【小野雅裕】雑音に流されず、自分の言葉を探そう。

2020/6/10
どんな状況でも、楽しそうに働いている人はいる。仕事にやりがいを見出し、楽しみながら結果を出すには、どのような思考法が必要なのか?

幼い頃から宇宙に思いを馳せ続けた小野雅裕氏は、現在、NASA(アメリカ航空宇宙局)ジェット推進研究所(JPL)の技術者として、「地球外生命の探索」という大きな夢に向かっている。

自分の「好き」を見つけ、夢を引き寄せ楽しく働くためには、どうすればいいのか? 人生の歩き方を小野氏に聞いた。(全3回連載)

「タマネギの芯」に正直に生きる

──MIT(マサチューセッツ工科大学)で航空宇宙工学の博士号を取り、一時帰国するも、30歳でNASAジェット推進研究所へ入所と、“宇宙愛”を貫いたキャリアを築いています。そもそも宇宙に思いを馳せるようになったきっかけから教えてください。
小野 鮮明に覚えているのは5歳のとき。天体マニアだった父が、ある日突然、立派な天体望遠鏡を買ってきたんです。以来、週末の夜はベランダから星を眺めるのが日常に。天体観測を楽しむ父の姿を見て、自然と宇宙に惹かれるようになりました。
 その翌年の1989年には、ボイジャー号が海王星に到達したというニュースを父と夢中で見つめていました。ボイジャー号は1977年に打ち上げられた宇宙船。木星、土星、天王星を巡り、ついに地球から45億キロ離れた海王星へたどり着いたことは、当時、世紀の大ニュースでした。
──現在、まさにボイジャー号が作られた“その場所”で働いています。「宇宙開発に携わりたい」という幼い頃からの夢を、揺らぐことなく持ち続けられた理由は?
 運がよかったんです。常々、この世のあらゆる成功も失敗も、半分は努力、半分は運による結果だと思っています。僕は本当に幸運に恵まれた。
 とりわけて僕がラッキーだったのは、幼い頃に自分の好きなものが見つかったことです。
 人の心って、タマネギのような構造をしていると思うんです。子供の頃にできた“芯”の外に、どんどん新しい皮ができて肥大しながら成長していく。大人になってからできた皮の部分よりも、子供の頃にできた芯の部分にあるものほど変わらない、絶対に譲れない気持ちとして表れるのではないかと。
 僕の“タマネギの芯”にあるのは、「宇宙が好き」「空を眺めているとワクワクする」感情です。幼い頃に心からワクワクできる対象に巡り合えたこと、そして興味が赴くままに道を選べる環境で育てられたことが大きな幸運でした。
小野氏の小学3年生のときの文集。当時の将来の夢は「天文学者と生物学者」。父は光学エンジニアとして会社勤めをする傍ら、大学院の博士課程でエンジニアリングの研究論文を執筆していた。“研究”する父の姿を間近で見ていた影響は大きかったという(小野氏提供)。

「好き」は最強の原動力

──とはいえ、小野さんにも迷うことがあったと思います。たくさんの選択肢を前にすると、自分がどの道を選べばいいのかわからなくなってしまう人も多い印象です。
 宇宙探査は、言ってしまえば「不要不急」の分野です。たとえば僕が携わっている火星ローバー・パーサヴィアランスのミッションの一つは火星に過去存在したかもしれない地球外生命の証拠を探すことですが、それが見つかったからといって飢えている子供が救われるわけでも、誰かが物質的に豊かになるわけでも、災害や暴力から人を救えるわけでもありません。
 そう考えると、社会的優先度の非常に低い仕事でしょう。そんな仕事をさせてもらってメシを食わせてもらえる立場に居られるなんて、本当に幸運としかいいようがありません。
(撮影:上田裕)
 世の中には「社会問題を解決したい」「人を救いたい」という明確な課題意識を持ち仕事や研究に取り組む方が大勢います。それは本当にすばらしいことです。
 留学中の一時期には、僕も「宇宙が好き」なんて少年のようなことをいつまでも言っていないで、もっと社会に役立つ課題解決に自分の能力を使う方が「正しい」んじゃないか。そう思い悩んだこともあります。
 でも結局、他のことをやろうと思っても、あまりやる気が湧いてこなかった。宇宙の仕事をするんだ、となったらどこまででも頑張れる。
 やはり、人間は機械じゃないんですね。車だったら東に走っても西に走っても同じ速度を出せるけど、心を持った人間は、自分の「好き」と思う方向に走る方がきっと馬力を出せる。能力とか、頭の良さとか、そういう問題じゃない。いかに夢中になれることを見つけるかなんでしょう。
 進路に迷った時期は、金融やらコンサルやら他のさまざまな仕事を考えました。でも何かしっくりこなかったし、頑張る気も起きなかった。
 そんな迷いの最中、フロリダでスペースシャトルの打ち上げを見て、感動して泣いてしまったんです。ああ、自分は泣くくらいこれが好きなんだ、ならばこれをやるしかない。そう思ってからは、もう迷うことはなくなりました。
 結局、僕の心のタマネギの芯にあったのは、それだったんですね。自分のタマネギの芯に素直であることは、とても大事なことなんじゃないかと思います。
JPLの入り口での一枚(小野氏提供)

