【徹底解説】苦境のEUが「日本」に期待する理由

2020/7/15
新型コロナウイルス感染症の流行により、世界で最もダメージを受けた地域の一つが「欧州」だ。
7月14日現在、地域別の死者数は、中南米・カリブ海諸国の14万4846人、米国・カナダの14万4221人に対して、欧州は20万2780人。
人口10万人当たりの死者数もトップ5はベルギー(84人)、イギリス(66人)、スペイン(61人)、イタリア(58人)、スウェーデン(55人)と欧州諸国が独占している。
しかも3月には、いち早く感染爆発に苦しんだイタリアに対し、EU加盟国のドイツ・フランスが医療物資の輸出をストップし、後に欧州委員会のトップが「謝罪」する事態にもなった。
いわば、緊急時に「連帯」よりも「国家」の論理がむき出しになった形のEUだが、このような事態を経験しても、連帯を保つことができるのか。
国際政治学の専門家、慶應義塾大学教授の細谷雄一氏が、EUが直面する状況と今後の先行きについて解説する。

これまでとは異なる「実存的な危機」

中国の武漢で発生した新型コロナウイルス感染症は、当初「対岸の火事」として見ていたヨーロッパにも拡大し、世界的なパンデミックとなりました。
ヨーロッパで初めに感染が拡大したイタリアでは、医療体制が崩壊。本来手を差し伸べるべきEU(欧州連合)の救済が遅れ、代わりにいち早くマスクを届けたのは中国でした。
これを受けて4月16日は欧州委員会のフォンデアライエン委員長がイタリアに対して「心からの謝罪」を表明する事態となりました。
欧州委員会・フォンデアライエン委員長(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
このように不協和音が生じているEUですが、今回は過去のどの危機よりも深刻化する可能性があり、巨大な試練に直面しているというのが、幅広く見られる認識です。
第2次大戦の反省を踏まえてヨーロッパの統合を試みてきた歴史は、いわば危機を乗り越えてきた歴史とも言えます。
1965年にフランスがEEC(ヨーロッパ経済共同体。EUの前身のうちの一つ)の会議を半年にわたりボイコットした「空席危機」や、2010年代前半に表面化したギリシャ債務危機、また昨今の難民問題など、欧州は幾度となく危機に直面してきました。
しかし、これらの局面を経験するたびに、EUの重要な理念である「よりいっそう緊密化する連合(Ever Closer Union)」としての結束を強めてきたのです。
1999年1月、フランクフルト証券取引所でユーロ導入を記念するEU関係者(写真:picture alliance / 寄稿者 / Getty Images)
しかし今回は、これまでとは異なる実存的な危機に直面していると感じます。コロナによってEUが存在する意義を否定され、戦後以来のヨーロッパ統合プロジェクトが根本から揺らぐ可能性が否定できない。
例えるなら、映画の主人公が危機を乗り越えて成長していくリニア(直線的)なサクセスストーリーを進んでいたところ、誰かにポンポンと肩をたたかれ「そちらの方向ではない」と言われて青ざめるようなものです。いま進んでいる方向が、本当に正しいのかどうか、疑念が生じている。

「連帯」が大きな挫折に直面

具体的にはどういうことか。それを知るには、そもそもEUが何を目指す連合なのかを理解する必要があります。
EUとは、2つのプロジェクトが柱になった連合と私は考えています。
1つ目は、「自由化」のプロジェクト。シェンゲン協定によって、EU加盟国の中では国境が取り払われ、ヒト、モノ、カネ、サービスという「4つの自由移動」がその基礎となっています。
2つ目は「社会的連帯」のプロジェクト。同じ理念や価値観を共有する「ヨーロッパ市民」として、一つの主体になることです。「自由化」は経済的な利益を得るという意味合いが強いですが、こちらはより規範的、精神的な連帯といえます。
しかしコロナはこの2本柱を、戦後最も深刻なレベルで侵食しています。