通信が普及しても、なぜ人は「移動」したがるのか【全8回】
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移動とは単に物理的な移動を意味するわけではない。アーリの社会学的考察が、ここで取り上げられるとは感慨深い。
移動は人々を結びつけ、同時に、引き離す。それは物理的な意味合いでもあると同時に、社会階層的な意味合いも持つ。
自らの意思によって移動することができるのは、それ自体が階層としての上位に位置することを意味するからである。
例えば現下、移動をしている人は一定の特徴があるのがわかるだろうか。Facebookなどのネットワークが一定の狭い枠組みだとそれは分かりにくいかも知れないが。
また、このように考えると、テクノロジーの進化によって移動のコストや時間が劇的に変化することは、単に便利になるだけでなく、移動の持つ意味それ自体を変える。この観点から移動を捉え直して見ることで、この社会で何が起きているのか、よりはっきりわかることがたくさんある。定点居住するするためのエネルギー効率が良くなったら、外に出て自分の認識の範囲(俗に言う俺の庭的な概念)を広めようとするから移動するのでは?本能的に安心を求めるし、好奇心と言うものが存在するから外に出ようとする。ある種エントロピーの拡大的なものかもしれない。
根本的なところは生物的な本能に基づいていると思う。「その国のヒトとモノの移動距離の総量」と「その国のGDP」は比例関係にあるという分析がある。大雑把に解釈すると、富める国の中ではヒトとモノが非常に活発に動いているし、同時にヒトとモノが活発に動けば動くほど人々が豊かになるということ。
アフターコロナで、「ヒト:モノ」の比率は変わるかもしれないけれど、この「ヒトとモノが活発に動けば動くほど人々が豊かになる」という相関は変わらないのではないかと思う。