【藤原和博】「子供の体、7割が水」100年先も綺麗な水を引き継ぐために

2020/4/29
普段、当たり前のように飲んでいる「水」
長い歳月をかけて森の中で育まれ、私たちの手元に届く。
「水」を未来につなげようと思えば、森の環境を守ることは不可欠だ。環境保全は全人類が担うべき責任とも言えるが、具体的に私たちは何を考え、何をすべきか。
この課題に対し、サントリーでは森を守る活動と共に、次世代環境教育「水育」を実施。自然の仕組みや水循環について小学生と一緒に考える「出張授業」や、水を育む森の仕組みを体験してもらう「森と水の学校」に取り組んでいる。
今回は、教育改革実践家の藤原和博氏とNewsPicks Studios CEOの佐々木紀彦が、「水育」の出張授業を体感し、環境や教育、水ビジネスの可能性について語る。
まずは、小学4・5年生を対象に行っているサントリーの出張授業を体験。
通常、授業は2回行われ、1回目は学校の担任から「水循環と私たちの生活のつながり」について学ぶ。
 そして、2回目の授業ではサントリーの水育講師と共に「水を育む自然を守るための工夫や努力」を考える。
 講師はオリジナルの実験キットを使って説明。全体を通して「きれいな水を未来に引き継ぐために、何ができるか」を考えるプログラムとなっている。
森の地下地層を再現したオリジナルの実験キット
 水は森が育んでいることを体験してもらうために、実験では2種類の土が用意されていた。
2種類の土は別々にセットされ、どちらの土が地下水の生成に適しているかを実験
 水育講師が地層の上から水を流したところ、ふかふかの土(A)は水が浸透してゆっくりと濾過されるが、グラウンドの土のように硬い土(B)では、水が浸透されずにあふれた。
どちらの土が「天然水」を育むのに適しているか、一目瞭然となった。

子供たちを思考停止させない

── 「水育」出張授業を実際に受けてみて、率直な感想を聞かせてください。
藤原 実験装置はよくできていて、わかりやすい。今の子供たちにとって自然や森は身近な存在ではないことが多いので、キャンプに行ったり自然に触れたりしたときは、ぜひこの実験を思い出して欲しいですね。
 子供たちの学びには「自分ごと化」が何より大切です。それができないと思考は停止してしまう。
 例えば水について考えるときは「君たちの体は7割が水でできているんだよ」と話せば、子供たちも自分ごと化しやすいかもしれません。
佐々木 たしかに、自分の体の7割が水でできていると言われたら、一気に自分ごと化できますね。
藤原 そうなんです。「水育」とは少し離れるけれど、子供たちの思考を停止させてしまった例に、2000年から教育現場に導入された「総合的な学習の時間」があります。
いわゆる“総合”の授業です。
 総合授業は子供たちに「自ら考え、行動できる人になってもらう」ことを目指して作られたもので、テーマとして国際理解や情報、環境、福祉・健康などを学ぶようにと文部科学省が提示しました。
 授業内容は指定されていなかったのですが、多くの学校が「わかりやすいから」という理由で「環境教育」を選択し、子供たちに自主的に考えさせるのではなく、とにかく「環境は大事です」という押し付けの授業をやってしまったんですね。
 水や森、自然が大事であることは事実だし、それを突きつけられると誰も反論できません。押し付けの授業では、子供たちは思考停止に陥ってしまう。
結果、「環境は大事である」と刷り込まれた若い世代は、異常に環境意識が高く、資源ビジネスやエネルギー産業などに抵抗感を持つようになりました。
 でも、総合の環境教育も「君たちの体は7割が水でできているんだよ」という話題から始めたら、「飲んでいる水の質によって性格が変わるかな」「水を飲まなかったらどうなるのかな」などいろんな意見が出るはず。
 子供たちは、自分とのつながりが見えた瞬間、思考を巡らせてくれるので。
──「水育」は学校への出張授業だけでなく、親子で森を体験する「森と水の学校」もあります。親子での体験にはどんな価値があると思いますか?
藤原 子供にとって最強の教材は、“大人が学ぶ姿”です。大人が楽しそうに学んでいる姿を見て、子供は学ぶのが楽しくなる。
だから親子での体験は意味があると思うし、自然から離れてしまっている親の方がよっぽど「水育」を受けるべきでしょう。
佐々木 自分も想像しましたが、子供の付き添いで「森と水の学校」に参加したつもりが、最終的には親が一番学ぶことになりそうです。
 親子で体験すると、お互いに自分ごと化した上でより深い会話ができそうですしね。

「協育」で実践する環境教育

──藤原先生は、子供を学校だけで育てるのではなく、企業も協働する「協育」が重要と発信されています。企業は、子供たちに環境や社会問題を理解してもらうために何をすべきでしょうか。
藤原 まさに「水育」は「協育」ですね。
 「協育」を発信したのは、学校だけで子供を育てるのは限界があるからです。
昔は家庭と地域社会、学校が三位一体で子供を育てていましたが、今は核家族化と少子化によって、家庭の中での教育力が弱まっています。
 一人っ子が増え、地域社会との関係性も急速に後退しているので、学校だけが生活指導も含めて子供を育てている状況だと言っても過言ではない。
 でも、地域社会と協育すれば、塾講師や教師志望の大学生、スポーツができる大人など、教育資源となる要素がたくさんあります。企業もその一員であることは間違いありません。
佐々木 プログラミングや英語の授業なんかは、小学校の先生よりも専門性の高い外部の講師を連れてきたほうが、リソース問題や授業の質を考えれば、何倍も良さそうです。
藤原 そうなんです。ただ、企業が「協育」に参加する際に注意すべきは、子供たちの目線になって教材づくりをしているかという点。
 いくら大人が「この技術がすごいんだよ」と伝えても、子供たちにとって身近でなければ、何がどう「すごい」のかは、理解できません。
佐々木 企業はどうすれば子供の目線になれると思いますか?
藤原 素直に子供の意見を聞くほかないですね。でも、子供の意見を聞こうと思って会社の会議室に集めたら、その時点で子供たちはどんな感想を言えばいいかを想定できてしまうので、本音は聞けません。
 子供は学校や塾など環境によって役柄を使い分けます。だから、家や公園などで一緒に遊びながら役柄を解放してあげてれば、素直な感想が聞けると思いますよ。まずはそこからです。