夢は「地球外生命体」の発見

──長く夢見た場所に立った今、日々の仕事を楽しんでいますか。
 毎日、「仕事って楽しいなあ」と思っているかと言ったら、全然そんなことはないですよ(笑)。
 コードを書くのはしんどいし、必死で準備したプロポーザル(企画書)が通らないときは落ち込むし、NASAという大きな組織の決断の遅さにじれったさを感じることも日常茶飯事です。
 それでも仕事を続けられるのは、日常のしんどい仕事の先に大きな夢を描けるから。
 僕の今の夢は、地球外生命体の発見に貢献することです。昔から科学にものすごく興味があったので、宇宙工学のスキルを使って一番やりたいことは、ビジネスや軍事への応用ではなく、科学的な発見に貢献すること。
 今ようやく、火星やエウロパ(木星の第2衛星)に地球外生命体の証拠を発見できるかもしれないという段階に来ている。もし本当に発見されれば、人類史に未来永劫残る大発見です。その歴史に僕の名前が直接載ることはなくても、ほんの少しでも貢献できたのなら、僕が生きる目的は果たせたと思える。
JPLに展示されている火星ローバーの模型と小野さん(小野氏提供)
 大きな夢ほど叶えるのに長い時間がかかるのだと思います。
 現代はなんでもスピード勝負みたいなところがあります。でも30年もののウイスキーは3年で作れないし、樹齢千年の屋久杉は5年で育たない。エンジニアリング、執筆、それに芸術、音楽もそうでしょう。あらゆる創作活動には似たところがある。
 もちろん組織の効率改善や資本投入によって、ある程度はスピードアップできる。でも、いいものを作るためには、どうしても早送りできない熟成期間みたいなものが必要だと思うのです。それが、大きな夢ほど叶えるのに時間がかかる理由の一つでしょう。
 だからこそ、あきらめず、忍耐強く、頑固でありながら、「このローバーが地球外生命体に遭遇したら」と未来にワクワクすることを忘れずに仕事を続けるのが大事なのかな、と。最後に笑うのは、だいたい頑固者なのだと思います。

人生で一つのことができればいい

──大きな夢を抱き働き始めても、日々の仕事に忙殺され、当初のゴールを見失ってしまうことがあります。そんな方へ小野さんなりのアドバイスはありますか。
 僕は今37歳で、仕事人生もあと30年くらい。そう考えると、一生でできることってそう多くない。
 どうしても僕たちは派手で目立っている人に目を向けてしまいます。スティーブ・ジョブズとかイーロン・マスクとか、世の中には10億人に1人くらいの稀さで、一つの命で1万人分くらいの人生を生きる人がいる。でも、99.9999%の一般人は、彼らの真似をしようとしてもできるものではないでしょう。
「男子は生涯一事をなせば足る」
 そんな言葉が、『坂の上の雲』(司馬遼太郎著)に出てきます。このほうが僕を含めた99.9999%の人にとってはしっくり来ませんか。一生でできることは限られている。ならば小さなことを10個、20個やるよりも、大きなことを人生で一つでもできたら、それで御の字です。
 今の社会は、どうも雑音が多すぎると思います。NewsPicksでも、すばらしいプロピッカーたちが人生論を語っているじゃないですか(笑)。でもイーロン・マスクの真似をして生きてもイーロン・マスクの劣化コピーにしかならない。堀江貴文さんの真似をして生きても堀江さんの劣化コピーにしかならない。
 偉い人が大きな声で語る人生訓はもちろんいろいろとためになるけれども、それよりももっと大事なのは、自分のタマネギの芯から響いてくる小さな声にちゃんと耳を傾けることだと思うのです。
 雑音に追われ、自分の心の声を聞く余裕がなくなっているのなら、情報をシャットアウトする時間を意識的に確保した方がいい。誰かの言葉を読みすぎるあまり、それを自分の言葉だと勘違いしてしまっては、他人の言葉の録音・再生装置になるだけです。
 大事なのは、自分の言葉を探し続けること。僕も、NewsPicksはついつい読んじゃうので、集中したいときはアプリを削除して、暇ができたら再インストールすることを繰り返しています(笑)。

