【朝倉祐介】コロナを生き残る「エッセンシャル」なビジネスとは

2020/6/30
新型コロナウイルスの影響による収入減、投資家からの資金調達の遅れなどから、特にスタートアップへの逆風が強まっている。しかし、社会が大きく変わる転換点には、必ず新しいビジネスニーズが生まれる。この大きな変化をチャンスに変え、生き残るビジネスも必ずあるのだ。
さまざまな職種、業界でこれまでのあり方が見直され、再編が進むなか、新しい時代をつくるスタートアップにはどんな視点が求められるのか。厳しい環境で挑戦を続けるためには、どのような基盤づくりが必要なのか。未上場スタートアップ、新興上場企業に対する経営支援事業、並びに産業金融事業を行うシニフィアンの朝倉祐介氏と、場所に縛られないビジネスフォンサービスを提供するトビラシステムズ代表の明田篤氏が意見をかわす。

生き残るのは“エッセンシャル・スタートアップ”

朝倉 私たちシニフィアンは、主に「レイトステージ」と呼ばれるような上場間際のスタートアップにリスクマネーと経営知見を提供し、上場後の成長も支えていくことを基本的なコンセプトにしたグロースキャピタルを運営しています。
 その立場から見て、コロナ禍でのスタートアップを取り巻く状況は、厳しいながらもリーマンショック直後ほど壊滅的ではありません。ただ、中長期的に見ると「生き残るスタートアップ」の条件は、確実に変化するでしょう。
 新型コロナウイルスの流行により、医療従事者や公共・インフラに関わるエッセンシャル・ワーカーがこれまで以上に注目を浴びていますが、いうなれば「エッセンシャル・スタートアップ」とでも呼ぶべき、「これがないと本当に困るよね」というサービスやプロダクトでないと生き残れなくなる。
 「既存のサービスより少し良い」レベルでも受け入れられた時代は終わったのです。その点、電話というインフラに着目した「トビラフォン Cloud」のリリースはかなりタイムリーでしたね。
明田 このサービスをリリースしたのは今年3月30日でしたが、弊社の強みである迷惑電話データベースに加え、従来の固定電話やPBX設備(Private Branch Exchange:電話交換機)、あるいは法人携帯電話に変わる「個人のスマホを利用したこれまでにないビジネスフォン」として開発していたものです。
 初期費用を抑えられるなどコスト面での効用もありますが、家や屋外にいてもオフィスにいるのと同様に電話を受けられ、内線や転送は無料です。
 加えて、従業員は専用アプリを自分のスマホに入れるだけで、ビジネス用の050番号(インターネットを利用したIP電話番号)が新たに付与されるので、1台のスマホでプライベートとビジネスの番号を分けて管理できます。
 トビラフォン Cloudは、これまで「場所」に紐付いていたアナログなビジネスフォン(固定電話や市外局番号)の定義を変える、DX(デジタルトランスフォーメーション)ツールでもあると思っています。
朝倉 テレワークを推進したい企業にとっては非常にありがたいサービスです。リリース後の反響はいかがですか?
明田 スタートアップや中小企業をターゲットに開発していましたが、自治体からも問い合わせをいただくなど、ありがたいことに計画からかなり上振れしています。
 私たちトビラシステムズの基幹事業は、詐欺をはじめとする迷惑電話の番号をデータベース化して提供すること。企業の電話回線に接続し、会社全体を迷惑電話から守る製品などを提供してきました。
 こういったサービスで培った知見をさらに一歩進めて、電話機能自体も当社で提供しようというのが「トビラフォン Cloud」。まだ始めたばかりですが、世の中に必要とされていたサービスだったのだと手応えを感じています。
朝倉 迷惑電話のデータベース化は、明田さんの実体験が発端だったそうですね。
明田 祖父が価値のない土地を高額で買わされる「原野商法」の被害に遭ってしまったんですよ。一度そうした詐欺被害に遭うと、「カモ」として電話番号が出回ります。祖父にもひっきりなしに悪質な電話がかかってくるようになりました。
 それで、固定電話につけて迷惑電話を防げるような装置がないか探したのですが、まったく見つからない。
 だったらeメールの迷惑メールフィルタのように、電話番号をデータベース化してフィルタリングを行えば、大半の迷惑電話を防げるのではないか。これがそもそものスタートでした。
朝倉 自分が強烈に「必要だ」と感じたサービスである点がいいですね。
明田 ありがとうございます。ただ、当社はモバイルキャリアと連携していることもあり、月間利用900万人の大半がモバイルユーザーです。特殊詐欺の大半は固定電話で起きているので、そこにも普及させていくことで、より被害を抑止できると考えています。

