2019年7月24日、世界の1日のフライト数がこれまでで最多となる22万5000便を超えた。大勢の人が夏の休暇や出張のために航空機で移動していたのだ。
それから一年で、なんという変化だろう。デジタル航空情報会社OAGによれば、この記事を執筆している時点で、2020年7月24日に予定されているフライトはその半数以下(11万1494便)だ。
新型コロナウイルスの感染拡大が始まってから4カ月。世界はいま移動制限や幅広い雇用の喪失、そして既に現代史上最悪の部類に入るほどの景気後退に直面している。
各国で外出禁止が解除されつつあるが、今の状況ではまだ、私たちが楽しみにしていた夏の旅行はおそらく難しいだろう。

過去の夏休みとは全く違う様相に

まず海外旅行は事実上、不可能だ。米国務省は市民に海外渡航を避けるよう勧告しているし、ニュージーランドや日本などは非市民を無期限で入国拒否の対象としている(執筆時)。東京オリンピックやエジンバラの演劇祭、米競馬のケンタッキー・ダービーなど、世界各地で大勢の観光客を引きつける大規模イベントが中止や延期になっている。
アメリカ国内でさえ、以前は人気の旅行先だった大都市(その多くが新型コロナウイルスの大きな打撃を受けている)にわざわざ行こうと思う人は少ないだろう。
米金融大手ジェフリーズのアナリストであるデービッド・カッツは、「米国内でCovid-19(新型コロナウイルス感染症)の最も大きな打撃を受けたのは、間違いなくニューヨークだ」と指摘する。「ニューヨークに旅行して現地に滞在したいという人は確実に減るだろう」
アメリカン航空など複数の航空会社は、空の旅が以前の水準に戻るまでにはあと3カ月から半年かかるだろうと推定しており、夏の休暇先としてどの都市が一番人気になるのかはまだ分からない。それでも、好ましい旅行先の条件は出揃い始めている。車で行ける場所、ほかの人とあまり密接にならない場所、そしてできれば安上がりな場所だ。

「アフターコロナ」の世界

フロリダ州ジャクソンビルのビーチに大勢の人が押し寄せてSNSで避難を浴びている。しかしそれほどまでに、みんな家から出たくてたまらないのだ。アメリカ全土がロックダウンになって何週間も経つなか、グーグルでは「また旅行できる日」の検索数が増え続けている。
「多くの人が家に閉じ込められていて、アメリカでもヨーロッパでも、そうした人々が休暇はもはや特権ではなく権利だと考えている」とカッツは言う。だから出張よりも休暇のための旅行の方がずっと早くに再開される可能性が高いと。
休暇のための旅行の再開について、短期的には経済危機の深刻度合いや規制が大きく影響するとみられている。過去の景気後退が参考になるとすれば、手元資金が少ない旅行者たちは航空機よりも車で行ける場所を選ぶためだ。
ウルフ・リサーチのアナリストであるジャレッド・ショージャンは、航空業界の回復は9・11同時テロ後と同じような軌跡をたどることになるかもしれないと示唆する。
「経済活動が再開した後は、空の旅よりも車での旅が多くなり、ビジネスよりもレジャーのための支出が多くなるだろう」と彼は書いている。

「空の旅」まだ続く苦境

各航空会社の苦しい状況は、米経済が回復し始めた後もしばらく続くだろう。
金融サービス会社コーウェンのアナリストであるコナー・カニンガムとヘレン・ベッカーは、4月13日に投資家向けに発表したメモの中で、「人々の仕事復帰が即、航空便利用の再開にはつながらないかもしれない」と示唆した。
アメリカの多くの地域は5月いっぱいロックダウンの状態が続き、航空各社は引き続き90%以上の減収に直面するだろうと2人は推定し、6月と7月もそれに比べて幾らか楽になる程度だろうとしている。
そのため夏の旅行は、多くの人が直前に計画を立てることになり、旅行先は車で1日で行ける場所になるだろう。
オンライン旅行会社もこの変化に注目している。グーグルで「パリのホテル」や「ロンドンへのフライト」などよりも「家族でのキャンプ旅行」の検索が増えていることを受けて、ブッキング・ホールディングスやエクスペディア・グループなどの各社は総収入の35~50%を占めていた営業費を削減しており、残りの予算をソーシャルディスタンス(社会的距離)の確保がしやすい旅行先の売り込みに回している。
エクスペディアが現在、大々的に宣伝しているのはカナダのバンフ国立公園。セールスポイントとして特に強調している点が「手つかずの自然」だ。競合のブッキング・ドットコムは最近のブログ投稿で、米国内のキャンプ場一覧を紹介した。