若者から広がるサステナブルな行動

──若い世代は環境に対する感度が高く、何かを買うときもサステナブルな商品を選ぶ人が増えています。こうした状況はどう見ていますか?
佐々木 若い世代は、世界中とつながっていろんな情報や状況を見ているから、地球に優しい取り組みをしている企業の商品を買う、サステナブルな消費行動をするのではないかなと思います。
 特に1996年から2012年の間に生まれたZ世代は、スマホを介して常に世界とつながっているので、小さい頃からいろんな国の文化を知っています。
 グローバルでは、環境に関するイシューを語り合うことは当たり前ですし、それがもはや文化にもなっている。だから、環境を考えた商品を手に取るのは当たり前なのかもしれません。
藤原 留学経験がなく、ずっと日本にいる若者も同じ傾向にありますか?
佐々木 そう思います。日々の生活の中で、世界とのつながりを感じる機会は増えていて、例えば、ゲームもオンラインで世界中の人とつながれますよね。
 アメリカでは、Z世代は“ビリーフ・ドリブン”だと言われていて、企業は掲げている信念や理念から少しでも外れた行動をすると大バッシングに遭うのだとか。より思想的になっているのかもしれません。
藤原 なるほど。でも僕からすると、みんなが揃って同じ傾向というのはちょっと残念です。
 国語や算数など、学校教育の学びで育つ“情報処理力”と、自分で考えて行動し、修正することで育つ“情報編集力”があるのですが、情報編集力があったら「みんなと同じ傾向」にはならない気がして。
 学校の一斉教育では情報処理力しか得られませんが、自分で思考するプログラムを企業が提供してくれたら、情報編集力が育まれて、もっと多様な考え方ができるようになるかもしれません。
佐々木 それでいうと、イギリスにデザインの大学を作った日用品メーカーが良い例ですよね。倍率は20倍以上で、オックスフォード大学やケンブリッジ大学の合格を蹴って入学するような人がたくさんいるのですが、何がいいかというと「リアルな学び」があること。
 メーカーで働きながら学べるし、学生も新製品開発に関われます。こうした、「学びの現場を持つ企業」にしかできないことで情報編集力を高められたら、もっと多様な意見を持つ子供が増えるかもしれないですね。

「水ビジネス」の市場規模は約86兆円に

──経済の領域でも「水」は着目されていて、2025年までに世界の「水ビジネス」の市場規模は約86兆円になると言われています。環境問題を解決するビジネスや、きれいな「水」を起因としたビジネスが生まれる現状をどう見ていますか?
藤原 まさに、きれいな水があるからこそ生まれた「かき氷ビジネス」のプロジェクトに参加しています。
 100年変わらなかったかき氷製造機の氷削メカニズムを一新した、次世代かき氷マシン「himuro」をつくり、かき氷発祥の地である奈良県から世界中に広めようとしているところです。
佐々木 いいですね。私も水ビジネスは可能性があると思っています。
 好きなマーケティングの本に「世界を変えた6つの飲み物は、お茶と紅茶、コーヒー、蒸溜酒、ビール、ワイン、炭酸飲料。この6つの飲み物が、人との会話と文化を生んだからだ」と書かれていました。
 たしかに、17世紀のイギリスにコーヒーハウス(喫茶店)が誕生すると、そこはコーヒーを飲みながら情報交換をする社交場となり、それがジャーナリズムへと発展して今のメディア形成につながりました。
 同書にはさらに「これから一番大事な飲み物は“水”だ」とありました。
 6つの飲料と同じように、水はこれから進化するでしょうし、新しい会話や文化を生み、人類に発展をもたらすかもしれません。そう考えると、水にはビジネスチャンスがありますし、新たな雇用創出にもつながりそうです。
 それに、水が人とのコミュニケーションツールになれば、製造の背景や採水地の森、土などに着目する人も増えるかもしれない。環境を授業で学ぶのではなく、自ら水や森に着目することで環境全体を考えるようになるといいですね。
藤原 水はもっと進化して、そのうちDNAに働きかけるような機能水などが生まれてもおかしくないんじゃあないかな。
 水ビジネスには大きな可能性がありますよね。人間の体は7割が水でできているからこそ、これからの進化が楽しみです。
 ただ、いずれにしても地球環境や森を守れなければ、きれいな水を未来につなげることはできません。
だから「水育」を通じて、水の存在が当たり前すぎて大切さを考える機会のない大人と、自然を自分ごと化できない子供の思考を再起動させて、100年後、200年後につながればいいなと思っています。
(取材日:2020年3月23日)
(執筆:田村朋美、編集:川口あい、撮影:小池大介、デザイン:岩城ユリエ)