だ。
キャッチコピーは「ライブ会場に瞬間移動 VRで未来型ライブ体験」
4K/8Kの高画質VR映像を、複数のアングルからユーザーが観たいアングルを自由に選択する。各アングルから聴こえる音のリアルさにもこだわった立体音響。平面映像だけのオンライン配信にはない、臨場感がここでは味わえる。
※「REALIVE360」はエヌ・ティ・ティ・メディアサプライ株式会社が提供するサービスです。
※各コンテンツにより画質は異なります。
※パノラマ超エンジンとは、NTTテクノクロス株式会社の登録商標であり、独自のアルゴリズムで観ている部分のみを高画質に再生し、低帯域、低負荷で配信する技術です。
※スマートフォン・タブレット端末により、一部ご覧いただけない機種がございます。
※3G/4G/LTE 回線でご視聴頂くと、ご視聴中にデータ通信量が月内で決められた上限に達してしまう場合がございます。Wi-Fi 接続でのご利用をお奨めします。

ライブイベントが抱える数々の課題

実際にREALIVE360の映像を見た湘南乃風のSHOCK EYEは、「すごいね、ワクワクする。湘南乃風でやるなら、どんなことができるんだろうと、思わず考えますね」と興味を示し、全国一の聴取率を誇る大阪のFM802で看板DJを務める中島ヒロトは、「これまで体験したことがない感覚。音もすばらしい」と絶賛する。
NTT西日本 ビジネスデザイン部で新規事業を担当し、REALIVE360の責任者でもある笹原貴彦は、その魅力を次のように語る。
2005年に新卒でNTT西日本に入社。法人営業部に配属される。2014年に社内制度を利用してアメリカに2年間留学し、MBAを取得。2016年よりビジネスデザイン部所属。REALIVE360など、多くの新規事業を担当する。NTT西日本の出資に伴い、アルファコード取締役役員に就任。
「VRはエンタメコンテンツとして、大きなポテンシャルがありますが、VRゴーグルなど専用機器が必要というハードルも大きなものでした。そのハードルをなくしたのがREALIVE360。スマホアプリで誰もが手軽にVRを体感し、その場にいるかのようなリアル感を楽しんでいただけます」
これまでのライブイベントは、さまざまな課題を抱えていた。
観客は決められた時間を確保して会場に移動するという時間的制約があり、アーティストやイベンターにとってはチケットのニーズ(人気)と会場の収容可能人数の差が機会損失にもなっていた。
それらの課題を解決するひとつの答えが「REALIVE360によるVRオンライン配信」といえるだろう。オンライン配信のニーズが高まる中、よりリアルに近い感動を伝えられると、エンタメ業界から熱い視線を集めているようだ。

「エンタメ業界の常識」という壁

そもそも、なぜ、大手通信会社のNTT西日本がエンタメ事業に参入するのか。
「固定電話などのこれまでの通信インフラ事業だけでは、今後、生き残れないという危機感がある。将来を見据えた次の柱となる新規事業をつくることは、会社にとって大きなミッションです。我々の技術力を生かせるものであれば、どんな業界、分野でも挑戦していきたいと考えています」(笹原)
笹原たちが新規事業の種があると見つけたのが、エンタメ業界だった。2018年から、VRコンテンツ制作のアルファコード、東京大学との協働で、REALIVE360の前身となるサービスのビジネス化に取り組み始めたという。
技術的な試行錯誤を繰り返しつつ、まずぶつかった壁がエンタメ業界に精通したパートナー探しだった。
「最初のメンバー企業はいずれも技術に強みのある企業で、ソフトであるエンタメに詳しい会社にパートナーとなってもらうことは欠かせませんでした」(笹原)
エンタメ業界のことは、まったくの素人。最初はやみくもにレコード会社の音楽レーベルを訪ねることから始めたという。しかし、そこで、「エンタメ業界特有の常識」が立ちはだかる。
「例えば、当初はユーザーが映像だけでなく、音も自由に選択できるようなサービスを考えていたんです。自分の推しメンの歌声だけを聴ける、ギター少年はギターの音だけ聴けるようにする、というイメージです。
それを意気揚々と説明したら、レコード会社の方から“僕らがつくったベストミックス音源をわざわざ解体するということですか?”と言われて。その場が凍りつきましたね(笑)」
自らをポジティブな性格という笹原は、そんな業界の冷ややかな反応にもめげなかった。熱い思いでエンタメ業界の扉を叩き続けているうちに、興味を示す企業が現れる。
その結果、熱烈なファンの応援があるライブが定評の「ももいろクローバーZ」の協力を得ながら、REALIVE360の開発が具体的にスタートしていく。ももクロのファンには実際にVR配信ライブを体験してもらい、その数々のフィードバックも原動力に……。