クリエイティビティを忘れない

──「自分の言葉を探す」ために、小野さんが実践していることはありますか。
 パソコンを閉じて、スマートフォンも持たず、ネットのノイズから完全に自分を遮断して、言葉が見つかるまでひたすら歩く。そうすると、僕は一番自分の言葉を見つけられます。
 歩きながら「お、これはいいな」という言葉が見つかったら、復唱しながら推敲して、帰宅後には間髪入れずにパソコンを開いてWordでダーッと書く(笑)。
 アメリカ人は概してコミュニケーション能力が高い人が多いですね。「国語力」といってもよいかもしれない。技術者や科学者もそうですが、数理的な能力がどんなに優れていようと、アイデアやイマジネーションを言葉にして他者に伝える力がなければ、それは実現しません。
 MITは、ただ数理的能力や「国語力」に優れた人が集まっているだけではなく、非常にクリエイティブな環境でした。突拍子もない、常識はずれの変な行動やアウトプットを積極的に肯定するような雰囲気があった。大学は多かれ少なかれそうですよね。
 対して現在のJPLでの業務は、物理的に動く宇宙船を作ることが目的なので、もっと実務的です。日々の仕事に追われていると、クリエイティビティをつい失ってしまう。だから意図的に、「クリエイティビティを忘れるなよ」と時々自分におまじないをかけながら仕事をしています。
 その点で、昔の自分が書いた文章を読み返すのはいいですね。青臭いしナイーブではあるけれど、気を抜くとすぐに忘れてしまうクリエイティビティや反骨心、勢い、大志、そんなものを思い出させてくれます。
──今回の記事のスポンサーは、日本マイクロソフトの「Microsoft 365 Personal」ですが、小野さんは普段どのようにツールを使っていますか。
 原稿は全部Wordです。本も2冊、すべてWordで書きました。この原稿にもWordで赤を入れています。Word、Excel、PowerPoint、Outlook……パソコンを開いているときの半分以上の時間はマイクロソフトのツールにお世話になっているんじゃないかな(笑)。
 4歳の娘ミーちゃんの寝かしつけをしながら、スマホのアプリから原稿を書くことも。クラウドで連携してくれるので、とても助かっています。
 NASAは、「PowerPointに頼りすぎだ」と批判されるくらいPowerPointを多用しています。プロポーザルのレビューや報告書もPowerPointを使うケースが多い。
 僕は、プレゼンは「知的エンターテインメント」だと思っているので、内容はもちろん、言葉の温度に強弱をつけたり、ストーリーをつけたり、聴衆がどう盛り上がるかをとても考えていますね。

宇宙の果てしないスケール

──今回は取材もマイクロソフトのTeamsを使い、オンラインで行いました
  世界中が大変な状況で、現在は完全テレワーク(取材は5月上旬)。仕事とプライベートの境界線が完全になくなりましたね。
 仕事をしていると、ミーちゃんが「今、かくれんぼしているの」と書斎の下に潜り込んできたり(笑)。
取材はオンラインで実施した。
 よかったなと思うのは、日本との距離がより縮まったと感じることです。
 オンラインでJPLのメンバーとミーティングをするのと、日本にいるみなさんと仕事をするのに、何一つ違いがないんですよね。これまでは、「小野さんに講演をお願いしたい」と依頼を受けても、帰国予定がないと現実的に難しかった。
 でも今は、ウェビナーなどの選択肢が増え、話を進めやすくなった。ポジティブな変化はたくさんある気がしています。
──時間や距離を越える便利なツールのありがたさを実感しますね。
 そうそう。光速に対して地球が小さくてよかったなって(笑)。地球のどの二地点間の往復も光の速度で1秒もかかりませんから。もし、この物理法則が違って、光の速度が地球1周7分くらいかかっていたら、今のコミュニケーションは成り立ちません。
 たとえば月と地球間でも、そんなに距離がないのでTeamsを使って問題なく話せるでしょうけれど、これが火星になると4分~20分のタイムラグが生じるから難しい。そう考えると、火星に行く宇宙飛行士って本当に孤独だろうなあ。
──改めて小野さんにとって、宇宙はなぜそんなに魅力的なんですか。
 自分を相対化できるところが好きなんです。
 地球で生きている僕たちは、毎日株価やニュースを気にして、家計や健康に気をもんで生きている。もちろんそれはとても大事なことだけれども、宇宙から見たらほんのちっぽけな事象です。
地球をビー玉にたとえたときのイメージ(小野氏著書『宇宙を目指して海を渡る MITで得た学び、NASA転職を決めた理由』(東洋経済新報社)より。 イラスト:ちく和ぶこんぶ)
 宇宙を知れば知るほど、地球ってこんな場所にあるんだ、今の時代はこう捉えればいいのかと、ものすごく大きなスケールの文脈の中に、“小さいけど大事な自分の世界”が位置付けられていく。その過程がとても好きですね。
(構成:田中瑠子 編集:樫本倫子 デザイン:堤香菜 写真:上田裕、小野氏提供)