リモートワークが定着する可能性

会社に行かなくなって、もう何日になるだろう──。上下ともスエット姿でノートパソコンを眺めながら、ぼんやりとそんなことを思う。新型コロナウイルス感染症の拡大を防ぐため、多くの企業が従業員に在宅勤務を命じるようになってからしばらくがたつ。
最初の数日は最高だった。毎朝、何を着ていくか思い悩まなくていいし、髪の毛がボサボサのままでも問題なし。鏡で自分の姿をチェックする必要さえない。だって会社に行かなくていいのだから!
でも、料理やスポーツと違って、在宅勤務は経験を積むほどうまくなるとは限らない。それでも、多くのビジネスパーソンがいま経験していることは、新型コロナのパンデミック(世界的大流行)後も、新しい働き方として定着する可能性が高い。
「リモートワークの転機になるかもしれない」と、コンサルティング会社グローバル・ワークプレース・アナリティクスのケイト・リスター社長は言う。「物理的なオフィスがなくなることはないだろう。だが、少なくとも週の一部は、自宅で仕事をする人が増えるだろう」
その変化は、既に統計に表れている。調査会社ガートナーが人事部門の管理職800人を対象に行った調査(3月17日発表)によると、調査対象の企業や団体88%が従業員に在宅勤務を奨励または義務付けている。G&Sビジネスコミュニケーションズが3月21日に行った調査でも、26%が在宅勤務に切り替えた。
この移行を支えるサービスも花盛りだ。無料音声会議を提供するフリーカンファレンスコールは、アメリカでの利用が2000%増えたという(イタリアでは4322%、スペインでは902%増)。ネットワーク分析会社ケンティクの調べでも、北米とアジアではビデオ会議のデータ量が約200%増えた。

柔軟な働き方の「不便な部分」

新型コロナのパンデミックは、社会にも経済にも、巨大な実験を強いていると言っていい。その中では、私たちの誰もが実験台だ。
米人材管理協会(SHRM)の調査によると、新型コロナ問題が起きる前から、69%の企業が、少なくとも一部の社員にリモートワークの選択肢を与えてきた。また、仕事の一部をリモートワークにすることを提案した企業は42%、業務を全面的にリモートワークに切り替えることを提案した企業は27%に上る。
この流れは、3月11日にWHO(世界保健機関)がパンデミックを宣言して以来、加速している。
先陣を切ったのは、マイクロソフトやアマゾンといったIT系企業だが、フォードやフィアット・クライスラー・オートモービルズなどの自動車大手も、世界中の従業員に在宅勤務を呼び掛けた。AT&Tなどの通信大手や、JPモルガンやゴールドマン・サックスといった金融大手も続いた。
「新型コロナレベルの世界的な大事件は、少しずつ拡大していたトレンドやシフトを一気に加速させることが多い」と、コンサルティング会社エマージェント・リサーチのスティーブ・キングは語る。
かねてから、多くのオフィスワーカーは在宅勤務の柔軟性を求めてきたし、企業はリモートワークを推進しつつ、オフィスは個室を廃止して、オープンなレイアウトを採用してきた。ビジネス用チャットツールのスラックや、テレビ会議アプリのズーム(Zoom)といったサービスも、既に使われつつあった。
とはいえ、急に現実になったリモトーワークには、まだ不便な部分がある。多くの人は、自宅に仕事専用のスペースがないし、孤立している感覚が大嫌いだ。プライベートと仕事の時間を区別するのも難しい。企業の側でも、技術的なインフラが整っていない場合がある。

「社員がサボるから」推奨しない?

パメラ・ゴンザレス(24)が勤めるフロリダ州オーランドの人材紹介会社は、グーグル・ボイスなど、リモートワークに必要な技術環境を整えるとともに、設備に関する問題を扱う部門を強化した。それで、実際に在宅勤務をしてみてどうなのか。
「いい面と悪い面がある」とゴンザレスは言う。「自分でも驚いたことに、自宅で仕事をしたほうがずっと生産的だ。誰かに監視されている気がしないし、2時間ほどものすごく集中的に働いて、休憩して、仕事に戻るといった働き方ができる。オフィスでは気が散ることが多い」
その一方で、「プライベートの境界線がなくなる」と、ゴンザレスは語る。「在宅勤務初日の夜、10時にコンピューターの前に戻って仕事を始めてしまった。もちろんボーイフレンドはいい顔をしなかった」
管理職にとっても、リモートワークは意識改革を強いているとゴンザレスは語る。新型コロナ問題が起きる前に、リモートワークを推進していない企業がその理由として挙げたのは、「社員がサボると思うから」が多かった。チームの生産性低下を懸念する管理職も少なくない。
ところがG&Sの調査では、最近在宅勤務を始めた労働者のうち、オフィスで働いているときよりパソコンに向かっている時間が長くなったと答えた人は4分の1を超えている。また、ハーバード大学の昨年の調査では、好きな場所で仕事をする自由を与えられた人々のほうが生産性が高いという結果が出ている。
自分でリモートワークをやってみて、得心する管理職も多いと、リスターは言う。「家に居ながらにして自分がどのくらいよく働いているか、どれほどの時間を仕事に投じているか分かれば、部下への信頼という問題の解決につながる」
在宅勤務ではきちんと連絡を取り合い、その内容を記録して上司や同僚に状況が分かるようにする必要があるが、それが会議への過剰な依存につながる場合もある(会議が多いと生産性が上がっているような幻想を抱いてしまいがちだ)。
ビデオ会議システムのアウル・ラブス社の昨年の調査では、週に11回以上の会議に出席している人はオフィスワーカーの3%にすぎないが、リモートワーカーでは14%に上るという。

