“ファミコン理論”で攻略。物流情報プラットフォームを構築

2020/7/16
 これまで誰も成し得なかった物流業界のデジタル化に果敢に挑むスタートアップが存在する。
 大和ハウス工業、アスクル、日野自動車など大手企業との提携を次々と決め、共創型プラットフォームとして飛躍しようとしているHacobu(ハコブ)だ。
 その背景には物流に対する深い危機意識と、古い慣習を打ち破ろうとする“使命”とでもいうべき強い情熱がある。なぜ、いま物流の変革を進める意義があるのか? 佐々木太郎CEOが語る。
 本連載は、次世代モビリティをテーマにした番組「モビエボ」と連動。番組に登場するイノベーターの取り組みやビジョンを、さらに深掘りしていく。
「ファクス」「紙」「手書き」が当たり前
──「物流クライシス」などといわれることもありますが、最大の課題は何でしょうか。
 物流業界では、各社の最適化が全体最適になっていないのが大きな課題です。まずは、物流の現状からお話しさせてください。
 例えば、ある大手総合スーパーの物流センターでは、「明日、どんな商品をどれくらい届けるか」という内容のファクスが毎日、メーカーから100枚くらい届きます。それを机の上に並べて、トラックに到着してもらう時間を調整し、手書きで記入してファクスで返送します。
 全部、紙。デジタルデータのように広く閲覧できず、分析もできません。
 こうした紙の情報がデジタルデータに置き換わることで、可視化・分析ができ、それを実際のアクションに落としこむことができるようになります。
 例えば、データを分析すると、同じ物流拠点から近い場所まで積載率50%を切ったトラックが何台も別々に走っていて、実は1台でまとめて運べる、といったことも分かるようになったのです。
避けられなかった「合成の誤謬」
──なるほど、デジタル化するだけで十分に効率化ができそうです。なぜデジタル情報プラットフォームが必要なのでしょうか?
 物流の世界では、メーカーや小売、卸、運送事業者などいろいろなプレーヤーが協働しながらモノを動かしています。
 そこで、例えばイオンもセブン-イレブンもファミリーマートも、「朝イチで物流センターに商品を持ってきて」って言うわけです。
 本当は1台のトラックで順番に行けば効率的なのに、3台のトラックで別々に行かなきゃいけない。小売側にとっては合理的な行動が、メーカーや卸にとってはすごく効率が悪い。結果として、トラックの積載率が低くなる。
 個々のプレーヤーの合理的な行動と、全体の合理性が相反することを、経済学で「合成の誤謬(ごびゅう)」と言います。この合成の誤謬が、いろんなところで起こるというのがサプライチェーンの実態なのです。
ビッグデータなら解を見つけられる
 これは、オーケストラのように誰かが指揮を執れば解決する。しかし、サプライチェーンの誰かが指揮者に名乗りを上げると、別の誰かが反発してしまう。これが、この数十年ずっと繰り返されてきました。
 我々は、その一つの解が、データだと考えています。
 個社の枠を超えた物流ビッグデータがあれば、同じデータを見ながら行動することで、それが指揮者の役割をして、合成の誤謬を回避できるんじゃないかと。そして、そのデータを蓄積する器として物流情報プラットフォームが必要なのです。
Hacobuではトラック予約受付、動態管理、配送依頼、物流資材管理、配送案件管理の5つのアプリケーションを展開している
ヒントにしたのは「ファミコン」
 プラットフォーム化でヒントにしているのが、例えは古いのですが、ファミコンです。我々は「ファミコン理論」と呼んでいます。
 任天堂の「ファミリーコンピュータ」は、1980年代に多くの世帯に広がり、ゲームコンソールとしてプラットフォームになりました。
 ファミコンよりも、セガのほうがゲームコンソールとしての能力は高かったかもしれない。でも任天堂がプラットフォームになった。なぜかというと、スーパーマリオというキラーカセットが出たからではないでしょうか。
 みんながスーパーマリオをやりたくて、親にねだって買ってもらった。ファミコンが広がり、その上で動くいろんなカセットが出てきて、さらにそのプラットフォームとしての価値が高まっていった。
 同じアプローチを我々は取っています。まずは、「キラーカセット」を作ろうとしていたんですね。今では、そのキラーカセットの一つがトラック予約受付サービス「MOVO Berth」で、これが今スーパーマリオ化して、いろいろな企業や物流センターに入っています。
istock/Czgur
「オセロの角」を狙う作戦
──会社の成長にとってブレークスルーとなった出来事はありましたか?