「田舎への長期滞在」できる宿泊場所が人気に

旅行者が選ぶ宿泊施設も、これまでとは違うかもしれない。投資評価会社モーニングスターのアナリストであるダン・ワシオレックは、9・11同時テロ後に比較的安いホテルが受けた打撃は、高級ホテルに比べてずっと小さかったと指摘する。「当時、人々は旅行することを少し恐れていたし、手元資金も減っていた。だから多くの人が海外よりも家から近いところを好む傾向にあった」
一方で高級ホテルは、出張も会議もない状態が1カ月以上続いて利益はないに等しい。マリオットやヒルトン、ハイアットなど大手のホテルでは、大勢の現場スタッフが一時解雇されたか自宅待機させられている。本社もいずれ人員削減が行われる可能性が高い。
各ホテルにとって、第2四半期と第3四半期は本来ならば一番の稼ぎ時だ。ヒルトン・ワールドワイド・ホールディングスは2019年の年間利益8億8600万ドルのうち62%を4月から9月で稼ぎ出した。だが2020年はヒルトンにとっても競合の各ホテルにとっても、この時期をなんとか生き延びて、累計赤字をなるべく抑えることが主な目標になっている。つまり手元に現金を残し、運用コストを必要最小限に抑えることだ。今後の景気回復が2008年の景気後退の後と同じようなものになるなら、需要が2019年の水準に回復するのは早くても2023年だとワシオレックは言う。
こうしたなか、エアビーアンドビー(Airbnb)などホテルに代わる施設は未知の領域に突入している。創業から12年になるエアビーアンドビーは、今や民泊ビジネスの超大手に成長。2019年後半には四半期収入が10億ドルを上回る業績を記録したが、最近では収益が激減している。新型コロナウイルスという同社にとって初の試練が、最悪のタイミングで訪れたためだ。ウォールストリート・ジャーナルによれば、世界中で3月の予約は前年よりも減り、アジアでは95%減、(同社にとって最大の市場である)ヨーロッパでは75%減、そしてアメリカでは50%減となった。
こうした状況を受けて、同社もこれまでのところ、人の少ない遠隔地を宣伝し、マーケティング予算を削り、新規雇用を凍結するなど他社と同様の措置を取っている。長期滞在を重点的に売り出す戦略もその一環だ。
今では都会の喧騒から逃れたいと思っている人々向けに、1カ月以上の滞在(「Make Airbnb your home、エアビーアンドビーをあなたの家にしよう」)が同ホームページの主力商品となっており、元来人気のあった都市部の滞在先はページの下の方に追いやられている。また人と直接会う形の体験の代わりに、ホストが提供する「瞑想ヨガとスローライフのコーチング」などオンラインでの体験を強く勧めている。
経営者たちは、実は今こそホテルよりも民泊を売り込むのにいい時期かもしれない、と考えている。エアビーアンドビーの競合ワンファインステイ(OneFineStay)のゼネラルマネージャーであるスティーブン・ハスケルは、「私たちが経験しているのは前例のない状況だ」と指摘。「ソーシャル・ディスタンスが確保しにくいという理由でホテルに滞在したくない人々が、民泊施設を予約している。我々がこの状況を利用して利益を得ているとは言いたくないが、実際に利益は出ている」と語った。

今あるのは、再開への計画ではなく「旅への希望」

控えめな夏の休暇を期待することさえ、楽観的すぎるかもしれない。エクスペディア・グループのバリー・ディラー会長はCNBCに対して、「通常の活動」が戻ってくるのは2020年の最終四半期以降になるだろうとの見方を示した。またワシオレックは、航空各社が今後3~6カ月危機が続くと推定していることについて、「十分なデータから、それが基本ケースだと言える」と指摘。「それはある意味、今年の夏の旅行はないことを示している」と語った。
既に夏以降に目を向けている人々もいる。短期不動産管理プラットフォームのゲスティ(Guesty)はQuartzに宛てたメールで、秋と冬、特に感謝祭と12月の休暇シーズンの予約が増えていることを明らかにした。これらの予約の平均滞在日数は9日間(新型コロナウイルス危機の前の平均は4.5日)で、予約を入れた人々が「後に取っておいた」休暇をここで使おうとしていることが伺える。
だが旅行業界の苦しみがこの夏で終わるかどうかは、現在の各種制限措置の効果にかかっている。ワクチンができるまでは、何ひとつ確実ではないのだ。「今あるのは計画ではなく、人々が旅をしたいと願う希望だけだ」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Natasha Frost、翻訳:森美歩、写真:asiandelight/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with KINTO.