体験格差を解消。イベントの“ユニバーサルデザイン”

2019年12月にサービスを開始したREALIVE360だが、春からのコロナ禍で状況は一変した。
音楽ライブや演劇などの公演は次々と延期や中止に追い込まれ、音楽業界ではアーティストやスタッフ、ライブハウスは厳しい状況に置かれていく──。
一方で、過去の音楽ライブのオンライン配信、無観客ライブの生配信など、「オンラインで音楽を楽しむ」ことへの認知は大きく広がった。
6月から予定していたライブツアーが延期となった湘南乃風。SHOCK EYEは生ライブとオンライン配信について次のように語る。
レゲエグループ・湘南乃風のメンバー。ポルノグラフィティの新藤晴一らと結成したTHE 野党のボーカルでもある。「歩くパワースポット」の異名を持ち、2020年3月から個人で主宰するオンラインサロンもスタート。著書に『歩くパワースポットと呼ばれた僕の大切にしている小さな習慣』『歩くパワースポットと呼ばれた僕の大切にしている運気アップの習慣』(ともに講談社)。
「ライブは生(現場)が絶対一番だということは変わらないと思います。お互い同じ空間で、同じ温度や湿度で、その音を聴いて一体感を味わうのは、生だからできること。
ただ、発想を変えると、それができない今は、新しいことをするチャンス。そういう意味で、REALIVE360にはすごく可能性を感じます」(SHOCK EYE)
笹原も、REALIVE360がめざすのは、「生(現場)との共存」だと断言する。
「もちろん、現地で生のライブを体験できるのが一番です。しかし、それができないケースもたくさんあるはずです」と笹原。
確かに、今のコロナ禍という状況だけでなく、地方ではライブ開催のチャンスが少ない、子育て家庭や高齢者、障がいを持つ人がライブ会場に足を運ぶのは大変という課題は以前からあったはずだ。
「そういう機会格差、体験格差を埋める一歩として、リアル感にあふれたREALIVE360は適したツールなんです」
イベントのユニバーサルデザイン──。
地方や都市部の体験格差を解消し、誰もがエンタメを楽しめる社会の実現を笹原は志向している。これは、笹原が自ら生み出すサービスの指針としている言葉でもある。
「さらにいうと、自分でアングルを選ぶことで、より能動的・積極的にライブが楽しめ、体験価値がアップします。そこに、生ライブと、平面のオンライン配信・テレビなどとの中間のポジションとしてのニーズがあると考えています」(笹原)
笹原のいう「イベントのユニバーサルデザイン」は、NTT西日本が掲げる「ソーシャルICTパイオニア」にも通じるものだろう。
「NTT西日本には、新たな技術を現実に使えるようにすることで、地方やお年寄り、デジタルに詳しくない人など、あらゆる人の生活を便利するという、社会的な役割と責任があります」と笹原は語る。
「僕も、もともとアナログ派だったんですが、NTT西日本に入社したことで、ICTを活用するとしないとで、生活の利便性が大きく違ってくると実感しています。
誰もが簡単にICTを使えたら、世の中はもっといい社会になっていくのではないでしょうか。それがソーシャルICTパイオニアとして、NTT西日本がめざす世界です」(笹原)