 当初、数の多い中小の物流事業者や運送事業者をデジタル化して、物流プラットフォームを作ろうとしました。
 しかし、「今のやり方を変える必要ない」っていう人たちが結構多くて、これは困ったなと思っていました。
 転機となったのは、大和ハウス工業との業務提携です。
 大和ハウスでは物流施設をたくさん作っていて、多くのテナントの方々が入っています。その企業の方々を200社くらい集めて、セミナーを開いたのです。そこで、例えばイオンや花王の方々と接点ができ、「考えにすごく共感します」と言っていただきました。
 先ほど物流にはいろんなプレーヤーがいるとお伝えしましたが、その中には大きなインパクトを持っているプレーヤーがいます。こうした方々に協力していただくことが大事だと気付きました。そうした方々に協力していただくと、追随する人たちが出てきます。
 社内ではこれを「オセロの角」作戦と呼んでいます。
 オセロは、角を取ればひっくり返していける。どのプレーヤーが「角」なのかを考え、「角」となる方々にまずは我々のユーザーになってもらうおうと考えたのです。
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変える力は「思いの強さ」
 ──物流情報プラットフォームは、なぜ大企業には作れず、Hacobuのようなスタートアップにできるのでしょうか。
 我々は「物流情報プラットフォームを作る」ことを会社の存在意義にしています。大企業でやろうとすると、新規事業としてやることになるでしょう。そうなると、投下するリソースの大きさも異なるし、個々の思いの強さも異なってくる。
 何かを変えるのはすごく困難が伴うので、思いがないとやっていけない。その思いを後押ししてくださる方々が、また集まってくる感じです。
 ──佐々木さんが掲げたビジョンに共感し、関わっていきたいという大企業の人がいるわけですね。
 我々がやろうとしていることは、失敗する確率もまだまだ高い。大企業だと、失敗したときに飛ばされちゃう。それって身の危険じゃないですか。
 でも、大企業でも変えたいと思っている人はいます。「自分たちにはできないけど、応援はしよう」と思ってくれれば、それでいいのです。
 実際、大企業の方には「Hacobuをスケープゴートにしてください」と言っています。「もしうまくいかなかったら、昔Hacobuっていう会社が、こんなことを目指していたんだけど、できなかったよね」って笑ってくれればいいですよ、と。
3度目の起業で気づいたこと
──佐々木さんはHacobuの前に起業を経験されていますね。
 起業はHacobuで3社目です。以前から、起業家にお会いすると、「自分の人生を生きている感じ」をすごく感じ、起業に興味は持っていました。
 最初の起業は、 “雇われ”でした。ドイツに投資家がいて、日本での会社立ち上げをやったんです。ゼロからサービスを作って、ゼロからユーザーを獲得してきて、ということをやりました。そのときに自分の120%の力を使い、生きるってこういうことだな、と完全にとりこになりました。
 2社目は、自分の資本で起業しました。しかし、これがうまくいかなかった。
 銀行の貯金もほとんどなくなり、元々コンサルタントだったので、出稼ぎでコンサルをやりました。乳業メーカーの卸子会社の経営改善プロジェクトだったのですが、そこで初めて宅配便ではない物流の世界に触れ、あらゆることがファクス、電話という現状に驚愕したんです。それが、2014年のことです。
物流センター周辺では、待機トラックで渋滞して近隣住民からクレームがくることもあった。今では、効率化が進んで渋滞は解消された。番組「モビエボ」より
──2014年というとインターネットもスマホも一般的になっていますね。
 なのに、まだファクスというのがものすごく衝撃的で。
 こういうファクスの情報を運送会社に取り次ぐ「水屋」というビジネスがあると聞き、ある水屋の女性社長に話を聞きに行きました。
 その方が、「私の頭の中に、どこの運送会社のどの車が、いつどこで走っているか全部入っているの」って言われて、すごいなと思いました。でも、それをデータベース化したら、人がやらなくてもいいと思ったのが、Hacobu創業のきっかけです。
──その気付きから創業へ向けての確信はどう生まれたのでしょうか?