ツールが増えても電話はインフラであり続ける

明田 今、様々な業界で「エッセンシャル」なサービスが必要とされています。ただ、コロナ禍の前まではスタートアップ・バブルだとまで言われていましたが、こういう先の見えない状況ではキャッシュに対して保守的になる人や企業が当然増えるでしょうね。
朝倉 企業はバーンレートを下げたいと思っても、いきなり人件費は削れないし、オフィス移転も簡単ではない。そこで「月額固定でコストがかかっている余剰的なサービスは何か」と考えます。
 「SaaSやサブスクリプ型事業は継続的に売上が立つので不況期でも安定している」という意見もありますが、私はそれらも含めて相応に選別が進むと思っています。
 そこで「切れない」と判断されるのは、やはりインフラなど「エッセンシャル」なものです。たとえば、Zoomはリモート会議のシステムとして非常に便利ですし、この数ヶ月で爆発的にユーザーを獲得しました。一方で、みんなが使いこなせるかというと、そうではない。まだインフラにはなりきれていない、というのが私の見方です。
 新しいツールに適応できるリテラシーの高い人ばかりが周りにいると電話を過小評価してしまうのですが、たとえば自分の親に連絡するときには、電話かLINE通話という人がまだ多いんじゃないでしょうか。
明田 弊社でも、コミュニケーションの大半はTeamsやSlackといったツールに置き換えられています。とはいえ、電話をまったく使わない人はいない。
 電話は国がインフラとして整備したもので、電話番号は総務省が管理しています。だから電話さえあれば、多くの人とつながりを持ち、コミュニケーションをとることができる。まだ当分は、ビジネスに必要なツールです。
※総務省「電気通信サービスの契約数及びシェアに関する四半期データ(平成30年度第4四半期)」及び、2015年国勢調査における日本の総人口1億2709万4745人により算出
朝倉 世の中、パソコンやスマホを持っていない人もいくらでもいます。ある程度のユニバーサルさを担保する意味でも、電話はまだまだエッセンシャルなサービスです。もちろん10年後、20年後はわからないし、影響力は徐々に薄れていく方向にはあるとは思いますが。
明田 そうですね。電話自体が苦手という若い方もどんどん増えているので、レガシーな電話を新しい時代に合わせて変えていきたいです。
 また、今後は新型コロナなどのウィルスと共存していくうえで、「働く場所は人の密度が低いところがいい」と地方を選択する人も増えるでしょう。
 そもそも、いろいろな理由から地方でしか働けない人がいて、そのなかには優秀な人材も当然いる。あるいは、複業が広まってきている昨今、企業に勤めながら新しいことに挑戦する人も増えている。
 スタートアップや新規事業をはじめるときにも、「場所に縛られる固定電話で本当によいのか」を考えてほしいですね。トビラフォン Cloudによって、多くの人が安価に、場所に縛られないビジネスフォンを手に入れることは、とても意味のあることだと自負しています。
コロナ禍での取材となったため、対談は名古屋の明田氏〜東京の朝倉氏をZoomでつなぎ、進行した。
朝倉 今後、みんながみんな地方に移住するような極端な変化は起こらないと私は思いますし、案外、みんな何事もなかったように満員電車に乗る日常が戻ってくるかもしれない。
 ですが、半強制的に多くの人と企業がリモートワークを経験したことで、心理的な障壁が取り除かれ、働き手の目線でも、企業の目線でも、地方の可能性は拡大しました。
 個人にとっては、地域的な制約によって接点がなかった機会と出会いやすくなり、日本にいながらにして、シリコンバレーや中国の会社で働けるようになるかもしれない。地理的な障壁が下がっていく可能性もあるでしょう。
 また、企業側も、今まで接点のなかった才能に出会う機会が増えるでしょう。そういう面白い変化が起きてほしいですね。

