【D2C考察】モノが売れない時代、必要なのは「ストーリーテリング」

2020/5/20
メーカーの新たなビジネスモデルとして急成長している「Direct to Consumer」、通称「D2C」。流通業者や小売店を通さずに、メーカーとユーザーがネット上で直接“つながり”、商品をダイレクトに届けるモデルで、専業のスタートアップが台頭するほか、大手メーカーもこぞって参入している。D2Cで成功する秘訣は何か。

『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』の著者でビジネスデザイナーのTakram 佐々木康裕氏と、ECビジネスの構築・運用を得意とするトランスコスモスで新規事業を担当する執行役員の下田昌平氏に語り合ってもらった。

メーカーはユーザーを知らない?

──「ビジネスデザイナー」として幅広く活躍している佐々木さんが、「D2C」に着目したのはなぜですか。
佐々木 私がD2Cを初めて知ったのは2014年頃、アメリカの大学院に留学しデザイン思考を学んでいる時でした。
 当時はD2Cという言葉はなく、「カスタマーエクスペリエンス」を重視したネット発のブランドメーカーがいくつか出てきたなと感じたのが最初だったかもしれません。D2Cで有名なアイウェアの「Warby Parker」やアパレルブランド「Everlane」が台頭してきた頃です。
米国の有名なD2Cブランド、アイウェア「Warby Parker」のトップ画面。
 私はこれまで総合商社や経済産業省にいたり、アメリカでベンチャー投資をしたりさまざまなビジネスに携わってきましたが、共通するのは新規事業の立ち上げ。とくにクリエイティビティとテクノロジーを活用した新たなビジネスの創出を専門分野にしています。
 その中でD2Cは、クリエイティブとテクノロジーが融合して新たなビジネスを確立した希有なモデルだと感じて興味を持ち、知見を深めてきたんです。その内容をまとめたのが、『D2C 「世界観」と「テクノロジー」で勝つブランド戦略』です。
 ご紹介いただいたとおり、私はビジネスデザイナーとしてTakramでさまざまな業界の新規事業のコンサルティングをしていますが、この本のおかげで、すっかり「D2Cの人」と思われていますね(笑)。
早稲田大学政治経済学部卒業。イリノイ工科大学Institute of Design修士課程修了。総合商社にてベンチャー企業などとの事業立ち上げ、シリコンバレーを含む国内外でのベンチャー投資等を手がける。2011年より経済産業省に出向し、Big dataやIoTに関するイノベーション政策の立案を担当。2015年7月にTakramに入社。デザイン思考や認知心理学、システム思考を組み合わせた領域横断的なアプローチでエクスペリエンス起点のクリエイティブ戦略、事業コンセプト立案を展開。コンサルティングプロジェクトを手がける。ベンチャーキャピタルMiraiseの投資家メンター、グロービス経営大学院の客員講師(デザイン経営)も務める。2019年3月、ビジネス×カルチャーのメディア「Lobsterr」をローンチ。近著に「D2C 『世界観』と『テクノロジー』で勝つブランド戦略 」(NewsPicksパブリッシング)。
──D2Cを始める企業が日本でも増えてきた印象です。
佐々木 非常に増えています。D2Cを始める企業は3つに区分できて、1つは専業のスタートアップ、2つ目は大手メーカー、そして最後が流通・小売企業。とくに多いのが大手のメーカーです。D2Cのスタートアップが台頭、注目度が高まっていることから、危機感が高まり始めているケースが多いです。
 それと、技術的ハードルが下がったという側面もあると思います。クラウドの「AWS」やECプラットフォーム「Shopify」といったECツール、SNS。こうしたツールが充実し、簡単にローコストで誰でも事業を始められたことも大きいでしょう。「ブランドビジネスの民主化」が起きているような感覚を持っています。
──下田さんはどう思いますか。
トランスコスモスは、ECの構築から運用までを一気通貫で支援するビジネスを得意にしていて、下田さんがトップを務める新規事業会社では今、D2Cを含むECにかなり力を入れています。
下田 当社にも「D2Cを手がけたいから相談に乗って欲しい」というご相談は多数寄せられています。
 D2Cは、ブランドやメーカーがユーザーに直接リーチするダイレクトモデル。プロダクトやサービスを欲しい人のもとに、メーカーが直接届けるという極めてシンプルな行動ですが、多くのメーカーって実は、エンドユーザーとの直接的な接点ってあまり持っていないんですよね。
 中間に卸事業者、流通・小売事業者が存在するので。つまり、ユーザーとの付き合い方に慣れていないんです。
 こうした環境下で、トランスコスモスはECの企画と構築・運用、マーケティング、バックエンドでは受発注や在庫管理、商品保管までをトータルでお手伝いできる基盤と実績があります。
 あまり知られていませんが倉庫は自前で持っているんですよ。倉庫を持つテクノロジーカンパニーなんて、あまりないんじゃないでしょうか。
 販売後の支援もサポートしていて、カスタマーサポートやコールセンターの代行運用は当社の基盤ビジネスでもあり長い歴史があります。
 つまり「企画、構築、運用、管理、カスタマーサポート」をフルパッケージで支援している。D2Cブランドの方々が、商品開発に専念してもらえればいい環境を私たちは提供しています。こうした実績を評価してもらい、お声がけいただく機会が増えています。
長野県出身。幼少期からアメリカで過ごした後、統計学、コンピューターサイエンスを学び、大学在学中から事業立ち上げ、日本企業の米国法人代表などを経験し、2010年に帰国。外資系ベンチャー企業での経営をした後、株式会社アイレップにて海外事業担当役員、子会社の立ち上げ経営を行う。その後複数社のCTOを兼任したのち、2017年にトランスコスモス株式会社に入社。トランスコスモスでは、全社提供のサービス統合化とプロダクト開発を担当。子会社である新規事業を担う株式会社トランスコスモス技術研究所の代表を務めながら、Shopify主催イベントでのシステム開発講師なども担当する。
佐々木 「メーカーはユーザー対応に慣れていない」ってすごく分かります。消費者向けビジネスを一般的にはBtoCと表現しますけど、私は日本の多くのBtoC企業はBtoD、つまり「Business to Distributer(卸売業者)」だと感じるんです。
 言葉を選ばずに言えば、多くのメーカーは、ユーザーの声よりもディストリビュータ、プロダクトを流通させる業者の声に耳を傾けがちで、ユーザーをみていないように感じます。
 こうした状況を反省し、ユーザーの声を直接聞かなければ、モノが溢れる時代に生き残っていけないという危機感をお持ちのメーカーが増えています。