テクノロジーと仕事環境を整える

ともあれ、必要なツールがなければ生産性を上げるのは難しい。全ての在宅ワーカーが恵まれた条件の下で働いているわけではなく、必要なテクノロジーを導入していない企業では在宅勤務への移行に二の足を踏むところもあるかもしれない。
G&Sによれば、在宅勤務を始めたアメリカ人の40%が、電話やノートパソコンなどの技術面での準備が大きな課題だったと答えている。
ニューヨークでインターネットを使った不動産仲介サービスを展開するスクエアフット社では、3月13日に在宅勤務を義務化する前から推奨していた。「それでも開発者の中には出社する人もいた」と、同社の幹部エンジニアであるダグ・タブチは言う。家ではなかなか思いどおりの仕事環境を構築できないからだ。
一つ一つは小さなことでも積み重なれば大きくなる。例えばオフィスでは2台のモニターを使っているのに家にはないし、打ち合わせの時はワイヤレスイヤホンを使う。そのせいで「作業量にも影響が出ている」とタブチは言う(ちなみに彼は、妻と生後2カ月の赤ん坊と小さなアパートで暮らしている)。
ボストンのソフトウエア会社ブルホーンでは、以前から1200人の従業員のうち約20%がリモートワーカーだった。それでもアート・パパスCEOは、生産性への悪影響を懸念している。直接会ったほうが簡単に終わる業務が少なくないからだ。
「最大の問題は、直接会う会議よりもビデオ会議のほうが消耗するということだ。いつもとは違うレベルの集中力が求められ、注意を向けるのも難しい」と彼は言う。
だが従業員たちは適応していくだろうとも彼は考えている。「いかなる技術もそうだが、リモートワークに慣れるのにも時間がかかるだろう」。それに、大きな利点もある。「2時間も交通渋滞につかまったりすることもないし」

利点は多いが、孤独はつらい

そうした利点が評価されれば、リモートワークは企業にとって人材集めの切り札にもなり得る。
コンサルティング会社ワークプレース・インテリジェンスのダン・ショーベルは言う。「勤務体系がフレキシブルかどうかは職探しの重要な基準になってきている。今回、みんながその利点を味わったわけで、(そうした職への)需要はさらに高まるはずだ」
アウル・ラブスの調査によれば、コロナ禍の前の時点でも、アメリカのオフィスワーカーの約半数は、在宅勤務を選択肢として認めてほしいと考えていた。給料が5%下がってもリモートワークがいいという人も3分の1以上いた。
とはいえ、コロナ問題が収束したときに誰もが在宅勤務を続けたいと思うかと言えばそうではないだろう。IBMやベスト・バイのように、リモートワークを試験導入したもののオフィス勤務に戻した企業もある。
「リモートワークを常に義務付けられるのは嫌だという人は多い。オフィスにいない時間が増えるほど、仲間意識や帰属意識は失われかねない」と言うのは、SHRMのジョニー・テイラー社長兼CEOだ。
オフィスで培われる人間関係は、働く人の生活だけでなく企業の業績にもいい影響をもたらす。ハーバード・ビジネス・レビュー誌に発表された論文によると、「親友」の同僚と一緒に働いている人はそうでない人の7倍もよく働くという。
テキサス州の政府の下請け業者で働くジャステン・サナク(29)は猫と「2人」暮らし。引っ込み思案な性格で自分の「充電」のために家で過ごす時間は欠かせない。そんな彼でもこう言う。「かといって充電ばかりでもいられない。いつでもオフィスに戻る用意はある」
(著者:ケリー・アン・レンズ/ジャーナリスト、写真:monkeybusinessimages/iStock)
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『ニューズウィーク日本版』2020年5月19日号(株式会社CCCメディアハウス)の掲載記事を、同社との許諾契約に基づき、再掲載しました。一部の見出し、写真等は株式会社ニューズピックス等の著作物である場合があります。