コロナ禍で「筋肉質経営」を身につけよ

朝倉 スタートアップバブルは「いつか崩壊する」と言われ続けてきましたが、今回はコロナ禍という独特の状況もあって、量的な変化と質的な変化が同時に起こっています。
 量的な変化とは、スタートアップへのお金の流入減少。そして質的な変化とは、リアルビジネスと連動するタイプのスタートアップが苦境に立たされているというものです。
 インターネットの普及が一段落すると、オンライン単体のサービスは飽和状態になりました。実際、SNSやスマートフォンといったテーマの波が一段落した近年、オンライン完結型で大きく伸びたスタートアップはSlackなど、限定的ではないでしょうか。
明田 たしかにUberやAirB&Bのように、リアルに紐付いたスタートアップが増えていましたね。
スタートアップのバリュエーションが高騰していた近年。2013~2018年の傾向を見ると、「シリーズA」の調達社数が増えており、2018年は調達社数、金額ともに上がっている。
朝倉 ところが、この数ヶ月でリアルなアセットと連動するビジネスが厳しくなってしまった。このトレンドがコロナとともに終息するのか、揺り戻しが起きるのか、僕もちょっと考えあぐねています。
 少なくとも、スタートアップが成長するためには「潜在的な大きな市場」が欠かせないという前提に変わりはありません。Zoomの急進からわかるのは、「コミュニケーション」には元来、ものすごく大きな潜在的な市場があったということです。
 そもそもスタートアップは、社会課題の解決策を、ビジネスというインセンティブ構造をベースにして提供し、新しい産業を創出するためのエンジンなんです。ちょっと青臭いことを言うと、そのときどきの流行に乗って、ちょっといいものを提供して、ちょっと喜ばれたくらいでは、社会的意義を満たしているとは言えません。
 今は、多くのスタートアップにとって、サービスやプロダクトを既存の顧客や潜在的な顧客に「本当に喜ばれる形」に磨き込むべきタイミングです。足腰を鍛えて、筋肉質になっていく。
新型コロナウイルスのような大きな変化は、スタートアップが成長するきっかけにもなる。
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明田 エッセンシャルな事業に取り組むことは、スタートアップの存在意義でもある、ということですね。
 私たちも行動指針として「社会的課題を解決する、人々の役に立つ製品を次々に生み出すこと」と「持続的かつ発展的に成長するため、適切な利益を得ること」を掲げています。こうした大義名分があったから、投資を呼び込むことができたのでしょう。
 新しい挑戦を行うためには、理念に共感してくれる企業や投資家を集めるだけでなく、足元のコストを見直して経営基盤を整える必要がある。私たちのサービスは、そういった企業を応援するものになると信じています。
朝倉 僕はリーマンショックを経験したこともあって、基本、ドケチ経営です。将来に向けて価値を作っていくために、ドーンとお金をかけることも必要ですが、それがコストなのか、投資なのかははっきり区別して、削れるものは削るべき。
 昔経営していたスタートアップは夕方5時には1階からもんじゃ焼きの匂いが漂ってくる坪8000円台の雑居ビルで活動していましたが、そういうオフィスでも、人に喜ばれ、必要とされるサービスを生み出すことができる(笑)。
 この厳しい状況を生き抜き、いずれ社会に大きなインパクトを与えるスタートアップが出てきてくれることを期待しています。
(執筆:唐仁原俊博 編集:大高志帆 デザイン:田中貴美恵)