 それまでの2つの起業は、「あったら楽しい」というビジネスでした。社会になくてはならないかというと、そうでもなかった。
 それに対してこの物流の課題に出合ったときに、このままでは大変なことになる、社会的な問題だと感じました。
 アスクルの岩田彰一郎元社長は、私のメンターでして、2社目のときからアドバイスをいただいています。岩田さんからは「ビジネスはビジョンが必要」「社会的な意義のあることをやらないといけない」って、ずっと言われていたんですけど、よく分からなかったんです。ビジョンってなんだ、みたいな。
 それが、物流の課題に出合って、かつ自分のコンサル時代のITバックグラウンドを使ったら解決できそうだと考えたときに、岩田さんの言葉の真意が分かったんです。社会的な意義のあることだから、人生を賭してもいいって思えたのです。
プラットフォームには公共性が必要
──独立系であることにはこだわっていらっしゃるのでしょうか?
 こだわっています。常に公共性を意識しているからです。
 この数年、プラットフォームという概念に対して、GAFA脅威論のような社会的な危機感、恐怖感が醸成されてきました。
 これは、ある意味正しく、ある意味正しくない。
 GAFAの場合にはあらゆるデータを独占し、その上で小作農を作って利益を吸い上げようとするような戦略が垣間見られます。一方で、そのプラットフォームによって、我々の社会生活は豊かになっているのも事実です。だから正しくもあるし、正しくないと思っています。
 これからのプラットフォームには、「独占」を排除する仕組みが必要だと思います。公共性のある共創型プラットフォームです。
 だから我々は株主として業界を代表するような事業会社の方々に入っていただき、まず株主のガバナンスを利かせてもらっています。加えて株主から独立した形でガバナンスボードも作っています。
Hacobuの資料より
国がプラットフォームを作るのは難しい
 公共的なプラットフォームは国がやるべきだと言う人もいますが、国がそういうデジタルプラットフォームに投資してうまくいったためしがありません。
 それには構造的な理由が2つあります。
 ひとつは作り方。いわゆるアジャイル型で、小さく作って世の中に出して、それを改善して大きくしていくという作り方がプラットフォームの構築には不可欠です。国は補助金を出してがっちりと設計して作るので、出来上がったときには使えないことが多い。
 もうひとつ、プラットフォームは結局、サービスなので、システムだけじゃダメ。それを広げていく人、実際ユーザーが使えるようにサポートする人が大事。そこも含めたビジネスモデル設計をしながら広げなければいけない。しかし、国にはビジネスモデルの設計や、それを担わせる団体を作るのが難しいんです。
 我々は、民間でいかに公共性を担保したプラットフォームを作るかにチャレンジしています。一方で、国には抜本的な政策を打ち出すことによって、日本全体のデジタル化を後押ししていくような牽引役になる力があります。
 そこで我々は、国の方々とも緊密に連携しながら、民間でいかに公共性を担保したプラットフォームを作るかにチャレンジしています。
2030年の物流は自動運転が担う?
──今後、2030年にはどんな物流になっていると思いますか。
 2030年になると少なくとも高速道路においては自動運転の輸送サービスが出てくるのではないかといわれています。
 今作っている物流情報プラットフォームは、そのときの情報基盤になり得ると思っています。それまでに情報プラットフォームの整備をしていくことが不可欠です。
 このプラットフォームができると、情報はオンデマンドに、リアルタイムに伝達されていく。そして、その伝達の仕組みをベースにモノを運ぶ指示が出され、自動的に機械が動いていくという世界が作れるのかなと思っています。
(聞き手、編集:久川桃子 構成:友成匡秀 写真:稲垣純也 デザイン:月森恭助)