ライブ空間に吸い込まれていくような新感覚

8月からは、在阪ラジオ局のFM802とコラボしたプロジェクト「REALIVE360 VR ZONE」による、VRのライブ映像配信もスタートする。
FM802は、フェスやライブハウスイベントなど、日本で一番多くイベントを手がけているラジオ局といわれている。NTT西日本のVR技術と、FM802の持つイベントノウハウやアーティストとの関係性が組み合わさることで、実現したプロジェクトといえるだろう。
すでにいくつかのバンドがVRライブを収録。中島がDJを務める「THE NAKAJIMA HIROTO SHOW 802 RADIO MASTERS」でも、その魅力を伝えていくという。
地元・熊本でラジオDJとしてデビュー。現在は大阪を中心にFMのDJやTVのパーソナリティ、ナレーション、イベントMCなどで活動中。番組・イベントの企画・構成チーム「ユージュアル・クリエイツ」の代表。FM802では1994年からDJとして番組を担当し、現在は「THE NAKAJIMA HIROTO SHOW 802 RADIO MASTERS」に出演。
「このプロジェクトで、コロナ禍で大変な状況にあるアーティストやライブハウス・音楽関係者の力になれたら、とも考えています。
ただ、VR配信というスタイルは、afterコロナのエンタメでも十分残っていくものだと感じています」と中島は、VR配信が普及するエンタメの未来を思い描いている。
初回収録のアーティストは、大阪のヒップホップバンド「韻シスト」。キャリアが長くライブの見せ方も上手いと、中島が推薦したバンドだ。メンバーは、VRならではのカメラワークを意識し、自由に動き回りながらパフォーマンスを熱演。
収録に参加した中島は、現場で「これ、すごいな」と感動に震えていた。
「VRライブ映像のアングルを動かしながら見ているうちに、ライブ空間に自分が吸い込まれていくような感覚になるんです。まるで自分の周りでメンバーがパフォーマンスをしてくれているような…。
そういう感覚は、実際のライブでも体験したことがありませんね」(中島)
手応えを感じた韻シストのメンバーも、いつも以上にパフォーマンスを立体的に構成し、収録を楽しんでいたという。そんなライブの興奮、新しい体験への感動を、中島は素直な言葉でリスナーに届けたいという。
「僕の役割は、難しい仕組みを解説することではなくて、REALIVE360で感じた感動をリスナーにわかりやすく伝えること。それはシンプルに“すごい”とか、“未来だ”という言葉になるのかもしれません。でもきっとそれがリスナーの心に一番届くと思っています」(中島)
アーティストとしてVR映像からライブパフォーマンスへのヒントを感じたというSHOCK EYEも、新しいライブのあり方に心を躍らせている。
「湘南乃風のライブでは、メンバーやお客さんがタオルを振り回すのがお約束ですが、メンバーのタオルにカメラを仕込めたりしたら面白いなあ、なんて思ったりもしました。
それが技術的に可能かどうかは別として、そういうニッチな発想がどんどん膨らんで、アイデアがわいてきそうです。REALIVE360のようなサービスがきっかけとなって、ライブのあり方も大きく進化するとしたら、すごく楽しみです」(SHOCK EYE)

エンタメ業界のDXを牽引する存在をめざす

マルチアングルでの360°VR映像のパフォーマンスを「より効果的に見せる」ことは、笹原たちの今後の課題でもある。
「長方形よりも円形のステージのほうがVRのよさを体感しやすいし、演者のパフォーマンスも360°を意識したVR用の演出にするというのも、追求していきたいですね」(笹原)
演者に観客の反応がわかるような双方向機能や、東京や大阪など離れた場所でライブに参加するユーザー同士をつなぎ一体感を強める仕組みなど、笹原の頭にはまだまだアイデアが詰まっている。
双方向機能は、SHOCK EYEもリクエストする。
「視聴率のように。今、ボーカル前のカメラは何人で、ギター前は何人が見ているというのがリアルタイムにわかると面白いかもしれない。このアングルのこのパフォーマンスが受けている、というのがわかれば、ライブパフォーマンスに工夫のしがいがありそうです」(SHOCK EYE)
いっぽう笹原は、サービスの認知拡大に向け、熱く思いを語る。
「REALIVE360にはまだまだポテンシャルがあるし、さまざまな方と連携させていただくことで、それをどんどん引き出していきたい。オンライン配信が盛り上がっている今こそ、チャンスだと考えています」
REALIVE360は、エンタメ業界にDXの大きな波をもたらし、新しい扉を開ける存在となれるのか。挑戦はまだまだ続く。
(編集:奈良岡崇子 写真:合田慎二<笹原氏>、大畑陽子<SHOCK EYE氏> デザイン:小鈴キリカ)