本質ではないD2Cの弊害

──佐々木さんのコメントからすると、大手企業が既存ビジネスに加えてD2Cを始めるのは一筋縄ではいかない気がします……。
佐々木 そうですね。これはD2Cだけでなく新規事業全般に言えることですが、「ビジネスはゼロから始めるよりも、守るものがある中で始めるほうが難しい」という問題……。
 D2Cの場合、ダイレクトにユーザーとビジネスしますから、これまで関係を構築してきて長期の取引関係もある流通事業者に申し訳ないとか、ビジネスの本質とは異なる部分を配慮して計画が止まってしまう企業もあります。
 加えて、プロダクトをつくって売るというビジネスモデルは同じですが、D2Cと既存のディストリビュータを通じたビジネスとは、成長の仕方もスピードも、細かいことを言えば在庫管理などの方法も違う。
 それを把握せずに、通常のメーカービジネスのような計画を立てると、D2Cの醍醐味を感じずにやめてしまう企業もありますね。
 既存のビジネスモデルがある中でD2Cを始める場合は、人も体制も経営戦略もそれとは完全に切り離して考えるほうが進めやすいです。
下田 「新規事業、あるある」ですね。大きな会社は大きな会社なりに守らなければならないものがあって。それはそれで悪いことではないんですけど、新規事業の立ち上げとは相性が悪い場合が多い。
 私もずっと新規事業をやってきただけによく分かります。実際、今もトランスコスモスとは切り離した組織を立てて、そこで新事業はやっていますから。

D2Cで最も重要なこと

──新規事業は既存の枠組みや人とは離れてやるのが最適という「出島理論」ですね。それを踏まえて、D2Cを成功させるための秘訣を教えてください。
佐々木 私は、D2Cを「メーカー+メディア+テクノロジーの融合」だと思っています。
 D2Cは基本的にネットを活用しなければ成り立たないビジネスですので、テクノロジーに精通する人材の確保は必要不可欠。
 Warby Parkerなど米国で成功したD2Cメーカーはエンジニアやデータアナリストで溢れていて、全社員の大部分を占めています。ネット上でいかにユーザーエクスペリエンス(UX)を上げることができるかが勝負の世界で、当然、テック要素は欠かせません。
それと、メディア。これだけ情報過多の中で、ユーザーに自社の世界観やプロダクトの価値を届けるためには、どんな情報をどのように編集し、何で伝えていくかは重要です。
 モノに溢れている今の消費者は、単純にプロダクトの機能やスペック、価格を伝えるだけでは目にとめてくれません。それがどんな思いや意義のためにつくられたのかといった「世界観」「ストーリー」を示す必要があって、そのためには編集者のような役割が必要になる。
 そして、FacebookやTwitter、Instagram、TikTok、Podcastなど各種SNSをアプローチしたいユーザーに適材適所で選定し、テキスト、画像、映像、音声といったさまざま手法で表現し続けなければならない。これは完全にメディア業です。
 D2Cを成功させるためには、メーカーとしての役割と同等にメディアとテクノロジーに心を砕くべきだと思います。
下田 世界観やストーリーが大事って、確かにそうですよね。
 私は、ECって2つに大別できると思っていて、1つは「機能」としてショッピングを提供するパターン、もう1つは「体験」としてショッピングを提供するパターン。D2Cの場合、前者を選択するとうまくいかないと思っていて。
 佐々木さんの言う通り、今モノが溢れている。多くの消費者にとって絶対に欲しいものなんてあまりないんだと思うんです。
 その中で買ってもらうためには、そのプロダクトを生み出した背景、理由、製作者のこだわりといったストーリーが大事だと思うんです。そのストーリーに共感した人が買ってくれるような世界を創り出さなければいけない。
 だから、D2Cのサイトには一般的なECサイトで体験するようなさまざまなカテゴリから商品をみてとか、検索してカートに入れて終わり、というような“無機質な”UIは相性が悪いような気がします。
佐々木 ですよね。D2Cというのは、自分たちが信じることや使って欲しいという思いを純度100%でユーザーにダイレクトに届けられる手法。自分の言葉でユーザーの心をつかむ方法。
 そのためには、単純なスペックや機能ではなく、下田さんも話してくれたストーリーや世界観が大事なんです。こういうニーズがあるからこうしようという考え方でいくとあまりうまくいかないと感じています。

