【上田岳弘】2020年は来なかった。コロナ後、小説はどう変わる?

2020/7/1
芥川賞作家の上田岳弘氏は、実は経営者でもある。大学卒業後、法人向けソリューションメーカーの立ち上げに参加し、その後役員となった。言うまでもなく、作家も経営者も片手間にできる仕事ではない。
作家として食べていけるようになったいまでも、上田氏が会社経営から退かない理由は何か。そもそも、なぜ兼業が可能なのか。その生き方と仕事術を聞いた。
SF的と評されることの多い作風だが、コロナ後の世界をどう予測しているのか、作家の発想と世界観にも迫る。(全7回)

どんなSF作家も予想できなかった

デビュー作『太陽』に続く2作目の『惑星』を書いたのは2013~2014年ごろ。2020年の東京オリンピック開催が決まったばかりでした。
『惑星』という小説には、オリンピック誘致をめぐる東京のライバルであった、トルコのイスタンブールに住む人物も登場し、2020年の東京オリンピックが描かれています。
また『キュー』という長編小説でも2020年は重要なキーワードになっている。
2019年に発刊された新著『キュー』
しかしご存じの通り、2020年の今年、コロナウイルスのパンデミックが起こり、東京オリンピックは行われませんでした。僕の想定していた2020年は来なかったのです。
『惑星』を書いていた当時、6年後の世界は、かなり地続きの近未来でした。しかし、ここまでは予想できなかった。この事実は、非常に示唆に富んでいると思います。
バブル崩壊後、「失われた20年」と言われていたのが、「失われた30年」と言われ始め、最近はそれすら言われなくなった。
「失われた」ということは復活することが前提だと思いますが、今後日本や世界はどうなっていくのかという観測点としての2020年は一つの区切りになりそうな予感があったと思います。
だから僕はオリンピックも決まったことだし、2020年を作品のモチーフとして強迫観念的に追い続けてきました。
2020年が一つの到達点だとして、そのシンボルが突然消えた。
逆に消えてしまったこと自体がシンボリックだと思います。
(写真:Viktoria Ruban/iStock)