EC、D2Cの意外な落とし穴

──佐々木さんはD2Cのコンサルティングにおいて、ストーリーや世界観づくりを含んだ上流を手がけていると思いますが、トランスコスモス技術研究所では新規事業としてどのような役割を果たしているのですか。
下田 先ほど申し上げたようにトランスコスモスでEC構築を一気通貫でサポートしていますが、その中でも今私が力を入れているのが、ECの業務プロセス中でも「バックエンド系」の支援ですね。
 ECの業務プロセスでは、ECサイトを設計・構築しデジタルマーケティングにより顧客を獲得します。そのうえで受注件数、在庫件数をリアルタイムで把握して配送するというのが一般的な流れですよね。
 D2CやECを手がける企業はわりとECサイトの設計やマーケティングといった「フロント系」の業務には力を注ぐのですが、受注、在庫、販売管理や梱包、配送といった「バックエンド系」の業務は効率化できていなかったり、デジタル化ができていなかったりして改善の余地が多い。
 テクノロジーカンパニーとしてEC領域のデジタルトランスフォーメーション(DX)を支援するうえで、バックエンド業務にアウトソースニーズの強さを感じ、このバックエンドをフルアウトソーシングしてもらうサービスを立ち上げたんです。
──具体的にどのようなものですか。
下田 「Shopify」というECの総合プラットフォームツールを提供し、EC、D2Cブランドが注文、在庫、入荷予測、配送状況などといった一連の情報をShopifyの管理画面で確認できるようにしました。
在庫、入荷予測、配送状況などが一元管理できるオリジナルサービスを開発
 トランスコスモスは、Shopifyのエンタープライズプラン「Shopify Plus」の優れた成果をもつ提携企業として公式パートナーに選出されているのですが、そのShopifyというツールは、全機能のAPIが公開されているので、既存システムとの連携が容易。
 例えば、在庫管理にはAというシステムを使っているからそれを生かしたいという場合もすぐに連携させることができます。これによって、業務プロセスのデータが一元化できる。
 加えて、私たちは自前の倉庫を持っていますから商品管理から発送までも私たちで行います。つまり、注文状況と工場の状況を可視化し商品の保管から配送まで一括で行えるようにしているんです。
 メーカーはプロダクトができたら、その工場から直接弊社の倉庫に送ってくれればいい。あとは弊社がすべて行います。
トランスコスモスの倉庫。顧客の商品を保管し、配送までも担う
 申し込みは各種情報を入力すればウェブサイトから簡単に行えます。料金も1パレット6000円(4パレットから)なので、かなりコストを抑えた状態で始めることができるようにハードルを下げています。
 D2Cを手がける人が注力するべきは、先ほどお話しした世界観やストーリーづくり、そしてプロダクト開発にあると思います。ここがコアコンピタンスであり、ECにおけるバックエンド系の仕事は得意分野でもないと思うので、私たちに任せてほしいと思っています。
佐々木 いいですね。D2Cのメーカーは、バックエンドの業務って全部大事なんだけど、それって自分たちがやるべきことかなって感じると思うんですよね。それに、得意ではないと思いますし。
 このサービスを使えば、下田さんも話してくれたプロダクトやストーリー、世界観づくりに集中できるので、こうしたバックエンド業務全般をフルアウトソーシングできるのは非常に価値があり、D2Cベンダーには重宝されると思います。
下田 ありがとうございます。差別化できない部分や強みではない分野は自分たちでやる必要はない。アウトソーシングして効率化して各社の注力分野に力を注いでもらいたいというのが当社のメッセージです。
 ECもD2Cも伸び盛りですが、他国に比べるとまだまだEC化率は低い。佐々木さんが話していたように「ブランドビジネスの民主化」が起こり、極論すれば誰でもD2Cが始められる状況。私たちはそれを黒子として支えたいと思います。
(取材・構成・編集:木村剛士 デザイン:月森恭助 作図:大橋智子)